―2―



  翌日、大学が終わったら早々に葉山の元へ行こうと思った陽一は、しかし予期せぬ出来事が起こってそれどころではなくなった。
  母方の祖父が体調を崩して入院したという事で、急遽、家族総出で母の田舎へ向かわなければならなくなったのだ。母方の田舎は今の家から新幹線で小一時間ほどの距離にあったが、その後鈍行に乗り換え、駅を降りたら1時間に1本しかないバスを待つか、急勾配のある山道を1時間かけて自力で歩くかという難関も待っていたから、陽一が祖父の運ばれた町の病院に着いた頃にはとっくに夕刻を過ぎていた。
「遅いよ、陽一」
  車で先に着いていた姉の光は、薄暗い病院の待合室で陽一を迎えると、責めるように小さな声を出した。
「ごめん。久しぶりだからちょっと道に迷ったし。おじいちゃんは?」
「今は大分落ち着いているみたいだけど、面会謝絶なのよ。お母さんと久美子叔母さんは先生から詳しい話を伺っていて、お父さんは入院に必要な物を買いに行ってるところ」
「そうなんだ…。でも、命に別状はないんだね?」
「そうみたい」
「良かったぁ…」
  最近では陽一も祖父と会う機会を少なくしていたが、幼い頃はよく釣りをしたり一緒に遊んでもらっていた。両親が共働きな事もあって、姉の光が鍵っ子としての生活に慣れるまではと、陽一1人でこの田舎に預けられていた事もある。当時は寂しくて1人だけ知らない町に置き去りにされたようで泣いてばかりいたが、そんな陽一を祖父や祖母は辛抱強く見守り、大変可愛がってくれた。
  そんな思い出が急に全身に纏わりついてくるから、仄暗さの伴う静かな病院というのは厄介だった。大丈夫だという言葉を聞いて安心した事も相俟って、陽一は不覚にも涙が出そうになった。
「今夜はお母さんと私が交代で病院に泊まるから、あんたは久美子叔母さんとおじいちゃんとこに泊まりなさい」
  陽一の様子を見つめながら光が言った。
「お父さんはどうしても外せない仕事があるから、もう今日の夜には帰らなきゃいけないって言ってるけど、あんたはおじいちゃんに会えるまではいるでしょ?」
「勿論」
「おばあちゃんも具合があまり良くないらしいから、叔母さんを手伝いなさい。タダシ君たちは明日来るって」
「分かった」
「ねえ陽一…」
  母たちがいるであろう診察室を探すような視線を向ける陽一に、その時光は突然声の調子を変えて、しかし言い淀んだ。
「…何?」
  それに陽一が不審に思って聞き返すと、光はらしくもなく途惑った仕草を見せた後、「何でもない」と言った。それで陽一もその時は祖父の事を考えたり、また目的地にようやく着けたという安堵感とで疲れていたから、深くは追求しなかった。

  それから数日の間、陽一は祖父母の家に泊まりながら、昼間は祖父が入院する病院へ行き、あとは体調の芳しくない祖母の面倒を見たり、隣の離れで暮らす叔母と家の事を手伝ったりしながら時を過ごした。祖父が快方に向かっている事を聞いてから初日に帰宅した父の他、母と姉も日を置いて自宅へ戻ったのだが、陽一だけはずるずると祖母の言葉にも甘えてその場に留まり続けた。

  久しぶりに祖父母と話が出来た事も嬉しかったし、また田舎の家が懐かしく思いのほか居心地が良かったせいもある。
  元々陽一は人の多い都会が苦手だ。幼い頃から人見知りが激しくて、親しい友達もなかなか出来なかった。姉の光は「あんな」なのに、何故男である陽一は「こう」なのかと、親戚一同皆不思議がったけれど、陽一自身、自分のそういった内気な性格を直す事は出来なかった。
  葉山の事が気にならないと言えば嘘になったが、会いに行こうと決めたあの日のタイミングを逸した事で、「却ってこの方が良いかもしれない」と思い始めた。葉山もカッとなるところがあるけれど、自分は自分で、それに対してウジウジと物事に後ろ向きになり過ぎる。それによって葉山を余計に苛立たせるのならば、焦って変に接近しようとするよりは、こうして距離を取ってお互いにすっきりしてから、また改めて会えばいいじゃないか―そんな風に思ったのだ。
