「花遊び」 |
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湯葉様 作★ |
(1) 「 …あれっ?」 いつの間にか荒れ野原を龍麻は歩いていた。 龍麻は状況がわからず首を捻る。 自分達はたった今最後の決戦を終えた所で。 柳生を倒し渦王須を倒して苦しい戦闘の末に、龍麻の必殺技で黄龍をも倒したはずだったのだが。 「 …皆は?京一?葵?」 見渡しても何もなく、在るのはまばらに生えた雑草や石ころくらいのものだった。 「 雄矢ー!小蒔っ。居ないのかよ…まさか。」 一つ考えが思い浮かんで龍麻は冷や汗をかいた。 こちらも結構な傷を負っていたので、先ほどの技は渾身の力で放った起死回生の拳だったのだ。 そうして今広い荒野を見通すが、その果てはわからない。 ”東京崩壊” そんな文字が龍麻の脳裏をよぎった。 「 やばいなー…黄龍倒したら皆もふっとばしちゃったんじゃないだろうな…」 「 そんなわけあるか、バカ」 「 誰だ。…あっ!」 声がしたので振り向いてみれば、龍麻の目に信じ難いものが映った。 「 こ…づぬ?」 「 やっと来やがったな、緋勇。」 不敵な、人を食ったような表情でその場に立っていたのは、以前龍麻が激戦の上に倒したはずの鬼道衆頭目、九角天童だった。 龍麻は九角をじっと見た。 かつての敵がそこにいる。 結い上げた髪から覗く鋭い眼差しは、全身にみなぎる、触れるものを切るような独特の氣を象徴していた。 腰には刀を携えている。 だが龍麻はやっと人を見つけた嬉しさから、思わず身構えるのも忘れて彼に話しかけていた。 「 九角!マジかよ。何であんたがここに…っていうか大体どこだよここ?」 自分でそう言ってから、龍麻ははっとした。 「 待てよ、九角が居るって事は…あの世か、ここは?しかも…地獄!?わーっ俺死んじまったのか!」 「 …殺すぞ、てめェ。」 九角の不遜な表情に凄みが加わる。 何で俺が居ると地獄なんだ、と九角は怒っていた。 「 殺すって、死んでるなら無理じゃ…」 対する龍麻はあまり緊張感のない答えを返す。 「 死んでないと言ってるんだこの阿呆。あんまり騒いでると復活できないように叩っ斬るぞ。」 九角はそう言って刀の柄を握った。 「 …復活?」 龍麻の耳は九角の言葉に反応してぴくっと動いた。 九角はそんな龍麻の様子を見るか見ないかのうちに、背を向けると歩き出した。 「 行くぞ。」 「 あの、どこへって…あーっ、さっさと行きやがって。強引なとこはちっとも変わってないんだな…」 訳がわからないまま、龍麻は彼のあとを追った。 道すがら、龍麻は九角の話を聞いた。 先程の戦いで強大な力を発動させた龍麻と、同じく無類の力を統べる黄龍との間でそのエネルギーは激しくぶつかり合った。 龍麻はその衝撃が反動となってここへ飛ばされてきたらしい。 もとの世界で龍麻の体は死んではいない、しかし意識がない状態のようだった。 するとここはあの世への入り口といった所なのだろうか。 龍麻は何となくそんな風に理解した。 「 じゃあ、九角、あんたも本当は死んでないって事?」 「 …まあな。」 それを聞くと、龍麻が突然立ち止まった。 「 何だよ、それ。」 「 あ?」 九角が振り向くと、こちらを睨む龍麻の顔があった。 「 『復活』ってさっき言ってたな。できるんだろ、元の世界に戻ることが。何で俺達の所に戻ってこなかったんだよっ。葵はあんたが死んですげー悲しんでたのに。俺だって…」 「 戻ってまたお前らとやり合うのか?…お前、忘れてないか、俺達が敵同士だって事。」 肩を震わせる龍麻を見て九角は唇の端を歪めて笑った。 九角の言葉にずきり、と胸が痛む龍麻だが言葉を続ける。 「 敵同士だった、だろ。今の俺はあんたを敵として見れねーよ。」 「 何故だ?俺を倒したのはお前だったろう。」 「 そう、だよ。でも俺…あんたが死んでから九角家の事を知ったんだ。あんたが葵を探してた意味とか、九角家の受けた不遇とか、さ。」 言いながら、龍麻の声はだんだんトーンダウンしてきた。 「 それで俺に同情したのか?ご免だな、そんな感情。」 冷たく乾いた九角の声に龍麻ははっとする。 この男は誇り高く、憐れみを一番嫌うのだ。 「 …ごめん。