衛門(おにえもん)は途方にれる



「あ、あ、ありえねぇ……」
  元親はゼエハアと荒く息を継ぎながら、強く握りしめたせいで半分潰れてしまった団子をぐぐっと睨み据えた。
  既に額からは大量の冷や汗が噴き出している。
「こいつらバケモンか……」
  死にそうに苦しいのも道理。現在奥州筆頭・伊達政宗の領地で行われている「独眼竜プロデュース!団子大食い天下一大会!」で、元親は先刻からかれこれ数十個の三色団子を胃の中に詰め込んでいた。周囲では既に胃袋の限界を超え、その場に倒れ伏す無残な屍が次々と伊達の家臣達によって運び出されていくが、それと比例するように自分に差し出される団子皿のスピードはどんどん増している気がした。
「おじゃああああ。皆の者、伏してっ! 伏して拝み、食するが良いぞ! 麿が、この今川義元がわっざわざ! わざわざ、伊達殿の要請で<すぽんさあ>となって作らせた至高の団子でおじゃるからのう〜! 全て食さねば天より罰が当たると思えい! おじゃあああああ!!!」

  うっせぇよクソ麿が! テメエは後でぜってぇ殴る!

「し、しかし今は…腹が苦しいぃ〜…くそー!!」
  主催者席で偉そうにふんぞり返っている今川義元にぎろりとした視線を向けたのも一瞬。思わず情けない声が漏れてしまい、元親はよせばいいのに傍の水をぐいとあおって咳き込んだ。水など飲めば余計に腹が膨らむ事は分かっていたが、最早流しこむしかこれらのものをたいらげる方法が元親には見当たらなかった。
  大会が開始されてから数時間。
  本当ならばこんな祭りには出る義理もない、名誉が懸かっているわけでもない。さっさとリタイアしてしまえば良いと思っていたが、ここまで来るともう意地だった。
「おっかわり〜♪」
  横に座って嬉々として団子を腹に入れているのは海岸で知り合ったいつきという童だ。この小さな身体のどこにあれだけの量が入るのかという程、いつきはまだまだいけるとばかりに色とりどりの団子をほうばっている。こんなガキに負けたとあっては夢見が悪い、これが元親がこの勝負を退けないと思ったまずは第一の理由だった。
「うおおおお、某もまだまだいけるでござるよ! 佐助、次だ! 早く次を持ってこい!!」
「何で俺サマがいつの間にか実行委員の一人にされてんのよもう〜」
「がっははは! 佐助、動きが鈍いぞ! ほれ儂の方にも持ってこぬか!」
「おおっ! 御館様、さすがにございますっ! その調子ならまだまだ百はいけまするな!」
「当然っ! 遅れを取るでないぞ、幸村!」
「無論でございます、御館様!!」
「幸村!」
「御館様!」
「幸村っ!!」
「御館様っっ!!!」
「幸村ああああ!!!!!」
「御館さむああああああああ!!!!」
「あー分かった分かりましたっ! 武田の恥だから、ちょっとあんたら黙ってっ!!」

  ……あいつら、アホだ。

  前方の席で何やら雄叫びを上げつつ団子を食しているのは武田軍こと、その大将武田信玄&臣下の真田幸村だ。彼らもここにいるいつきと同じくらいの勢いで大皿を空けていっているが、まだまだリタイアしそうにない。
  武田は天下を狙う元親にとってもいずれは宿敵になろうという相手。たとえたかが団子大食い大会であろうと奴らにも負けるわけにはいかなかった。これが勝負を降りられない2つ目の理由なわけだ。

  そして同様に、その他のライバル達にも……。

「ああ謙信様…っ。その食べっぷり…! 素敵でございます…!!」
「ふふふ。かすが、おまえもたべてごらんなさい? このだんごなどはうつくしいおまえのほほとおなじももいろをしています。あじももうしぶんない。まさむねのところのしょくにんたちはなかなかによいしごとをします」
「いいえいいえっ。このかすがにしてみれば、この団子が幸せ者です!! 謙信様に食して頂けるなど、かすがもこの団子になりたいくら……はっ! わ、私ったら何て事を……!!」

