ソーユー仲3
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政宗は元就に「元親は俺の敵」と言った事があるけれど、一方で「イイ奴だから」奴の生死が気になると告げたその気持ちにも嘘はなかった。先だっての合戦で元親がどうなったのか、心配だったのは本当である。政宗は元親を気に入っていたし、立場が立場でなかったら良い友になっていたのではないかと心の片隅でちらと思っていたりもする。 「……そんな俺に対して親の仇でも見るような目をするお前。何なんだ」 「アァ!?」 柄が悪いという専売特許は暴走伊達軍の物であるはずなのに、その中の誰にも負けない悪辣面で、元親は政宗の呆れたような声にぎっと目を剥いた。先ほどから今にも殴りかかりそうな勢いだ。一応傍にいる「あいつ」が気になるのか、そこのところはまだ何とかぐっと抑えているようだが。 政宗はそんな元親に実に面倒臭そうな顔をしてから、あからさまため息をついて見せた。 「お前、何しに来たんだよ」 「来ちゃ悪いか!? 俺が来てまずい事をテメエらやってやがったのか!? アァ!?」 「だから何だよそれは…」 「まあまあ、元親殿」 政宗に顔を近づけ胸倉まで掴んできそうな勢いの元親に、コミックス版の小十郎がすっと間に入ってきて宥めるような声を出した。 「折角遠路遥々お越しになられたのです。茶の用意をさせましたので、どうぞこちらで皆様と」 「い、今はそれどころじゃねえッ! 俺はこの政宗にッ!」 「つか、小十郎。お前、何で元親にはそんな親切なんだよ。俺には鬼みたいな顔で睨んでくるくせに」 「元親殿は私の良き理解者ですからね」 説教よりも恐ろしいにっこりとした笑みを向けて、小十郎は不平を述べる政宗に対しそ知らぬ顔でさらりとそう答えた。それで元親も、この場には少なくとも自分の味方が一人はいると気を良くして「そうだそうだ」と頷いて鼻を鳴らす。 「小十郎、お前も大変だよなぁ、前の団子大会の時も思ったけどよ。こんな自分勝手な我がまま主に仕えてさぞ大変だろうよ。何なら俺ンとこ来るか? お前なら諸手を挙げて歓迎だ。俺は大事にしてやるぜ?」 「元親殿…何というありがたきお言葉」 「って、お前ら! 2人で勝手に盛り上がるんじゃねェッ! 元親、お前は俺の目の前で堂々とうちの小十郎をヘッドハンティングすんな! 完全な八つ当たりだぞそれは!」 「何が八つ当たりだ!?」 「そうですッ! 大体、政宗様、先ほどのあれは一体何なのです!? ただでさえまだこの間の修繕が終わっていないというのに、また新たな火の粉を増やしてどうなさるおつもりですっ!?」 「あれって何だよあれって!? 俺はただ単に元就の怪我をだな…」 言いかけてハッと後ろを振り返った政宗は、慌てて「元就」の単語を出した自分に後悔して口を噤んだ。 先刻からギャーギャーとみっともない言い合いをしている自分たち3人の背後では、そこから臨める庭園の椿を悠然と眺め茶を飲んでいる元就、それにそんな元就にぎりぎりとしながら自棄のように団子をほうばっている幸村の姿があった。一見、2人して仲良く茶を飲んでいるようにも見えるが、それが決してそんなものではない事は政宗にもよく分かっている。少なくとも幸村の方は先ほど政宗が元就とやらかしてしまった「幸村の見ている前で堂々と手を握り合った事件」で心穏やかではないらしい。 そこにこの四国の元親とコミックス版の小十郎が加わったものだから、事態はかなりややこしいものになろうとしている。 「……まあ落ち着け」 自分自身に言い聞かせるようにして、政宗は庭園の真ん中で立ち尽くしたままの自分をひどく滑稽に感じながら低い声を出した。 「冷静になって考えてみろ。さっきの光景見てどこをどう取ったらお前らはそんなくだらない妄想が出来るんだ? 全ッ然全く怪しくなんかねえだろ、俺たちは。俺はな、ただ単に幸村と手合わせしてた元就が怪我しちまったから、応急処置してやってたんだ。見たら分かるだろそれくらい!」 