でも俺、あんたと分かり合いたかったんだよ…。」 龍麻がうつむくと、九角は軽くため息をついた。 「 人の事を考えてる場合か?お前、元の世界に戻りたいんだろ。」 「 そりゃ…皆がきっと心配してるからな。」 「 復活の方法はある。だが容易くはねェ。他人事で悩んでる猶予はないぞ。」 厳しい目つきで龍麻を一睨みすると九角はそう言った。 龍麻は気圧されて、何も言えなかった。 (2) 「 それにしても…曇ってんなー。」 見上げた空は、一面雲が覆っているぼんやりした天気だった。 ずっと歩き続けているのに荒野の景色に変化がなければ、空も解放感が感じられない。 「 晴れたいのか、雨になりたいのかはっきりして欲しいよなぁ。なあ、そう思わない、九角?」 「 てめェは無駄口が好きだな…」 心底うんざりしたような様子で九角は言った。 「 へへ、だって俺あんたとこんな風に一緒にいられるのが嬉しいんだ。」 昔の敵と肩を並べて歩いている。龍麻はそれが嬉しくて仕方なかったのだ。 感情を抑えきれずに龍麻が言うと、九角は笑いもしなかった。 「 勘違いするな。俺が案内するのは、うるさいお前を早くここから追い払う為だ。」 「 えーっ、そうなの?」 「 当たり前だ。」 「 …」 九角の容赦ない物言いにがっかりしたものの、しかし龍麻は密かに決意していた。 ( いいよ。俺、絶対俺達の世界にあんたを連れて帰るから。) この程度で落ち込む龍麻ではない。 張り切った龍麻がそれでも怒られないようにと黙って歩いていると、こちらをちらっと見て九角が呟いた。 「 この空はな…」 「 え?」 「 ここが極楽浄土じゃないから仕方ねェ。大抵はこんな感じだ。だがごく偶に晴れもすれば雨も降る。 充分だろ、それで。」 「 九角…」 龍麻は驚いて九角を見た。 どうやら彼は沈黙した龍麻を見てしょげたと思い、言葉をくれたらしかった。 「 へへ、へへへ…」 「 何だ、薄気味悪い。」 にべもない九角の言葉だった。 「 う、薄…。ひでー。」 「 いいから、早くしないと置いてくぞ。」 そう言いながら九角は既にすたすたと進んでいた。 「 …まあいいや。さんきゅな、九角っ。」 彼の様子に苦笑した龍麻だったが、やがて前を勇んで歩き始めた。 「 ふん…」 「 待て、緋勇。」 しばらくして、九角が声を掛けてきた。 「 何?あっ。」 振り向いてみると、二人はいつの間にか囲まれていた。 それは人に似てはいるが鋭い牙があったり、異様に長い鉤状の爪を持っていたりする、化け物達だった。 「 なんだ。いつ現れたんだ、こいつら?」 九角にそっと耳打ちする龍麻は驚きを隠せない。 この広い荒野で気付かれずに後ろをつけるというのは不可能と思うのだが。 「 知らん。いつも突然出てきやがるんだ。」 動揺もない様子で九角が答えた。 「 いつも?どうすればいいんだ?」 「 決まってるだろう。一匹残らず倒すんだ。」 九角が剣の柄に手を掛け、笑ってみせた。 それは以前龍麻が見た覚えのある、何事にも怖じない強気なものだった。 (3) 「 ふー。何とか片づいた。」 目の前にいた最後の敵を倒すと龍麻は構えを解き、九角の方を振り向いた。 彼も最後の一匹を倒した所で、その死を確認すると手近にあった雑草の葉を数枚引きちぎった。 そうして刃に付いた血と脂を残らず拭い取って刀を鞘におさめる。 九角の呼吸は整っていて、乱れた様子はなかった。 ( …強い。) 側で戦っていた龍麻は九角の強さに感心していた。 龍麻が見て、九角の剣は速さ・威力・正確さ、そのいずれも申し分なかった。 今さらながら鬼道衆との戦いの時よく彼を倒せたものだと思う。 それに、以前よりさらに強くなっているようだった。 ( 動きが綺麗なんだよな。) 「 何だ。」 まじまじと見ていたら、九角に気付かれた。 「 あ、九角の太刀筋って流れるみたいだと思って。」 九角は龍麻をちらっと見て呟いた。 「 敵も打ち出さんとし、我も打ち出さんと思う時、身も打つ身になり心も打つ心になって…だ。」 「 ???」 「 『無念無想』…どこかの二刀流が言っていた。」 初めから分かり易く説明する気はないようで、九角はそのまま前方に目を遣った。 「 ふうん。よくわからないけど、九角はここへきてずっと鍛えてたんだな。」 「 何…」 「 だって前よりもっと強くなってるし。」 