―いつものクリスマス―



  祖母が亡くなって初めて迎えるクリスマス。
  歩遊は家にいるのが嫌で、学校が終わるとすぐにカバンを投げ捨てて、夕闇の迫る外へ飛び出した。
  行くあてなどない。両親は仕事で海外へ出張中だし、幼馴染の俊史とは違い、歩遊には聖夜を一緒に過ごしてくれる友だちも1人としていない。
  去年までは祖母がいてくれたから、クリスマスも楽しかった。祖母が作ってくれるご馳走目当てに俊史もやってきて、3人でプレゼントを交換した。――そう考えると、俊史は毎年相羽家のクリスマスに同席していたのだが……それももう、ないだろう。祖母がいないのだ、俊史が歩遊の家へ来る理由はない。

「寒い…」

  あちこち彷徨った後、辿り着いたのは近所の公園のベンチ。そこで独り、歩遊は背中を丸めて息を吐きながら、ぽつりと小さく呟いた。いよいよ暗くなる小さな公園に居座る人間など皆無だ。自分でも何をやっているのだろうと思わないでもなかったが、それでも独りきりの家にいるよりはずっとマシな気もした。

「俊ちゃんは今頃みんなとパーティかな?」

  俊史は前から、クラスの何人かから皆でクリスマスパーティをしようと誘われていた。無論、歩遊にその声はかからない。

「寒いなぁ」

  その時のことを深く思い出すと胸が痛くなるので、歩遊はわざと先刻の台詞を繰り返した。ちょっと立ち上がれば入口前の自販機に辿り着く。そこでココアを買おうか。そうすれば少しは温まるかもしれない。
  努めて別の事を考えようとしながら、歩遊は両手に白い息を吐きかけつつ、ポケットにある財布の中身について考えようとした。

「おい」

  その時、いきなり大きな黒い影と同時に、頭の上に温かい何かがゴツンと当たった。

「わっ…」
「何してんだ、こんな所で」
「俊ちゃん!?」

  顔を上げて確かめるまでもない。
  その声に途端素早い反応を見せて、歩遊はぴょこんと背筋を伸ばした。それから慌てて顔を上げると、そこにはやはり隣人であり、クラスメイトであり、幼馴染である俊史の姿があって、歩遊の頭に買ったばかりであろう、ココアの缶をのせていた。

「俊ちゃん! どうしたの?」
「それはこっちの台詞なんだよ。この寒い中、こんな所で何やってんだ」
「え…っと」

  家に独りでいるのが寂しいから何となく、とは、言えない。
  歩遊が気まずそうにもじもじしていると、俊史はふうと深いため息をついてから、改めて手にしていたココア缶を歩遊の頬に当てた。

「わっつ!」
「飲め。……冷えんだろ、こんな所にいつまでもいたら」
「これ、いいの?」

  俊史が黙って頷くと、歩遊は急に喜びがわいてきて満面の笑みを作った。
  急いでココアを手にしながら、嬉しくてたまらないという風に俊史を見やる。

「ありがとう。俊ちゃん凄い、僕、ちょうどこれ買おうかなって思ってたんだ」
「お前、分かりやすいからな」
「え?」
「自販機見てポケット探ってただろ」
「あ…うん」
「それ飲んだら帰んぞ」

  俊史はぞんざいに言った後、おもむろに歩遊の隣に座って前方を見つめた。コートのポケットに手を突っ込む俊史もどこか寒そうだ。珍しく頬も紅潮していて、随分と冷えている様子がうかがえた。

「俊ちゃん、ずっと外にいたの? 何してたの?」
「何だっていいだろ…。てゆーか、お前だよ。お前はどこをほっつき歩いてたんだ、今まで」
「え? うん、何か、いろいろ」
「何だよ、いろいろって」
「うん。何か、家にいるのが嫌だったんだ。いつも、クリスマスにはおばあちゃんがいてくれたけど、今年はいないから…。もう慣れたと思ってたんだけどね、急に去年のクリスマスとか思い出したら、家にいたくなくなって」
 