  武田軍の隣で「2人ラブいちゃ芝居」をしているのは上杉軍の大将上杉謙信と、何だかよく分からない「ナイスバディな姉ちゃん」である。
  謙信は食べるスピードこそライバルである信玄に及ばないが、しかしそのマイペースぶりが功を奏しているのか、まだ大分余裕があるようだ。最終的に決着は指定時間内に皿を空けた数で勝負が決まるらしいので、そうとなればこの上杉は敵ではないだろうが、それでも一応はマークの外せない相手であった。
  また、その他にも不可解な奴らが何人かいる。
  顔を見た事がないから確信はないものの、「戦国最強の武人」と謳われる本多忠勝は全身が鎧という話を以前から聞いていて、実際「その噂そのままだな」と思う奴が背後の席に座っていた。しかもそいつの隣に座っている子どもが「ゆけ! 忠勝!」としきりに叫んでいるので、ならばあの黄色い軍団は徳川に違いないと元親は睨んでいた。…ちなみに、「ゆけ」と言っている割にもっぱら食っているのはその「チビ」で、鎧の忠勝らしき男は団子が食えないのか、コホーコホーと唸っているだけだ。ただ、チビはチビでかなり食べているようなので油断はならない。
  また、いやに高い声でしきりに「ご先祖様ああああああ!!!」と叫んでいたジジイは関東の北条という事だったが、こちらは先ほどようやく泡を吹いてリタイアしていった……が、実はその時点で団子を食した数は元親より上だった為、これも相当にプライドが傷ついた。あんな年寄りに食べた総数で負けるわけにはいかない。
  そして一番の謎は織田の家臣・前田夫婦がいる事だった。何故伊達の主催するお遊び大会なぞに参加しているのか全く分からないが、とにかく利家がバカのように食べまくっているのがやたら目につく。しかも妻であるまつがこしらえたおにぎりを「おかず」と称して団子と一緒に食べているから気持ちが悪い。伊達政宗も「思わぬ優勝候補だ」と笑っていたが、胃袋の大きさでは確かに群を抜いて利家が一番かもしれなかった。

  とにかく。元親は団子を握り締めながら流れる汗をぐいと拭った。

  とにかくとにかく、この大層くだらない団子大食い大会に名を連ねている者達は、皆が皆、名の知れた戦国武将なのだ。そしてその殆どの者が未だリタイアの「り」の字も出す気配を見せない。
  だから幾ら苦しくても負けるわけにはいかない…。元親はぶるぶると震える手でようやっと何十個目かの団子を口に放り込み、それをそのまま飲み込んだ。
「おーすげーっ。いいぞ鬼衛門〜! 丸呑みとは男らしいねえ!」
「………るせえっ!!」
  あぐあぐと喉を詰まらせた元親は一瞬抗議の声を遅らせたが、自分に楽しそうな目を向けてきた伊達政宗にはぎっとした目を向けて食いかけの口をごぱっと開けた。
「おいおい、全部食ってから口開けよ。マナーがなってねえなあ、鬼衛門はよ?」
「うっせえって言ってんだよっ。テメエは見てるだけだろーがっ! ど、どんだけキチィと思ってんだっ!?」
「ならリタイアするか?」
「しねえよっ!」
  ぱたぱたと扇子を仰ぎながら見下したように言う政宗に、元親は更に唾と団子の食べ残しを飛ばしつつ怒鳴りちらした。
  ……リタイアしたくない最大の要因はこの男だと元親は思う。このとんでもない大会をしきっている伊達政宗。
  この男の鼻を明かしてやりたい。大会が始められてから元親のその想いはどんどん強くなっていた。
  とにかく態度がでかいのだ。偉そう。気障! 何となくむかつく。
  しかも。
「おい幸村ぁ! いつきの奴がもうすぐ三桁だぞ〜! 男見せろよ?」
「うおおお、政宗殿、お任せ下され〜!!」
  がつがつと団子をほうばる幸村は政宗に声を掛けられ更にスピードを上げていく。元親はそんな2人の遣り取りにふっと顔を上げ、憮然とした。
「………」
  そう、実はこれも何となく面白くない。
  あいつは先ほどから明らかにあいつ…あの真田幸村を「贔屓」しているような気がしたのだ。
「政宗は幸村ばっかり応援するだからなあ!」
「ん!?」
  しかしそう思ったのは隣のいつきも同じらしい。別段腹を立てた様子でもなかったが、もくもくと団子を口に放り込みながらいつきは何気なくそう言った。
  元親は一旦手を止めてそんないつきを見やった。
「だよなぁ? あいつ、さっきから真田の事ばっかり応援してるよな! 主催者がああいう贔屓をしていいってか!?」
「まあ、でもしょうがねえ。あの2人はデキてるだからな」
「たとえできてると言ってもだな、勝負ってなぁこう公平に……って、な…ななな何ィ!?」
  いともあっさりとそんな事を言ういつきに元親は口に含みかけていた杯の水をぶーっと思い切り吐き出してしまった。
「うわああっ。な、何するだ鬼衛門! おめ、汚い事すなや!!」
  その水を幾らか身体に当ててしまったいつきは飛び退って、恐らくは反射的にだろう、スパンと元親の頭を殴ってきた。
「いてっ!」
「オラの食うペース乱して、作戦か!? 鬼衛門っ。おめ、そんな汚い事してまで優勝したいだかー!?」
「う、煩えっ。お前がフツーの顔して突拍子もねえ事言うからだろっ!?」
「とっぴょーしって何だ!? オラはただ真実を述べたまでだ!」
「し、真実ってな、お前…!」
「おーい、そこの2人」
  しかし元親達の睨み合いもほんの少しの間だけだった。
「制限時間まであと僅かだぞー? 手を止めてていいのか?」
  政宗がいきなり立ち上がって騒ぎ出した2人に奇異の目を向けながら声をかけてきたのだ。それでいつきは途端に「しまっただ!」と言って慌てて席に着き直したが、そのほんの数分のロスも案外バカにならないらしい。幸村、信玄、そして利家のペースは緩まる事がないから、いつきは焦ったようにもう元親には構わず再び食べる速度を上げ始めた。
「鬼衛門。お前も一応優勝候補の中に入ってるぜ? ラストスパート、頑張れ?」
「くっ…。言われなくても……やるってんだよっ!!」
  本当はいつきの発した言葉をもっと追求したかったが、政宗にそう言われて元親は仕方なく再度乱暴に腰をおろした。そうしてとりあえずは最後の一踏ん張り、ここまできたら意地でもトップに立って見せると、いつき同様がばがばと団子を口に詰め込むのだった。


