湯葉様 作



「 ひーちゃん!」
目を開けると、すぐ側に親友の顔があった。
「 …京一?」
「 俺がわかるんだな?良かった…!待ってろ、今せんせー呼んでくっからよ!」
弾む声の京一は言うなり部屋を出ていった。
龍麻はゆっくり辺りを見回すと、見慣れた場所だった。

どうやら龍麻は桜ケ丘中央病院に入院しているようである。

(あれは夢じゃなかったのか…)
龍麻の脳裏に、赤い髪の男が思い浮かぶ。
男に斬り付けられ、自分の血で赤く染まる視野。
意識が遠のく瞬間、龍麻は柳生宗崇の身も凍るような冷笑を見ていた。
今思い出しても背中に戦慄が走るが、あれから既に何日か経っているらしい。
(よく助かったな…)
ぼんやりそう考え、何気なくベッド脇のミニテーブルを見て龍麻は驚く。
狭いその場所にはフルーツ篭を始め、溢れそうな程の見舞い品がおいてあった。
自分を心配した仲間達からである。
尋常でない量に苦笑しつつ、嬉しくなった龍麻は、そこにあった瓶ジュースを手に取った。
「エネルギー増幅ドリンク」と書いてある。 ちょうど喉が渇いていた彼はそれをあけると飲み干した。
少し変わった味がする。

その時ちょうど戻ってきた京一が、龍麻を見て叫んだ。
「 あーっ!ひーちゃん、それ飲んじまったのか!?」
京一は何故か青ざめている。
「 え?」
「 それっ…裏密からの見舞いだぜ!」
「 !」
言われて再度、慌てて瓶を見るとラベルの片隅に小さく”〜ミサちゃん特製〜”とあった。
龍麻は、体の血が一斉に下がっていく気がした。
「 …健康飲料かと思って飲んじゃったよ。俺…どうなるんだろ。」
「 裏密は、ひーちゃんが持ってる氣を高めて、回復を早くする効果があるって言ってたけど…」
「 …」
「 …」
お互い同時に”副作用”という単語が思い浮かび、二人は沈黙した。
「 まあ、飲んじまったもんは仕方ないよな。死ぬわけじゃないだろうし。へへへっ。」
「 そうそう、いくらミサちゃんでもこれ飲むと目が三つになるとか、そんな事ないよな。あはははは。」
「 おや、もうバカ笑いする元気があるのかい。」
気まずさを消そうと二人が空笑いしていると、院長の岩山医師が入ってきた。
龍麻と京一は笑いをぴたりと止めた。

その日の午後、龍麻は退院する事になった。
ドリンクのせいではなく、もともと驚異的な自己治癒能力を持つ龍麻が自然回復していたからだった。
龍麻は病室で荷物の整理をしていた。
京一と待ちあわせて街へ繰り出す為である。
「 ひーちゃん、今日はクリスマスイブだぜ。好きな子がいるなら呼び出してやるけど?」
そう言ってくれた京一の誘いを龍麻が丁重に断ると、それならと彼がラーメンをおごってくれる事になったのである。
「 イブか。外は賑やかなんだろうな…」
あらかた支度し終わって、龍麻は独り言を呟きながらベッドの枕を直そうとした。
「 ん?」
かさ、という音がするので枕をずらすと白い紙切れがあった。
「 これ…午前中舞子ちゃんが枕カバーを換えてくれた時にはなかったよな?」
首を捻りつつ、見るとこう書かれていた。

九角天童様が外法により復活しそちらとの対決を望んでいる。
仲間に告げず、等々力不動に一人で来られたし。

龍麻の頭の中は真っ白になる。
「 …罠だ。」
読み終わった瞬間そう口に出していた龍麻だったが、気が付くと病室を飛びだしていた。
「 緋勇や、そんなに急いでどこへ行くんだい?」
途中院長に見つかって呼び止められる。
「 たか子先生、すいません。京一に言って貰えますか、俺用事が出来たって!」
龍麻は叫ぶと、正面玄関を出ていった。

病院前からタクシーに飛び乗る。
賑わう街中を縫うようにして車は進んだ。
車中にいる龍麻の胸中を苦いものがよぎる。
京一によるデートのお膳立てを断ったのは、龍麻の胸にいつからかぽっかりと大きな穴が空いたままだからである。
(九角…)
彼の事を思い出そうとすると龍麻の頭は他に何も考えられなくなって、その圧倒的な存在感に思考がたやすく支配されていく。
初めて会ったのは既に彼との決戦だった。
九角を一目見て、彼のような人間をカリスマと言うのだと、龍麻はそんな事を考えた。
近付いただけで強力なエネルギーを感じて、思わずじっと彼を見た。
そう、あの時不覚にも自分は見とれていたのだった。
九角にはそんな龍麻が呆けているように見え、緊張感がなさそうに思えたらしい。
彼は笑った。
”俺が怖くないのか”と。
自分は何と答えたのか、思い出せない。
もう過去の事だ。
「 そうだよ、何で今頃…」
龍麻が呟くころ、煌めくイルミネーションが遠ざかり車は街から離れた。

