恋
「 ねえ皆守クン。九龍クン見なかった?」
いつもなら教室で友達連中とわいわいやりながら昼食を摂っているだろう八千穂がそう言って保健室にやって来たのは、昼休みも半ばを過ぎた頃だ。
「 あ? 九ちゃんか…。知らないな」
その日、皆守はいつものように午前中の授業を途中でリタイア。保健医の瑞麗が研修で半日留守なのを良い事に、我がもの顔で保健室のベッドを占領していた。もう1つのベッドには昼休みにやってきた取手がいたが、こちらは本当に具合が悪いらしく、いつも以上に青白い顔をして深く布団を被っていた。
「 おかしいなあ、何処行ったんだろ」
その場に皆守と取手しかいない事を確認した後、八千穂はやや膨れたような顔をしつつ両手を腰に当てため息をついた。皆守はベッドからそんな八千穂の顔を気だるそうに眺めていたものの、やがて彼女が探しているだろう親友の所業に思い至ったのか口元にふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「 あいつの事だ。大方また、校舎中走り回って黒板消しだの何だのを頂戴しに回ってるんだろ」
「 あ…やっぱり?」
「 この間なんか部屋にパイプ椅子が5脚くらいあったぞ。嘘かホントか、リサイクルに出して武器買う足しにするなんて言ってたけどな」
「 えっ! 何言ってんの、そんなの駄目だよ〜! だってそれって学校の備品でしょ!?」
「 俺が知るかよ」
「 もう、しょうがないなあ九龍クンは…」
ふーと深くため息をついた後、八千穂は仕方なく制服のスカートから携帯を取り出すと何やら軽快な指裁きでピッピとボタンを押し、それからまたパタリとそれを閉じて再度ため息をついた。
「 何なんだよ」
両手を頭に敷いて依然寝そべったままの皆守は、そんなクラスメイトの浮かない表情に口元のアロマをちょいちょいと動かしながら訊いた。
「 あいつに用があるんなら最初っからそうやって携帯で呼び出せば良かっただろ? あんなちょこまか移動してる奴、どうせ捕まりっこないんだからな」
「 う〜ん。でも、捕まえたいような、捕まえたくないような…」
「 あぁ?」
「 でも、皆守クンの所ならいるような気がしたし、それならそれでまあいいかなあとも思いつつ」
「 ……何言ってんだ?」
「 九龍君がどうかしたの…?」
布団を被ったままの状態で荒く息を継いでいた取手がむくりと起き上がった。相変わらずどこか憔悴している。九龍に出会ってから随分と明るさを取り戻し前向きになったが、それでも時々はまだ体調が悪くなるのかこうして保健室にいる事も多い。
しかし九龍の話となるといつまでも大人しく寝ていられなかったのだろう。取手は蒼白な顔をしつつも何事か起きたのかと心配そうな目を向けた。
「 あ、別に何でもないんだよー」
そんな取手の様子に気づいたのか、八千穂は慌てて両手を振り笑った。
「 ただね、今夜の探索は誰を連れて行くのかなって、それが訊きたかっただけなんだ」
「 は?」
八千穂の台詞に皆守は思い切り眉をひそめた。
そんな友人の様子に気づかず八千穂は言う。
「 最近さあ、九龍クン私の事全然連れてってくれないから。そりゃあ、取手クンとかもそうだけど、毎日どんどん新しい仲間できてさ、皆と仲良くなって皆に声掛けられてるのも知ってるけど」
「 ………」
「 僕はそんなに…。九龍君、いつも僕の身体の事気にして誘ってくれないよ」
黙ったままの皆守の代わりに取手が遠慮がちに、そして寂しそうに笑い言った。八千穂はつられたようにそんな取手に笑顔を向けたが、すぐにむっとしたようになって皆守を睨んだ。
「 何…だよ?」
「 皆守クンはいつもレギュラーだよね!」
「 レギュラーってのは何だよ」
「 だってそうじゃん。いっつも九龍クン、皆守クンは連れていくもん。絶対参加」
「 あのな、俺は別に行きたくて行ってるわけじゃ…」