  そして。


「途中リタイアした者の食べた総数はリセットした上で、第一回団子大食い大会の優勝者は〜!? 最北のアイドル娘、いつきちゃん!!!……の、親衛隊長である吾作どんに決定致しました〜! それでは皆さん、また来年! さようなら〜!!!」
「……誰が二度とやるか」
  夕暮れ時の平原。
  赤く染まる草っ原にどっかりと腰をおろし、元親は脱力したように暮れなずむ夕陽をぼんやりと眺めた。あれほど賑やかだった大会会場は伊達の家臣達やどこやらの忍軍団が手際よく次々と片して行った為、あっという間に元の何もない平地へと変貌した。今では先程までの喧騒が全く嘘のようだ。
「よう、鬼衛門」
「……俺は鬼衛門じゃねえ」
  背後から砂利を踏む音が聞こえてきたと同時、不躾な声が掛けられた事で元親は思い切り不貞腐れたような態度でフンと鼻を鳴らした。武将としても男としてのプライドもずたずたである。結局、大会には優勝できなかったし、団子を平らげた総数も他のライバル武将達に「一歩及ばず」な成績だった。
  よって、今自分の背後に立ち尽くしている男…伊達政宗の鼻を明かしてやる事もできなかったわけだ。全く無駄骨だった。
「武田の忍が『あの超人軍団の中で健闘してた謎の飛び入りさんにこれやってくれ』ってよ」
「ああん?」
  振り返ると政宗は手に何やら細い草の根を持っていた。
「よく知らねェけどな、煎じて飲むと胃がすっきりするらしいぜ」
「ケッ、くだらねえ、敵からの物なんざ…」
「いらねーか?」
「……いや。要る」
  ばっとその根を奪い取るようにして、元親はそれからまたフンとそっぽを向いた。
  もう殆どの武将達は姿を消してしまっている。今川だけは何やら今夜一晩伊達の領地に留まって一杯引っ掛けていくとの事だが、後は本当に静かだ。
  祭りの後の静けさ……。元親は何故だかふっと国の仲間達を懐かしく思った。実際はまだ一日しか離れていないというのに、どうにも妙な気分なのである。
  そんな元親に政宗がまた話し掛けてきた。
「ところでいつきの奴から聞いたぜ。お前、ここへは船に乗って来たんだってな」
「それが?」
「見せろよ。何処に停めてんだ」
「何でお前に…!」
  しかし振り返って牙を剥きかけた元親に政宗は肩を竦めた。
「あのなあ。仮にも人ンちの領地に勝手に船停めて、知らねーなんてありえねえぞ? 俺んとこだから許されてるってもんだ。…けど、どこぞの密偵だったらさすがにまずいからな、一応調べさせろよ」
「密偵が大食い大会になんか参加するか!」
「まあな」
  そりゃそうだなと政宗は軽く笑い飛ばしたが、不意に遠くへ向けた視線はもう笑ってはいなかった。何をも読み取れない表情。元親はぎくりとして動きを止めた。
「しかし実際」
  そんな元親を見ずに政宗は言った。
「お前は鬼衛門じゃねェわけだろ」
「何……」
「お前はどっかの国の大将で、いつかは俺の敵になる奴だろ」
「なっ……」
  何故それをと言おうとして、けれどその時不意に政宗を呼ぶ声が聞こえた事で元親はハッとした。
  自分達から少しばかり離れた所で幸村が元気良く手を振っている。傍に信玄や忍の姿はない。一人だけこの場に残ったらしい。そういえば大会中、いつきがこの2人について何やら不穏な事を言っていたが…。
「なあ。どこぞの鬼よ」
  呆けたように幸村を眺めていた元親に政宗が言った。
「お前、優勝したら何を望むつもりだったんだ。今大会の優勝者には今川が献上してきた貴重な舶来品だけじゃねえ、俺が出来る限りの事を何でも叶えてやるって条件を出してた。お前は、テメエが勝ったら何を俺にねだるつもりだった」
「あぁ? 俺は別に……」
  大会には成り行きで、しかも出たくて出たわけではないから別段願いというようなものは考えていなかった。いつきは村と自分の為の願い事を用意していたようでやる気に満ち満ちていたが自分は…。
「………」
  そこまで考えて元親は暫し口を噤んだ。

