団子可や可や幸村



「くそ…佐助の奴」
  幸村は胡坐をかいた格好で目前の皿にのっている「あるブツ」を睨みつけながらぶすくれた顔で呟いた。
  場所は幸村の屋敷。庭に面した縁側である。朝から細い雨が降っているせいか、普段ならば通りの向こうで聞こえるはずの子どもらの賑やかな笑声もない。静かなものだ。
「ううん…」
  けれど現在の幸村には子どもの声どころか、シトシトと静かに鳴る雨音すら耳に入ってきていない。そんな風情を感じる余裕もなく、幸村は腕を組み何やら唸り声を上げながら、皿の上の物をただ見やり続けている。
  そこにあるのは幸村の大好物である団子。それも3つ、だ。白、赤、緑と上品な色づけのされているそれは、恐らく佐助がいつもの店《甘露屋》で買ってきた物のはずだが、どうにも今日はこれを素直に食べる気がしない。
  理由は簡単。今日、敬愛して止まない「お館様」こと信玄に言われてしまったからだ。

「幸村よ。佐助から聞いたのだが、お前は甘露屋の団子を毎日10個ずつ喰らうそうじゃな? ううむ、だがまだまだ甘いっ! わしならば50は軽くいけるぞ! うわっははは!!」

  それは信玄にしてみれば何と言う事もないただの歓談だったのだろうが、幸村にとってはまさに赤面ものの出来事だった。
  大体、「甘い物が好き」などと言う事を主に知られたくはなかった。しかも日に十も食べるなどと、佐助の誇張は酷過ぎる。確かに何の身体の不調か妙にたくさん食べたくなった日があって、その時は佐助を3度使いに出した事があったが……だからと言ってそんな事を主にいちいち言わなくとも良いだろうと恨めしい気持ちになる。
  信玄の前では常に毅然として強く、凛々しくありたいのだ。
  いつでも頼ってもらえるような屈強な武士として認められたい。
「団子など…団子など……そう、俺は、もう食わんっ!」
  3つ整然として並んでいる団子を前に幸村は目を瞑りながらそう叫んだ。
  しかしそんな決意を聞いている者は誰もおらず、この発端となっている佐助も不穏な空気を感じて逃げてしまったのかどこにも気配が見当たらない。
「…………」
  誰もいないと決死の宣言もひどく空しく響くものだ。
  依然として雨は止まず、屋敷の中すら幸村以外の人間は誰もいないかのような静けさ。
  目の前には早く食ってくれと美味しそうな団子が3つ。
「くそーっ!!」
  まだ決意して1分と経っていないのに無茶苦茶に苦しい。
  幸村は遂に居た堪れなくなって立ち上がった。愛用の槍をがつりと手に取るとそれを背に背負い、幸村は雨の降りしきる外へと飛び出した。
  こんな日こそ鍛錬だ。走るに限る、槍を振るうに限る。
  ついでに…そう、ついでだ。いつも雨の日は行かないが、気分だから行って来よう……政宗の所に。手合わせして欲しいと言えば、あの男の事だから喜んで相手をしてくれるだろう。対等に腕を競いあえる数少ない相手だからか、政宗は敵方の武将である幸村が来訪してもいつも快く迎えてくれる。
  もっとも、来訪する幸村も幸村だが……。
「よしっ! うおおおお行くぞおぉー!!!」
  1度決めてしまうと一気に気持ちが高まり、幸村は気合の雄叫びを上げた。団子の煩悩を捨て去った分、その他の感情が頭をもたげて興奮している事など、幸村には自身でもさっぱり分かっていないのだった。





