夢吉は見ていた3
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「へえぇ〜、この戦乱の真っ只中にこんなド派手な宴を催す大将がいたとはねェ! こりゃいいや!」 何だかんだでドカドカと政宗の居城に上がりこんでしまった風来坊・前田慶次は、ノリの良い(というより、状況を理解していない)泥酔気味の伊達軍面々から次々気前の良い酌を受けて上機嫌になっていた。 先刻までは「夢吉が無視する!」とほぼ半泣き状態だったというのに。 「梵、あいつ誰?」 めちゃくちゃ派手だなーと、どこか感心したように呟き訊ねてきたのは、「伊達三傑」の一人・伊達成実だ。ひとしきり舎弟達へメカザビー・改の自慢をして満足しきったらしく、今は大分落ち着いている…が、自分の酒筒だけはしっかと死守しているあたり、まだまだ飲み足りないらしい。 それでもちらちらと背後の慶次を見やりながら成実は改めて訊いてきた。 「あいつ、明らかに他所モンじゃねェか。入れて良かったのか?」 「駄目でも、もう入ってきちまったんだから仕方ねェだろ…」 何故かぶすくれたようにそう答えた政宗は思い切り不機嫌そうだ。玉座に収まり、いじけたように頬杖をついて明後日の方向を見やっている。 「おお、なかなかの飲みっぷり。その小さな身体で立派な事だ、ますます気に入ったぞ」 反して、傍に控える綱元は楽しそうに夢吉という名の猿に酒を振る舞っており、その真向かいに座しているコミックス版小十郎は珍しくそんな「不謹慎な光景」にも異論を挟まず、感情の読めない顔で一人杯を傾けている。 そんな3人と1匹を順繰りに眺めた後、成実はぱちぱちと瞬きして再度口を切った。 「オッサンの方の小十郎は? 姫さんは?」 「そのお姫様を侍女らと共に奥へ連れていったよ。殿のお沙汰があるまで安易に外へ出てはならぬと厳しく言い据えるつもりなのだろう」 むすっとしている政宗の代わりにそう答えたのは、依然として夢吉しか見ていない綱元だ。成実はそれに「ふうん?」と小首をかしげながらも曖昧な返答をし、それからようやっと政宗の面前にどっかと胡坐をかいた。 「梵、飲んでねーの?」 「もういらねえ」 「へー、あっちまだまだ盛り上がってんのに。ほら、あの他所モンなんて、遂に踊り出してるし」 「ああ、そうかよ」 「……梵、怒ってんのか? あいつの事が気に入らねーなら、俺が追い出してやろうか?」 「成実。殿は別段お怒りになどなられていないよ」 またしても代わりに綱元が答えた。しかも直後、傍の小十郎が初めてクスリと何か思い出すような笑みを零したものだから、成実はますます分からなくなって首を捻った。 「怒ってねーなら、まぁいいけど? んじゃ、何でそんなぶすくれ顔なんだ?」 「煩ェな。考え事だよ考え事」 「何の考え事?」 「お前には関係ねー」 その何の迷いもない即答に成実は途端鼻白んだ。 「えー! 何だよそれ! 3人で何か話し合ってたんだろ!? 俺にも教えてくれよ、俺だって小十郎達と同じ、筆頭直属の部下だろう!?」 「酔っ払いに意見なんか求められるかよ」 「そんな酔ってねーよッ! そんなら、このオッサン連中だって無茶苦茶飲んでんじゃねーか! 綱元なんか猿とずっと遊んでるし!」 「夢吉だよ!」 「………あ?」 成実のその言葉に素早い訂正を入れてきたのは慶次だった。 「よっとごめんよ」 「な、何だよお前!」 一体いつの間にあのどんちゃん騒ぎから抜けてきたのか、慶次はぬうと大きな身体を割り込ませてきて、驚く成実をすり抜け綱元の隣にどっかと腰をおろした。 そして実にさり気ない所作で夢吉に触れようと手を指し伸ばしたのだが―…。 