「 じゃあたまには断れば? 私だけじゃなくて、椎名サンやタイゾーちゃん…それに月魅、黒塚クンあたりだって皆言ってたよ。皆守クンがたまに九龍クンの誘いを断ってくれれば、自分たちにお鉢が回ってくるのにって」
「 し、知るかよそんな事…!」
「 はいはい、だから結局皆守クンも九龍クンの事が好きって事だよね!」
「 はあ? あのな八千穂、お前…」
「 それで。さっき皆と話してて、夜までいつ声掛かるか待つのも悲しいからさっさと訊いてみようって話になったんだけどね。誰がメール送るかでも揉めちゃって」
「 何でだよ」
「 だって!」
ここで八千穂は今までで一番頬を膨らませて眉間に皺を寄せると思い切りぶうたれた声で言った。
「 だってメール送ったって、九龍クン、返事とか絶対くれないじゃんッ」
「 ………」
「 あーもう、そういうのがまたかなり寂しいからさーッ!」
「 ………」
言えてる。
心の中でそう思いつつ、皆守は「そういえばアイツはあのH.A.N.Tとやらを屈指してしょっちゅうあの画面を覗いているくせに、メールを打っているところは1度も見た事がない」と思った。自分は勿論、他の連中とて奴には結構頻繁にメールを送っているようなのに、あいつは1度たりとも誰のところにもその返事を打った事がないときている。
「 友達だったらさあ、1度くらいメールの返事欲しいよね。あんまり、こんな事でぶつぶつ言いたくないけど〜」
「 ……まあな」
「 その上、今日の探索にも声掛けてもらえなかったとしたら、やっぱりショックだしさ」
「 ………」
「 でも」
すると今までずっと黙って2人のやり取りを見ていた取手がオズオズとした風になりつつ口を開いた。
「 でも皆、九龍君が好きなんだよね」
「 取―」
「 そうなんだよね」
皆守が口を開こうとする傍ですかさず八千穂が同意した。
取手が微笑する。
「 九龍君、確かにメールをくれた事はないけど…。でも読んでくれているよ。それに、彼は僕たちの事よく分かってくれてる…と、僕は思っているんだけど」
皆守の不機嫌そうな視線には気づいていないのか、取手は何かを思い出すように嬉しそうな笑みを浮かべて言った。
「 その証拠に九龍君、僕がメールを送った翌日はいつも以上に凄く優しく笑いかけてくれるし…」
「 そりゃお前の妄想じゃないのか」
「 ちょっと皆守クンッ! 何その性格悪い発言は〜!」
八千穂がガーガーと文句を言う声も、しかし皆守は知らぬ存ぜぬで顔を天井へ向け、アロマを吹かした。
八千穂が何だかんだと文句を言いつつこうして九龍を探すのも。
取手が分かった風な顔をして九龍を想い嬉しそうに笑うのも。
あまり面白い事ではない。
「 ……あーあ。まあとにかくここにはいないわけだから。教室戻るね」
相手にされない事を悟った八千穂がため息交じりに言った。
「 でももし九龍クンがここに来たら、私が探してたって伝えてね」
「 ああ…」
「 絶対だよ!」
念押しをしてピシャリとドアを閉じ去っていく八千穂の足音を聞きながら、皆守は依然上を見上げたまま横たわっていた。ちらちらと取手の視線を感じつつも、敢えて知らないフリをする。本当は八千穂が去ろうとするその瞬間には気づいていたが、わざわざ口に出して教えてやるのもかったるかった。
本当は廊下の向こうから、もう聞こえていた。
「 ちっ…」
八千穂が向かった先とは正反対の方角から、パタパタと忙しない足音を立ててどことなく弾んだような足音が近づいてくる。
こちらに来るな。
来なければ、良いのに。
「 あー疲れた」
「 あ、九龍君」
けれど皆守のそんな思いを裏切るように保健室の扉は開き、九龍は現れた。取手の喜びと驚きとがない交ぜになった声が皆守の耳元で鬱陶しく響いた。
「 昼休みって何でこんな短いんだ? 校舎中回ってアイテム回収するのも結構大変…って、鎌治じゃん。どうした、また体調悪い?」