「……その割には長く触れ合っていたように思いますが」 「小十郎ッ! お前の主は誰だ、言ってみろ!」 「勿論、天下の伊達政宗様その人でございますよ」 「くっ、その言い方! お前、やっぱ何かあったな! 別の事でも怒ってるだろ!?」 「さすがは政宗様です」 にこにこと不気味な笑みを浮かべて小十郎は背後に持っている「例のブツ」を更にぎゅっと握り締めた。分厚い紙で二重三重にぐるぐる巻きして包んではいるが、そろそろ臭いが漏れてきてもおかしくない。さっさと事の経緯を報告してこんな物は手放したい、居た堪れない怒りを政宗に聞いてもらいたい…というのが現在の小十郎の心境である。だが、まさか他所の大将がいる前で腐ったイカを送られたなどという伊達の恥を晒すわけにもいかない。よって小十郎としては、この訳の分からない四角関係(?)を政宗に素早く精算してもらい、とっとと彼らを解散させて欲しいと思っていた。 ……その割に、ついつい元親の味方をしてしまっている小十郎の言動は矛盾していると言えなくもないのだが。 「なあ元親」 それでも政宗も一応忠臣の「早いとここの場を収めろ」という願いはよくよく分かったらしい。俺だって望むところだというように、政宗は未だ目の前でカッカときている元親の肩をぽんと叩き、耳元で囁いた。 「俺がお前の元就をどうにかするわけねェだろ? 大体、知ってんだろうが、俺は幸村一筋だ」 「な…!? だ、だだ誰が誰のものだって!? て、テメエ、何バカな事言ってやがんだ!?」 たった一言で真っ赤になりたじろぐ元親に、政宗はニヤリと笑って更にぽんぽんと肩を叩いた。 「お前なあ、まだ気づいてなかったのかよ。お前の気持ちなんざ、この俺が一番よく分かってるって。そもそも好きじゃなかったらこんな奥州組んだりまでして奴を追い駆けてくるわけないだろうが? そうだろ? 素直に認めろ、お前は元就に惚れてんだろーが」 「ふざけんなッ! 俺は別にッ! た、ただ…!」 「ただ? ただ何だよ。お前は何だってここにいるんだ。どうせ元就がいないってんで、後つけて来たんだろ? 熱いねえ」 「テメエ! 政宗! おまっ、お前…っ。俺の事からかってやがんな!?」 「はははは、何ムキになってんだよ、可愛いなあ、元親」 「政宗〜!!」 遂に茹蛸状態のようになった元親は、からからと笑う政宗の胸をぐいと掴んで「それ以上言うなッ!!」と子どものように声を張り上げた。政宗はそれで余計に可笑しくなってしまったのだが、元親としては怒りが収まらない。何だってコイツはこんな風に人をバカにした態度が取れるのかと、悔しくて腹が立って仕方がなくなってくる。 元就を好きとか何とかは別として、ハッキリと言ってしまえば政宗の指摘はほぼ図星である。 元親は中国に突入してザビーが言っていた通り元就の姿がそこにないと知ると、取るものも取らずにここまで突っ走ってきてしまった。どうしてもじっとしていられなかったのだ。あの巻物の絵が頭から離れず、政宗と元就の仲睦まじい映像がどんどん尾ひれをつけて激しくなっていくものだから……。 だから、あんな「ただ手を握り合っている場面」だけでも過剰に反応してしまったわけで。 「おい正直に答えろよ…? ホントにお前ら何でもないんだろうな…?」 元就に気づかれないようにと、元親は更に政宗を自分の方へと引き寄せ、ひそひそとその耳元に囁いた。 「おい、くすぐってえだろ」 「るせえっ! さっさと正直に答えろッ! も、元就のこと……す、すす、好きなのか?」 「そりゃお前だろ」 「てんめえ〜!!」 「あー…元親殿」 「あ!?」 けれどそんな「じゃれあい」をしている2人に、ふと傍にいた小十郎がわざとらしく咳き込んで声を掛けてきた。元親がそれに不審な顔をしてさっと視線を向けると、小十郎は大層憐れむような目を向けてかぶりを振った。 「あのですね。うちの政宗様の失礼はこの小十郎めがお詫び致します。ですが…ちょっとそれはまずい状況かと……」 「それ!? それって何だ?」 