「キッ!」 夢吉はあからさま「触るな!」と言う態度全開で、政宗の方へ駆け寄り、その肩へたたッと上って行ってしまった。 「う、うう、夢吉…。お前、本当酷ェよ…」 「おやおや、飼い主の割に全く懐かれておりませんな。いや、むしろ嫌われている」 死人に鞭打ち状態で綱元がさらりと慶次に毒を吐いた。その言葉の暴力にまんまと「うぐっ」と傷ついた慶次は、誇張でも何でもなく胸を掻き毟る仕草をしてがくりと項垂れた。 そしてその数秒後、がばりと勢いよく顔を上げたかと思うと、慶次は縋るように政宗へ哀願の眼差しを向けた。 「伊達の大将ッ。どうやったら夢吉、許してくれっかなぁ?」 「知らん」 「つ、冷てえよ! 俺、真剣に相談してんのに!」 しかしこれに政宗はキッと眉を吊り上げ、容赦のない厳しい顔で慶次の事を睨みつけた。「考え事」を邪魔されて頭にきた事は勿論、何故かこの事態にとても楽しそうな目をしている腹心2人の表情が癇に障ったらしい。 「っせえんだよ! テメエも男ならもうコイツの事は諦めろ。うちの綱元が責任を持って可愛がってやるとよ」 「なっ…」 政宗の限りなく冷めた声から発せられたその台詞に、慶次は思い切り度肝を抜かれて腰を浮かしかけた。しかし名前を出された綱元の方も意表をつかれたようで、「そうなんですか?」などと間の抜けた声を上げた。 ただ小十郎はまだクスクスと笑っている。 成実は腕を組んだまま「うーん?」と首を捻るばかり。 ―で、最初にその沈黙を破ったのはこの中で一番の年長者である綱元だった。 「まあ、私は構いませんよ? むしろ喜んで。一度可愛い子猿を飼いたいと思っていたんです」 「だ、駄目ッ! アンタ、何そんな凄い事サラリと言ってくれてんの!? そんなの駄目に決まってンだろ! 夢吉は俺の友達で相棒なんだぜ!? いきなし今日会ったばっかの見知らぬアンタに任せられるわけないっての!」 「されど我が殿の命ですから。私の方としては如何とも…」 焦りまくった風の慶次に着物を掴まれ揺さぶられても、綱元は降参という風に両手を挙げつつ、その目は思い切り笑っていた。命知らずの若武者が子猿一匹の事で子どものように慌てふためく姿がとにかく面白いらしい。それは同じく小十郎もで、普段は滅多に見られないニヤニヤとした笑みを湛えたまま、そ知らぬ風で酒を飲んでいる。 成実だけはこんな状況にどこか自分と「合い通じる」ものを感じたのか、「コイツ、ちょっと可哀想じゃねえ?」などと呟いていた。 「おい、前田慶次」 しかしその時、その騒然とした雰囲気を政宗の一言がびりりと破いた。 「……何」 慶次はそれでぴたりと動きを止め、怪訝な顔で自分を呼んだ政宗を不服そうに見やった。 「………」 政宗はそんな慶次を見下ろすような視線で突き刺し、鷹揚な口調で言った。 「前田は魔王の命令で西の討伐へ行くって聞いたが、本当か」 「はぁ…? ………」 政宗の質問で慶次は途端不機嫌を露にし、綱元を放すと改めてどっかりと腰を落ち着けた―…が、そこにはもう先刻まで見せていた陽気な空気は微塵も纏わりついていなかった。 「戦の話を俺にしても無駄だぜ。俺は何も知らねえ」 「近しい身内の事じゃねえか」 「それでも知らないものは知らないの!」 「おいテメエ! 筆頭の質問にはちゃんと答えろよ!」 これに激昂したのは成実だ。今度は成実が慶次に掴みかかりそうになり、それは一番近くにいた小十郎が「黙っていなさい」と一括して鎮めた。 政宗はそんな2人を一瞥してから再度慶次に目をやった。 「前田は浅井や浅倉とは懇意にしてねえのか」 「だから俺に訊いても―」 「これは戦の話じゃねえだろ。