――愛していると彼が言う 好きと云ってと僕は言う―― ボクトコイヲ |
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凛夏千暁 様 作 |
「ん……ぁ、あっ」 狭い器官に押し入ってきた瀬戸口の熱に速水は喘ぐ。 「ふ、あぁっ!……う、ぅん」 「あーっちゃん。そんなに締め付けないで」 速水の自宅。スプリングの利く割合質のいいベッドが二人分の重みを受けて軋む。几帳面な速水の性格通り綺麗に整えられていた清潔なシーツは既に汗と精液に塗れてしわくちゃになっていた。 速水は四つん這いの姿勢で瀬戸口を受け入れる。巧みな愛撫に上体は疾うに崩れ落ち、辛うじて立っている両膝も瀬戸口が腰を支えていなければすぐにもベッドに沈んでしまいかねない。 自他共に認めるプレイボーイの瀬戸口の技巧は非の打ち所が無く、速水はいつでも翻弄されるばかりだった。 「やっ……、せ、とぐち…くん………もぅ、っく!」 前立腺の辺りを緩急をつけて突付かれるのと同時に、速水自身にも手を添えられて白旗を揚げる。 「もう、イっちゃいそう?」 情事で少しだけ掠れた声が耳元にダイレクトに吹き込まれて速水は小さく首を縦に振った。途端、激しさを増した注挿に頭の中が白く染まる。 射精した、とぼんやりとした頭で思っていると、次いで瀬戸口の迸りが叩きつけられたのを感じた。 行為のあと、放心状態の速水が何をするでもなくベッドにうつ伏せていると、早々にシャワーを浴びてきた瀬戸口が制服のシャツを身に着け始めた。 「……帰る、の?」 「ああ」 細い、小さな速水の言葉を瀬戸口は否定しない。 「ご飯……作ってあるのに」 「悪い。時間がないんだ。俺の愛を待ってる相手がいるからな」 身支度をする手を止めることなく瀬戸口は嘯く。その真偽を確かめる言葉を速水は持たなかった。 「…………そう。じゃあね」 「あっちゃんのそういうとこ、愛してるよ」 軽口を叩いて瀬戸口は部屋を後にする。玄関のドアが無情にも閉まる音に速水はシーツに顔を埋めた。 しばらくして行為の名残もすっかり醒めると、速水はむくりと起き出し、のろのろとした足取りで寝室を出た。 間取り1LDKのこのマンションは軍の斡旋したもので、戦況が厳しくなり早々に本州へと疎開した人間の持ち物である。生活必需品のほとんどは残されており、いくら軍属とはいえ一介の学兵には分不相応とも言える家具類が速水の持ち物として使用を許されていた。 畳にして八枚分ほどの広さがあるリビングの真中にはガラステーブル、そしてその二辺をL字に囲むローソファ。フローリングの床を傷めないようにと敷かれているラグは毛足も長く、心地よい肌触りをしていた。 シャワーだけで瀬戸口の残滓を洗い落としてきた速水はソファには座らずにべたんとラグの上へと腰を下ろす。背を丸めた速水のちょうど胸下辺りの高さになるガラステーブルの上には幾つかの食器が並んでいる。 「無駄に、なっちゃったな」 サラダボウルに盛られたレタスは瑞々しさを欠き、大皿に並ぶクラブサンドイッチも熱を失っていた。中央に置かれた鍋の中にはクリームシチューが入っていたが、それも冷えて本来の美味さなどなくなっているに違いない。 どれもこれも瀬戸口が食べたいと言って速水に用意させたものである。 いつも昼休みには手製のサンドイッチをぱくついている速水を見て、俺もバンビのサンドイッチが食べたいな〜、と言い出したのは瀬戸口だった。速水にしてみれば朝昼とサンドイッチを食べているので夕食くらい別のものを食べたかったのだが、耳に心地よい彼の声で少しだけ甘えるようにそう言われてしまえば頷くより他なかった。 じゃあ、次の休みの日にねと申し出れば、今日すぐがいいのだと駄々を捏ねられた。渋々了承すれば愛しているよと囁かれた。愛しているからシチューもつけてと巫山戯た相手に速水は口元を綻ばせた。 その瀬戸口の勢いに負けて放課後の仕事をサボって料理に勤しんだ結果がこれだった。 速水は無造作にサンドイッチを手にとり口に運んだ。自分も瀬戸口も身体資本のラインオフィサーだからとボリュームを考えて挟み込んだハンバーグに焼きたてのジューシーさはない。 