「あ……」 未だ分からないという顔をしている元親に対し、一方でそんな元親に掴まれたままの政宗がたらりと冷や汗を流して声を漏らした。 「?」 それで元親も流されるようにして政宗の目線の先へ自分も顔を向けると――。 「ま、政宗殿と元親殿の口が! くくく口が〜!!!!」 そこには、ふるふるとこちらを指差して真っ赤になっている男が1人いた。ちなみに元親が気になって仕方がないあの男も、恐ろしい程冷めた目をしてぎろりとした目を向けてきている。 「は…?」 元親には何故2人にそんな目で見られなければならないのか全く理解できなかったのだが。 「おい元親。テメエ、もう離せ!」 政宗がばしりと手を叩き、自分から元親と距離を取った。元親がそれに抗議をしようとする前に、しかし先ほどから震えていた赤い男―例の如くの真田幸村だが―が、素っ頓狂な声をあげた。 「み、見ましたか元就殿!? お、お2人、このような場所で堂々と抱き合って、ああああろうことか、くくく唇を近づけて…接吻を…!!」 「見苦しい。目が腐るわ」 「は…はあああああああ!?」 幸村のトンデモ発言に対して不機嫌そうに答えた元就の台詞。 「ちょちょちょちょっと待て〜〜〜!?」 今度は元親が大声を張り上げて、2人が座る場所まですっ飛んで行く。どこをどうやったらそう見えたのか、角度の問題だろうか? 元親が政宗のからかいに怒って胸倉掴んで顔を近づけた一連の動きを、元就に聞こえないようにと耳元で囁いた行動を、真田幸村はあろうことか「元親が政宗を抱き寄せて接吻した」という風に見たのだ。ついでに、隣にいた元就の方もそういう風に見たのか、不快な表情で幸村の言に応じている。本来ならばたとえ2人の位置からそう見えたとしても、発していた応戦からいってそれはあまりにありえない事であった。ただの嫌がらせにしか思えない。 「おい、お前! さ、真田幸村だったな!? テメエ、一体どういう目してんだ!? 妄想癖ありか!?」 「何を!? い、今どう見ても、貴殿は政宗殿に接触して、くく…くちくちくち……破廉恥でござるー!!」 「どっちが破廉恥だ!!」 「煩い」 「うっ」 ぴしゃりと元就に一喝されて、元親はよく躾けられた犬のように沈黙した。しゅんと見えない耳と尻尾が垂れ下がり、ツンとすまして茶を飲む相手を恨めしそうに見やる。 「も、元就……」 「気安く呼ぶでない。貴様の事など我は知らぬわ」 「し、知らないわけねーだろ! だ、大体何でお前、こんな所にいるんだよ!?」 「貴様の知った事ではない」 「……ッ!」 「貴殿たちは知り合いか?」 「〜〜〜! お前は黙ってろ! つか、政宗が気になるならテメエ、きっちり捕まえとけ!」 「なっ…!」 横から言葉を挟もうとした幸村を一喝する元親に、幸村がカッと赤面して立ち上がる。今度は元親に決闘を挑みそうな勢いだが、しかしこれには遠目から様子を眺めていた政宗が「幸村」と止めに入った。 「あのな、お前。ちょっとこっち来てろ」 「ま、政宗殿! 何なのだこの男! そ、某は別に…!」 「ああ、いいのいいの。あいつはな、俺らに八つ当たりしてるだけなんだよ」 幸村を少し離れた所まで引っ張っていき、政宗は心底疲れたというように息を吐いた。そうして不審な顔をしている幸村の手をさり気なく握ると、小十郎の手前めったな事はできないよなと思いながらも、その耳元に唇を近づけた。それは先刻元親が政宗にやったのと全く同じ仕草だった。 「ま、政宗殿?」 「あのな、幸村。俺は元就の奴とも元親の奴とも、ソーユー仲なんかじゃねえから。分かるだろ?」 「わ、分かりませぬ…っ。ちょっ…息を吹きかけ…わっ」 わたわたとしてその場を逃げようとする幸村を更に強く捕まえて、政宗は面白そうにより口を近づけ、「俺は」と囁いた。 「お前一筋なんだからな。真田幸村」 「……!」 しかし、政宗の愛の告白に幸村が真っ赤になって口をぱくぱくとしてフリーズした時。 「……それ以上この場でちちくりあったら、これ投げますよ?」 