「 …」 龍麻の言葉に九角はフイ、と顔を背け無言で歩き出した。 慌ててあとを追う龍麻。 余計な詮索をして怒らせたのだろうか。 九角の目の端は心なしか薄く赤みを帯びているようだった。 「 一つ、聞いていいか?」 追いついた龍麻が九角に話しかける。 「 言ってみろ。」 「 俺、黄龍ちゃんと倒せたんだろうか。東京の平和、護れたのかな。」 龍麻は一番気になっていた事を尋ねた。 「 あの町の平和など知ったことじゃねェが、黄龍は確かにお前の拳でその形を止めなくなっていた。 見えた訳じゃない。気配で感じ取っただけだがな。」 静かに九角が告げて、龍麻は安堵する。 「 本当?良かった!でも俺…割とやばかったのに体に傷がないんだけど?」 もう一つ、龍麻はここに来た時から疑問に思っていた事を聞いてみた。彼の体からは怪我の痕が消えていたのだ。 「 傷ついたのが肉の体だからに決まってるだろ。」 そっけなく九角が答える。 「 ああ、するとこの体は俺の魂って事?実感ないけど…。」 龍麻は尚も不思議そうに自分の体を眺めている。 「 あ、痛っ!」 「 何だ。」 短い叫び声をあげて立ち止まった龍麻に、九角は振り返った。 「 つねってみたら痛いよ?」 龍麻はそう言って手の甲をさすっている。九角の額に、血管が一筋浮かびあがった。 「 誰がここでの体に痛覚がないと言ったんだ。くだらねェ事言ってると永久に葬り去るぞ。」 「 うっ、ごめんなさい。」 しゅんとして謝る龍麻だったが、思わずぼそっと呟いていた。 「 しっかし…口悪いよなぁ。」 「 何か言ったか。」 「 何でもない。さっ、先を急ごうぜっ。」 (4) 龍麻がこの世界へ来てから半日くらいの感覚だろうか。 ようやく違う景色が見えてきた。 龍麻は急いでそこに駆け寄る。 「 わっ、花が咲いてる。なんだ、こんな綺麗な所もあるんじゃないか。」 二人が入り込んだのは、辺り一面に花が咲き乱れる草原だった。 「 …極楽でないかわりに、ここは地獄でもねェからな。」 九角は歩みを緩めた。 「 あっちに泉も湧いてる!なあ九角、あれって飲めるのかな。」 龍麻が指さした清水の湧く辺りを見て、九角は少し考える仕草をした。 「 大丈夫だ。…丁度いい、少し休んでいくか。」 草原の中でも少し開けた所、泉の側の大きな岩の上に二人は並んで座っていた。 「 あー美味いっ。」 水を掌にすくって口に運んだ龍麻は、飲み終えると嬉しそうに叫んだ。 はしゃいでいる龍麻に比べ、同じく水を取った九角はちっとも表情が変わらなかったが、喉を鳴らして飲んでいるあたり、きっと旨いと感じているのだろう。 一息つくと、龍麻は何気なく側にあるまだ蕾のままの花を手に取った。 「 何をやってる?」 「 ん…俺子供の頃よくこうやって遊んだなと思って。」 龍麻は手にした花の蕾を舐めながら、中に幾重もある花弁を一枚ずつ解こうとしているらしかった。 それはたわいもない子供の遊びだった。 しかし始めてはみたものの、一向に進まない。 「 これが中々難しくてさー。」 薄く柔らかい花びらは龍麻の思う通りにはならず、中には破れてしまったものもあった。 そんな龍麻の様子を見ていた九角が蕾を奪い取る。 「 …貸せ。」 「 あっ」 「 器用だな。やった事あるの?」 頬杖を付いて龍麻が眺めていると、九角はみるみるうちに蕾を解いてゆく。 九角の指先は唾液で濡れていた。 無心で作業を進める彼を見て龍麻の顔には知らず笑みが零れていた。 「 てめェが不器用なんだ。俺は屋敷の庭で餓鬼共がやってるのを見ただけだ。」 「 ………あんたの子供?」 龍麻は深読みして問い掛けた。 九角を倒してから知った事だが、彼はかなりの女好きだったらしいのだ。 じろり、と龍麻を九角は睨む。 「 召使いのに決まってるだろ。…っとに口が減らねえな。てめェ、終いにゃこの場で犯すぞ?」 「 おか…何て事を言うんだよっ。」 龍麻は赤面していた。 「 冗談だ。いちいち反応するな。」 しれっとして九角は答えた。 「 #%*〜!」 龍麻は言葉にならない叫び声をあげた。 「 こんなものか。」 「 わぁ、九角ありがとう。」 しばらくして出来上がった花を受け取ると、龍麻はそっと泉に浮かべた。 九角が指を水で洗うその先を花は流れていったが、薄い花弁がすぐに水を含んで音もなく沈んだ。 