タクシーを降りると人の気配は全くなく、街中よりもずっと寒く感じられた。
龍麻はそこから歩いて、かつての戦場へと赴いた。

しばらく進むと、龍麻は敵に囲まれていた。
「 九角はいないんだろ。俺に何の用だ。」
龍麻はその中の一人を睨む。
まだ残っていた鬼道衆。それが龍麻を呼び出した者だった。
周囲に化け物共を従え、鬼面を被った男は口を開いた。
「 ほう、罠と気付いていたか。九角様がいないと知りながら何故来た。」
「 別に。お前の目的が知りたかっただけだよ。
俺が気付かないうちに枕の下に手紙を入れておいて、その場で俺を殺すわけでもない。
あいつが復活したと嘘をついて、わざわざこんな所へ呼んで何がしたいのかと思ってさ。」

ふっと面の下で笑う声が聞こえた。
「 復活というのは、あながち嘘ではない。
お前を殺した後外法で九角様の魂を下ろせば、あの方は復活するのだ。」
「 ふうん、柳生に入れ知恵されたのか?」
「 そうではない。九角様の持っておられた外法の書が見つかったからだ。
お前のような強い氣を持つ者に魂を移せば、九角様は以前より強い力を持つ事が出来る。」
男はやや高揚した様子で喋った。
「 バカだな。」
龍麻の口調は醒めていた。
「 何…」
「 外法による復活なんて十中八九死人として甦る事だろ。そんなの、本当のあいつじゃない。
お前ら鬼道衆があいつを心の拠り所にしてたのは判ってる。
九角が存在して葵を手に入れて、東京を滅ぼすのがお前らの望みなんだろ。
だけどそんな事をしたらまたあいつに悲しい宿命を背負わせるだけだって、どうして気付かないんだ!」
最後の方、上擦った声の龍麻に鬼面の男は激怒した。
「 黙れ!貴様で殺しておきながら悲しいなどと、笑わせるわ!」

龍麻は九角との戦いを思い出す。
彼に怖くないかと聞かれて自分はさすがに怖いとは言えなかった。
命がけの戦いで相手に気迫負けする訳にはいかなかったから。
そう考えた龍麻が九角を見据えると、自信に満ちた氣に混じって一瞬悲哀めいたものを感じた。
何故だろう。
目の前の男は負けることなど露ほども思っていないだろうに、まるでいつでも死を覚悟しているような悲愴感が見え隠れしていたのである。
それは、彼が自分には想像もつかないほどの重い運命を背負っているからだろうかと龍麻は考えた。
だから気が付いたら九角にこう言っていた。
”俺があんたの宿命を断ち切ってやる。”
その気持ちに偽りはなかったから、今九角が外法という歪んだ形で復活するのは許せない。
龍麻は鬼面の男に向かって言った。
「 …俺は、絶対お前に外法を使わせない。」
男と化け物、大勢の敵を目の前にして龍麻は呼吸を整えると、静かに身構えた。

「 はあ…はあ…」
龍麻は少し息が上がっていた。
病み上がりで調子を取り戻すのに手間取ったせいだ。
激しい戦いで割れた鬼面が、龍麻の足元に転がっている。
その側に倒れ込んでいる男は、宙に視線をさ迷わせて絶命する。
体は霧のように消えていく。鬼道五人衆のように、既に人外の者だったのだろうか。
「 九角様…」
「 !?」
龍麻は男が最後、かすかに呟いて見た方を思わず向いた。
一瞬、彼の視線の先に九角がいるかと思ったのだ。
そして自分で苦笑する。
「 いる訳ないよな。九角は死んだんだから…」

甦るはずがない。
二度と彼には会えない。
それで良いのだ。彼は今安らぎの中にいるのだろうから。
龍麻は九角が喋った言葉を一遍に思い出した。
二度目の戦い。
鬼と化した彼が死の間際人に戻り見せたのは、不敵な笑いではなく一抹の悲しみ。
”どんなに華やかな祭も、いつかは終わる――。
人の命も、それと同じだ。”
”俺は、遠い昔に何か――。
大事なもんを、置き忘れてきちまったのか…。”