付き合いはあるのか。普通の会話だぜ、これは。仲良しさんなのかって事を訊いてんだよ」 政宗の言い含めるような口調にも、しかし慶次は乗らなかった。 「……それって、どっちみち政事の話じゃねえか。俺にはそういうの、本当迷惑なんだよな。だからこんな所長居は無用だと思ってたのに…」 「ま、帰りてーなら帰っていいぜ? 夢吉は置いてけよ。俺らが大事に保護してやっから安心しな」 「き、汚ェ! 人質かよ!」 「猿質だろ」 ニヤリと笑いそんな事を言う政宗に、慶次はカッと頬を紅潮させて再度立ち上がりかけた。成実が「無礼だぞ!」と強引にまたその場に座らせたが、慶次としても腹立たしい想いを抑えきれないようだ。怒りのやり場を己の膝に持っていき、ごつごつとした拳でそこを殴る。 「これだから血生臭い戦国武将は嫌いなんだッ! 考える事と言ったら戦、戦。戦の事しか頭にねェ! そんなに天下を獲る事が大事かい? 他に考える事はないのかい!?」 「あるぜ」 「……は?」 「他にも考えてる事はあるさ。―…たくさん、な」 けどなあ、と政宗はおもむろに背後に立て掛けていた刀剣を取ると、慶次に向かってそれをかざして見せた。 「今は、これだ。それが俺の進まなきゃいけねえ道だからだ。テメエも武将の息子に生まれたんなら、ちったぁ腹括りやがれ。―…外出るぞ。テメエと一戦やる」 「な…何で、そうなるわけ?」 「気分」 すっくと立ち上がった政宗に唖然とする慶次。 3人の家臣達は慣れたような顔をして何も言わず無言だったが、丁度その場に現れたゲーム版の小十郎の方は、ぱちくりと瞬きした後、「また手合わせですか」と一人その事実を声に出した。 しかし、外庭に出て数秒。 勝負はあっという間に決まってしまった。 「アンタ…噂に違わず強ェんだなぁ」 どっかりと尻餅をついて両手をも土につけてしまった慶次は、いっそ晴れ晴れとしたような顔でそう言い、笑った。 慶次が持っていた大刀は政宗の立つ遥か方向へ吹っ飛んでいる。 「―ま、酔っ払いと殺る気のねェ奴には負けねえよ」 はじめから六爪を見せた政宗とは違い、慶次は己の特技すら出さなかった。 実際慶次がまるで本気を出していない事は政宗にもすぐに分かってしまった。だから立ち合いを下手に長引かせて相手の力量を見る事は諦め、勝負も数秒で決めた。あくまでも「巻き込まれるのは嫌だ」という頑なな姿勢を示されたようで腹が立ったが、一方で「そういう生き方もあるのかもしれない」という想いも、政宗の頭の片隅には浮かんでいた。 そしてふと、虎哉の発していた言葉を思い出した。 《己の欲する勝利が、万人の望む勝利と思わぬ事です。》 「差し詰め、前田慶次。お前は俺の桂馬だ」 「は?」 「俺の為に働け」 刀を収めながら当然のようにそう言う政宗に、慶次はみるみる笑顔を引っ込め、惜しげもなく胡散臭そうな顔を向けた。 「何を言ってんだ。嫌だよ、幾ら勝負に負けたからって、俺はアンタの臣下になるなんて約束―」 「誰もンな事言ってねーだろ。勝負の結果で言ってんじゃねえ」 「じゃあ何だよ?」 「夢吉がどうなってもいいのか」 するりとそう言った政宗に、慶次は今度はがっくりと肩から力を抜いてそのまま地面に顔まで擦りつけてしまった。 もっともすぐにツッコミは入れたが。 「あんたな―ッ! こんな清々しい勝負した後に、結局それで脅すのかいッ!? 何なんだよ、折角俺ァ、アンタの腕前にちょっと感動してたのに!」 「煩ェ。使えるもんは猿でも使う。なぁ、夢吉?」 「キキーッ!」 いつの間にか再び政宗の肩に乗って元気良く返事をする夢吉に、慶次はいよいよ脱力した。ここでは唯一の仲間であるはずの夢吉が、今やすっかり「伊達軍」の一員である。 