龍麻と九角、二人は花が泉の底に辿り着くまで黙ったまま見つめていた。 龍麻は美しく草原を彩る花たちに目を戻した。 よく見ると先程のように蕾もあれば満開のもの、五分咲きのものと様々だった。 「 花はさ、一度咲いたらもう蕾には戻れないんだよな。」 ふと、真顔でそんな事を言う。 「 時間はどうやっても戻らない。…俺があんたを倒したって事実も消しようがない。」 「 緋勇?」 九角は驚いた。龍麻が思い詰めたような表情と声をしていたからだ。 「 でも、ここでまたあんたと会えて良かった。」 「 …何泣いてやがる。」 龍麻の頬を伝って、涙が流れていた。 「 嬉しいから。 俺、 あんたにずっと会いたかったんだ。 あんまり会いたくて、 九角に恋してるんじゃないかと思うくらい。」 泣いた顔のまま、龍麻はおかしそうに笑う。 「 会って謝りたかった。俺がしたことは許されないってわかってても。ごめん九角…俺は…」 言葉の途中で、すっと九角が立ち上がる。 「 …あの場でためらって俺を殺れなかったら、俺はお前を軽蔑してた。だからもう、言うな。」 龍麻の顔を見ないよう、草原の遠くに目を向けながら九角は告げた。 「 九角…」 龍麻は九角の背中を見る。 彼は一向にこちらを振り向く様子がなかった。 「 俺、やばいかも。」 震える声で龍麻はそう言った。 「 ?」 「 あんたのこと好きになったみたい。」 とん、と軽く音がして九角が気が付くと、龍麻が抱きついていた。 「 緋勇、てめェ…」 「 やだったらこの腕を解いて突き飛ばして、俺のこと斬り捨ててくれよ。 けど、すごい好きになってるんだ。いつの間に?」 微笑みながら、しかし龍麻は小動物が怯えるようにその体を震わせていた。 「 お前な…」 龍麻の手を振りほどこうと伸ばしかけて少し躊躇していた九角の腕は、やがてそのまま龍麻の背中に回った。 「 九角?」 無言で、九角は龍麻に口付けた。 「 …!」 龍麻を見据える鋭い目線。 だが、その瞳の色はやわらいでいた。 それがわかると龍麻は夢中でキスに応えた。 舌を差し入れ、唾液をからめとって激しく口付けていると、言葉はないのに会話を交わしている気がした。 ( 好き…好き…好き…) 龍麻はそうやって心でうわ言のように囁き続けていた。 (5) しばらくして九角は龍麻を柔らかい草の上に押し倒した。 見つめあった目が逸れたかと思うと、九角の舌は首筋を滑る。 「 あ、やっ…」 うなじに近い辺りを唇が一瞬掠めて、龍麻は思わず声をあげる。 弱点だとわかると九角はそこをちろっと舐めた。 「 …!」 痺れるような感覚がしてびくん、と龍麻の体が跳ねていた。 「 随分、敏感なんだな。」 興味深気に九角がこちらを見ている。龍麻は、真っ赤になった。 「 …!い、言うな。恥ずかしい…から…」 「 恥ずかしい、か。」 龍麻の言葉ににやり、と九角は笑った。 「 そんな余裕はなくしてやるぜ?」 服を脱がされて、指と舌が同時になだらかな胸を滑る頃には、龍麻の体は九角にすっかりその快楽を委ねていた。 「 あ…はぁっ」 九角は赤く色づいた龍麻の胸の飾りを口に含んで舌を転がす。 「 …九角…やぁっ…」 膨れて形がはっきりしたそこを九角が舌で弄びながら、もう一方も指の先で潰されるほど擦られて、龍麻は甘い叫び声をあげる。 「 もうこんなにしやがって。」 耳元で囁く九角。 よく通る声で、龍麻はそれだけで背筋に痺れるような感覚を覚える。 「 ?…ぅやっ…!!」 九角の言葉の意味がわからなかった龍麻は、昂ぶっていた自身をいきなり握られてのけ反った。 「 い…意地悪い…」 苦しい息の下、龍麻は九角を睨みつけるが何の効果もない。 龍麻自身の先端からは透明な蜜が溢れていて、体が歓喜している事はとっくに気取られていたのだ。 それを指に取ると、すり付けるように九角は手を上下させた。 「 あ…あ!」 乱暴で、それでいて時々繊細な九角の手の動きに、龍麻は瞬く間に呼吸が荒くなる。 さらに九角はその間にも舌を首から胸にかけて移動させていた。 浮き上がる鎖骨を弱く噛んだかと思うと、胸の突起のすぐ傍を強く吸って赤い所有の印をつける。 「 あ…んっ」 そのまま滑った舌によって再び突起が捕らえられる。