「 あ…ううん、大丈夫だよ。ちょっと頭が痛いだけなんだ」
「 それ、大丈夫じゃないだろ」
苦笑しながらこちらに近づいてくる影。
けれど皆守は視線をそちらへやらず、ただ無関心を装ってアロマを吹かし続けた。自分を呼ばず取手の名を先に呼んだ事も何となく癪に障っていた。
「 皆守」
それでも。
「 お前は具合悪くなくてもいっつも横たわってるな」
「 ほっとけよ」
声を掛けられるともう無視できなくなる。視線が向けられたと分かるともう駄目だった。逸らしていた目を声のした方へやれば、そこにはいつもの笑顔があった。取手がいるベッド脇の椅子に腰を下ろしていた九龍は、それでも目線は皆守に向けていた。それが皆守には嬉しかった。
「 カレーパン食うか? さっき買ってきたんだ」
「 ……食う」
「 おっ素直。よしよしよし…! ……へへへっ。なあ今の! あれ、あれに似てた? あの玉葱マンに!」
「 何だよ…そりゃあ…」
「 クス…もしかして、あの遺跡にいた化人…神薙(ヒモロギ)?」
取手が口元に手を当て笑いをこらえる様を九龍は不思議そうに見やった。
「 え、何それ…あ、あいつそんな名前だっけ? すげーなぁ鎌治。あんな名前覚えてらんねーよ!」
「 H.A.N.Tの情報見てないのかお前は…」
皆守が呆れて言うと九龍は薄っすらと笑いながら首を振った。
「 一応見てるけどさ。漢字多いの駄目なんだよな俺。帰国子女だから」
そうして九龍は喋りながらここでするいつもの作業―昼休みに回収したブツの確認とばかりに、傍に置いていた大きな袋の中身をガサガサと漁り始めた。取手は興味深そうにそんな九龍の様子を繁々と眺めていたが、それに気づいた九龍がまた取手に人懐こい笑みを浮かべるものだから、皆守は無性に腹が立ってしまった。
だからだろう、いつもよりも十二分に暗い声が出た。
「 いつもいつも、ここはお前の部屋じゃないだろ。いい加減何でもかんでもいらん物広げるのはよせ」
「 え?」
「 邪魔くせえって言ってんだよ」
するとそんな皆守の発言に九龍はぴたりと手を止めて顔を上げた。
「 何だ皆守、随分と不機嫌だな? 俺、何かしたっけ」
「 してるだろ…」
「 カレーパンもう一個やるよ!」
「 ……っ。投げるなっ」
まるで堪えた風もなく神聖なる食べ物(しかもカレーパン)を投げつけてきた九龍に、皆守は今度こそ声を荒げた。
しかしやはり相手は何とも思っていないらしい。目を細めて実に楽しそうな顔をした後、再び知らん顔で袋に視線を落とし、取手を話し相手にして盛り上がり始めた。
「 なあ鎌治、さっきのすぐ分かったって事はやっぱり似てた? 俺の声真似、あれにさ!」
「 うん、似てた」
「 だろ!? この間さ、あいつらにすげ〜訳分かんねえモクモク攻撃されて死にそうになったじゃん。下手したら『ヨシヨシ』言われたまま死ぬとこだったよなぁ。アブね〜!」
「 う、うん。危なかったよね」
2人の話を皆守は冷めた目で見つめた。
あの時の事は自分もよく覚えている。九龍は昼間の時間帯は大抵今のようなとぼけた感じでいる事が多いが、遺跡の中では割に真面目で口数も少ない。だからバディである自分や取手ら他の仲間が危険に晒される事も滅多になかった。
それが何故かあの日だけは星の巡りでも悪かったのか、不運なタイミングも重なって幾つもの戦闘で苦戦を強いられた。墓場を上がってきた時には、今までにない安堵を感じたものだ。
やばかったな、ごめん。
あの日、九龍は寮の部屋に戻る前それだけを言った。
そして後はただ微かな笑みを唇に張り付かせていた。
「 まあ、死にそうといえばさ」
九龍が言った。
「 よくよく考えるとあの日だけじゃないんだよな。皆守が助けてくれなきゃ絶対死んでたなって場面結構あるし。お前、あれ神業。ホント、実はタダモンじゃないだろ」
「 ………」
