東西の空、いずれも秋色に染まりて…
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奥州伊達軍は基本的にいつでもどこでもお気楽万歳、ノリで生きているようなところがあるが、反面、激しい戦場を幾つも乗り越えてきただけに腕は立つし、相手の力量を読み取る力にも長けている。たとえて言えば、「ガンのつけあい」だけでこの相手ならイケるとか、コイツはやべえ撤退だと言った動物的勘を瞬時に働かせる事が出来るのである。……実際、大将である伊達政宗が「逃げろ」と言わない限りは彼らが自ら退いたりする事はないが。 しかし、この時ばかりはさしもの猛者揃い伊達軍も、いつもにはない寒気と危機感を抱いたものだ。その相手は今までの珍客たちとは纏っている空気からして違った。全てを見透かし凍りつかせてしまうかのような鋭い眼光は、普段の「突っ込み上等」とか「タマの取り合い」といった伊達軍お得意の挑発行為をハナから封じ込めてしまうような有無を言わせぬ迫力があったのである。 「――そんなわけで、どいつもこいつもビビッちまって大したもてなしも出来なかったみてェだな。折角来てくれたのに盛大に迎えてやれなくて悪い。俺も静かなのは好きじゃねェんだが」 「……静か?」 政宗の言葉に冷ややかな声を発したのは今回のその客である。不快な様子を隠しもせず、目の前にいる政宗をじっと厳しく睨み据える。 政宗はそんな相手に思い切り苦笑した。 「いつもより断然静かだぜ。普段なら珍しい客には、そうだな…。あの木の向こうにあと3人はいてもおかしくねェ。皆、遠慮して遠巻きからだろ?」 わざとらしく額に片手をかざした政宗は、敢えてその客に背中を向けながら遠くを見やる真似をした。そこは政宗の城中でも一際見晴らしの良い中庭だったが、ざっと見渡して2人の周囲には他の誰も控えていないように見える。 実際はそんな事ないのだが。 「貴様のところの兵は礼儀というものを知らぬらしい」 「みんなお前が珍しいんだよ」 「さっさと払え。でなければまた痛い目を見せるぞ?」 「あのなぁ、いきなりやって来て人んちの部下に手ェ出すんじゃねェよ。戦しに来たわけじゃねェんだろ?」 だってお前、見たところ一人だもんな?……政宗はそう言いながら、しかしちっとも気を緩めようとせずぎっとした眼を見せる客―中国の毛利元就―に肩を竦めて見せた。 ただ、それでもまだ相手が「早くしろ」と目で訴え続けるものだから、政宗もようやく観念したようにさっと片手を挙げた。 すると――。 「えぇ〜。撤収だってよ〜」 「何だよ頭ァ、俺ら全然邪魔してねェのに!」 「残念だわ、折角見目の良い殿方を愛でられる絶好の機会だったのに…」 「ホントホント」 一見して政宗と元就の2人しかいなかったはずのその場所から。 政宗の合図によって、突然庭の茂みのあちこちから…または城中の柱の影から、わらわらとそれはたくさんの伊達軍猛者たちが悔しそうな顔で姿を現した。そうして、「主の命令では仕方がない」としながらも、口々に不平を述べつつその場をゆっくりと去り始める。ちなみにそこには男たちだけでなく、元就の際立った容姿を一目見ようと城中の女たちまでもが群がっていたものだから、その民族大移動は一種異様なものがあった。 元就はそんな「野次馬たち」が完全に立ち去るのを見届けてから再度不愉快極まりないといった声を発した。 「貴様のところは一体どうなっている」 「楽しいだろ?」 「我を見世物にする事がか!」 「突っかかるなよ、どんな奴にもこうだって」 しかもお前の現れ方がまた普通じゃなかったからよ…と、政宗はいよいよ参ったという風に笑いながら首を振った。 「…フン。我は普通に表門をくぐっただけだ」 政宗の言葉を元就は一蹴し、それからようやく出された茶に手を伸ばした。 冷静でいたつもりだが、気づけば喉はひどく渇いていた。