柳生を倒して一年の歳月が経つ。 もう闘いの日々は終わった。 だから今はこうして、あなたのそばに―― |
「ANNIVERSARY’S KISS」 |
★ |
わたあき様 作★ |
え〜? クリスマスの過ごし方? そだね……多分なんにもしないんじゃないかな? だってほら、翡翠だよ翡翠。翡翠にクリスマスとか似合わないじゃん。それにそういう俗世間っぽいの嫌いそう〜。 かもしンないっすね。でも、それじゃ龍麻サン寂しくないっすか? う〜ん。ちょっとね。 言えばいいのに。 『俗世間クリスマスしたいです』って? やだよ、嫌われたくないもん。 そりゃあ、ちょっとはやってみたいなー、とか思わないわけじゃないよ。めいっぱいカッコよくキメて、ちょっと豪華なトコでご飯食べて、どっか行って、それで…… ナニ顔赤くしてンすか。ノロケっすか? なんだよーっ!! お前が話しふったんじゃんか、最後まで聞けって。 いえ、もういっす。ごちそうさま(笑) ぶーっ(なんだよもうっ) その年のクリスマスも相変わらず賑やかだった。何度も繰り返し聴いたクリスマスソングが流れ、街並みも赤と緑で飾られる。腕を組んで歩くカップルや、手をつなぐ親子連れの表情も柔らかく、見ているだけで幸せな気分になる。龍麻も駆け足になる一歩手前のスピードで、如月骨董店へと急いだ。 クリスマスである。誰も彼もが浮かれても許される聖なる日にも、如月骨董店は静かなたたずまいのままである。年齢の割には古風な気性の若店主の意向なのか、クリスマスらしい飾りつけはされていない。それがこの店らしいといえばこの店らしく、やや頭の堅い若店主らしいと言えた。 古めかしい如月骨董店の引き戸が開いて、中から和装の店主が顔を出した。龍麻は転がるような駆け足で彼の許へ急ぎ、早々に店じまいをはじめることに驚いた。 「 翡翠!」 「 やぁ、龍麻」 知り合った頃とまったく変わらない口調で、彼は挨拶をかわした。 「 どうしたの? 今日はお得意さんと約束あるって言ってたのに。先方さんになにか不都合でもあったの?」 「 いいや。僕がお断りしたんだ」 「 え?! もしかして、商品手に入らなかったとか?」 「 いいや」 「 だよね、翡翠がそんな不手際するわけないか。じゃあ、どうして?」 「 それより中に入らないか? 凍えてしまうよ」 如月は龍麻の手をとって、やや冷たくなってたい指先に息を吐きかけた。じんわりとした吐息の暖かさが指先から心臓にまで届き、龍麻は顔を赤くした。 「 さ、龍麻」 手をつないだまま店に入ると、すでに商品は片付けられていた。いつもは龍麻がする簡単な掃き掃除も終わっていて、奥の茶の間も整頓されていた。 龍麻は店に残って最後の帳づけをする如月を見やり、そろりと奥座敷へ上がった。いつも通り片付けられてはいるのだが、なにか違和感がある。例えば龍麻専用の座布団や如月の座布団が、客用の座布団と一緒に部屋の隅に積んである。龍麻お気に入りの湯飲みは、台所に伏せて如月の湯飲みと並んでいる。 どこかへでかけるつもりなのだと、すぐに見当がついた。几帳面な如月は、出かけ前は普段以上に片付ける癖があるのだ。 「 翡翠〜、帰った方がいい?」 「 来たばかりじゃないか。もう少し待っていてくれないか?」 「 でもさ、出かけるんでしょ。今から」 「 あぁ。よくわかったね」 龍麻が奥座敷から店に戻ってくると、ちょうど帳づけを終えた如月と目が合った。 「 仕事でしょ。邪魔しちゃ悪いから帰るよ」 「 いや、君がいてくれないと困るんだ」 「 僕じゃ役に立たないと思うけどな」 「 だから仕事じゃないよ。龍麻、おいで」 如月のキレイな顔で手招きされると、ついふらふらと足が勝手に動く。呼ばれるがままに如月のそばへ行くと、彼は大きな箱を龍麻の手に置いた。 「 なに? これ」 「 すまない。急だったからサイズが合うかどうか不安なんだけど……君に似合うと思うよ」 「 ひょっとしてクリスマスプレゼント?」 目を輝かせる龍麻に、如月はあっさりと否定した。 「 いや、違う」 「 あ、やっぱり」 「 着てくれるかな。出ないと時間に間に合わない」 「 時間? あ、待ち合わせ?」 「 予約だよ。と、僕も着替えなくちゃいけないな」 事態がよく飲みこめない龍麻を急かして、如月は自分の分らしい箱を抱えて奥座敷へ上がる。慌てて後を追った龍麻は、歩きながら包みを解いた。入っていたのはスーツひとそろいだ。しかもかなり高級仕立ての品だとわかる。 如月がスーツを着ることはない。骨董店を営んでいる関係か、もとからの趣味なのか、彼の普段着は和服である。改まった席に出るときも勿論着物で、蔵の掃除をするときは作務衣という徹底振りだ。高校時代は仕方なくブレザーの制服を着ていたが、彼が持っている洋服は恐らくそれだけだろう。 その如月が、龍麻の目の前でスーツを着ている。着慣れていないだろうに、袖を通すとぴったりはまる。日本人離れしたバランスのよい体躯のおかげだろう、少しもおかしくはない。それどころか、どこへ出しても恥かしくない紳士ぶりだ。 