「あと少し、もう少し」
わたあき様 作



  如月の家に入り浸るようになって、結構な時間が経つ。
  最初は、旧校舎帰りのひと休み程度に上がらせてもらっていたのだけれど、そのうち家へ帰るのが面倒になって、ずっと居つくようになった。
  お互いに一人暮らしみたいなものだから、気兼ねがなくて楽でいい。そう笑って泊まりこんで、気がついたら流されてた。
  嫌じゃなかったのは、相手が如月だから。
  でもきっと如月は、そんな台詞を信じたりしないだろう。
  だから辛くなる。どうしたって縮まらない距離があるって、わかったから。
「 あー、なんかもうヤだな」
「 なにがだい?」
  思わずグチった途端に、ひょいと如月が顔を出した。ついさっきまで倉へ商品の在庫確認に行っていたはずなのに、もう戻ってきている。
  奥座敷で寝転んでいた僕のそばに座ると、 倉が暑かったのか手で首筋を扇いでいる。 その割にはちっとも汗の臭いがしない。
「 何か気に入らないことでもあったのかい?」
「 んー……うん。ま、如月には関係ないことだからいいや」
「 またそういう風に言う」
  しかめっ面になった如月は、ぼんやりと天井を見ていた僕の身体に軽く寄りかかった。
「 重い」
「 君が悪い。我慢しろ」
  なおも不満をもらすと、如月は顔のすぐ近くに手をついて、静かに顔を近づけた。
  間近で見ると、本当に綺麗な顔立ちをしている。 女の子で綺麗なコは割合見慣れているけれど、男でこんなに「綺麗」と思える相手はそんなに知らない。
  しばらく目を開けたままで見とれていたら、如月の少し困った声が降ってきた。
「 目、閉じてもらえないか?」
「 あぁ、ごめん」
  慌てて目を閉じたらキスをされた。 触れ合うだけの軽いキスから、だんだんと深くなっていく。呼吸ができなくてうめいたら、わずかに唇をずらしてくれた。
  舌先が絡まる。暑がっていたくせに如月の皮膚はひんやりと心地よく、なのにかわす唇の熱さは溶けそうになるくらいだ。
  この熱に溺れて、流されてしまった。
「 するの?」
  本当はキスの雰囲気でわかっていたけど、目を覗きこんで確かめてみた。
「 嫌かい?」
「 って言ったら、やめる?」
「 やめない」
  あっさりと答えられて肩をすくめた。手を伸ばして如月の肩に触れる。わずかに浮いた身体を支えて、如月が服を脱がす。
  している最中よりも、ずっと気恥ずかしく感じる。 こんなときに何か話していいのかもわからなくて、結局黙ったまま如月に任せきりになる。衣擦れの音だけがいやに大きく響く中で、僕は如月にキスをした。
  指先が優しくて、大切に扱われている気がする。キスして、髪を梳いて、それから肌に触れて。ゆっくりと時間をかけて、順番に行為を重ねていく。
  やがて如月の手が、下半身へ滑り落ちた。手のひらで包むように撫で上げられて、身体が震える。吐く息が荒くなっていくのを楽しむように、如月はじっと僕を見つめていた。
  この瞳が悲しい。昏くて深くて、何も映していない瞳の色が悲しい。確かにそこに僕は映っているのだけれど、本当は見ていないんじゃないかと疑ってしまう。
  なんの感情も浮かばない如月の瞳に手をあてて、 視界をさえぎった。 そうしている間も、 ずっと如月の指先は僕を煽っている。
「 龍麻、見えない」
  やんわりと、如月が抗議する。空いている手で僕の手をどけようとしたのを、僕は拒んだ。半分だけ見える如月の顔が、少し困ったように歪んでいる。
「 龍麻」
  指先に力を入れられて、息が詰まった。一瞬の苦しさのあとに、何もかもが流れでるような快楽が押し寄せる。達した解放感で吐息を漏らすと、如月は力の抜けた僕の手を振り払った。
  白濁した液体を指の間に絡みつかせて、その手でわざと頬に触れる。自分の放ったそれに与えられた感触が、ねっとりと精神を昂ぶらせる。
  再び勃ち上がりかけた僕自身には触れず、如月はまたキスをした。如月の頬にも白濁した液体がついて、それが余計に熱をもたらす。
  ぎゅっと抱きつくと、如月も抱きしめてくれた。指が後ろへまわり、挿し入れられる。わずかな痛みはすぐに快楽に変わり、吐息と呻き声をこぼした。
「 如月……」
  キスをしながら名前を呼んだ。夢中で舌を這わせながら呼びかける。
「 も……ダメ」
  背中に爪をたてて喘いだ。これ以上は、本当にもたない。身体が震えて、抑えきれない。
「 如月っ」
  返事をしない如月に訴えると、彼はようやく視線を合わせた。
  さすがにわずかだが瞳が潤んでいる。それが嬉しくて、泣きそうになった。
「 もうダメ」
「 これ以上はするなって?」
「 違う……して欲しいの」
  言ってから恥ずかしくなって、胸に顔を埋めた。如月は何も言わないで、指を抜いた。
  腰に手を添えて浮かす。 充分に濡れてはいるのだろうけど、 まだ怖くて身体を強張らせたら、 如月がまぶたにキスを落とした。
「 んっ!」
  まだ痛むそこを一気に突き上げられて、声が出てしまった。何度かしてはいても、そう簡単に慣れるものでもない。
  痛みにのけぞる身体を抑えつけられて、畳に圧しつけられる。加えられる力をどこへも逃がせなくて、身体中がきしむ。
「 きさ……っ」
  それだけ言うのがやっとだ。呼吸が乱れて名前も呼べない。激しく揺さぶられれば、それだけでイキそうになる。
「 ヤダ……如月っ!」
  叫んで肩に噛みついた。さっきよりももっとずっと大きな快楽にさらわれそうになって、怖くなる。必死で抱きつく僕の頭を抱えるように抱きしめて、如月が深く分け入ってきた。
  落ちていくような感覚。高いビルから突き落とされたみたいな、そんな浮遊感。吐き出した自分自身のものの熱さと、身体中に広がる如月のものの熱さが、混じりあって身体を溶かす。
  本当にこのまま、何もかも溶かしてくれればいいのに。そうしたら、こんなに如月を遠くに感じなくてもすむのに。
  如月は一度も「好きだ」と言わない。なんとなく、遊び半分みたいにして流されて、ズルズルと何度も抱き合った。決して本心を見せないから、すぐに醒めてしまう。
  この身体の熱がひいたら、また何もなかったような顔をするんだ。
「 如月」
  掠れた声で呼んだ。いつも呼ぶのは僕の方から。一方通行の関係そのまま。
「 嫌……だったのか?」
  如月が呟く。抱きついているから顔が見えない。
「 え? なに?」
「 さっき。一人でいたとき、もう嫌だと言っていたから」
「 うん、嫌だよ。なんかもう、色々考えるのイヤだ」
「 何を考えるんだい?」
「 如月の気持ち」
  如月が苦く笑った。

