それはね、、



「よぉ元親」
「テメエッ!? この忙しい時に何しに来やがった!?」
「観光」
「……ッ!?」

  元親の災厄は隻眼の男の呑気な笑声から始まった。



「お前ンとこの海は本当に温いなぁ…って思ったら酒まで生温いし。もっとマシなのないのかよ?」
「見て分かンねェのか!? 戦があったっつーんだよ!!」
  ゼエハアと息を継ぎながら元親は唾を飛ばさんばかりの勢いで怒鳴り声をあげた。
  目の前で偉そうにふんぞり返っている男は、つい先だって元親が「一人旅」をした先で知り合った奥州の武将、伊達政宗である。「新しく船を作らせたので試運転がてら来てみた」というこの不敵過ぎる男は、供の者も多く連れず、本当に唐突としか言い様がない登場を見せたのだ。
  折しも元親の領地では先日大きな戦を終えたばかりだった。
  未だピリピリした雰囲気の中突然現れたその異国仕様の大型船は、元親の部下たちを動転させるのに十分過ぎる迫力があった。
「趣味の悪ィもん作りやがって……」
「Ah〜? お前、今アッチじゃ、ああいうデザインのが流行ってるんだぜ。お前んとこのダサイのと一緒にするなよ。これだから田舎モンは…」
「俺の台詞取ってんじゃねえっ!」
  ガーッと牙を剥いた元親は、それでも周囲の連中が未だ奇異の眼でちらちらと自分たちを見やっている事にようやく気づいた。慌ててごほんと咳き込み、忠実な部下たちに「何でもねえから、お前らは作業に戻れ」と努めて毅然とした態度を示す。
「戦明けの割には落ち着きがねえな」
  客間からバタバタと去っていく男たちを尻目に政宗が杯を空けた。
  2人がいる位置から見渡せる庭先にも普段の優雅さはない。政宗がそちらにも視線をやるのを元親は自らも促されるようにして眺めやった。
  ざわつき忙しなく動いている兵士たちに注意を向けられる事もなく、そこには雑然と巨大兵器の部品が散乱している。お気に入りの重騎も今回の戦で全て台無しになった。大損だ。
「あれ、片付けねえの。見苦しいぜ」
  渋面を作っている元親に政宗が訊いた。
「んな暇ねえよ」
  元親は自棄のように自らも傍の酒を手酌で煽ると、唇を尖らせた。
「敵がまたいつ攻めてくるか分からねェからな。壊された砦を直さなきゃなんねーし、負傷した奴らだってたくさんいる。戦明けだからこそ、やる事は限りがねえんだ」
「負け戦か?」
「バカ言え! 俺は負けてねえ!」
  政宗の淡々とした物言いに元親はむっとして腰を浮かしかけた。そ知らぬ顔で酒を飲むこの男の底は本当に量り知れない。観光などとふざけた事を言っていたが、その実何か目的があるのではないか? うちを偵察にでも来たか? ……いやいや、しかしこの男は攻め入る時にはそんな回りくどいことはしないだろう。堂々と真正面からやってきて、問答無用に剣を振るう、それだけに違いない。
「んな見るなよ。幾ら俺がイイ男だからって」
  その時、不意に政宗がからかう風な目をしてそう言った。
「ああ!?」
  元親がそれに呆けたような顔をすると、しかし政宗はまたふいと視線を逸らし、散らかったままの庭先へと目をやった。もう何も言う気はないらしい。むしろ元親の言葉を待っているような節があった。
「……ちっ!」
  熱くなっているのは自分だけか。