「まず…」 齧りついた一口を漸く飲み込むと速水は残りをテーブルの天板の上に直に置いた。シチュー鍋の蓋を外し、脇に用意してあった皿に少しだけ装う。御玉杓子の柄に牛乳特有の膜が張り付いた。 冷たいシチューを啜る。パンを齧る。咀嚼し飲み込む。速水は無機的にその作業を続けた。 授業に戦闘訓練、おまけに性交までして疲れている筈の速水が食べたのはサンドイッチ一個と皿一杯のシチュー、それにレタスを二枚だけだった。 * * * * * 次の日、速水は配属以来一日も欠かさなかった弁当作りを態と休んだ。 食欲がないからと東原のあっちゃん、おべんとーたべよーという可愛らしい誘いを断ると、芝村に空腹では勝てる戦も勝てぬぞと強引に味のれんへ連行された。 仕方なしにアップルパイを食べ、教室に速水が戻ると午前中はいなかった瀬戸口が登校してきていた。彼が猫可愛がりしている東原と楽しそうに談話する姿に速水は目を奪われ、そして次の瞬間すぐ視線をそらす。足早に自席に戻り、腕を枕に机に突っ伏し仮眠を取る振りをした。 「瀬戸口くーん!」 小隊内では聞きなれない声がして教室内の誰もが入り口のほうを見た。そこには尚敬高校の制服を着た女生徒が立っていた。 校庭の一部を間借りしている居候部隊の、校舎とは名ばかりのプレハブまで足を運ぶ人間はそう多くない。明らかに彼女は注目を集めていた。 「おー、映か。ちょっと待ってろ、すぐ行く」 アキラという名らしい少女に呼ばれた瀬戸口は、たかちゃんは急用だ、と膝に乗せていた東原を降ろし足取りも軽く教室を出て行く。一体何をしに学校に出てきたのか、午後も休んだら極楽トンボ決定だと速水は心の中で毒づいたが口にはしなかった。 脇を通っていく瀬戸口の視界から隠れるように速水は一層頭を腕の中に沈めた。 * * * * * 「ただいま……」 声を出したところで返る声などないとわかりきっているのに速水は帰宅を告げた。 電気をつけると昨夜からちっとも変わっていない室内が広がる。テーブルの上の食べかけの料理もそのままで、寝室は寝室で汚れたシーツがベッドの上でくしゃくしゃになっていた。 時計の針は既に12時を回っているというのに速水はちっとも空腹を覚えなかった。 制服を脱いで寝間着に着替え、放り出されていたブランケットに包まって床に丸まる。昨夜もこうして眠った。家事をするのが億劫だった。 あの後、結局瀬戸口は何時になっても戻ってこなかった。帰らないパートナーの分まで仕事を頑張っていた東原が気の毒で手伝っていたら、当然の如く速水自身の仕事が遅れた。 珍しくもない出来事だ。 瀬戸口が授業中といわず仕事中といわず女性――それも老若幅広く――と去っていくことはこれまでも何度かあった。それは速水と肌を合わせるようになってからも変わっていない。 世の中の全ての女性の味方だとのたまう自称愛の伝道師は、速水に愛を囁きながらも違う女の元へと出かけていく。 「だったら僕なんか相手にしなければいいのに」 何を思ったのか瀬戸口は速水を抱いた。初陣以来、奇跡的な戦績を上げ続けてきた5121小隊で初の犠牲者が出た晩のことだった。 交わす言葉も思いつかないまま、ソファに並んで二人はコーヒーを飲んでいた。制服越しに触れていた体温が生を感じさせて安心したのを速水は覚えている。 不意に引き寄せられた肩、首筋に顔を埋めた瀬戸口にそこを吸われても速水は拒まなかった。 速水は瀬戸口が好きだった。 瀬戸口は初めての行為の最中、何度も愛しているよと囁いた。 けれど好きだとは言わなかった。 * * * * * 「あっちゃん、今日もしょくよくないんですか?」 チャイムが授業の終わりを告げても自席を立とうとしない速水の側に東原が寄ってくる。 「ごめんね、ののちゃん。昨日仕事張り切りすぎてあまり寝てないんだ」 寝不足だから仮眠を取りたいのだと言うと、はたらきすぎはめーなのよ。でもあっちゃんはがんばっててよいこよいこと頭を撫でられた。その仕草が瀬戸口を連想させて速水はなんとなく物悲しくなった。 「瀬戸口君と食べておいで」 今日は朝から登校していた瀬戸口は、変わらず速水に抱きついて愛を囁いた。