  それ故、あの日からベッドの下に置き去りの携帯電話についても、気にはなっても早く手にしたいとは思わなかった。もし万が一葉山から連絡があったらすぐに知らせて欲しいと姉に頼んでもいたから、音信不通になる事もない。葉山も家の事情では会えないのも仕方がないと思ってくれるだろう。これでいい。
  ―…それらの想いが全て都合の良い逃げ口上になっているとは、陽一自身、全く気づいていない事だったのだが。

  だから、突然葉山が祖父母宅を訪れてきた時は本当に仰天した。

「え…?」
  もうすぐ日も落ちるだろう夕暮れ時、ちょうど陽一があの日祖父のいる病院へ着いたのと同じ時刻だろうか。その時、陽一は庭木の花に水をやる為ホースを持っていたのだが、突如として目の前に現れたその恋人の姿にボー然として、ついそこから出る水をサンダルをつっかけた足に思い切りびしゃりと掛けてしまった。
「わっ…」
  慌てて足を除けたものの、もう遅い。陽一はびしょ濡れになった足とジーパンの裾を気にしながら慌てて蛇口を捻って水を止めた。「あーあ」。思わず溜息が漏れたが、本当はそんな事を言っている場合でもない。陽一は慌てて顔を上げ、幻ではない、葉山怜の全身をまじまじと見やった。
「何で…?」
  当然の事ながら、そんな疑問の声が漏れた。葉山の表情は暗い。辺りの夕闇のせいではない、陽一を見て今にも崩れ落ちそうなその顔は、時折ふと見せるあの弱気なものに似ていた。
「どう、したの。急に」
  葉山が何も言わないので陽一が言うほかない。ホースをその場に放置し改めて葉山の傍に寄ると、陽一は同い年の割に随分と身長差のある恋人の顔をそっと見上げた。
「あ、えっと、姉さんから聞いたんだよね? でも…びっくりした。わざわざ来るなんてさ…。その、じいちゃんのお見舞い、してくれる為に?」
「……お前に会いに来たに決まってるだろ」
「…っ」
  怒っている、咄嗟に思って陽一はさっと青くなった。どうしたのだろう、怒り方がこの間の比ではない。今度は何をしでかしてしまったのか、祖父の入院があったとはいえ、数日家を留守にするなら事前に葉山に知らせるべきだったのか。でもここのところ気まずくてずっと会えなかったのに、会う約束をしていたわけでもないのに、わざわざ報告するのもおかしいじゃないか……色々な言い訳がぐるぐると頭の中を駆け巡る。内からじわりといやな汗が浮かび上がって、陽一は無意識のうちにぶるりと身震いした。
「け、携帯…家に忘れて、きちゃって」
  やっぱり言い訳のようなものが口をついた。それは勿論わざとではないのだけれど、そもそも葉山と直接会う為にあそこに放ってきたものだけれど、でも数日もの間携帯を離して家を出たのはやっぱり駄目だったろうか。メールすらできないし。
「でも葉山から連絡あったら知らせてって、姉さんには頼んでおいたし」
  葉山がじっと黙ったまま見つめてくるので陽一は居た堪れなかった。何か言って欲しい、葉山の考えている事は掴みづらい。元々どんな人間の考えも読み取るのは難しいけれど、葉山の事となると尚更だ。
「じ、じいちゃんには昔凄く可愛がってもらったんだ。俺、ここに暫く住んでた事もあるし…夏休みとか、そういう時も毎年来てて。それで、ちょっとだけここにいようかなって」
「俺と会いたくなかったから?」
「ちっ…違うよ、ばあちゃんも具合悪―」
「俺と距離を取る為に?」
「だから違うって!」
  きっとなって声を上げたが、はっとして辺りを見回した。祖母は陽一が来たお陰か大分元気を取り戻していて、今は恐らく夕飯の支度をしているはずだ。叔母も自治会の集まりで出てはいるが、もうすぐ帰ってくる頃だろう。
  ここで葉山と言い合いをしているところを見られるのはまずい。