  玄武だからね。

  そう続けようとして、お互いに口をつぐんだ。
  護らなければならない主人。
  絶やしてはいけない飛水の血。
  だからこの気持ちが本当だとは、決して口にしない。
  だからいつか、血を残すために伴侶を選ぶだろう。
  如月は星の定めに背きはしない。そこまでは好きでいてくれないから。
「 ね、イヤになるでしょ?」
  僕が言うと、如月は深い溜息をついて抱く手に力をこめた。
  息ができなくなるくらいに強く、抱きしめる。なんだか子どもじみた執着だった。
「 君が……それを言うのか?」
「 ごめん」
  如月の身体を抱いて、彼が漏らす呟きに目を閉じた。それは僕も、繰り返した言葉だった。

『 誰か……
  この距離を埋める術を知っているのなら。

  どうぞ誰か−
  この距離を、埋めてくれ』



<完>

■管理人コメント■
……うー、何てこったい。この2人の距離を埋める方法?そんな、元々距離なんかないと言うのに…。2人はもう立派に愛し合ってて他の人間なんて好きになれないって、傍から見たらそういう感じなのに〜!…でもそんな不器用な2人が愛しかったりする(病)。特に如月。激烈にひーを愛しているくせにストレートにいけない彼がカッコええ…。そのまま独占欲爆発でこの後ひーを完全に自分の物にしてもらいたいものです。
こちら、私の心の友・わたぽんが当サイト1万HITお祝いに下さった作品です♪わたぽん、この調子でどんどん陰如主を書いて下さいね