さんざっぱら気に入らない対応をされたからという事もあるが、元就自身、らしくもなくそれをした政宗の家臣どもに必要以上にムキになってしまったらしい。 元就が政宗の城を訪れた時、伊達軍の猛者連中は「また頭に客が来た!」と大仰に騒いだものの、「でもあんたは何かやばそうだし素性も知れないから、ちょっと待て」……と、それはそれは子供じみたような「通せんぼ」をしてみせた。元就から発せられる「ふざけた雰囲気は好かぬ」という空気を読んでいたせいか、いつものように「頭に会う前に俺らと一戦闘ろうや」と言い出す者はいなかったが、それでもその場にいた全員が門の前に固まって「頭に窺いを立てるまではそこで待て」という姿勢を崩さなかったのである。 そんなわけで元就はとことん面白くなかった。 政宗の家臣たちが取った判断それ自体は至極当然のものだったのだが、何にしろ元就の目からは彼らがひどく鬱陶しく、また非常識に映った。自分を知らないという事にも頭にきたし、何よりギラギラとした好奇の眼差しが肌に合わなかった。 そんなわけで、元就は「待て」と言われていたにも関わらず、その場にいた連中全員をのし倒し、勝手に政宗のいる場所まで単身で向かってしまったのだ。 「全く、どっちが非常識か知れたもんじゃねェぜ」 毒づきながら政宗はようやく元就に近づき、自らもその横に腰を下ろした。一体何しに来たんだこいつとは勿論真っ先に思った事だが、まだその理由は訊かずに黙って茶を啜る相手の横顔を見やる。 厳島で相対した時も思ったが、元就は全く隙のない男である。それはこうして呑気に座っているだけの時でもそうだった。元就は「客人」である自分に対し貴様たちは失礼だと憤っているが、政宗としてはこの男相手に一歩も退かなかった己の家臣たちを心から誉めたいところだ。 「大体、アポなしで来ておいて客も何もあったもんじゃねェだろ」 「あぽ?」 「ん…まぁいいさ。何にしろ、もてなしが足りなかったのは認める。小十郎がいりゃ、ちょっとは違ってたんだろうけどな」 「誰だ」 「俺の右目」 簡単過ぎる説明をした後、政宗はややおどけたように軽く両肩を上下させた。 「いつも予告なしで来る客にはあいつが最初に対応するんだ。けど、今日はたまたま畑に出ててな」 「畑…?」 「そ。自家菜園持ってんの。すげー美味い野菜作るんだぜ。百姓も顔負け」 「……貴様たちは」 眉間に皺を寄せたまま元就は何事か言いかけて、しかし途中で止めてしまった。ほとほと呆れ返ったのかもしれないし、その何もかも規格外な伊達軍に、らしくもなく面食らったのかもしれない。大将である政宗は元就が問答無用で城中へ押し込んできた事にも大して驚きも責めもせず、「もてなしてやれなくてすまない」などと言う。また、その家臣たちは家臣たちで、元就が明らかに分かる殺気を放っても一歩も退きはしなかった。ふざけているくせに、怯えていたくせに、命を懸けて主に仕えようとする気概が十二分に読み取れた。 強敵だと感じた。 「それで」 そんな事を考えていた元就にふっと政宗が口を開いた。ハッと我に返った元就が内心の驚きを秘めたまま視線を向けると、政宗の方はそれについては特に探る事はせず先を続けた。 「そろそろ訊いてもいいだろ、一体どうしたよ。確かに東を狙えとは言ったが、いきなり来るとは思わねェじゃねえか。しかも単身で。今回は敵状視察ってところか」 「……だとしたらどうする」 憮然とする元就に政宗はただ笑った。 「別にいいけどよ。そういう事ってフツー大将はやらねえよなあ。俺はやるけど。お前はそういうのやりそうもないっつーか、部下を足で使ってテメエは本陣でふんぞり返ってるクチだろ」 「フン…戦場では当然の事だ。貴様や元親のように将自らが先陣を切るなど愚の骨頂。自らは座したまま兵を動かし戦況を有利に運ぶのが、本当の将の務めよ」 「ま、分かるけどな」 「………」 元就の言葉を軽く受け流した政宗は、その後わざとらしく足を組んで頬杖をつくとまじまじと隣の元就を下から覗きこんだ。 「それで? 