  憮然としつつも改めてその場に胡坐をかき、元親はすっかり諦めたようになって政宗の方を見やった。そういえばこんな風に誰かに声を荒げたりムキになったのは久しぶりだ。戦が終わったばかりで気が昂ぶっていたが、可愛い弟分たちには余計な心配は掛けたくはない。知らず気持ちを抑えつけていた部分があったかもしれない。
「………」
  「見るな」と言われたばかりなのに、元親は涼しげな顔をして次々と杯を空ける政宗のことを更にじいっと見つめやった。
  そして、ふと「こいつに言ってみようか」という気になった。
  忙しさを言い訳に今まで敢えて考えないようにしていた、それは元親の中にある「モヤモヤとした何か」だった。
「……なぁ」
「あ?」
  本当は弱みを握られそうで嫌なのだが。癪なのだが。
「どう見る…」
  気づけば元親はもう訊いていた。目の前の男…独眼竜に。
「お前、知ってるかよ。今回の俺らの戦相手…中国の…毛利元就」
「やり手だって事くらいは聞いてるがな」
「ああ…」
  やり手もやり手、元就は元親が今まで相手にした事がない程の優れた戦術家だった。
  ひと月ほど前、突然奇襲を仕掛けてきたあの男…毛利軍の長・元就は、一体どんな「手品」を使ったのか、元親自慢の重騎をもものともせず、あっという間に本陣深くまで斬り込んできた。一騎打ちの末、何とか追い返すことだけは成功したが、あの怜悧な表情で操る円刀に竦みあがり戦意を失った仲間は多い。政宗には意地を張ったが、実際自軍の被害は毛利軍のそれと比ではない程甚大だった。
  あれは人間ではない、人の皮を被った鬼だ。
  皆が皆口を揃えてそう言った。
「鬼は俺のはずなのによ…。皆びびりまくってんだ。奴は鬼だ、血も涙もない白い鬼だってよ」
「赤や青はともかく、白鬼ってのは聞いた事ねえな。俺はソイツの顔見た事ねえし…勝負服がそうなのか?」
「いや。どっちかっつーと毛利軍は緑。そうじゃなくてだな……すげえ、白いんだ。肌が。女みてえな白さだ……」
  それでいて何もかもを凍りつかせてしまうかのような、あの眼。
「ふうん」
  考えこむような元親に対し、政宗はつまらなそうだ。興味ない風に杯を空けた後、また注いでくれと言わんばかりにそれをくいと差し出す。
  ぼうとしていた元親は特に何も考えず、そのまま新たな酒を我侭な来客に注いでやった。
「あいつは気にいらねえ。部下を駒とか言いやがって、そいつらの命をまるでゴミみてえに扱うんだ。自分の策をそいつらの命でまっとうしようとする。ホントにとんでもねえ野郎なんだ!」
「兵隊を陽動や囮に使うのは戦のセオリーだろ。俺はアリだと思うがな」
「んなっ!?」
  政宗の言い様に元親はぎろりと目を剥くと、さっと相手の杯を取り上げた。
「おい、何すんだ」
「るせえっ!! 俺はな、部下を部下とも…仲間と思わねえ大将なんざ認めねえんだよ! そんな奴ァ上に立つ資格はねえっ。俺は許せねえ!」
「まぁその考え方も、アリだな」
「アァ!?」
  興奮のせいかしゃがれた声を出す元親に、政宗はここで初めて楽しそうに笑った。
「Settle down. 俺は何も毛利を擁護してるわけでもテメエを批判してるわけでもねえ。あくまでも客観的な意見を言ってやってるだけだ。熱くなってる大将さんを落ち着かせる為に、な?」
「……何かむかつくな。果てしなく」