龍麻は自分の着替えも忘れて、ぼぅ、と初めて見る如月のスーツ姿に見惚れた。 「 龍麻、早く着て」 「 え? あ、うんうん」 白いワイシャツに袖を通して、ネクタイを手にとる。奇をてらった物ではない、オーソドックスなスタイルのネクタイが如月のセンスのよさを物語る。自然と顔がニヤけた龍麻は、ふと我に返った。 ネクタイが結べないのだ。真神は学生服だったし、大学は私服だ。私服でスーツなど持っていない龍麻にとって、ネクタイは縁遠いものだった。 「 ごめん、翡翠。僕ネクタイ結べない」 しょんぼりとうな垂れる龍麻に、あれこれとなにやらやっていた如月が振り返った。 「 あぁ、気がつかなくてすまなかった。貸してごらん、龍麻。僕が結んであげるよ。顔をあげて?」 白い指がするするとネクタイを結ぶ。器用だな、と感心する龍麻に如月は顔を近づけた。 「 翡翠?」 唐突なキスだった。わずかに触れただけの口唇が、だんだんと深く重なる。背中にまわる如月の手を止めようと、その腕に置いた龍麻の手がぎゅっ、とスーツに皺を寄せる。抵抗を許さない口づけは、龍麻の舌を絡めとリわり深く重なろうとする。その熱さに溺れて、龍麻はくらりと立ちくらみを起こして如月の胸に倒れた。 「 翡翠、ネクタイ……」 「 あぁ、ちゃんと結んであげるよ」 「 ……外してくれてもいいんだけど」 「 嬉しいお誘いだね。でもそれは、十二時過ぎにするよ」 「 へ?」 「 今日はまだイブだから。食事に行こう、龍麻。お得意さんに無理を言って予約を空けてもらったんだ。それから夜景でも観に行こう」 「 ちょっ、ちょっと翡翠! なにそれっ!!」 「 なにって、俗世間クリスマスの正しい過ごし方、のつもりだよ。藤咲さんに教えてもらったから、合ってると思うけれど」 「 俗世間クリスマスって、まさか……」 龍麻の脳裏に、つい先日の会話が思い浮かんだ。雨紋のライブに行ったら、打ち上げに誘われてクリスマスの話になったのだ。 クリスマス、雨紋はライブだと嘆いていた。一緒に過ごす恋人もいないのかと、藤咲が呆れて笑い龍麻も笑った。龍麻の場合は相手が相手だから、クリスマスなんて関係ないと言ったのだ。 「 この間、珍しく藤咲さんが来てね。雑誌を何冊かとお手製のマニュアルを置いていったんだ。何事かと思ったら、雨紋が電話をよこしてくれてわかったんだ」 「 あいつらぁ〜っ!」 「 僕はそういうのに疎いから、君が楽しみにしてたのも気づかなくて。すまない、龍麻」 「 そんなのっ! 僕いいよ、無理しないで」 「 無理じゃないさ。君がそばにいてくれるのだから、俗世間クリスマスもきっと楽しいよ。君が僕の世界を満たしてくれるんだ。新しいこと、楽しいこと、初めてのこと、みんな君と一緒に経験したいんだ」 「 翡翠……」 「 だから龍麻、一緒に出かけよう。折角こうして同じ時間を過ごせるんだ。だから……」 ふたたび顔が近づく。龍麻は目を閉じておとなしくキスを待った。 クリスマス、年に一度の聖なる夜。 十二月二十五日だけじゃなくて、毎日がクリスマス。 ずっと二人でいられたら、きっと毎日が記念日。 「 うん、翡翠」 長いキスの後で、龍麻ははにかんだ笑みを広げて答えた。 「 クリスマスが終わったら、大晦日でしょ、お正月でしょ」 「 次はなにかな。成人の日?」 「 それはあんまり意味ないような……」 「 いいんだよ、理屈つけないとこんな風にできないから」 「 じゃあ、大安吉日とかもアリ?」 「 上天気の日もね」 如月の答えに二人して笑い、ちょこんと額を合わせた。 「 これからもよろしくね。玄武さん」 「 こちらこそ。我がご主人さま」 それからまたキスをして、予約の時間を忘れていた二人は慌てて外へ飛び出した。 今日も、明日も、明後日も。 二人にとっては毎日がクリスマス。 |
<完> |
■管理人コメント■ いつもながらわたぽんの作品にはやられっぱなしの私です(悦)。本当は違うのをリクしようとしてたのですが、王道を頼んで正解でした。設定は、「ひーたん大学生で、如月骨董店に入り浸り。古風な若旦那の考えにより、一緒に住んでません。でも半同棲状態。一方の若旦那は店を継いで日がな一日骨董品と向かい合い、ひーたんの帰りを待ってます」との事です。「だったら一緒に住めよ(笑)」とは作者・わたぽんの心の突っ込みらしいですが、いやいや!そこがいいんじゃーないですか!如月はひーの事が愛しくて仕方ないのに、なし崩し的な付き合いは決してしない!そしてひーの為ならスーツ用意して食事を予約、夜景見に行って、0時過ぎにネクタイを解くと!すっげーカッコいい〜(悶)。っていうか、これから出掛けようって時に、もう「外してくれてもいい」って言っちゃうひーも何なんだ!?って感じですが。とにかくラブラブなんですよ。付け入る隙はないんです。素晴らしい。何やら作者様は私が「この後の2人」を書かなかった事に不満を持つのじゃないかと心配していたようですが、私はこれで十分満足です。この後の2人は勝手に妄想します。でも書いてくれてもいいけどね(笑)。何はともあれ、わたぽん、素敵なクリスマスプレゼントをありがとう〜! |