上と下の両方の刺激に耐えきれず、龍麻は九角の手の中で達していた。 「 はぁ…はぁっ。九角…?」 射精後の気怠い感覚に龍麻が呆けていると、九角の動きは止まっていた。 掌をしげしげと眺めていた九角は、ふいにそこにある龍麻の精液をぺろっと舐め取った。 「 ぎゃあ!何してるんだよっ」 「 成る程、こういう味か。」 「 やっ…やめてくれ。」 龍麻が手を掴もうとするが、九角はあっさりよけた。 彼が何だか旨そうに舐めるので、龍麻は顔から火が出るほど恥ずかしかった。 ( 意地悪い。とにかく意地悪い〜!) 「 さて、続きといくか。…何むくれてんだ。」 「 知るかっ。」 そんな龍麻を見て、ふっと笑いながら九角は耳元に口付けた。 「 …ぁ…」 悔しいことに龍麻の体はたちまち反応し、萎えていた自身は熱を帯びてくる。 龍麻は本当にこの男に惚れてしまったのだという事を、自分の体で嫌というほど思い知らされていた。 九角の指が龍麻の下肢をなぞった。 指はするすると移動して龍麻の中に浸入してきた。 「 くうっ…」 異物感が苦しくて龍麻は逃れるような動きをする。 だが指に残っていた、 先程龍麻が放った精。それから九角の唾液によって簡単に深い所へと入り込まれてしまった。 「 嫌…だっ。」 抗議の声をあげるとそれに呼応したかのように九角は指を抜いたが、今度は指の数を増やして挿入された。 「 ああっ…!」 苦しさが倍増し龍麻は叫んだ。痛くて苦しくて耐えられそうにないと思った。 ところが、九角が微妙な強弱をつけて中を掻き回している内に、だんだんそれは変わってきたのだった。 「 あ…何で…?」 痛みは甘い苦しみに変わり、龍麻は動き回る指をだんだん拒絶できなくなっていた。 「 あ…ぅっ」 「 …良くなってきたみたいだな。怖いか?」 九角はそう言った。 龍麻が感じていることも、それに戸惑っている事も見抜いているようだった。 「 お前、俺を好きだと言ったな。」 「 そう…だよ。」 改めて聞かれると照れてしまい、九角の顔を真っすぐ見れない。 「 わかってんのか、てめェ。俺を好きになるって事は俺に抱かれる、俺のものになるって事だぜ?」 「 ん…」 「 怖いなら今のうちやめておけ。お前の一時の気の迷いで抱く気はねェからな。」 そう言いながら九角が服を脱いだ。何気なく龍麻が見るとその体は逞しかったが、傷だらけだった。 「 …!」 龍麻は目を見張った。 この世界であの化け物達と戦ってついた傷だろうか。 それともこれは肉の体ではないと言っていたから、もしかして現世に居る時に精神が傷ついて出来たものなのかもしれない。 どちらにしても見ていて痛々しい程だった。 龍麻は泣きたくなって、九角に思わずしがみつく。 「 こづ…天童っ。」 思わず名前を呼んでいた。 「 俺…天童が欲しい。痛くて死んでもいい。抱いて。」 龍麻がそう言って自分からねだると、九角は笑って口付けた。 「 …馬鹿だな。痛くしねェよ。今まで抱いた、どの女よりも感じさせてやる。」 「 あ…天童っ…!」 ゆっくりと九角が自分を埋め込んできた。圧迫感はあるが、不思議と予想していた程痛くない。 指による慣らしが丁寧だったのもあるが、九角が先程の言葉通りにしようと細心の注意を払っているのだろう。そう考えるだけで龍麻の体は熱くなって、感覚は痛みより快楽を探し当てていく。 最奥まで辿り着いてしばらく龍麻の様子を見ていた九角だったが、今度は緩慢な動きで入り口付近まで戻っていく。内臓が引き摺りだされるような感じがして龍麻は声をあげていた。 「 あああっ…!」 もう一度さっきより速い動きで浸入したかと思うと、再び出ようとする。そうして九角の動きは段々速くなっていき、その度に勢いは強くなった。 内臓が圧迫される感覚と引っ張られる感覚が交互に繰り返されて、 龍麻のそこは無理なく、そして急速に九角を受け入れられるようになっていった。 「 ああ…天童…」 九角はさらに、指で龍麻自身に触れてきた。 「 ひぁっ…」 自分の体が蕩けそうな程気持ちよくて、龍麻はもう何も考えられなかった。 九角に口付けられても、朦朧としてあまり上手に絡められない舌から唾液が零れ落ちる。 「 てんど…俺…もうっ…」 「 龍麻…」 九角に耳元で名前を囁かれ、感じた龍麻が再び頂点を迎えて白濁した液を放つと、九角も龍麻の中で達していた。 (6) この世界へ来て丸一日たった頃。 二人は最果てへ来ていた。 そこは崖になっており、大きな谷が口を開けていた。どこまで横に伝っても崖になっていてその向こうへは行けそうになかった。もちろん橋などない。 だが向こう側には眩しい光がたたえられていて、龍麻の目にもそれが異次元だと思われた。 「 ここを超えれば現世へ戻れる。」 「 ここって…。この崖!?」 九角の言葉は一種予想していたものだったがやはり驚かずにはいられない。 なぜなら、余りにも難関だったからだ。 「 この谷を飛び越えるのか?」 谷と言っていいものかどうか。遥か下の方は真っ暗で見えなかった。底があるのかどうかもわからない。 「 ああ。」 「 ってそんな、何メートルあると思ってるんだよ。」 「 まあ、30はあるだろうな。」 九角はあっさり言ってのけた。 「 そ、そんなに…って、天童、こんな時だけ親切に答えてくれなくてもいいよ。どうやってこんなの飛び越えるんだ!無理に決まって…」 「 簡単だ。氣を制御して浮かんでいればいい。」 「 !」 九角はまたさらりと、とんでもない事を言ってくる。龍麻は恐る恐る尋ねてみた。 「 …この下は?」 「 恐らく、地獄だ。」 それも龍麻の予想通りだった。 ならば、一歩間違えれば地獄行きである。 ( どこがどう簡単なんだ〜っ。) 龍麻は青くなっていた。 「 …宗崇が、お前が黄龍を倒す少し前空から降ってきた。」 突然、九角が空を見上げるとぽつりと呟いた。 「 宗崇って…柳生が?」 思い掛けない名前に龍麻は驚いて聞き返す。 九角は頷くと、すっと人さし指を崖下に下ろした。 「 そうしてここから真っ逆さまに堕ちて行った。」 「 …」 「 だがあいつ、すっきりとした顔してやがったな。」 九角は懐かしそうな表情を見せる。 結びつきは弱く、どちらかと言えば嫌いでお互い友情めいた感覚などなかったが、それでも彼はかつての仲間だった。その彼は堕ちながら強がるでもなく笑っていた。 例え行き先が奈落の底でも、後悔や苦悶でなくあのような表情を見せる柳生なら、後のことは自分でどうにかするだろうと九角は思っていた。 「 嬉しそうに言うんだな。」 「 まあな。…妬いてるのか?」 「 うん。」 「 …」 冗談で言ったのに肯定されてしまい、九角は言葉を失った。 見ると龍麻は拗ねたような表情をしている。 ( この俺を焦らせるとは、こいつ…) 九角が何か言い返そうとしたその時。 ゆらり。 地面から陽炎が立ち上るような、眩暈のような幻覚があった後、二人は一瞬にして化け物の群れに囲まれていた。 先程出会ったのとは比べられないくらいの圧倒的な数だった。 「 チッ、やっぱり来やがったか。」 「 えっ?」 「 言ったろ。飛ぶのは簡単だが復活するのは容易くないって。もともとこの体は飛べるように出来てる。氣を集中させれば訳はない。 だがこいつら、この馬鹿みてェな数に加えて不死身と来てる。」 「 何だって…不死身?」 「 見てろ。」 九角が刀を抜いて素早く一匹に斬り付ける。急所の動脈を掻き切られて、血潮を吹きだすと化け物の体は地面に沈んだ。 しかし次の瞬間にはまたゆらり、と氣が立ち上ってそれは復活していた。 「 …この通りだ。」 「 うわぁっ、マジかよ!」 龍麻がショックを受けていると敵は一斉に攻撃してきた。 仕方なく龍麻は応戦し、九角も次々に刀を振るう。 倒しても倒しても甦る敵に龍麻はどうすればいいのかわからなかった。 九角が敵を除けながら、そんな龍麻に静かに告げた。 「 龍麻、お前先に行け。」 龍麻は耳を疑った。 「 嘘…だろ?」 「 お前が飛ぶんだ、龍麻。」 どうしてその様な言葉が九角の口から出てくるのだろうか。 さっき九角に抱かれたのがもう夢の出来事のように思えるが、あれは確かに現実だった。 信じられない思いで龍麻は抗議した。 「 何でだよ!俺と一緒に帰ろうぜ!」 「 俺は後から行く。」 九角は同じ反応を繰り返した。 「 嫌だ!一緒に行くんだっ」 泣きそうな声で龍麻は叫ぶ。 九角と二度と離れたくないと龍麻は思っている。既にそのくらい龍麻の気持ちは強くなっていたのだった。 しかし九角はそんな龍麻に冷ややかな目を向けた。 