  欲しかったものだって?

  元親は気を取り直したようになるとつまらなそうに答えた。
「俺は……別に物が欲しかったわけじゃあねえ。ただテメエら田舎モンの鼻をあかしてやりたかった、それだけだ」
「勝てればただそれだけで良かったか」
「そりゃそうだろ。こんなもん…天下取りの為の戦ってわけでもないしな」
「そうか」
「………?」


「政宗殿ー!!!」


「ああ! 今行くぜ!」
  遠くから更に呼ぶ幸村の声。政宗は「この場にコイツの家臣がいたらどんな顔をするだろう」と元親がお節介にも思う程に、ひどく腑抜けた笑みを浮かべていた。
  けれどその瞳の何と清々しい事か。
「……お前は何が欲しいんだよ」
  だから思わず元親は訊いていた。政宗は「ん?」とそう訊いてきた元親に目を落とした後、ふっと口元だけに笑みを浮かべて「見りゃ分かるだろ」と呟いた。
「はあ? 分かんねーから訊いてんだろが」
「あそこにいる幸村は優勝しても特に何もいらねーって言ってたな。団子が食えればそれで良いってよ」
「アホだな…っておい。他人の話してすり変えるな、俺はお前が…」
「今夜は泊まってけや。どうせ今日中に帰れねえだろ」
「っておい! 聞いてんのかよ!」
  自分を未来の敵だろうと断言しておいて、あっさりと己の懐に入れようとする政宗に元親はただ途惑った。しかしそんな相手に翻弄されながら、一方で元親は不意に胸の奥が訳も分からず熱く湧き出すのを感じた。今日はたくさんおかしな目に遭ったから麻痺していた精神が今頃興奮してきたのだろうとは思ったが、それでもそれを感じた時、この目の前の男やあそこでにこにこしている幸村、それに他の武将達の嬉々とした顔が瞬時に脳裏に浮かんだ事だけは確かだった。
  どうした事か、今さら妙に楽しい気分になっていた。本当に今さら。

  もしかするとそれはこのあまりに気の抜けたコイツ等のせいかもしれない。

「お前、先に帰ってろよ。小十郎って奴が煩く俺の居所訊くかもしれねーけど、知らねえって言っとけ」
「……けっ。こんな時間から盛んな奴」
「無粋な想像すんな。ただの健全デートだ」
「でえと?」
「じゃあな、鬼衛門」
  ひらひらと片手を振りながら去っていく政宗を元親は半ば呆れた想いで見送りながらも、しかし浮かんだ笑みはどうにも消す事ができなかった。
  なるほど、こんな日がたまにはあっても許されるのかもしれない。
「けど、な……」
  しかし元親は政宗たちがいなくなった後も暫し一人その場にとどまり、ぐんぐんと地平線の彼方へ消えていく太陽を見やりながら毒づいた。

「あいつ、最後まで俺の名前まともに訊かなかったじゃねえかよ」

  敵だ密偵だ何だと言ってもやはり危機感に欠けている。一国の主がそれでいいのかと説教の一つもしてやりたい気分だった。
  だから。
「へっ…しょうがねえ、な…」
  元親は両手を頭の下に敷いて寝っ転がりながら独りごちた。
  これは今夜はきちんと奴に教えてやらねば。元親はそれだけを決めるとまたいやにすっきりした気持ちになり、そのまますっと目を閉じた。
  国へ帰ったら仲間たちに面白い土産話がたくさん出来そうだと思った。



<了>




今回の話ちょっと分かりづらいですよね(汗)。失敗失敗…。実は今回の殿の「願い=欲しいもの」は幸ちゃんっていうより、「束の間の平穏」という似合わないものだったりします。チカちゃんはお祭りの後の静寂にふと自分が「寂しいなー」と感じてしまった事にそんな殿の横顔を見て気づいてしまい苦笑。俺とあいつちょっと似たとこあるじゃん?みたいな。…解説しないと分からないSSなんて最低だーっ(笑)。……精進します。

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