キミが隣にいるのなら




  最近京一は富に面白くない。
「ねえねえ龍麻ち〜ん。お式は何処であげる? やっぱりハワイ? それじゃ定番過ぎるから、ヨーロッパとか〜? マリィ〜、フランスとかイタリアの教会も素敵だなあって思うんだぁ」
  間延びした媚び全開の甘え声で相棒の龍麻に抱きついているのは、マリィという名の異国の少女である。
  元は九角と組んで散々こちらを攻撃してきた恐ろしい炎の使い手であるが、九角を倒した後、何をどう間違ったのかいつの間にか龍麻に懐いて、それこそしょっちゅう、突然目の前に現れては龍麻に擦り付いてくるようになった。
  因みに当の龍麻は少女にされるがままだ。
「あとねぇ、マリィ、新婚旅行は南の島がいいなあ。あったかい南国のビーチで龍麻ちんと一緒に泳ぐの〜。ねえねえ龍麻ちんもマリィの水着姿見たいでしょう〜?」
「え…」
「見たくねーよ、そんなもん」
  龍麻が困ったように苦笑するので、京一はすかさず自分が答えてやった。
「はあぁッ!?」
  すると案の上、マリィはたちまち不快な表情となり、今にも京一に向かって牙を剥かんとする程の殺気でがなり立ててきた。
「別にアンタになんか訊いてないでしょッ! て、ゆーかっ! 何アタシと龍麻ちんとのラブラブな時間を邪魔しに来てるわけェ、アンタ!?」
「ここは俺らの学校で、今は昼休み中だ! んでもって、俺と龍麻は昼飯の最中だっての!」
  子ども相手に自分もつくづく大人げないとは京一自身思うところではあるが、ついつい声が荒ぶるのを抑えられない。おまけに唾まで飛ばして、京一は小生意気な顔を向けるマリィに自らもギンとした眼で睨みつけた。
  昼食は大体屋上か、校庭裏の芝生で取る事が常だ。今日は後者で、いつものラーメン屋から出前を頼み、2人は大好物の味噌ラーメンに舌鼓を打っていたのだ……が、一体どこから沸いてきたのか、この少女が知らぬ間に自分たちのそんな幸せランチタイムに乱入してきたのである。
  京一のラーメンはすっかりのびきっていた。
  正直、食事どころではない。
「おい龍麻。お前からもはっきり言ってやれよ」
「え…」
  イライラとしながらついに矛先を相棒本人に向けると、龍麻は意味が分かっていないという風に少しだけ小首をかしげた。それに対して京一の怒りの炎は更に燃え上がってしまう。この状況、龍麻自身とて困惑しているはずだ。それなのに、何を大人しくいつまでもこんなガキに己の身体を触れさせているのか。
「え、じゃねーよっ。このクソガキに、迷惑だから近寄んなって言ってやれっつってんだよ!」
  だから京一は、鈍感過ぎる龍麻に対し、今度は具体的にその言うべき台詞を教えてやった。
  勿論、それに黙っているマリィではない。
「何なのよアンタ〜! 龍麻ちんはねっ、この私! マリィと一緒にいてくれるって約束したんだからッ! マリィの事お嫁さんにしてくれて、龍麻ちんとアタシはずーっと一緒に暮らすんだからッ! ねえ、龍麻ちん?」
「え、えーっと…。結婚の約束までは…」
「……ぶうぅ。龍麻ち〜ん…」
「ほれみろ、テメエが一方的にいいよってるだけじゃねーかよ」
  龍麻がようやく少女に対して拒絶の意を吐いてくれた為、京一は多少溜飲の下がる思いがして得意気に笑った。未だ龍麻の首から外されない少女の細い腕は気になって仕方がなかったが、とりあえず龍麻はこのガキを受け入れる気はない。そして、そうであるならば尚更、一方的に龍麻に愛情を押し付けようとする少女の言動は、このまま許容できるものではないと思った。