「 あ、マズイぞ死ぬって思う時でもさ、だからつい余所見して皆守見ちゃうんだよな、俺。またお前が助けてくれないかなって」
「 ……るせ」
「 なあ、そういうわけで今夜も一緒に…」
「 煩ェってんだよ! ガーガー喚くな!」
「 ………」
「 皆…守君?」
皆守が発した突然の怒り声は、傍にいた取手まで驚かせたらしい。目を丸くする具合の悪いらしいその保健室仲間に多少気まずい思いをしつつ、皆守はきょとんとして黙りこくった九龍を苦々しい目で見やった。どうにも我慢できなかった。
「 九龍」
「 何?」
「 ……そう気軽に死ぬなんて台詞吐くんじゃねえよ」
「 うん…?」
九龍の曖昧な返答に皆守はますます胃の辺りがグラグラとした。
「 意味分かってないなら安易に頷くな」
「 うん」
「 分かってないのにすぐ頷くな!」
「 ………」
「 み、皆守君…っ」
あくまで九龍擁護派の取手は皆守のどんどん刺々しくなっていく態度にただ気が気ではない様子で、オロオロとして2人を交互に見やっていた。
九龍はぽかんとした顔で暫し皆守を見つめていたものの、やがてようやく我に返ったようになると、あのいつもの笑みを唇に戻して言った。
「 ごめん」
そのあっさりとした謝罪は、あの時墓地で発した口調とまるきり同じだった。それは皆守の胸を何となく突いた。
「 ……別に」
俺は何に対しこんなにムキになっているのか。自問自答しながら、それでも返答を待つ相手に言葉をやった。
「 分かったならいい」
「 うん」
「 ………」
九龍の静かな笑みを見ているのが嫌になり、皆守は視線を再び天井へ逃した。誤魔化すようにアロマを吹かし、違う事を頭に思い浮かべようとしたけれどそれは駄目だった。腹の上に置き去りにされたカレーパンにもちらと触れてみたが何の慰めにもならない。
必死に横の気配だけで九龍の様子を探ったが、ただ分かるのは取手の「どうしよう」という途惑いと困惑の空気だけで、九龍の動きはつかめなかった。こんなに他人である誰かの動向が気になるなど今まで1度たりともなかった。ありえなかった。
「 俺、麻痺しているんだよ」
その時、不意に九龍のそう言う声が耳に入り皆守はハッとした。咄嗟に目をやったが予想に反して九龍はこちらを見ていなかった。いつの間に手にしたのか、愛用の銃をチェックしながら伏し目がちに呟いただけのようだった。
それでも九龍は尚言葉を零した。
「 分からなくなってるんだよな。自分が死ぬとか、敵を殺すとか。そういうの」
「 ………」
「 九龍君…」
取手の物憂げな声に慌てたのか、九龍は「あはは」と軽く笑うと、手元の銃をくるくる手で回し遊びながらガラリと口調を変えて続けた。
「 でもちょっと考えれば分かるよな。ああいう発言はよくないな。俺、お前とか鎌治とか、もし皆が俺みたいに死ぬ死ぬ言ってたら、きっとすげーヤだと思うからさ」
「 ………」
「 だから、今度から気をつけるな。皆守。ごめんな」
「 もういいって言ってるだろう…」
情けない事に萎んだ風船のような小さな声しか出なかった。
そんな自分に心内で舌打ちしつつ、皆守はこれだから九龍と一緒にいるのは嫌なんだと思った。いつでも己の嫌な部分が曝け出され、いつでも己の忌むべき部分が許されているような気がしたから。
九龍と一緒にいると。
「 さーってと。荷物整理も終わったし、今夜も頑張るかな」
「 九龍君。今日もあそこへ行くんだね」
「 うん、行くよーっ。鎌治も来る?」
何気ない九龍の取手への誘いに皆守の肩先が反射的に揺れた。直後、取手の嬉しそうな雰囲気も嫌という程に伝わってきてそちら側の頬がヒリヒリした。
「 あ、でも…」
しかし取手がふと思い出したようになり、気まずそうに声を上げた。
「 九龍君、あの…今さっきまで八千穂さんがここにいたんだけど…」
「 あぁ。メールだろ。見た見た」