そりゃあ、確かにあの酒は美味かったけど。 「はあ」 大きな大きな溜息をついて見せてから、しかし慶次は仕方がねえなと言う風に項垂れながら首を横に振った。 「一体この俺に何をさせたいんだい? 他所モンのさ。前田家の俺に」 「お。頼まれてくれんのかい?」 途端声色が穏やかになる政宗に慶次はとことん呆れて見せてから「夢吉は返せよ」と念を押した。 政宗は高く笑いながら「分かった分かった」と承知して、それから一歩慶次の傍に歩み寄った。 そして言った。 「なぁに、アンタにはただ道案内を頼みたいってだけさ。伊達から使者を立ててある国まで人を送ってやりたいんだが、何せお前等の住む方は魔王のオッサンがどこでも目を光らせてるから危ねェだろ。俺たちは一介の武将として実にまっとうな筋立てをしようってつもりでも、向こうさんにはいらん因縁をつけられるきっかけにもなりそうだしな。それもまあ、アンタがついてりゃ防げそうだしって、こういう話だ」 「いや、こういう話って……全然分かんねえ。一体何の事だよ?」 「魔王のオッサンの妹、知ってるか」 政宗の問いに慶次は「ん?」と一瞬眉を潜めた後、割と間を空けずに答えた。 「妹……確か浅井の所へ嫁いだ……お市ちゃん?」 「さすが女の事なら記憶力がいいな。面識はあるか」 「女のことってか、一応織田の事なんだからそれくらい知ってるっての。ったく、いちいち剣の立つ言い方するんだから…」 「いいから答えろ。そいつの事、知ってるのか」 せっつくような政宗の問いに慶次はぶうと膨れながらも素直に頷いた。 「一回だけ会った事あるかな。でも、遠目で見ただけだよ。あの時話してたのはまつ姉ちゃんと利だけで」 「ああ、けどそれなら向こうも何となくお前の事は分かるな。好都合だ。―小十郎」 「はっ」 ゲーム版の小十郎はもう政宗の考えが読めていたのかもしれない。先刻送ったばかりなのだがとは思いつつも、再び戻って「連れて来ていた」らしい。 「お前の進退が決まったぞ」 「独眼竜……」 そろりとやってきた市は先刻宴に現れた時と全く同じ、既に奥州を出る身支度をすっかりと整えていた。政宗はそんな市に苦笑しながら、「さすがにこんな時間からは行かせねえぞ?」と答えながらも、くいと顎で前方に座る慶次を指し示した。 「お前も知ってるだろう。前田家の風来坊、前田慶次だ」 「前田……慶次……?」 「え? ちょっ…アンタ、その、お市ちゃん? あれ? あれれ? ちょっと、何でいんの? こんな所に? え、ええ?」 慶次は当然のようにぎょっとして目を剥いていたが、市の方はそんな慶次の大声が怖かったのか、怯えたような目をして数歩後ずさりをした。その背を傍にいた小十郎がさり気なく支え、そして言った。 「この者が案内をする。国まで丁重な扱いで送ってやろうと政宗様のお計らいだ。ありがたく思えよ?」 「帰って……いいの?」 「元々呼んでねえし、アンタの事なんざ」 ハンとバカにするような笑いを浮かべ、しかし直後政宗は真摯な目を向けると市に言った。 「けどまあ…アンタには、感謝してる」 「独眼竜…?」 「さあ、こっからが面白くなるぜ。Partyの始まりだ…!」 そうしてニヤリと不敵に笑う政宗に、傍の小十郎だけが同じようにふっと微笑んだ。 尻餅をついたままの慶次は、「ああ元は俺が悪いとは言え…夢吉のせいでとんでもないもんに巻き込まれたみたいだ」と心の中で嘆息した。 夢吉が慶次の肩に戻ったのは、その翌日。 市らと浅井の所領へ向かう早朝での事だった。 |
<了> |
今後の戦況に大きな波紋を呼びそうな展開を「夢吉は見ていた」という意味のタイトルでした。 |