不幸の手紙がやってきた
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それは麗らかな晴れた日のこと。 「政宗様。西国の伝道師とやらから書簡が届いておりますが」 小十郎がそう言って広間へやってきた時、政宗はちょうど自分の元へ遊びに来た幸村と平和に健全デートをしている最中だった。その日のシチュエーションは「俺んちで一緒にてぃーたいむ」だったのだが、政宗はそれを実現させる為、小十郎以下他の臣下たちの公認を得ようとここ数日領内の政に精を出しまくっていた。 お陰で本日は大っぴらに休日を満喫、幸村とも思う存分いちゃこらできる……はずであったのに、いきなり水を差された事で政宗はすっかり膨れてしまった。 「伝道師だァ? ったく、怪しさ全開だな」 「政宗殿は西国にも知己の方がおられるのか。さすがに顔が広ぅございますな!」 幸村は出された茶請けを必死に頬張っていたが、2人の会話はしっかり聞いていたようで呑気に感嘆の声を上げた。それ自体は政宗自身も嬉しい事ではあったが、生憎あちら側での知り合いといえば先日の団子大会で小十郎と意気投合した四国の長曾我部くらいで、伝道師とやらは知らない。 一体何者だ? 「その文を持ってきた使いの奴はどうした」 「自爆されました」 「………は?」 普通に答える小十郎に政宗が目を点にしていると、横で幸村がさっと青褪めて手にしていた団子を取り落とした。 「何と…自害されてしまったのか。一体何故…」 「つーか人ンちの城で勝手に爆発とかすんじゃねえよ。文受け取った奴は無事だったのか」 「政宗殿! 何を平静な態度でそのような事をっ。仮にも御使者の方が自害されたのですぞ!」 「幸村。俺の心配は俺の家臣が怪我してねーかって事だけだ。いきなりやって来て爆弾抱えて死なれても、そんなのこっちはいい迷惑ってだけじゃねえかよ。ってか、これって宣戦布告か?」 「我らの中に怪我をした者はおりません。事前に、『これより数秒後に爆破する』と予告して下さいましたから」 「は? ……無駄に丁寧な奴だな」 「しかも自害される前にその方が伝道師からのメッセージとやらを読み上げておりましたが、それによると、派手な爆発はパーティ好きだという政宗様の趣向にあわせたドッキリだそうです」 「……あん?」 「な、何と…。己の部下の命を使ってそのような…! ま、政宗殿っ。このような事! この幸村、絶対に許してはおけませぬ!」 がばりと立ち上がり握り拳の幸村を冷めた目で見つつ、政宗はまた厄介な事が起こりそうな予感に眉をひそめた。 「そうだなぁ。で? その書簡とやらは? 見せろよ」 「は…」 小十郎が差し出してきた書簡は至って普通の形態をしたものだ。表にしたり裏にしたり一応ざっと目を配ってみたが、特に何かが仕組まれているとは思えない。 「んで、その自害した奴どうした」 政宗が訊くと小十郎は慣れた様子ながら、さっと顔をしかめて「困ったものですが」とため息をついた。 「成実らが今のは面白かったからと、散らばった破片を集めてもう一度複合してみようと言って庭で遊んでおりまする」 「……破片…?」 「まま政宗殿っ。ご、ご死者の骸をあ、あ、遊び…!? 伊達の方たちは一体常識というものをお持ちなのですか〜!!?」 「ちょっと待て小十郎。その自害した奴って…人か?」 「いえ。ロボットでした」 「それを早く言えっ!!」 俺も見たかったじゃねえかよっと声を大にして言いそうになるのを政宗は何とか堪え、傍できょとんとしている幸村に「まあ座れ」と敢えて落ち着いた声を出した。 幸村が大人しく言う事をきくと、ふうとため息をついて書簡を開く。 「西国には面白いもんがたくさんあんだな。まあ、あれだな。最近はそういうのが流行ってるんだな。ああ、そういやあの本多忠勝だってロボだもんな」 「そうですね。うちでも取り入れます?」 「やめとく。金かかりそうだから」 「あの…?」 一人訳が分かってなさそうな幸村を置いてきぼりに、政宗はその書簡に目を落としてそのまま……フリーズした。 「……政宗様? それでその西国の伝道師とやらは一体何を?」 「………」 「政宗殿?」 幸村も不思議そうに首をかしげる。しかし最近では無意識にとはいえ、ますます図々しさに磨きが掛かっている幸村は(大体、堂々と政宗のいる城にまで遊びに来てしまっているところからして既に一線を超えている)、ひょいと身体を寄せて政宗の手元にある書簡に目を落とした。 そこには珍妙な横文字でこう綴られていた。 ハァイ、奥州ノ迷エル子羊! ワタシ、愛ノ伝道師ザビー! 団子ニ愛ヲー! 無視ニハ天罰ヲー! 貴方、コノアイダ自分トコノオ城でパーティシター! ワタシ、ソレ誘ワレテナーイ! 四国ハ誘ッタノニソレ差別ネー! ダカラコレ、不幸ノ手紙送ルネ♪ コレ見タラ三日以内ニワタシニお返事届ケナサーイ! デナイト貴方呪ワレルヨー! HAHAHAHAHA! 