爽やか過ぎる笑顔で小十郎が持っていた「ブツ」を政宗にひけらかしながらそう言った。 「は…?」 「これですこれ。投げますよ」 「……小十郎?」 政宗としては自らの忠臣が先ほどから手にしていた「それ」に気づかないわけではなかったのだが、とにかく静かに怒り続けている小十郎が怖かったし面倒だったし嫌な予感だったしで、敢えて知らないフリをしていた。 けれどもいよいよそうもいかなくなり、政宗が「何だそれ?」と改めて訊ねようとしたその時である。 「何っでテメエはそんな分からず屋なんだッ! 人が折角こんな心配してやってんのに!」 「誰が頼んだそのような事。貴様に心配されるほど我は落ちぶれてはおらぬわ」 「何だとー!!」 突然響き渡った不穏な言い争い。 政宗は「ブツ」を掲げていた小十郎から一転視線をそちらへ向け、ちっと舌打ちしてから声を荒げた。 「おい小十郎! あいつらやべえ、今度は奴らがここで決闘しそうだぞ!」 この僅か数分の間に一体どんな会話を交わしたものやら。いつの間にやら険悪になってしまった2人は、元親の方は炎のように激しく怒り、元就の方は氷のように静かに怒りして、実に不穏なオーラを撒き散らし始めていた。今度はここで瀬戸内の2人が周りを顧みず暴れまくりそうな雰囲気である。 「全く、素直じゃねえなあいつら…! おい、どうするよ。俺もうあいつらの中に入るの嫌だぜ?」 「政宗殿。あのお2人は一体どういう関係なのだ?」 先ほどまで政宗に手を取られて赤面していた幸村も、何やらガラリと変わった空気に気づいてきょとんとしている。政宗はそんな幸村に「あいつらこそ、ソーユー仲なの!」などと律儀に説明してやっていたが、実際もうそんな呑気な状況ではないらしい。 勿論、その危機的状況に逸早く気づいたのはコミックス版の小十郎である。 「……まったく、どなたも困り者ですね…ッ!」 これ以上城を破壊されてはなるものかと、小十郎はがばりと大きく振りかぶった。そのおかしな格好に政宗と幸村が唖然としているのにも構わず、胃痛持ち、なれど誰よりも奥州のまっとうな未来を望むコミックス版の小十郎は、一流大リーガーよろしく、オーバーハンド投法で手にしていた必殺のブツを瀬戸内の大将に向かって投げつけた。 びゅっ!! 言うまでもなく、それがしゅるしゅると物凄いスピードで彼らに向かって突進していく間に、厳重に巻かれていたはずの紙もはらりぱらりと地面に落ちる。 「なっ!?」 「はっ!?」 ……互いの怒りに気を向けていた彼らが、爆弾でも手裏剣でもない「攻撃」に目を向けるのが遅れたのはあまりにも当然であった。 ………後に。 「政宗殿。それで結局、あのお2人がソーユー仲だという事は…」 この「腐ったイカ爆弾」によって事態はよりややこしいものになりかけたのだが、これら一連の流れを眺めていた一応の部外者・真田幸村は憔悴中の政宗に平然としてこう訊ねたという。 「片倉殿は、元親殿と仲良くされる元就殿にヤキモチを焼いたのだろうか?」 恋というものに全くの縁なく、鈍感に過ぎる幸村としては「ヤキモチ」などという言葉を覚えただけでも大したものではあった。政宗への誤解も解けたようだし、元就とも何だかだと和解していた。幸村的には万事問題なく事は過ぎたようである。だが。だが、しかし――。 そんな彼の悪気のない発言にまたまたショックを受けた小十郎が暫くの間胃痛を再発させて寝込んだ事は言うまでもない。……そのお陰で、責任を感じたのか或いは単にその場を逃げ出したのか……瀬戸内の2人はその後すぐに自分たちの国へ帰っていってくれたのだが(冷戦状態を続けたまま)。 それでも何にしろ、奥州伊達軍にとっては何ひとつ良い事のなかった瀬戸内2人の訪問であった。 「どうでもいいがザビーさんよ…。あれのお返しはいつかきっちりさせてもらうぜ…【怒】!」(by政宗) |
<了> |
小十郎が可哀想なだけのお話でした…。チカナリは結局喧嘩ばっかりして、全然チカナリにはならない模様。…そして幸はおばか過ぎますね(汗)。 |