| そんな一夜.
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夜の23時。 歩遊は風呂上がりのホコホコした身体で自室に入り、サイドボードにしまっていたお気に入りのCDを手に取って思わず頬を緩ませた。 「はぁ〜。宿題も終わったし、俊ちゃんも帰ったし。ちょっとだけ歌ってから寝よう」 歩遊は音楽を聴くのが大好きだが、実は同じくらい歌う事も趣味だったりする。 しかし歩遊は昼間は滅多に歌わない。大抵はこんな夜の、誰もいない１人の部屋でこっそり口ずさむだけだ。 理由は明快。 「ド下手くそ。お前、間違っても人前で歌ったりなんかするなよ。バカにされて恥かくだけなんだから」 そう、元凶は歩遊の幼なじみであり、絶対の存在である俊史だ。 俊史は歩遊の歌を聴いた後は決まって不愉快そうな顔で先のような辛辣な言葉を吐き、何度も何度も繰り返す。 曰く、お前の歌なんか他人は聴けたもんじゃないんだから、絶対に歌うなよ、と。 どんなに好きな事でもそれだけ毎回貶されれば、歩遊とて好き好んで人前で歌おうなどとは思わない。勿論、罵倒した俊史に聴かせるのも嫌だから、こうして誰もいない時間を見つけてこっそり１人で楽しむようにしている。 ――けれど最近は何故か俊史が歩遊のお気に入りのCDを買ってくれる事が多くなった。その為、一緒に鑑賞する機会が増え、そこでついつい音に併せて歌ってしまい、やっぱりその後「他の奴には聴かせるなよ」と念を押されて凹んでしまう。 俊史は歩遊を「音痴」とこき下ろす割に、そうやってからかうのが楽しいのか、しょっちゅう歩遊と一緒に、歩遊がついつい歌いたくなってしまうお気に入りの音楽を聴きたがるのだ。 そして歩遊もまんまとその術中にはまり、俊史の前で歌ってしまう。 しかし今夜は俊史も帰ったし。 心置きなく歌える。 歩遊はベッドの上にちょこんと膝を立てて座り、壁に寄り掛かった姿勢でオーディオから流れ始めた音楽に併せて歌い出した。 ♪〜 I don't need you to worry for me cause I'm airight I don't want you to tell me it's time to come home I don't care what you say anymore,this is my life Go ahead with your own life and leave me alone そして一曲目が終わり、すぐに次の曲が始まった直後だ。 「……歩遊」 「わっ！？」 突然声をかけられて、歩遊は心臓が飛び出る程に驚いた。 「しゅ…俊ちゃん…？」 音楽の世界にすっかり埋没していたのだ。いきなり現れた俊史に、歩遊は驚きと戸惑い以外の言葉を出せない。完全に固まった状態で、歩遊は部屋の入口に立つ俊史を見つめた。 「……何してんだよ」 すると俊史はくぐもった声でそう言った後、つかつかと歩み寄って自らもベッドに座り込み、そのままの勢いで歩遊の手にあった歌詞カードを奪い取った。 「あ！」 「一人でこそこそ歌ってんじゃねえっての」 「だ、だって……」 誰かに聴かせるなと言ったのは俊史ではないか。 けれど歩遊は自分が何か悪い事でもしてしまったかのようにしゅんとし、力なく俊史の手元にある歌詞カードを見つめやった。 そういえばこのＣＤも俊史が買ってくれた物だ。歩遊にくれた物には違いないが、自分が買った物でもあるのだから、聴く時は俺も一緒なんだからなと言われていたような気がする。無論、そうしょっちゅう一緒になんて不可能に決まっているけれど、俊史に隠れて、敢えて俊史が帰った後を見計らってこれを聴いていたのは間違いないから、歩遊としては決まりが悪かった。 「お前、どの曲が一番好き？」 けれど俊史は別段それ以上責める気持ちはないようだ。突然そんな何でもない会話を仕掛けてきて、ぱらぱらと他のページをめくり始める。 歩遊はそれに心からほっとして肩の力を抜いた。 「え、えーっとね。やっぱり、さっきの《MY LIFE》かな。曲調がいいし、歌詞も何となく好き」 「ふうん」 「何か自分をちゃんと持って生きている男って感じでさ。カッコイイ」 「カッコイイ？」 「うん」 「……ふうん」 俊史はどこか複雑そうな顔をちらとだけ見せたものの、後は特に何も言わなかった。 そうして不意に「もういい」とばかりに歩遊へ歌詞カードを返し、ベッド下にそのまま足をつけた状態でドサリと勢いよく横になる。 歩遊はそんな俊史に驚いたが、どうやらまだ帰る気はないらしい。しかも、目まで瞑ってしまったから、もしかしたら泊まる気なのかも。そういえば何しに戻ってきたのか訊いていないが、訊ねるべきか止めるべきか。歩遊はそんな事を逡巡しながら、ただ居心地悪そうに傍にいる俊史を眺めた。俊史が目を瞑っているからこそ露骨に出来る事である。 「……もう歌わねーの？」 「えっ」 その俊史が目を瞑ったまま不意にそう訊いた。 歩遊は驚いてしどろもどろになったが、「でも…」と言いかけ、けれどごろりと寝返って自分に背を向けてしまった俊史に何も言う事が出来なかった。 「歌えば？ 聴いててやるから」 「……でも、下手だし」 「もう聞き慣れてんだから、今さら俺が気にするかよ。いいから、子守唄代わりにでも歌えって」 「え？ 子守唄？ ……っ」 その言い方が何だか可笑しくて歩遊は思わずくすっと笑った。俊史が歩遊を子ども扱いする事はあっても、俊史が自分を対象にそんな風に言うのは珍しい。 それで少しリラックスした気持ちになる。 それに、そうか。俊史に聴かれるのは確かに今さら、だ。 「えー…っと、じゃあ、ね。静かな曲ね？」 「ああ」 歩遊が素直にそう言うと、意外や俊史もすぐにそう返してきた。 だから歩遊は余計に嬉しくなって、あるスローテンポな曲を選別すると、一つ深呼吸してから心をこめて歌い始めた。 静かな夜に、歩遊の歌声が美しく響き渡る。 俊史は背中を向けたまま何も言わない。……けれど、じっと聴き入ってくれているだろう事は歩遊にはよく分かった。 だから自らもやがて目を閉じて。歩遊は気持ちの良い音楽に身を任せながら、その後も実に自然体で歌い続けた。 一人きりで歌うより誰かに聴いてもらえるのはやっぱり嬉しいと思いながら。 |
| …Fin… |
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2010.12.12 （BILY JOEL:GREATESTHITS 「MY LIFE」より一部抜粋） |
俊ちゃんがわざとらし過ぎて、書いてて非常に恥ずかしかったです（汗）。
でも俊史って所詮こんな奴。