「真田幸村! Good timing! お前ホントいい時に来やがったな! 食え!」
「…………………」
  しかし嬉々として出迎えた伊達政宗の目の前には団子の山が。
  幸村は思わずその場でフリーズした。
「どうした? お前これ好きだろーが? ハハッ、分かったぜ。あまりの感動で動けないんだな。Ok,Ok! 心配すんな! これはみんなお前のもんだ、誰も取らねェからよ。おい、お前ら! ここはもういいから下がってろ!」
  政宗の一言で家臣や侍女たちは一斉に引き下がった。以前であれば武田軍の真田幸村が主に果し合いを求めてきたといちいち騒然としていたが、もういい加減慣れたらしい。それに当の主がその事を喜びこそすれ、目くじらを立てる事をこそ嫌ったから。
  それに彼らも今はそれどころではなかったらしい。バタバタと実に忙しない様子だ。あっちへどたばた、こっちへどたばた。しかもその者たちが皆、膳に山盛りの団子を抱えているのである。
  幸村はようやく我に返り、その尋常でない様子に眉をひそめた。
「さ、先ほどから皆々方、一体何をしておられるのですか…?」
「ああ! 今な、大食い大会やってたんだよ!」
「お……大食い大会?」  
「Yes!」
  堂々と胸を張ってそう言う政宗は実に楽しそうだ。にっと試すような笑みを浮かべ、幸村にぬうっと顔を近づける。
  その距離に幸村が思い切りたじろぐと、政宗はまた軽快に笑った。
「幸村、お前も参加するか? 食い物は見ての通りよ、お前の好きな団子だ。飽きがこねェように、親切にも餡、黄粉、胡麻の3種類用意してやった。どれでも好きに食っていいぜ」
「…………」
  ごくりと唾を飲み込んで、幸村はまるで化け物を見るような目でじりりと後退した。
  何という事だ。自分は団子の欲を断つ為に政宗と手合わせをしに来たというのに、まさかそこでもこのような、しかも巨大な誘惑が待ち構えていようとは。
  それとも、もしや政宗は今回の一件を知っていて、だからわざとこんな真似をしているのだろうか?そんな疑いまで抱いてしまう。
「よう、どうしたよ真田幸村」
  好物の団子を前にどう見ても挙動不審の幸村を政宗が呼んだ。その訝しげな視線は、「折角お前の好きなもんを出してやったのにちっとは嬉しそうな顔をしろ」という不満をありありと示したものだった。
「ま、政宗殿」
「何だよ」
「佐助が……参ったのですか」
「あ、誰だそりゃ? ……あぁ、お前んとこの忍か。来てねえよ、むしろ一緒に来てねえの?」
「ま、まさか」
  元はといえば全部あいつのせいでこうなったのだ。
  幸村は完全な八つ当たりと言える酷い感情を佐助に向かって心内だけで毒づいた後、急いでぶるぶると首を振った。
  それをじっと見やっていた政宗はいよいよ不審な顔をして腕を組んだ。
「よく分かんねェが…。何かあったのか? お前変だぜ」
「べ、別に…っ」
「いーや、おかしい! お前、俺を誤魔化せると思うなよ? 何かあったんだろーが、オラ、話せ!」
「うわっ」
  言った拍子に政宗は幸村の首に腕を回し、そのままぐいぐいとふざけたように締め上げてきた。幸村は思い切り面食らってがくりと体勢を崩したが、政宗も承知したものでそのまま自分の懐にその相手を抱きこんでしまう。
「ま、政宗殿っ」
「いいじゃねえか、2人っきりだ。おらよ、座れ」
「……っ」
  そのままどすんとその場にしゃがみこまされ、共に胡坐をかいた政宗の胸に幸村は顔を押し付けさせられた。無理な体勢で苦しかったが、それでももぞもぞと動くと政宗も幸村の具合の良いように身体をずらしてやった。
「…………」
  広間の中央で2人きり、こうしてくっついて座っているというのはどうにも滑稽である。幸村もその可笑しさは嫌という程分かっていたが、これはこれで決して不快なものではなく、むしろ手合わせと同じくらい好きだと思っていたから黙っていた。
「で?」
  暫くしてから政宗が言った。同時に幸村の背中をぽんぽんとあやすように叩く。
「何があったんだよ。お前が団子を食わないなんてどっか悪いのか? 病気か?」
「だ、団子は……やめたのです」
「やめたぁ? ………いつだ?」
「今日……」
「はぁ?」
  何だそりゃ。
  政宗が口元でそう呟くのが聞こえ、幸村はぎっと顔を上げて睨みつけた。
「そ、それなのにっ! 某が決意したその日に政宗殿はこのようなふざけた催しを、城で! 一体何の嫌がらせにございますか!?」
「し、知るかよ! 偶々だ! あーっ! もしかしてお前、誤解してたのかよっ。俺がお前んとこの忍に聞いて、嫌がらせでこんな事してるって!? そうだな!?」
「そっ…そうとしか考えられぬ!!」
「知るかーっ!!」
「いっ!? み、耳元で叫ばないで下され!!」
  唾を飛ばさんくらいの勢いで政宗が急に怒り出すものだから、幸村も目をチカチカさせてしまった。それでも政宗が身体を放してくれないのでその場から距離を取る事もできない。それどころか余計にぎゅうぎゅうと抱きしめてくるから、堪ったものではなかった。
「ま、政宗殿、何を…っ」
「俺はなーっ。お前が喜ぶと思ってやってやったのに!」
「は、はあ?」
  素っ頓狂な声を出す幸村に、政宗はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。まるで子どものようにいじけたその仕草が妙に可愛らしいと、こんな状況であるのに幸村はそんな事を思ってしまった。
  幸村のその想いには気づかず政宗は憮然として言った。
「今日のは予行演習だ。こういう些細なイベントでも俺は全力で打ち込むタイプだからな。時間! 量! 何より団子の味! そういうもんは何度か試してみてうまい具合に調整して、それでようやく本番に臨める。難しいもんなんだ。You, see?」
「は?」
「分かったかって言ってんだよ!」
「痛っ!」
  べしりと頭を叩かれて幸村は首を竦めた。しかし頭を擦ろうと身じろいだ途端、また政宗にきつく抱きしめられてしまう。
「……それで」
  じたばたともがく幸村の頭に顎を乗せ、政宗は未だ不機嫌なまま訊いた。
「何で団子食うのをやめたんだよ。あんなに好きだったろ」
「………」
「虫歯にでもなったか」
「ち、違うっ!」
「なら何でだよ。チッ……ったくよ。主催日が確定したらお前ンとこのオッサンにも文を出すつもりだったんだぜ」
「え?」
「もう打診はしてあるがな。あと謙信の奴と最北のいつきってガキ。こいつはえらい食うぞ? お前と優勝争いするのはまずあいつだったろうな」
「え? え?」
「あとよー、北条のジジイと、この間の縁で徳川とそこのロボだろ? あ、あいつって物食えんのか? まあいいか。今川の野郎には団子の代金出させてあっから、一応呼ばないとまずいなぁ」
「………あの」
「問題は前田のバカ夫婦だな。あいつら絶対自分らも呼べと言ってやがったが、魔王のオッサンとは口きいた事ねえしよ。つーか俺あいつ嫌いだしよ。そんな中で前田だけ呼ぶってのは実際やばいんじゃねーかと思うわけだよな、さすがの俺も。まあどうでもいいが。西の奴らはあんま知らないしなー」 
「政宗殿」
「あ?」
「一体何の話……」
「だから。団子大食い大会の話に決まってんだろ? 独眼竜プロデュースのな」
  得意満面の顔で政宗はそう言い切り、またにやりと口の端を上げた。
「武田のオッサンがお前呼ぶの駄目っつったらこの話自体なしだったけどよ、昨日絶対やれって偉そうな返事がきたからやる事は決定になったわけだよな。何気にあのオッサンもやる気満々だったが、オッサンも団子好きなのか? 師弟揃って甘党なんだな」
「…………」