視察にしろ何にしろ、お前がここにいるって事は元親との戦は勝負がついたのか」 「………」 「あいつ。殺したのか」 淡々と問い質す政宗の中に微か怒りのようなものを感じて、元就はここで初めて薄い微笑を浮かべた。 「貴様はあれとは同盟でも結んでおるのか。随分と馴れ合いが過ぎているようだな」 「………」 「あれの生死が気になるか」 「まあな」 「………」 あっさりと認めた政宗に今度は元就が黙る番だった。初めてこの男を見た時はそのただの一兵卒にはない雰囲気を感じ取りつつも、それが奥州に名を馳せた伊達政宗とは思わなかった。元親には気を許しているようだったし、それは元親もそうだ。そんな2人がまさか敵同士だとは思わない。 「あいつは俺の敵だ」 しかしそんな元就の意を読み取ったように政宗が先んじた。 「同盟とかそんなもんはねェ。あいつもお前と同じ、俺の敵だ。……だが、あいつの生死は気になる」 「何故だ」 すぐさま訊いた元就に政宗は真面目な顔で答えた。 「あいつ、結構イイ奴だからよ」 「……――くだらぬ」 それは元就の失望を呼ぶには十分過ぎる答えだったが、それでもそれを一蹴する事には何故か一拍の時を必要とした。政宗はそれに気づいていたが、敢えて口には出さず、再び茶に手を伸ばし黙りこくる元就が今度は自分の方から口を開くのを待った。まだ答えを聞いていなかった。 「あれは」 するとそんな政宗の気持ちが元就にも分かったのだろう。やがて顔を上げるとむっとした表情のまま言った。 「あれはバカだな」 「まあな」 「あれを消しても我には何の益もない。故に捨て置いた」 「………」 「だがその数日後、奴が怒鳴りこんできた」 「は?」 ぽんぽんと話し始めた元就のその内容に政宗はきょとんとした。元親が生きていたという事を喜ぶ暇もなく元就は話し続けた。 「我が城に。単身で、だ。それこそ、今日の我の方がまだマシだぞ。奴は話もせずに突然我の臣どもを薙ぎ倒し、城中に乱入してきたのだ」 「いや…それ今日のお前と一緒だって」 「我をあれと同じにするでない!」 カッと目を見開くと元就は政宗を厳しく恫喝し、だんっと湯飲みを床に叩きつけた。 「あれがあまりに煩く喚き立てるので、耳が痛くなった。バカの相手は疲れる」 「あいつ、何て言って怒鳴りこんできたんだよ」 「知らぬな。バカの遠吠えは人の言葉ではない故、我には理解不能だ」 「おいおい、ここまで言って勿体ぶるなよ。分からねえって事はねえだろ? 気になるじゃねえか」 「知らん!」 キッと睨みをきかせて元就は政宗に声を荒げ、直後己の取り乱した様に気づいてふいと再び視線を逸らした。 「………」 政宗はそんな元就に突然子供のようなものを感じて可笑しくなったのだが、それはそれとして元親がこの男に何を言ったのかは激しく気になった。まあ、予測するところとしては四国に興味を失くして戦を止めた元就を元親が「俺らに情けでも掛けやがったのか」と激昂したというのが濃厚かと思うのだが、それだけにしてはこの男のこの様子は合点がいかない。 「なあ。元親はお前に何を言ったんだよ」 「くどいぞ」 「だってお前…ここまで来ておいてなぁ…」 「我がここへ来た事とあれの事は関係がない!」 ムキになるところがますます「そうだ」と言っているように見えるんだが、と政宗は心の中だけで呟いたのだが、恐らくはこれ以上粘っても元就から本心を聞けそうもないので、政宗は諦めたようにため息をついた。元親も不器用な奴だから、中途で放り出された戦に安堵しつつもやり場のない怒りを元就にぶつけて、まずい方にこじれたのかもしれない。もしくは、無意識のうちにこの氷の男へ「猛烈アタック」をかまして逃げられたか。 「もしそうだったらすげえ笑えるんだけどな」 「……何だ?」 「いや」 元就のジロリとした視線をふいと交わし、政宗は唇の端を上げた。 「でもよー、四国と闘らなくて良くなっても、今あっちは他にも色々大変だろうが? こっち来ちまってホントに良かったのか?」 