あの日無駄になった夕食への詫びの言葉はなかった。 「何だ、バンビは飯抜きか?俺はお前さんのサンドイッチが食いたかったんだがなあ」 無神経な言葉に速水は目を閉じた。 * * * * * 玄関のドアを開け、靴を脱ぐ。部屋の様子は変わらない。食べ残した料理にしろ寝室のシーツにしろ、そろそろ処分しなければ悪臭を放ち始めるに違いない。 頭の中ではそうわかっているのに、けれど速水は無気力だった。 冷蔵庫を開けグレープフルーツジュースを取り出し、グラスにも注がずそのまま口をつけて飲む。毎日の弁当用にと買ってあった食パンを千切って食べる。 その傍らでそうしている自分を頭の片隅で冷静に想像して速水は惨めな気分になった。 大して食べもしないうちに浴室に入る。 自分は瀬戸口に恋をしているのだと熱いシャワーに打たれながら速水は思った。 けれど瀬戸口はそうではない。彼が速水に感じているのは都会にいる孫を見るようなそんな遠くから見ているだけの愛情で、側にいて誰よりも近くにいたいと思う恋情ではない。 瀬戸口に触れられれば速水の鼓動は自分でも吃驚するほど高鳴った。お願いされれば滑稽なほど必死になってそれを叶えようとする自身がいた。つれなくされれば他の何もがどうでもよくなるくらい悲観する自分を速水は否というほど知っていた。 自分だけが空回りしているようで速水は辛かった。 誰にでも都合よく言えるような何通りにでも意味が取れるような愛しているではなくて、好きだと言って欲しかった。 ――恋をして欲しかった。 どのくらいそうして湯に打たれていたのか、すっかり火照った身体に漸く速水は浴室を出た。 脱衣所に置かれた洗濯機が回っている。はてスイッチを入れただろうかと首を傾げながらも速水は身体を拭き寝間着に着替えた。 ぺたぺたと裸足のままリビングへと戻る。テーブルの上は綺麗に片付いていた。 「何、してるの」 そうして速水はやっと自宅にいる自分以外の存在に気づいた。カウンター越しのダイニングキッチンでは瀬戸口が洗い物をしていた。 「日に日にあったかくなってるんだから、食べ物を放置しちゃめーだぞー」 蛇口から勢いよく流れている水を止めた瀬戸口はシンクの隅に置かれていた三角コーナーの穴明きビニールの口を縛る。遠目に白っぽい内容物は鍋の中にあったシチューか。水気が切れているのを確認して瀬戸口は生ゴミ用のポリバケツにそれを放り込んだ。 「鍵。かかってたはずだけど」 捨てられた料理に心がざわついた速水はそれを悟られないように別の話題を振った。 「来て欲しくなければ合鍵なんて渡さないことだ。入られたくなければチェーンもかけておくべきさ」 そうしてなかったのは入ってきて欲しかったんだろ?バンビちゃんとタオルで手を拭きながら近づく瀬戸口から目をそらし速水は俯く。渡した合鍵を使ってもらえるようにとチェーンをかけなくなったことは確かだったが、今まで使われなかったのもまた事実だった。 「何しに来たの」 ソファに畳まれていたブランケットを被り速水は瀬戸口に尋ねた。ソファの上で膝を引き寄せて縮こまり、頭から被ったブランケットを手繰り寄せ、視界だけを確保する。 「………お前さん、どういうつもりだ?ここんとこ碌に飯も食ってない。その様子だとちゃんと寝てもいないな。今日の戦闘中にもぼやっとしてたろ」 二人がけのソファの空いている右側に瀬戸口が腰を下ろす。速水は瀬戸口から離れるように後退さった。 「スカウトほどじゃなくてもパイロットだって身体が資本だ。等閑な生活をしていていいはずがない。何に気を取られてるんだか知らないが、あまり感心しないな」 「……それを瀬戸口君が、言うんだ?」 瀬戸口の言葉に速水は力なく微笑んだ。速水がこんな体たらくなのは他ならない瀬戸口の所為だ。だが、瀬戸口はそれに気づいていない。 自分と彼との間の温度差を感じて速水は淋しくなった。 「君が食べたいって言った。僕は君が好きで君のお願いだったら何でも聞いてあげたかったから仕事をサボって舞に怒られてでも準備をしてた。…さっき君が捨てた料理をね」 面と向かってそんな愚痴めいたことを告げられるわけも無く、速水は立てた膝に顔を埋め、くぐもった声で続ける。 「でも君は食べてくれなくて。