龍麻は数日ぶりに嵌めた手甲を外して、その場に投げた。
敵を倒してもこんなに空しい。
彼が甦る訳ではないから。
龍麻は自分が敵の望むままここへ来た理由にやっと気付いた。
あり得ないと知りつつ、龍麻は心のどこかで期待していたのだ。
出来ることならもう一度彼に会いたかった。だが。
「 九角は、絶対もう帰っては来ないんだ…」
改めてそう思い知っただけだった。
龍麻の目には知らないうちに透明な雫が光る。

「 お前な…人を呼び寄せておいてそれはねェだろ。」
その時冴え冴えとして凍えた空気の中、高く通る男の声がした。

「 え…」
ゆっくり龍麻は振り向く。自分に幻聴だと言い聞かせながら。
しかしそこに居るはずのない、髪を結い上げた男が居た。
「 九角!?」
龍麻は叫んだ。
その場に立っていたのは九角天童だった。
「 復活した?何で…?」
唖然として呟くと九角は呆れていた。
「 お前が黄泉路から引き寄せたんだろ。ずっと俺を呼ぶ声が聞こえてた。
吸い込まれるようなもの凄い氣だったのに、何で本人が知らない。」
「 俺…そんな事した覚えは…大体俺、今日まで入院してたんだ。とてもそんな力はないよ。」
九角が言うには自分が導いたらしいが、龍麻には心当たりが全くない。
(確かに今九角に会いたいって思ったけど、それで甦る訳は…)
「 あ!もしかして…ドリンク!」
懸命に考えていた龍麻は一つだけ思い浮かんだ。
「 あ?」
九角は怪訝な顔をしている。
龍麻は、裏密のドリンクについて京一の補足を思い出した。
これは黄龍の器である龍麻のような、強い氣の持ち主に特に効果がある。
そう彼女が言っていたというのである。
ラベルにはエネルギー増幅と書かれていた。
これにより龍麻の九角に会いたいと願う気持ちが、彼を黄泉の国から連れ戻す程の力に変わったのである。
「 やっぱ俺みたい。ははは…」
「 最初からそう言ってる。」
ばつが悪そうにする龍麻に九角は切り返したが、容赦のない物言いも何だか懐かしかった。
久しぶりに見た彼は眼差し鋭く、悔しいほど整った顔立ちをしていた。
「 ホントにあんた…生き返ったのか?」
まだ実感が湧かなくて尋ねると、九角は淡々とした口調だった。
「 さあな。知らねェよ。朝になったら消えてるかもな。」

その言葉に、龍麻は思わず九角の服の袖を掴んでいた。
「 嫌だ!そんなの…それじゃ俺、朝までずっと一緒にいる。」
ぎゅっと、握る手に力が入る。
もう彼に消えて欲しくなかった。

九角は驚いて、しばらく自分を見つめていた。
「 …お前、戦いたくて俺を呼んだんじゃねェのか?」
「 違うよ!俺はただもう一度あんたに会いたくて…」
泣きそうになって言いかけた龍麻の唇を、九角はふいに奪った。
「 !?九角…っ?」
舌を絡めとられる、甘く激しい突然のキス。
龍麻が酔いそうになると、九角が耳元で囁いた。
「 お前、あの時俺が怖くないと言ったな。こんな事されてもか?」
赤く頬を染めた龍麻はただ首を横に振る。それこそが自分の望みなのだとは、言えない。

九角は龍麻のその様子を見て静かに笑った。
そのまま、一人で歩き始める。
「 九角!」
龍麻が不安になって呼び止めると、彼は振り向いた。
「 …来いよ。今日はクリスマスだろ?
これも祭の一つだ。こんなしけた所じゃ祝えないだろうが。」
「 …!ああ!」
龍麻は目を輝かせ、彼の後をついていったのだった。



<完>

■管理人コメント■
貰える物ならばどんなに図々しくとも貰ってしまうのです。何て幸せなんだ(浸)。 湯葉様九主コレクターの私としては、この!貴重な!夕輝屋様のクリスマス企画のSSが戴けたというだけで既に舞い上がっています。 そう、既に舞い上がっているというのに…天童様ファンならば誰もが望む理想的なこの展開。それをものの見事にやってもらっちゃいました!しかも龍麻の愛の力によって…(この際、ミサちゃんの功績も私の中ではかなり扱いが小さく←酷)。 初めて会った瞬間、「悲哀」を秘めた天童様に惹かれてしまったという龍麻、外法で蘇るくらいならば彼を復活させはしない、そう思いながら闘った龍麻。そんな彼がひどく愛しい…。そしてやっぱり、蘇った天童様は素晴らしくカッコいい…。この話の元ネタがドラ○もんだなんて、誰が信じられるでしょうか(笑)。 何はともあれ湯葉様、素敵なお話をどうもありがとうございました!天童様とひーのクリスマスデート!悦でございました♪