「 八千穂さんや…他の人たちも九龍君と一緒に行きたいって…」
「 んー…」
「 お前、返事くらい書けよ」
自分にとってはどうでも良い事のはずなのに、皆守は取手の言葉を付け足すように思わず横槍を入れていた。どうでもいい、そう、どうでも良いはずなのに、何故か。
「 あー…」
しかし九龍は困ったように笑んだ後、ゆっくり首を横に振った。
「 ごめん。俺、返事は書けないんだ」
「 な…」
「 九龍君…どうして?」
「 えーっと…」
「 お前…実はあのH.A.N.Tってのの使い方に慣れてないとか言う気か?」
「 まあそれもあるけど…って、違う違う」
あははと笑って九龍はまた小さくかぶりを振った。
「 そうじゃなくて。これ、ハンター全員って事じゃなくて俺だけかもしれないけどさ。でもこんな仕事してる人間は、メールとかマメじゃない方がいいと思うんだよな。ただ、『そういう奴』って思ってて欲しいんだよな」
「 何だよそりゃあ…」
怪訝な顔をしてすぐに訊き帰すと九龍はあっさりと答えた。手にしている銃がいやに重そうに見えた。
「 メールとかさ。いつもすぐに返信してた奴がある日突然連絡絶やしたら、怖くないか?」
九龍の眼は真っ直ぐで、けれどその瞳に皆守は映っていなかった。
少なくとも皆守にはそう感じた。
「 俺、自分の足跡は絶対残さないようにして歩くから」
柔らかく、いつでも誰にでも人当たりの良い知り合ったばかりの親友。けれどその親友はただいつも遠くを見つめ、先を見据え、振り返ってはくれるけれど手を伸ばしても決して立ち止まってはくれない、そんなひどく遠い存在のようにも思えた。
その原因は自分にある。その事を皆守はとうに理解していたけれど。
「 く、九龍君…。どうしてそんな事言うんだい…」
「 ん?」
「 君がそんな風に言うなんて…凄く…寂しいよ…」
「 ああっ、鎌治! そんな、ごめんごめん! そんな顔するなよ!」
「 だって…」
自分の代わりに一気にしゅんとなっている取手を九龍は必死に慰めていた。
「 あのな、別にこれは暗い話でも何でもないんだよ。つまり、俺の便りがないのは元気の証って事!」
俯き泣きそうになっている取手の背中を撫でてやりながら九龍は言った。
「 だから今日も元気にゲット・トレジャー! な? な、皆守!」
「 …そこで何で俺に振るんだよ」
「 いや、こういう空気苦手なので」
「 お前が……」
しかし文句を言いかけたまま皆守はぴたりとそのまま声を閉ざした。
どうでもいい。
明るくとぼけた九龍も、遺跡で見せる真摯な眼差しも、恐らくはどちらも本物の九龍のものには違いない。こうして友人の背中を撫でてやり、困った風に笑う顔も助けを請うように自分を見つめるその眼差しも。
守ってやりたいと思う自分の気持ちに代わりはないから。
「 ったく、仕方ねえな…」
「 ん? あ、一緒に行ってくれるのか」
「 ああ…」
気だるそうに答えつつ、もう気持ちは決まっていた。
「 行ってやるよ…」
「 ああ! サンキュな」
すると九龍は勢い良く頷いた後、依然として取手の背中を撫でながらどことなく不敵な笑みを浮かべた。
そして言った。
「 それじゃあ皆守君に今夜も見せてやるな。俺のカッコ悪くもカッコイイ生き様ってやつをさ」
「 ………」
「 おい鎌治、お前もいい加減復活しろって。いつまでもべそべそしてると連れてってやらないぞ」
もう完全に。
九龍の快活な声とその顔を見やりながら皆守は心の中で呟いていた。
もう完全に、俺はお前の罠に囚われている。
引きずり込まれている。
「 はっ…訳分かんねえ…」
それでもそれに嵌まる心地良さに酔っている自分がいる事に、皆守は煮えきらぬ想いとひどい焦燥感に駆られながら、口元でたゆたうラベンダーの香りに目を細めた。
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