鑑定3
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一人で複数を相手に戦う時、明智は大抵弱い方を先に仕留め、お楽しみを後に取っておく。目障りは早々に撃退した方が無駄にイライラしなくて済むし、メインディッシュの戦いにも集中できるからだ。 しかし相手が二人とも強かった場合は「自分にとって嫌な方」を狙う。この場合、明智にとって注意すべきなのは佐助という忍だ。どんな技を持っているか分からないし、恐らく直線的な攻撃を主とする真田幸村とは違ってちょこまかと姑息な手も使ってきそうだ。 「でもね…」 だがそこまで考えながら明智はぺろりと舌なめずりをした後、真っ直ぐ幸村の方へ向かって駆け寄った。 「来るかッ!」 幸村は自分が標的にされた事により一層戦意を燃え立たせ、背中に背負っていたニ槍を素早く取って構えた。佐助が「旦那は下がってなって!」などと声を荒げるのも完全に無視し、真っ向から受けて立つという意思の強い眼で睨み据える。 いいですねえ…! ゾクゾクきます、その顔…! 明智はそんな幸村にニヤリと口角を上げ、更に突進するスピードを上げると、その速度がついたまま巨大な鎌を天高く振り上げた。 「なっ…!?」 瞬間、周りの木々が薙ぎ倒されん程の地鳴りと土煙が立ち上がり、幸村は一瞬その視界から明智を見失った。勿論気配を探る事はどんな状況でも怠らないつもりだったし、不測の事態に対する経験とてそれなりにはある。 それでも、明智の不規則な動きによって振るわれた死神の鎌が、逃げ遅れた森の獣に向かってかまいたちを起こすのを見てしまった瞬間――。 「しまっ…!?」 「旦那ッ!」 佐助が繰り出そうとした技よりも早く、明智は幸村の背後に回りこんでその身体を捉えた。 「ぐっ!」 「ふふふ…優しいんですねえ」 「貴様、わざと…!?」 首筋に鎌をあてがわれ、悔しそうに顔を歪める幸村の横顔を明智は至近距離からじっくりと眺めやった。 さすがと言おうか、自分が幸村を獲ったその瞬間、佐助という忍はその姿だけでなく気配自体を消してしまった。たとえ幸村が己の主であろうと、下手に激情したりうろたえて明智の有利を誘うのは避けたいと考えたのだろう。勿論何処ぞに潜んでいるのは間違いないだろうが、奴が早々妙な手出しを出来なくなったのは確かだ。 明智は幸村の耳元に唇を近づけてそっと囁いた。 「おやおや…。貴方の可愛い従者は恐れをなして逃げ出してしまったようですねえ…くくく……」 「……ッ」 どちらもそんな事は思ってもいないが、明智はこういう意味もない会話を交わす瞬間が大好きだった。上位の立場から獲物を見下し、時にちろりと味見をして……相手が憔悴し苦しむ様を近くで眺めるのは最高だ。 濃姫あたりからは、そんな時いつも「さっさと始末しなさい」と嫌な顔をされるのだけれど。 「武田軍の真田隊というと勇猛で果敢と聞かされていましたが…。先の戦同様、大した事はないようですね」 「さっ…先の戦だと…!」 「ああ…。そういえば自己紹介がまだでしたね。私は信長様の家臣、明智光秀と申します。くくく…先だっての戦いでは信長様からお預けを喰らっていましたもので…貴方にも直接お会いする事が叶わず、残念でした」 「あ、明智……光秀ッ」 「そうですよ。はじめまして……そして――さようなら」 本当はもっともっといたぶってから殺したい。 けれども明智は全身から闇の氣を発して幸村の動きを封じ込めると、手にした鎌を振り上げた。佐助の奇襲も油断ならないし、残念だが早々に始末する必要があった。 「あははははは……! さあ、死になさいッ!」 「くっ…」 「旦那ッ」 明智が技を繰り出す直前、佐助の声と何かが発せられた音がした。 「むっ…!?」 そしてそれにも構わず振り下ろされた鎌の先に、何かが激しくぶつかってくる衝撃。 「……ッ」 素早く飛び退って明智は目を凝らした。佐助が発した煙玉のようなもののせいで視界が不明瞭だ。この暗闇では幸村などはもっと何も見えないだろうが、うっかり手を離してしまったから佐助に取り返されただろう。 それにしても自分とて十分奴の攻撃には気を配っていたはずなのに、この煙はともかく、先ほどの感触は何なのだろう。何か硬い金属片が……手裏剣ではない、もっと重く長いものがこちらに当たった気がしたのだが。 「………刀」 そして明智はようやく慣れてきた視界の足元に、自分の鎌を取り押さえるようにして投げられたものの正体を知って声を出した。 幸村を襲い、その首を獲ろうとした自分を阻止した物体は、佐助の武器でも、ましてや自分が囚えていた幸村の槍でもない、見鳴れぬ形をした刀剣だった。 「………人ん家の庭で何してやがる」 そしてその刀の持ち主はそう言った。 「………」 明智はゆっくりと顔を上げ、側面に立つ幸村とそんな彼を押さえつけている佐助ではなく――正面に現れた片目の男に向けて暗澹とした瞳を向けた。 そうですね……これだけ騒げば竜とて目が覚めてしまいますよねえ……。 「ふ……」 明智はそんな事を考えながら、突如目の前に現れた当初の目的の人物…伊達政宗に不穏な笑みを向けた。改めて手にした鎌を握り直す。 「ご挨拶が遅れてしまったのはこちらのお二人にも非がありますよ…。私はきちんと表門から伺うつもりだったんですから」 「嘘つけ、この!」 「佐助!」 佐助の横槍に幸村が嗜めるような声を出した。 