「 わかってねェな…何の為に俺がここまでついてきたと思ってる。」 「 え…」 「 ここは俺がこいつらを引き付けていなければ、無理だ。」 それでは最初から九角は、龍麻を一人だけ元の世界に帰そうと考えていた事になる。 九角の言葉は優しくて、残酷だった。 「 俺と戻る気はないって事…?俺はその程度の存在?」 自分でも情けないと思いつつ、龍麻は泣いていた。 「 龍麻…」 「 この…馬鹿。」 何故か九角は怒っていた。 「 よく聞け。俺はな…」 そして唐突に話し始めたのは過去の回想だった。 「 刀をふるって女を抱いて、外法を操って…鬼道衆の頭である事。それが俺だと思っていた。てめェらに倒されるまではな。」 話をしながら、九角は敵の動きを余裕でかわしている。 彼らは数はあっても強さはなかった。 「 お前の拳。美里葵の涙。それが俺の誇りを微塵に砕いたんだ。」 「 天童…」 九角の言葉に龍麻は言い知れない衝撃を受けていた。 やはり自分は好かれているどころか憎まれているのではないのか。 「 俺は俺である事を失った。 そうしてここへ飛ばされて来た。 俺には願ってもなかった。 ここには何もない、誰もいない。ここで俺はただの男だった。 だがそれが俺を取り戻させてくれた。俺はどこへ行ったって俺なんだ。」 そう言って九角は誇らしそうな顔をしたが、すぐその表情を曇らせた。 「 ようやくそう気付いたってのに、てめェが来て俺はまた打ちのめされそうだったぜ。」 「 え?」 目を伏せた九角の表情は初めて見るもので、彼が自分のせいでそんな風にしているのだと思うと、龍麻の胸は凍りつきそうに痛かった。 「 お前は俺が悟ったことを最初から知ってやがった。 こんな所へ来たというのに、お前の性格は俺とやり合った時のまんまで、全く変わってなかった。 気負いもなくお前がお前である事。それが一番強いお前なんだと、てめェは無意識にわかってるんだろう。」 そう言い終わった時厳しい、射貫くような目つきは突然穏やかになって龍麻を見据えた。 「 俺は…お前を憎んでいたと思ってたが、そうじゃなかった。俺はこんなにもお前に焦がれていたんだな。 全てを真っすぐ見て真っすぐ捉えるお前に。だが、この気持ちも俺が気付く前にお前の方からあっさり好きだとか言いやがって。だから今度もお前、さっさと先に行っちまえ。俺も後から必ず戻る。」 「 天童…じゃあ俺の事…」 話を聞いて呆然とした後、喜びの表情を浮かべる龍麻に九角はそっと微笑んでいた。 龍麻は切なくて、敵がいなければ抱きつきたかった。 しかしこれ以上ぐずぐずしてはいられない。龍麻が留まればここに居る九角にそれだけ負担がかかるのだった。 「 天童。俺、待ってるから。」 攻撃を再開した九角の流れるような太刀筋を見ながら、龍麻はゆっくり氣を集中させた。 やがてふわふわとした感覚が龍麻の身を包んでいった。 (7) 目を覚ますと、龍麻は美里葵の膝に頭を預けて寄りかかっていた。 「 龍麻!良かった。気が付いたのね。」 美里が歓喜の声をあげた。 「 俺…?」 龍麻は記憶があやふやになっていた。 「 龍麻、あなたは黄龍を倒したのよ。でもその後気を失って…」 「 ホント良かったよ。 まずい事になったかと思ったぜ。 まあひーちゃんのことだからすぐ目ェ覚ますと思ってたけどなっ。」 親友、蓬莱寺京一の懐かしい声がした。 「 京一よく言うよ。おろおろして、泣きそうな顔してたクセに。」 桜井小蒔の元気な姿も見える。 「 さ、桜井!お前、ホラ吹くなよ!」 「 嘘じゃないもーん。ねっ醍醐クン。」 「 えーと、どうだったかな…。」 困惑する醍醐雄矢に龍麻は思わず苦笑した。他の連中も龍麻の顔を心配そうに覗き込んでいる。温かい彼らの氣を龍麻は感じていた。 自分は仲間達が居る元の世界に戻ってきたのだ。最後の敵を倒し、平和になったばかりの素晴らしい世界。 しかし、何かが足りない。記憶の淵を龍麻は懸命に辿った。 チカッと音がする感覚がして、頭の中に一瞬だけ不敵な笑顔を浮かべる人物が映った。 「 …天童は?」 口に出した瞬間、龍麻はすっかり何もかも思い出していた。 「 えっ?何?」 美里が怪訝な顔で聞き返した。 「 天…九角天童はいない?」 龍麻は皆にわかるよう、慌ててフルネームで言い直す。 「 九角!?