相変わらず僕を置いて女の人とどこかに行っちゃって。…………ねえ。瀬戸口君は、僕のこと、好き?」 昔まだ平和だった頃に見た安っぽい恋愛映画のヒロインの台詞みたいだと速水は思った。男の言葉を乞う女。バカみたい無様だ情けない。 だが、その問いを取り消すことは速水には出来なかった。 「愛してるよ」 瀬戸口の答えはいつも通り。なんでもないことのように紡ぎだされるその言葉に深い意味を見つけるのは難しかった。 す、と瀬戸口の腕が伸び、速水を捕まえる。硬くケットを手繰り寄せていた手指を解き口付ける。百戦錬磨の瀬戸口の掌は速水の肌を堪能し始めた。 「愛してるよ」 侵略と共に瀬戸口が囁く。ソファに腰掛けた瀬戸口に向かい合って腰を下ろしながら、速水は首を横に振った。 「なに、あっちゃん。信じてないの?そういうこと言うと意地悪しちゃうよ?」 「ん、はぅ……っ!」 徒に突き上げられて速水は瀬戸口の肩にしがみついた。 「こーんなに愛してるのになぁ」 揺すられて振り落とされないようにしながらも速水は首を振り続けた。 (そうじゃなくて) 心の中で瀬戸口に呼びかける。 (好きだって言って。万人に与える穏やかな愛じゃなくて) 繋がった部分から生み出される快感に翻弄されながら速水は心の中で泣く。 (もっと激しい恋を、僕と) 「あっちゃん?」 「……好き、だよ。せと、ぐち…く………あ、ぁあ、あっ!」 同じだけの熱でその言葉を紡いで欲しいと速水は願った。 ――愛していると彼が嗤う 好きと云ってと僕は涕く―― |
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■管理人コメント■ 千暁さんサイトの先着5名様リクエスト権をゲットして頂いたガンパレの瀬戸速です!大興奮!自慢じゃありませんが、私はガンパレをプレイした事がありません(ホントに自慢にならん)。それでもせとはやは大好きです!というわけで今回敢えてこのせとはや、それも「カッコいい瀬戸口、可哀想な白あっちゃん」という条件もつけてリクさせさせてもらったわけなのですが…。一読目はあまりにも可哀想なあっちゃんにどんよりと気持ちが落ち込みまして(笑)、あああ確かに健気なかわいそうなあっちゃんは大層ツボだけれど、あんまり報われなさすぎてあっちゃん哀れ過ぎる〜!と悶えておりました。しかし、2読目、3読目に従い、何か考えが段々と変わってきたような…。瀬戸口は愛の伝道師とか言いながら本当はすごく一歩退いた距離から人間を見ている感じがして、この世界にもこの世界に従順しかけている人間にももしかして愛想を尽かせているのかもしれないと思いました。でも一方で離れられない、みたいな面もあって(うまく言えん・汗)。そんな瀬戸口が同じ小隊の仲間が死んだ時に初めて速水を引き寄せ身体を求めたのは…やはりあっちゃんを1番の拠り所というか、唯一の依存対象として「無意識」に選んでしまったのだと思うのです。そういう「特別」でなければ、瀬戸口はたとえあっちゃんが元気なかろうが飯を食ってなかろうがああやってわざわざ洗濯機を回し、台所を片したりはしない気がする。その他大勢の、同じく「愛する」人たちとあっちゃんが同位置だったなら、奴はきっとあっちゃんがいじけ終わるのを待ってからあの合鍵を使ったに違いないのです!つまりは愛!…と、時間が経つにつれ興奮していった私でした。あ、勿論そんな瀬戸口を今ひとつ理解しきれずただ哀しみでいっぱいのあっちゃんも相変わらず大好き過ぎるんですが。これはきっとこの後あっちゃんが瀬戸口に、まあそんな事は起きないだろうけど、瀬戸口に愛想をつかせて誰か別の人のところへ行ったとしたら…大変な事になると思います。瀬戸口狂乱!みたいな!ぐあ〜萌え〜!読みたいこの先が〜!思い知れ瀬戸口!(結局恨んでいるらしい・笑) ……何か気づいたらめちゃくちゃ好き勝手語ってしまいました(汗)。何せ元のガンパレを知らないものでいろいろ妄想が逸って…。何はともあれ、素敵過ぎるせとはや小説を頂く事ができて本当に幸せです!千暁さん、また是非是非せとはやを!書いて下さいね!本当に本当にどうもありがとうございましたー!! |