  もしや、だからお館様は急にあんな話をしたのだろうか?
  しかも凄く楽しそうに……。
  佐助がああいう報告をしたのも、「幸村ならそれくらい食べられるから、武田の勝利は間違いない」……そういう類の話だったのだろうか。

「おーい、真田幸村。また呆けちまって、起きてるか?」
  ぐらぐらと政宗に身体を揺さぶられて幸村ははっとして目を瞬かせた。それからようやく政宗をじっと見やる。
  団子が好きだとか甘党だとか、政宗はあまり頓着していないように見える。
 むしろ……。
「政宗殿。団子をたくさん食べられるというのは……その、武士としてどうなのだろうか?」
「ああ?」
  恐る恐る訊ねる幸村に政宗は一瞬眉をひそめた……が。
「はっ…」
  どうやらようやく合点がいったらしい。みるみるうちに笑顔になると、政宗は威勢よく言い放った。
「そりゃお前。やっぱり男は食いっぷりもよくねェとなあ! 団子だろうが何だろうが、人様が一生懸命作ってくれたもんだぜ? ありがたく全部食して、これぞ武士! だろ!?」
「そっ!! そうか!!!!」 
「ああ! そうだぜ!!」
  政宗のその言いようがあまりに堂々としていたせいかもしれない。途端目の前がぱあっと明るくなるような気が、幸村にはした。
  するとたちまちにして、先ほどまで畏怖の対象であった山盛りの団子がひどく愛しく素晴らしいもののように光り輝いて見えた。
  やっぱり団子は大好きだ、凄く好きだ。そう思った。
「そ、某、これを頂く…!!」
「おっと」
  ぱっと手を離した政宗にも気づかず、幸村は視線を向けていた団子へ向かって一目散に飛びついた。膳に盛られた3色の団子はキラキラしていてどれもこれも皆美味しそうだ。そして可愛らしい。
  事実としては、そんな風に思って団子を手にしている幸村の方が「キラキラしていて可愛らしい」と政宗に思われていたのであるが。
「美味い! 政宗殿、これは美味い! 最高ですぞ!」
「はははっ。そうか! だが本番はこれよりもっと美味いのを作らせるからな。楽しみにしていろ!」
  しかし勿論、政宗は自分のその想いを口にはしない。下手にまたからかってむくれられたらこのイベントも水の泡だ。
「どんどん食え! なくなったらまた運ばせるからよ!」
「はむ! むむ…ははじえなひ!」(※かたじけない)
「ふ……」
  政宗は自分の傍でばくばくと団子をほうばる幸村に心底楽しげな目を向けて笑った。
  幸村はそんな政宗の視線にはもう構わず、たった半日、されど半日我慢した団子を時を惜しんで口に詰め込んだのだった。

  帰宅後、従者の佐助にほとほと呆れた目を向けられるとも知らずに。



<了>




…これってダテサナですかね?団子×幸←殿なんじゃ(汗)。

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