二人きりになった後、龍冶は苦しさに歪む身体を必死に堪えながら言った。
「君に会いたかったんだ」
　龍麻がそれに答える前に尚も続ける。
「凄く、凄く会いたかった…！　会いたかったんだ」

　もし拒絶されたらどうしよう。
　もし「消えてくれ」と言われたら？

「約束しただろ？　俺のこと笑わせてくれるって。だから…だから、こんなんなっても俺、死ぬの止めたし。どうでもいいって思ってたのに、バカみたいにしがみついてさ、汚く生きてたんだよ！」
　怖い。
　もし龍麻に「いらない」と言われたら。
　「お前など死んでしまえ」と言われたら。
　怖い。
　怖い。
　今までそんな風に感じた事、一度だってなかったのに。
「緋勇…ッ。何だよ、何か言えよ！　何で黙ってんだよ？」
　喉が渇いた。
　龍冶は今にも泣き出しそうな自分を必死に抑えながら、それでも目の前の龍麻から目を離すのも嫌で顔を上げ続けた。ここへ来るまでは、龍麻に会う事しか考えていなかったから他の事は何も頭になかった。
　けれど、今は何もかもが恐ろしくて仕方ない。身体が震えて喉が渇いて、寂しくて。
　心も体もがたがただ。
「龍冶君」
　その時、やっと龍麻が口を開いた。
　ハッとしてぽろりと零してしまった涙にも構わず龍冶がその声に反応すると、ただ名前だけを呼んだ龍麻は。
「龍冶君。……痛いの？」
　そう言って、やはり寂しそうに笑った。
「あ…」
　それに龍冶が何も答えられずにいると、龍麻は不意に背後を見て、「劉」と声を出した。
「……アニキ、大丈夫か」
　するといつの間にそこにいたのだろうか、龍冶に鋭い眼光を向けていた細身の青年が油断のならない足取りでこちらに近づき―やがて、嘆息した。
「お人好しにも程があるで」
「劉。あれ、龍冶君にも出してあげて」
「わいはアニキの為に買ってきたんやけどなあ」
「劉」
　龍麻の嗜める声に劉という青年はようやく「分かった」と頷き、改めて龍冶を見やった。その眼差しからすぐさま「この男も同じだ」と分かったのだけれど、殺気を向ける前についと「差し出された」。
「な…？」
「感謝して飲み。ここらじゃ滅多に買えないんやからな」
「……あ」
「ったく。アニキがこうやから勘弁したってるけど。どうせ日本じゃしょうもない奴やったんやろ？　さっきの術見て一発で分かったわ。お前みたいなんは―…」
「……」
「……わいの厭味なんか聞こえんか」
　何も答えない龍冶にハアァと大袈裟にため息をつき、劉は軽く両手を広げた。
「まぁええわ。早く取りや。ああ、片手ないから取りにくいか？　なら」
　ぽんと投げられ、「それ」は龍冶の膝上のブランケットに見事着地した。
　小さな長方形…桃色の古ぼけたパッケージが視界に飛び込む。

　苺牛乳。
　あの時も、こうやって。

「緋…」　
　どうして良いか分からず龍冶はゆっくりと龍麻の方へと目をやった。龍麻はそんな龍冶にまた柔らかな笑みを浮かべ、そっと言った。
「美味しいよ？」
「―…！」
　喉が渇いていた。
　いつもいつも飢えていて、何をしても満たされなくて。
「緋勇…緋勇…」
　それを口にするつもりなんかなかった。
「緋勇…っ」
※第４章「渦王須（耶芝路龍冶）」より抜粋。全７章。



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