そしてすかさず明智がやっているように政宗に視線を向ける。 「ま、政宗殿、かたじけない…! し、しかしこの男はどうぞ某に任せて下され!!」 「旦那っ」 「黙れ佐助! あのような卑怯な手を使われて黙っていられるか! 明智! いざ、尋常に勝負しろ!」 「………」 勿論、明智も幸村のような男は大好きだ。自らの定石を捨てて先に幸村を襲ったのも我慢できなかったからだ。「相手をしろ」と言うのならば喜んでそうしたい。先ほどの続きを楽しみたい。出来れば誰もいない場所で。 「………さて」 しかし明智はもう感じ取っていた。 今はもう、それどころではない。 「改めて…はじめまして政宗公…。貴方のお噂はかねがね、私も主である信長様から聞き及んでおりましたよ。何でも腕には大層な自信がおありとか」 「………」 政宗は最初発したきり、何も言おうとはしない。明智はそれを不快に思いながらも敢えて笑顔を絶やさなかった。 「聞くところによると、貴方はたとえ敵方の武将でも自国に招いてはその剣の腕を試されるとか。以前はうちの蘭丸までお世話になったそうで、これは是非私もそのお仲間に加えて頂きたいと思いましてね」 「遊びはやめた」 政宗がやっと返答した。 明智はその凛と響く声にゾクリと背中の震えを感じながら、ちろりと横に立って息を呑む幸村に視線をやった。 「はて…。おかしいですねえ…私だけ除け者ですか? 見ればこちらの真田殿とは随分親しいご様子ですが…」 「そいつも俺の敵だ」 「ま、政宗殿…?」 幸村があからさまショックを受けたような声を出したが、佐助が敢えてそんな幸村の両肩を押さえ、後ろに下がらせようとした。もっとも今はその方が都合が良い。この男と楽しい一騎打ちが出来そうだから……そう思いながら、明智は鋭い刃に己の姿を映しながら、そこにぺろりと舌を這わせた。 そして瞬間、政宗へ向けて攻撃を仕掛けた。 「気に入らないんですよ、貴方の存在がねえ…!」 今度は直線的に突進したりはしない。幸村のように他者を囮にして気を逸らさせる戦法も恐らくは効かないだろう。ただえさえ暗い闇夜の中、更に自ら発する暗闇を身に纏うようにして、明智は政宗の右側面…見えない死角からその胴体を真っ二つにせん勢いでリーチのある武器をサイドにスライスさせた。 「信長公は私の獲物なんですよ…!」 まるで無防備だ。恐ろしいくらいに動きがない。案外スピードがないのだろうか? 「死になさい!」 しかし明智が確信してそう叫んだ、その時だった。 「………魔王は」 政宗がぽつりと呟いた声を明智は聞いたような気がした。 「ゴフッ!?」 しかしそれを知覚したと思ったのもほんの一瞬で、気づけば明智は地面に倒され、激しい痛みと共に唇から鮮血を噴き出していた。 「なん……です、か……」 状況が読めなかった。 確かに捉えたと思ったのだ。政宗は自分の奇襲に一歩も動かず、また構えてもいなかった。それもそのはず、彼は明智の動きを封じる為に先刻刀を投げてしまっていたのだから、武器はないはずだ。 ああ、でも、そうか。 「ろ……六爪……ですか」 ふと、おぼろげになった視界に政宗の見下ろす姿が目に入った。 正確に言えば「五爪」か。迫り来る攻撃を跳ね返し、その圧倒的な力で彼は逆に明知を薙ぎ倒し、傷を負わせたのだ。 「魔王はお前に何と言った」 政宗が訊いた。 その開いた左目に感情の色は見られない。再度声を掛けている幸村にも決して振り返りはしない。 「俺に手を出すなと言っただろ」 「……承知しているなら訊かないで下さいよ」 明智は更にどくどくと血を流しながら嘲笑うようにそう答えた。なるほど、主があそこまで惹かれていたのはこの竜がここまでの力を有していたからか。いや、しかしあの時見た限りではここまで冷酷に徹した様子は感じられなかったのに。甘くて、温くて……そう、あそこに立つ真田幸村のようだったのに。 今のこの男は限りなく自分や信長に近い…闇を背負っているではないか。 「お前はまだ俺の天下統一に必要な駒だ」 明智がそんな事を考えていると政宗が言った。 「俺が魔王とやるまでには…まだ倒さなくちゃなんねえ奴らが大勢いる。お前も参戦しろ。信長とやりたいなら…お前もそれなりに戦え」 「……たとえば、そこの武田の者とも?」 「………」 「私が代わりに狩っても宜しいと?」 政宗はすぐに答えなかった。 ただ刀を収めるとくるりと踵を返し、一歩二歩と去り始めた。 そして息を呑み、何も言えなくなっている幸村を本当に一瞬…恐らく一番近くにいた明智以外は気づかなかったのではないか、それくらい僅かな間意識を向け、そして言った。 「殺れるもんなら殺ってみろよ…。お前程度に殺れるって言うならな」 「………承知しました」 「二度とここへは来るな」 この台詞は恐らく自分に向けて言ったものではないだろう、そう思ったから明智はこれには答えなかった。 「………ふ」 やがて誰もいなくなった暗闇の山中で、明智は自然零れ始めた笑みを止める事が出来ず、暫くの間くっくとひたすらに肩を揺らしていた。そのせいで傷が痛んだが、それでも止められなかった。 面白い、何と面白い戦国の世か。 「そうですね…まだまだ死ねません…」 明智は仰向けに倒れたまま呟いた。 そうしてその後もけたけたと続く笑いを止められず、明智はそんな自分に困惑し歓喜し、それらの感情にまた愉悦を感じた。 明日が来るのがただひたすらに待ち遠しかった。 |
<了> |