ひーちゃん何言ってるの?」 桜井がびっくりして、奇怪な声をあげた。 「 九角天童はずっと前に俺達が倒したじゃないか。忘れたのか?」 醍醐に至っては負傷して気絶していた龍麻に気を使ってか、さとすように優しく言ってくるので龍麻は焦った。 「 ちが…違うんだみんな。」 龍麻は起き上がると、一人でその場に立って説明し始めた。 「 天童は俺のこと、助けてくれたんだ。 さっきまで俺の意識は違う世界に飛ばされてて… そこで天童に会ったんだ。あいつ、俺がこっちに戻るのを助けてくれた。 俺は天童のお陰でここに戻って来れたんだよ! あいつも後から必ず来るって言ってたんだ。なあ、葵、京一、あいつの姿、見てないか?」 龍麻は冷静に言うつもりだったが、喋っている内にだんだん心臓が高鳴って早口になってしまった。 この場にいない九角はもしかしたらもう戻ってこれないのではないか。 そんな思いが頭をよぎった所為だった。 「 ひーちゃん…」 京一達は戸惑ったような表情をしている。龍麻の言葉を信じない訳ではないが、彼らの想像を超えた話に判断力が追いついていなくて、否定も肯定も出来ない状況だった。 「 信じてくれよ。あれは夢じゃなかった。 …そうだ、 九角は俺の知らない言葉を知っていた。 『 無念無想 』 だったかな…」 悲しくなった龍麻が、何か証拠はないかと必死に考えていて思い浮かんだのがそれだった。 その言葉に素早く反応したのは、近くに控えていた忍びの末裔、如月翡翠だった。 「 …無念無想打ち?五輪書かい?」 「 そう聞かれても出所は知らないよ。 えーと、何だったかな。 敵も打ち出さんとし、我も…我も打ち出さんと…。駄目だ、思い出せない。」 うろ覚えの龍麻は、言葉に詰まる。 夢ではなかったのにうまく伝えられなくてもどかしく、龍麻は泣きたかった。 すると、どこからともなく張りのある声が聞こえてきた。 「 …我も打ち出さんと思う時、 身も打つ身になり心も打つ心になって、 手はいつとなく空になり、唯心の命ずるまま知らずしらず打つ事、 これ無念無想とて一大事の打なり。 …龍麻、てめェは何でそう、どうでもいい事を覚えているんだ。」 「 天童!」 聞き覚えのある声のした方を龍麻が見ると、そこには九角が立っていた。 あの敵の中をどうくぐり抜けてここへ戻ってきたものか、別段負傷もしていないようだった。 一度動けば目的のものを焼き尽くす炎のように激しい彼の氣は、 風のない水面のように今は静かに抑えられている。端正な顔立ちはわざと強がって歪められるような事はなかったが、自信に溢れた表情をしていた。 「 怨霊…ではなさそうだな。」 そう言った如月を始め、仲間にも見えているようだから生身の人間らしい。 しかし当然彼らは全員揃って唖然としていた。 「 天童?マジであんたなのか?…天童っ」 龍麻は駆け寄るとためらいもなく抱きついた。 「 お前な、尻尾がある犬っコロじゃねェんだからそうじゃれつくな。」 「 良かった、本物だ…」 口の悪さと、抱き留めてくれる腕の温かさで龍麻はそう確信していた。 「 馬鹿だな。俺は俺だ。俺が二人といる訳がねェ。この世にも、そして例えあの世にもだ。」 ため息をついた九角はそう言って笑い、龍麻を抱きしめる腕の力を強くしたのだった。 |
<完> |
■管理人コメント■ …もうコメントはいらないですよね。この作品さえあれば何も…ううう(感涙)。しかし何てことでしょうね!(←いらないと言いつつやはり語り出す)私の中でのお気に入りシーンは2つありますが、1つは天童様が自らの身体を龍麻にさらしたところです!いや、エロいシーンかよお前…とかじゃなくて!身体に無数の傷がついている天童様(泣)!闘いでついた傷というのもあるのでしょうが、やはり私は天童様の受けたあらゆる「傷」のように思えました。それを苦渋の表情で見つめながらその天童様に縋りつき、自分の全部を差し出そうとする龍麻!そしてそれを優しく抱きとめる天童様!ぎゃあっ、もう切なくて甘いです(震)!そして2つめはやはり花と戯れる天童様…それを見つめる龍麻…ですね。できることなら私もその場にいたかったですよ(何を言うか)。はあ〜湯葉様の九主、しかも長編、しかもハッピーエンド…。感無量です。湯葉様、本当にどうもありがとうございました! |