「あの、さ。ちょっと、外行こう?」
「何で」
「とにかく待ってて。ばあちゃんに言ってくるから!」
  葉山の怒った声を掻き消し背中を向けると、陽一はすぐに家の中に入って祖母に事の次第を告げた。東京からわざわざ孫の友人が来たという事には祖母も驚き、家にあがってもらいなさいとしきりに言ったのだけれど、陽一は早口で「ちょっと外を案内してくるから」と苦しい言い訳をして葉山を家から連れ出した。

  暫く細い田舎道をあてもなく歩きながら、陽一はやがてちらりと振り返った。

  葉山は大人しく後をついてきているが、視線はひたすら陽一に向いている。それがどうにも剣呑なもので、陽一は焦ってまた前を向いた。どうしよう、どうしてそんなに怒っているのだろう、怖くて訊けない、でも訊きたい―。そんな葛藤をしながら歩いているうちにどんどん辺りは暗くなり、気づけば陽一は自宅からも大分離れた、近隣にも数多くあるりんご畑の中に紛れ込んで、「あ」となって足を止めた。
「……どこだ、ここ」
  自分でも闇雲に歩いていたせいで訳が分からなくなってしまった。今はりんごの時期でもないので、等間隔に並んだりんごの木にその実はない。おまけに最近では祖父母の田舎は遊休耕作地が増えていて、放置され無駄に雑草が生い茂る荒れた土地も多い。どんどんと暗くなる辺りとその人気のない畑の中で急に不安になり、陽一は咄嗟に「ごめん」と葉山に謝った。
「ちょっと、戻ろう。俺、何か…知らないとこ、紛れ込んだ」
「俺から逃げたくて?」
「だ…だから、何なの、さっきから?」
  気まずいなと思って陽一は葉山の横を通り過ぎ、元来た道を戻ろうとした。
「あ」
  けれど葉山はそれを許さなかった。がつりと陽一の手首を掴み、出し抜け顔を近づけたかと思うと陽一の唇に自らのそれを重ねる。
「……っ」
  ただ唇同士がぶつかるような粗末なそれに痛みすら感じて、陽一は眉をひそめた。どくんと心臓が高鳴ったのも事実だけれど、それ以上に恐怖が勝る。陽一は何とか葉山から離れようと、乱暴に捕まれた手首を振り解くべく、もがいた。
  それでも葉山は離してくれなかったのだが。
「ちょっ…葉山!」
「なあ、ここでヤる? 幸い、誰もいないみたいだし。ああ、浅見も実はそれが目当てだったりして?」
「な、何言って…!」
「だって最近全然してないし。欲求不満になっちまうよ、俺もお年頃だしさ。淡白な浅見はそういう事もないのかもしれないけど、これでも苦労してるんだぜ、お前以外抱かないでいるのって。昔は節操なかったから」
「何……何、言ってんだよ……」
  葉山は酔っ払っているのだろうか。そんな疑惑すら浮かんで陽一はますます表情を曇らせた。確かに黙って連絡も取らずに田舎にいた事は悪かったと思うけれど、そもそも葉山が怒っていたし、何度も会えないというから、だからそれなら適度な距離を取った方がいいかと思っただけなのに。
  それに、そもそもはちゃんと葉山に会いに行こうとだってしていたのに。
「なあ浅見。今何考えてる」
「え…」
  声を出さずにいると葉山が再び接近してきてそう言った。唇に触れるくらいの位置に顔がくる。驚いて退こうとしたけれど、それにまた立腹したのか、葉山は再度陽一の唇を奪った。
「んっ…ちょっ、葉山…」
「俺から逃げられるとでも思ってんのか」
「だから、何言ってんだよっ。変だよ、葉山!」
「何が変なんだ」
「いつもと違うっ。やめよう、何で、こんな…」
「いつもと? 違うね、俺はいつだってこうだよ。不安定で、臆病で、いつでも、いつ浅見に捨てられるかってびくびくしてる。そのくせ―…、浅見が憎くて仕方ない。俺をこんな気持ちにさせるお前の顔なんか見たくもないってイライラして―」
「……それで…会ってくれなかった?」
  息を呑んで何とかそれだけ聞き返すと、葉山はぎらついた眼をすうと細めてから静かに答えた。