  コイツは俺と大して年も違わないくせに(って、もしかして年下!?)、何でこうも偉そうなんだ。俺がガキみてえじゃねえか。

「……むぅ」
  けれど政宗の言いたい事も不本意ながら分かってしまったので、元親は渋々と取り上げた杯を返してやった。
  そう、毛利と一戦やらかしてから自分はおかしい。そんな事は分かっている。
  あいつはむかつく。許せない。それは当たり前の事だけれど、何かが異様に引っかかるのだ。そしてそれを整理できず、ここ数日ずっと悶々としている。忙しく立ち回る部下たちに満足な指示も与えてやれない。
  駄目なアニキなんである。
「気に入らねえなら叩いちまえばいい…って単純な問題じゃないみたいだな?」
  政宗が見透かしたように言った。
「………何で分かる?」
「勘」
「適当だな」
  はぐらかされたと思いながら、元親はそれでもハアとため息をつき、頬杖をついた。

「あいつ。一人ぼっちなんだよ」

  口からぽろりとそんな言葉が零れ出た。
「確かに奴はすげえ武将だ。腕は立つし、頭もキレる。けどよ、あいつの周りには何もねえんだ。敵も味方も関係ねえ。あいつが何の為に戦ってんのか……俺には分かんねえ」
「自分の為だろ」
「ああ、奴もそう言ってた。けどよ……何かうまく言えねえけど…。おう、そうだ、たとえばお前だお前! 政宗! お前なんか、それこそテメエの軍私物化して、テメエが楽しければ何でもいいってクチだろ!? あのふざけた大漁旗といい、唯我独尊なその性格といい。しかもお前、真田幸村と闘れるなら戦の勝敗もどうでもいい、くらいの勢いだろ!? まったく、テメエの娯楽に片倉とか国の奴らみんなを巻き込んで好き放題だ」
「お前な…」
「ちょっと待て。文句言おうってんだろうが、まだちょっと俺に話させろ。今何かうまく言えそうな気がすんだからよ!」
  不満気な顔で口を開きかけた政宗をびしりと片手で制し、元親はもう片方の手を額に当ててから「なのによ」と自分が先を続けた。
「あいつは違うんだ。全然お前みたいなんじゃねえ。お前はすげえ楽しそうだろ。何をするにもな。それに、そんな勝手なお前に、まあお前が楽しそうにしてっからかもしれねえけど、片倉たちも皆納得してついていってる。けどあいつは…元就の奴は、違う。あいつは……全然楽しそうじゃねえ! あいつの周りには闇しかねえんだよ!」
  一気に吐き出した元親はプハアと息を吐き出し、それからようやっと目の前の政宗を見やった。政宗はきょとんとした顔で元親の顔を見つめていたが、それでもやがて苦い笑いを浮かべると軽く肩を竦めた。
「なるほどねえ」
「……? 何が、なるほどなんだ?」
「お前が何を混乱してるのかが分かったって事だ」
「は?」
「あー、俺もその元就って奴見てえな。今度の戦いつだ? 俺も混ざっていいか?」
「はぁ?! 何バカなこと言ってんだ!? いいわけねえだろうが!」
「じゃ、見物でいい」
「お前なあ! 俺は真剣に……」
「真剣に、何だ?」
「……ん」
「結局。今の話で、お前は俺に何が言いたかったんだよ。俺は一応分かったつもりだがな。お前、実は自分で分かってねえんじゃねえの?」
「………」
  政宗の薄い笑みの奥に、しかし何やら酷く真面目なものが秘められていたような気がして元親は意図せず口を閉ざした。
  何を言いたいか?
  何を言いたかったのだろう。元就は「やり手」の武将で手強くて。またいつ攻められるかも分からない緊張状態にあって、色々と気が急いていて落ち着かなくて。けれど今気になっているモヤモヤはそういう事ではなくて。
  あの男。そう、あの氷の武将個人のことが気になるのだ。何故なら……。

  何故なら、アイツは一人ぼっちでとても哀しい奴だから。

「……やべえな」
  そこまで思って元親は思わず呟いた。やばい。何がどうとかは分からない、直感でただそう思った。
  やばい、と。
「いいんじゃねえの」
  すると政宗が知らず冷や汗を掻いてしまっている元親を労わるような口調で言った。
「そういうもんだぜ。恋はいつでも突然にってやつだ」
「………あ?」
「初々しいねえ四国の鬼。可愛いじゃねえの」
「……いや、ちょっと待て。今の、その訳の分かんねえ発言は一体……」
「あー、帰ったら小十郎に報告しなきゃなあ。てか、周りの知ってる奴全員に言いふらすしかねえな! 元親が自分とこに攻め入ってきた毛利の大将に一目惚れしちまったらしいってよ!」
「はああああ!?」
  政宗の台詞に元親はいよいよあんぐりと開いた口が塞がらず、無駄に素っ頓狂な声をあげてしまった。この男は突然人の国にやってきて長曾我部家自慢の秘酒を好きなだけ飲んで、今また何をとんでもない事を口走ったのだろうか。
「お前なっ! テメエが真田幸村にイカれてるからって、誰もがテメエみてえな嗜好だと思うんじゃねえよっ! 俺はんな事ひとっことも言ってねーだろうがぁっ! お前なんかと一緒にすんじゃねえっ!!」
「おーおー、ムキになってるとこがますますアヤシイぜ。こりゃ本物だな」
「てんめえ〜!!」
  ガバリと立ち上がり握り拳を作りながら、元親はいよいよ怒りの様相で政宗の事を睨み据えた。…しかしどうにも、当の政宗がちっとも悪びれず、それどころか余計にからからと楽しそうに笑うもので、その怒りも見事に空回りだ。
「ぐっ…俺はただ奴が気になると思っただけで…!」
  そうして最後には言い訳にもならない言い訳を口に乗せながら、元親はひたすら焦った風に、ただただ「そんなのは違う!」と必死に繰り返した。勿論、その頃にはもう大分いい感じに出来上がっていた政宗は、そんな「可哀想」な元親を軽く流してまともに相手をしていなかったのであるが。


  「アニキが誰かに恋したらしい!?」という噂が四国中瞬く間に広がったのはその直後の事である。それにより殺伐としていた空気が和らいだのは不幸中の幸いというべきだったが、元親にとっては「災難」以外の何物でもなく、それから数日の間、彼は客人である政宗を責め続けたのだった。
  結局胸のモヤモヤの正体が何なのか分からないままに。


<了>




他人から指摘されて気づく恋の芽生えとかって好きなシチュエーションです。タイトルの意味は殿がチカに「それはね、恋しちゃったんだよ」と親切に教えてあげるの意(…)。チカは認めてないし、むしろナリ様の事は災難みたいに思ってるとこもあるんですけど。早くナリ様が書きたいです〜!
ちなみに殿とチカは親友同士だと嬉しい。2でも「俺たち似てるな」がコンセプトのようですし(嬉)。


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