  大体、龍麻は優し過ぎるのがいけない。
  だからこんな奴が調子に乗って言い寄ってくるのだ。
  あの比良坂という少女の時だって―。

「とにかくテメエ、さっさと消えろ」
  余計な考えが脳裏を過ぎって、京一は軽く首を振るとマリィに冷たく言い放った。龍麻の傍に自分以外の影があると、自分はまた何を考えてしまうか、口走ってしまうか分かったものではない。
  そう思ったのだ。
「イ・ヤ! アンタの言う事なんか聞くわけないでしょ、バーカ!」
「くっ…この野郎…」
「野郎じゃないわよ、野蛮人キラーイ!!」
「マリィちゃん」
  すると実に控え目な声で龍麻がマリィを呼んだ。それは実際とても珍しい事だったのでマリィも京一も同時に「えっ」となり、直後マリィは目をキラキラさせて頬まで紅潮させて「何!?」と飛び上がらん程に上気した声をあげた。
「あのね…。もうすぐ授業始まるし。また後で遊ぼう?」
「……えぇ」
「おい龍麻。お前、そんな言い方じゃ―」
「煩い猿! 黙れ!」
  マリィはギッとした声と眼で京一に凄みを利かせると、しかし龍麻には再びくるりと愛らしい笑顔を向けて先刻の媚びたような声を出した。
「絶対? それじゃ、ガッコー終わったらマリィと一緒にいてくれる? デートしてくれる?」
「うん」
「キャー! 本当、龍麻ちんッ!」
「うん。デート…っていうのは、よく分からないけど。一緒に、遊ぼう?」
「おい、龍―」
「やーん、龍麻ちん大好きー!!」
  京一の声を問答無用で掻き消して、マリィははしゃいだ声でもう一度ガバリと龍麻を抱きしめ、その相手の頬に自らの頬を擦り付けて満面の笑みを浮かべた。
  龍麻はそれに多少窮屈そうな顔を見せていたものの笑顔で返し、マリィが何度も振り返って手を振るのにも律儀に反応して、自らもひらひらといつまでも手を振ってやっていた。

  それでもとりあえず。
  ようやく小さな嵐が去って静寂が戻ったところで、京一はぼそりと声を出した。

「…龍麻」
「ん?」
  2人の前には、すっかり冷めてのびきってしまったラーメンがあった。
  それに京一よりも先に手を出し始めた龍麻は、しかし相棒に呼ばれた事で動かしていた箸をぴたりと止めた。
  京一はそんなきょとんとした龍麻の瞳を見つめながら、相変わらずのキツイ口調で返した。
「どういうつもりだよ」
「どういうつもりって?」
「あのガキの事に決まってんだろ!」
「マリィちゃん?」
「そうだよ!」
  ああ、何だかこれ以上この話はしない方が良い気がする。
  何となく京一はそう心の中で思ったのだが、口の方は止まらなかった。
「何であんなガキの言うなりになってんだ? 元は敵だった奴だぞ? いつまた寝首をかかれないとも限らねェだろ。それをわざわざ懐に呼び込む真似して」
「もうマリィちゃん、敵じゃないよ」
「んなの分かんねーだろうがッ」
「分かるよ。京一だって分かるでしょ?」
「はぁ!?」
「京一は、そういうの分かるでしょ」
  それは凛とした揺ぎ無い瞳だった。京一は思わず勢いこんで出していた言葉を消して黙りこくった。
  すると龍麻は再び食事の手を再開させ、ずるずるとのびたラーメンを口に運びながら実にすました調子で言った。
「京一。マリィちゃんにあんな怖い声出さないでよ」
「お、お前は…っ。お前も……!」

  好きなのかよ?