「浅見が俺に会えるかって訊いてくる度断って……お前がそれにショック受けるのかと思うと嬉しかった。……けど、その直後にむちゃくちゃ後悔した。だって浅見より会いたい気持ちが強いのは俺なんだ。俺の方が断然お前に会いたいと思ってるし、俺はお前に…イカれてる。なあ、前から言ってるだろう? 俺はお前が好きで堪んないんだよ。どうしようもない。頭がおかしくなっちまってるんだ。自分でも怖くなるくらいに」
「葉山……」
「なあ」
  もう一度、けれど今度はゆっくりとした口づけをしてから葉山はようやっと落ち着いたような目を向けた。
「いつでもお前が凄いって言ってくれる俺でいたいけど、そんなのは無理だ。俺はいつだって余裕がない。そういう風に見せるのもいい加減限界あるよ。しかも今回は……いきなり、もう帰ってこないなんて聞かされて―」
「え…?」
  ぎょっとして目を見開くと、葉山はハアと嘆息して俯いた。
「光さんが言った。浅見、大学休学して暫くこっちに住むって。俺と付き合うのに疲れたから」
「お、俺…!」
  そんな事言っていないと叫ぼうとしたが、それには葉山がすかさず首を振った。
「分かってる。そんなの嘘だって分かってるよ。あの人分かりやすい、単に俺に怒ってるだけだ。この間はお前の誕生日スルーしちまって、今度はそれに逆ギレしてお前遠ざけて…。そりゃ、あの人にしてみたらふざけんなってなるのも当然だ」
「違うよ、あれは俺が悪かったんだから!」
「違わない。俺が悪い」
  お願いだからお前は謝るなという風に陽一の頭を何度も撫でて、葉山はそれから陽一の手をゆっくりと握った後、自分だけへたりとその場に座りこんだ。
  手を繋がれていたせいで陽一も誘われるようにその場に屈みこんだのだけれど。
「浅見。ごめん。本当に」
「だから何で謝る……」
「誕生日をスルーするお前は本当信じられなかった。そういうのは普通催促するもんだ。ちゃんと言うもんだぜ。それに、一緒に何かお祝いするって凄くいい事なんだ。そういうの、知って欲しかった」
「うん……ごめん」
  確かに葉山に誕生日を祝ってもらえたら、きっと凄く素敵な思い出が出来ただろうと思う。それなのにそれを「大した事がない」とスルーしたのは陽一の方だ。葉山の言葉によって初めて自分がとんでもない事をしでかしたと実感して、陽一は項垂れた。
  けれど握っている手を更にぎゅっと握り直して葉山は再度かぶりを振った。
「でもさ…。昨日訊いた。光さんに、何でお前が『そう』なのかって」
「え?」
「お前も自覚ないらしいけど」
  今度は空いている方の手で陽一の手の甲を撫でながら葉山は寂しそうに笑った。
「お前が誕生日とか祝われるのあんまり好きじゃない理由。……学校で同じ誕生日の子がいてさ、一方はクラスメイトの殆どが呼ばれて家で大パーティだったのに、一方は誰にも祝われないで独りで帰った子がいたって。みんな知ってたんだってな、2人が同じ誕生日だって。―それなのに1人はパーティで、1人は孤独で。お前は泣いてたって」
「そ、そんなの……」
  確かにそんな事はあった気がするけれど、泣いた記憶はない。きっと姉が大きく話したに違いない。陽一はすぐさま訂正しようとしたが、葉山があまりに熱っぽい目を向けてくるものだから、恥ずかしくて言葉が出てこなかった。
  陽一は慌てて俯いた。
「そんなの知らないよ…。だから自分の誕生日に無頓着なんだって自覚もないし」
「けど、光さんはそう言ってた。お前が『特別な日なんてなくていい』って言い出したのは、その時からだって」
「知らないよ……」
「とにかくさ…。理由を訊かなかった俺が悪いんだ。どうして俺に誕生日を教えてくれなかったのかって。ちゃんと訊けば良かった」
「訊かれたところで俺はちゃんと答えられないよ。本当に…いちいち言うような大した事じゃないとしか思ってなかったんだから」
「俺が悪いの」