「……小十郎。ザビーって誰だ?」 「ああ…。そういえば先日元親殿から聞かせて頂きましたよ。西国に異端な神を信仰している怪しげな集団がいて、ザビーはそこの教祖のようです。全ての者に愛と平等と平和を…と謳っている割には、人んちの国にバズーカを持ってしょっちゅう襲ってくるとか」 「クレイジーな奴だなー。絶対関わりあいになりたくねえな!」 触るのも嫌だという風にひらりと書簡をその場に捨て、政宗は軽く肩を竦めた。 「大方元親の奴からうちの事聞いて、自分だけ除け者にされたっていじけたんだろ。こういう奴はいつでも自分が主役じゃなきゃ気が済まねェんだから。全く迷惑な話だぜ」 「ではこれはこのまま捨て置きますか」 律儀に文を拾う小十郎に政宗は眉を吊り上げた。 「当たり前だろが! 無視だ無視! こういうのには極力目を合わせちゃいけねえッ。戦になりゃ話は別だがよ、こんなんと好き好んで戦いたくはねえなあ。俺にだって好き嫌いってもんがある!」 「元親殿がこの者との戦に勝利して下されば宜しゅうございますな」 「そうだな。何か差し入れでもしとくか?」 しかし2人がそうしてこの話をそこで終わりにしようとした、その時。 「ま、政宗殿!!」 「うおっ!?」 突然先刻まで黙りこくっていた幸村がふるふると震えながら政宗を押し倒してきた。思い切り意表をつかれた政宗はそのままその場に伏し、何やら必死な形相の幸村に目をぱちくりさせた。 「な、何だよ幸村…。昼間っからやたら積極的だな」 「私は席を外しますね」 小十郎が呆れたような顔をしながらもその場をすぐに去っていく。政宗は珍しく気が利く家臣に内心でほくそ笑みながら、自分の上に乗る幸村の腕をそっと掴んだ。 「どうした? 俺はこういう体位も結構好きだけどよ。はは…初めてだとお前にはきついかもしれないぜ?」 「政宗殿っ。先ほどの書簡、返事をされないというのは誠ですか!?」 「は…?」 「三日以内に返事を出さねば呪われるとある! それなのに、何故そのように落ち着いておられるのですか!」 「いや…だって…絶対呪われないだろ」 「何故そうと言い切れる!」 「ってかお前。幸村。もしかしてそういう話、苦手なのか?」 「!」 政宗が何気なく訊ねた事に幸村はびくりとなりながらもぐっと唇を噛み、目を伏せた。 その様子が堪らなく可愛いと思っている政宗には気づかずに。 「某は…。呪いなど、本来は信じておりませぬ。ですが…絶対にない、とも言い切れませぬ…」 「そういう目に遭った事あんのか?」 武闘派の幸村がそういった類のものに関心があるとは意外だった。恐らくは過去に何らかの事がなければそうは言い出さぬだろう。思い切りからかってやろうと思っていた政宗は、しかし幸村のどこか思いつめたような顔を直視して自分も笑顔を消し、慰めるように幸村の頬へ手をやった。 「ま、政宗殿…」 幸村はそんな政宗の優しい愛撫に一瞬途惑ったようになりながらも、その手を払おうとはしなかった。 そして言った。 「どんなにくだらないと思う事でも…。大切な方の事となれば、些細な不安でも取り去りたいと思うものです」 政宗の驚きに満ちた表情を幸村は見ていない。それでも依然政宗の上に跨ったまま、幸村は自分に向けて差し出してきた政宗の手を取って呟いた。 「今はこのような時代ですから。武士なれば戦場での死を望むもの。政宗殿が訳の分からぬ呪いで某の前から消え去ったりでもしたら………我慢なりませぬ」 「まあ…。そん時はお前が敵をとってくれや」 「そ、そのような!」 「幸村」 「!」 怒鳴り声を上げようとした幸村よりも政宗の方が一瞬速かった。 「なっ…」 「まったくお前は可愛過ぎる」 政宗はあっという間に体勢をくるりと真逆にし、油断した幸村を今度は自分が押し倒した。そうして焦る幸村ににやりと笑い、開いている片目をすうっと細める。 「不幸の手紙どころか俺には幸運の手紙だったな。お前のこんな顔が見られたんだからよ」 「ま、政宗殿、手を…。お放し下され…っ」 「嫌だね」 「あっ…ちょっ…」 首筋にキスをしてきた政宗に幸村が声をあげる。 しかし政宗は何度かそうして唇を当てた後、未だ不安そうな空気を放っている幸村に軽快に言ってやった。 「安心しろ。返事は書いてやる」 「え……」 「俺もザビーさんとやらに礼くらい言わなくちゃな?」 「政宗殿……って、ちょっ…! や、やめ…!!」 政宗の楽しそうな声に幸村の途惑いまくりの声が辺りに響く。 しかし忠臣・小十郎の機転によって、人払いをしたその周辺で彼らのそんな声を聞く者は誰一人いないのだった。 そして三日後。 西国の伝道師ザビーの元へは、政宗によって「Thanks!」というたった一言の文と……大量の団子が送り届けられる事となる。 |
<了> |