「……っ」
  そんなバカな質問を思わずしそうになり、京一はぐっと唇を噛んで視線を逸らした。
  バカバカしい。そんな事を言ったら恥の上塗りだ。
  分かっている。龍麻は優しいからあの少女に付き合っているだけだ。龍麻は誰にでもとても優しい。だから己に向けてくる好意を絶対に無碍にしたりはしない。それが子どもだろうと、たとえ同じ男であろうと―。
  きっと龍麻はいつものあの笑顔で、どんな人間をも己の懐へ招き入れてしまうに違いないのだ。
「……あーゆーガキは、甘やかしってっとどんどん調子に乗るぞ」
  仕方なくぶすくれた声でそう言うと、龍麻はそんな京一の妥協したような台詞ににっこりと笑った。
「甘やかそうよ」
「あぁ? ……何だよ、それ」
「子どもだもん。たくさん甘やかしてあげよう? マリィちゃん、家族いないって言ってた。友達も。僕、自分がマリィちゃんのお兄さんになれればいいなって思ってる」
「……向こうは恋人のつもりだぞ」
「あはは。うん、じゃあマリィちゃんがもうちょっと大きくなったら、それも考えるよ」
「………」
  冗談とも本気ともつかない態度で龍麻はそう言った。それからふと、自分の発言で思い切りギクリとしているような京一の顔を窺い見るようにして、龍麻は穏やかな調子で言った。
「京一は何になってくれる?」
「はぁ?」
「マリィちゃんの何になってくれる?」
「俺? 俺はあのガキにゃ嫌われまくってんだから、何もねーよ。たとえば、俺が兄貴ンなってやるなんて言ってみろ? 全身に鳥肌立てて攻撃してくっかもしんねーぞ」
「あはは。まさか」
「いや、マジだって」
  何故そこでそういう笑いが出るのか心底謎だ。
  京一はこいつの鈍感さは本当に天然記念物ものだと思いながら、それでもはたと思い立ったような顔をして、一瞬言葉を消した。
「京一?」
  龍麻はそれで予想通り不思議そうな顔をしたのだが、それによって京一はますます言う気になって、わざとふざけたような笑みを作って口を切った。
「まあ……けど、お前がいるなら、あいつの家族になってやってもいい」
「え?」
「お前は兄貴って柄じゃねーよ。あいつの甘え方見ててもそうだろ。お前は母親。なら俺は、怖ェ父親になってやるってんの!」
「え…ええ? 何それ? 僕がお母さん?」
「そうだよ。ぴったりだろ?」
「それで、京一がお父さんなの?」
「そ」
「じゃあ、僕と京一が、夫婦?」
「嫌か?」
  顔は平静でも、内心ではらしくもなく胸がドキドキとざわめいた。自分でも実にバカな事を言い出していると分かっていたから。
  それでも。
  多少は通じたかなと仄かな期待があったのも事実で。
「うん! それいいね!」
「……は?」
  けれど龍麻は京一が期待していたような「何言ってんだよ」と抵抗しながら照れるとか、夫婦という単語自体に途惑ってこちらを「そういう対象」として意識して慌てふためくといった様子は一切示してはくれなかった。
  ただ。
  ただ、嬉しそうに「うん、いいね」と。
「た…龍麻、あのな…。俺の言った事の意味、分かってねーの?」
「え? 分かってるよ? 僕がお母さん、京一がお父さん。それで、マリィちゃんは僕たちの娘って事でしょ?」
「ま…まあ、そうなんだが。この際あのガキの立ち位置はどうでもよく―」
「僕、それがいい。お兄さんが2人とかっていうより、本当の家族みたいだもんね!」
「………」
「ありがとう、京一」
「……別に」
  やっぱり、多分。いや、絶対通じてない。
「はあぁ…」
「どうしたの京一? あ! もうすぐ予鈴鳴る! 急いで食べないとね!」
  龍麻はそう言いながら急いで丼の中の麺を啜り出し、その合間合間に「今日の放課後は一緒に遊びに行こう」と言って終始嬉しそうな顔をしていた。
  京一はもう食事を取る気など一切せず。ただ、遊びの誘いにはしっかりと「行く」と答えて。
  後はひたすら、無邪気な龍麻の笑顔を眺めやっていた。



<完>




■後記…タイトルの意味→「お前が俺ンとこに嫁に来るなら、俺もクソガキの父親になってもいい」…を、綺麗っぽくしたもの(爆)。マリィちゃん可愛いですよねえ…。あのストーリー展開で唯一といっていいほどの癒し。龍龍って要所要所では皆龍麻に惚れてたと思いますけど(京一は勿論、壬生や龍冶も)、あれだけあからさまに「龍麻ちんラブ!」と言ってくれてたのはマリィだけかと。おおお、なのにあのラストは…【怒】。マジであれだけは許せなかった。私の中ではマリィちゃんはちゃんと助かってるって事で宜しくお願いします。…そんなこんなで、平和な世の中になったら、京一おとーさんと龍麻おかーさんに囲まれて、マリィは幸せに暮らすのです(って京一が父親なんて、まず間違いなくぐれるだろうけど…)。