  陽一が何を言っても受け付けない。葉山は言った後更に寂しそうに笑い、それからまた陽一に音の出るキスをして、しかもわざと何度もそれを繰り返して頬を撫でた。
「あ、あのさ、そろそろ戻ろ…?」
  まずいと咄嗟に思って、陽一は葉山から視線を逸らした。葉山の怒りが不思議なほど急激に鎮まって良かったと思う。ほっとしたが、ここにいつまでも居る事は気になった。陽一はすぐに立ち上がろうとした。
「良かった、葉山が姉さんの嘘で怒って、それで来たのかと思ったから…。でも、とにかく一旦戻って―」
「怒ってるは怒ってるよ?」
「え」
  そのきっぱりとした物言いに陽一はたちまちフリーズした。
  すると葉山の方はそんな陽一の様子に思い切り苦笑して、皮肉気に唇の端を上げた。
「浅見は俺とこれだけ離れてても平気なのかって再確認したらやっぱりショックだし。その点は、やっぱりむかつく」
「へ、平気なわけじゃなくて…」
「それに。俺がさっき言ったことにも浅見はちゃんと怒らない」
「さっき…?」
「俺が節操なかったって話」
  探るような目が、どこかで怯えも含みながら陽一を捕らえる。
  どうしてわざわざそんな風に言うのだろう…。胸を痛めながら陽一は思わず顔を俯けた。発する声も自然くぐもってしまう。
「……過去の事だから」
「今は信用してる?」
「当たり前だよ」
「もし俺が浮気してたら?」
「……してるわけない」
  さすがにむっとして顔を上げた。何故葉山はこんな意地悪な訊き方をするのか。不意に泣きそうになってしまい顔を歪ませると、けれど葉山はそれ以上に泣き出しそうな顔をしてすぐさま「ごめん」と謝った。
「いつでも余裕がないんだ、浅見」
「……分かってる」
「なあ。本当に。本当に、分かってる?」
「分かっ……ちょ! ちょっと待って葉―」
  外だろうが土の上だろうが断然お構いなしだ。葉山は勢いに任せて陽一を押し倒すと、そのまま首筋に顔を埋めて、服の中をまさぐり始めた。
「ここどこだと…! 本当に葉山…ッ」
「どこだっていいぜ。誰に見られても構わない。なあ、浅見が欲しいよ」
「だったらっ! も…もっと、優しくしてくれればいいじゃないかッ!」
  陽一の叫びに葉山がぴたりと動きを止めた。半ば驚いたような顔が暗闇の中でもはっきりと見える。
「もっと…」
  陽一はそんな葉山に初めて恨めしそうな顔を見せた後、自然じわりと涙を浮かべて言った。
「あんな風に素っ気無くしないで……いつもそう言ってくれたらいい」
「努力するよ」
「努力…? あ、ちょっ…」
  再び身体への愛撫を再開する葉山に陽一は再度抗議するような声を上げた。
  けれど葉山はすっかりいつもの余裕さを取り戻したような笑みを浮かべると、されたその箇所全部が熱くなるようなキスを続けながら言った。
「言っただろ。浅見のこと好きだけど、時々凄く憎らしくなる。浅見を苛めたくて堪らなくなるんだ。だから…優しくしたい、基本は優しくするけど……偶には許してよ」
「勝手だよ…っ」
「そうだよ」
「ひ、開き直った!」
「俺に捕まったのが浅見の最大の不幸だな」
  くっと喉の奥で笑い、それから葉山は再び陽一に深い深い口づけをした。
  重なる身体が絹ごし分かる。既に興奮し、自分を求めている葉山の身体に同じように熱くなって、陽一は目元を赤く染めながらやっぱり不覚にも泣いてしまった。
  それでも好きで好きで堪らないから。
「葉山…っ。あ…。あの、今度…あっ…、葉山の…誕生日、教えて…?」
「……いいよ?」
  葉山は再びふっと笑いながら、陽一の肌蹴させた胸の飾りに唇を当てた。それだけで感じ入ってしまった陽一は小さく泣いて、その後はただもう葉山から与えられる快楽に身を委ねてしまった。



  翌日、姉の元へ葉山に嘘を言った事を責めようと電話をしたのに、光は陽一の声を聞いた途端、「お礼は美味しいケーキと紅茶でいいわ」と悪びれもせず言ってきた。
  ―…陽一は渋々、その言葉に従った。