「戦はこちらにもあろう。西が特別ではない」 「まあな」 「貴様こそ、家臣どもにあのように好き勝手をさせていて良いのか」 「うちはこれがいいんだよ。ま、そんなわけで、お前も自分とこが大丈夫だってんならゆっくりしてけや。ここへ一人で来た奴は、どんな身分の奴だろうがとりあえずは敵じゃねえ、客だ。そういう事にしてんでな、俺は」 「おかしな奴よ…」 「お前も相当おかしいだろ? あの時、お前を殺そうとした奴だぜ俺は?」 「………」 「――で。本当に言う気ねえの? ここへ来た理由」 「………」 元就はじっと黙りこくった後、政宗には視線をやらず、目の前の梅の木をじっと眺めやった。 そして言った。 「我が毛利の水軍は最強よ。だが…海はあれのものだろう。波を、潮風を掌中に入れているのはあの男の方なのだ。……腹の立つ話だがな」 「……?」 「そして陸は…恐らく、貴様に分があろうな」 何も応えようとしない政宗にはまるで構う風もなく、元就はあくまでも静かに先を継いだ。 「我にあるのは空だけだ。だがそれを掴むのは限りなく難しい。だから…フン、少し、遠くへ来たかった。……それだけの事よ」 元就の言葉に政宗はすぐに返答する事が出来なかった。恐らくは元親の事も自分の事も、この男は今この男なりに「誉めた」のだろう。それは分かる。けれど…空を治める力を持つという元就がここまで来た事の理由は依然として謎なままだ。 遠くへ来たかった、というその言葉の意味だけは政宗にもよく分かったのだが。 「お前は、謎掛けみたいな話をするなよ。俺はハッキリしてんのが好きなんだ」 「武田のニ槍使いのようなか」 「……調べてきやがったな」 「フン」 政宗のむっとした声に、元就はここで初めて心底面白いという風な顔を見せた。おや、と思う。この男でもこんな顔が出来るのか、血の通った笑顔じゃないかと、単純に驚いたのだ。 そういえば以前、元親の奴が「あいつも俺らと同じ人間だ」と言っていたっけ。 「……なあ」 そんな事を考えていたら、ふと政宗は思い至った。 だから言った。 「遠くへ来たってよ。空は変わらねえだろう?」 「………」 「繋がってるもんだからな。そんな事知ってんだろ?」 「いや…」 そう思っていたがなと元就は口元だけで呟き、政宗の方は見ないままに再び唇を開いた。 「違うな。ここも、あれの棲む場所も。我の知る空とは……」 「……そうか」 政宗はそう一つ反応を返してから両手を頭の後ろに組み、何気なく身体を逸らせた。そうしながらさり気ない所作で元就の表情を盗み見る。元就はもう黙していて後は何も語ろうという気配がなかったが、少なくともその横顔にはもう不快なものは残っていなかった。 今頃元親はどうしているだろう。ふと思った。元就の不在を知って焦っているか、それともまだ気づいておらずただ憂鬱そうにこの男の事を心配しているのか。 いずれにしろ元親の努力が全くの無駄でもない事を政宗は隣にいる元就が発する空気から直に感じ取っていた。恐らくこの男は「その感情」の意味を知らない。知らないが、それを元親に訊くわけにもいかず、家臣に弱さを見せるわけにもいかず、別段自分の所へ来ようとも思わないままにここまで辿ってきてしまったに違いない。 ただ誰もいない空を見上げながら。 おい元就。お前の今抱えている感情、それはな……。 「秋は何か物悲しいよな」 けれど政宗は「それ」を直接元就に知らせるのは止めた。代わりに自分にとって一番ふさわしくない言葉を吐き、またちらと隣を窺う。そしてその表情を見やりながら、ああ元親の言っていた事は当たっていたんだなとただそれだけ思った。 |
<了> |
まったくもって分かりにくい話ですみません(汗)。ただの自己満足です。ナリ様は自分で気づいていないけど、寂しいと感じてるって話。それは熱い男・元親と接した事によって生まれた感情…という話です。殿はただの聞き役。あ〜また説明必要なSSを書いてしまったあ〜。 |