  「結局喋ってしまった」と思いながら、歩遊は決まり悪そうに隣の俊史をちらりと見やった。幸い、俊史は恥ずかしそうにしている歩遊を見ていない。ただ、機嫌は悪そうだった。いつも刻んでいる眉間の皺が、今はより一層深い気がして…。

「しゅ、俊ちゃんは? 行かなくていいの?」
「…は? どこに」
「え? だって、クラスの皆とクリスマスパーティでしょ?」

  歩遊が目をぱちくりさせながら訊くと、俊史は一層眉をひそめてから小さく舌を打った。
  それから俺にも寄越せとばかりにココアを指し示す。歩遊が慌ててそれを渡すと、俊史はそれを一口煽ってから「甘い、まずい」と渋面を作った。

「お前、よくこんな甘いもんが好きだよな」
「う、うん…?」
「ケーキも、何が良いのか俺には分からないような甘いやつばっかり選んでな。毎年、お前んちのケーキってすげー甘いの。生クリームもごてごてしてて」
「し、知ってた。俊ちゃんがケーキあんまり好きじゃないの。でも、おばあちゃんのご馳走は好きだったでしょ」
「……ああ」

  間を置きつつも俊史が素直にそれを肯定すると、歩遊はそれが嬉しく、けれどいっそう寂しさが募って、思わず目元が潤んでしまった。
  大好きだった祖母はもういないから。

「もうあんな風にクリスマスを過ごせないね」
「歩遊」
「わっ」

  急に俊史が歩遊の髪の毛をわしゃわしゃと掻き混ぜた。頭を乱暴に撫でていると言っても良い。それをしてきた俊史は不意に顔を近づけると、歩遊に腹を立てたように言い募った。

「何でだよ。バカじゃねえの」
「え……何でって……だって……」
「…ケーキ買っといてやったから。帰るぞ」
「え?」

  先に立ち上がった俊史に驚いて歩遊は顔を上げた。俊史の顔は見えない。俊史は背を向けていたし、辺りもいよいよ暗かったし。

「俊ちゃん?」
「ほら、ココア」
「あ」

  再び返されて、歩遊は咄嗟にそれを両手で受け取った。まだ温かい。それに手のひらがじんとして思わずそこに視線を向けると、俊史が不意に振り返って言った。

「お前、俺のプレゼントはちゃんと買ってあんだろうな」
「えっ」
「ないとか言ったらお前――」
「あ、あるよ!? でも、今日は渡せないと思っていたから…」
「ふざけんな。今日貰うんだよ、毎年そうだろ」

  俊史が言った。実に偉そうに。

「人の慣習、勝手にないことにしてんじゃねーよ」
「俊ちゃん…?」

  それってどういうこと?
  訊こうとしたが、俊史はもう先に歩き出してしまった。歩遊は慌ててその後を追う。
  すると俊史はしばらくして何気なく、「お前のも買っといてやったから感謝しろ」と呟いた。

「しゅ…え、ほ、本当?」

  歩遊は思わずと言った風に俊史の腕を掴んだ。俊史はそれにちらと目線を向けてきたが、歩遊のその行為を咎めることはなく、そのままにさせた。
  だから歩遊は余計に嬉しさが立って、急いたように訊いた。

「俊ちゃん、今日これから、ずっと一緒にいてくれるの?」
「…ああ」
「本当に? いいの?」
「ケーキ買ったって言っただろ。あんなの1人で食えるかよ」
「……うんっ。ありがとう俊ちゃん!」

  歩遊が満面の笑みで礼を言うと、俊史はどこかほっとしたように肩の力を抜き、ここでようやく小さく笑った。
  だから歩遊は余計に嬉しくて、俊史の腕に縋るようにしながら家までの道のりを跳ねるように歩いた。
  あれほど寒かったのに、今はもうぽかぽかと暖かかった。