love brace | |
浅生霞月 様 作★ |
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「 ここはいつも、水の香がするね」 だから落ち着くんだ、と。 転がった畳の上、しなやかに伸びをする様はまるで猫のよう。 「 魚はいないよ」 ニャー、とでも鳴いてくれたら、つい喉を撫でてしまいそうだな、などと思いつつ、用意した熱い茶と羊羹を机の上に置く。 「 いるじゃん、庭の池に・・・高そうな錦鯉。ああでも、俺が言いたいのは、そういうことじゃ・・・・・」 「 分かってるよ」 そう。 ここは。 如月の住む、この家は-----地は。 水の氣で満ちていて。 そしてそれは、護るべきモノ、をも柔らかく包み込む。 「 水の中にいるみたい・・・でも、冷たくはなくて。とても心地良いんだ」 「 君に、そう言って貰えると嬉しいね」 「 だって、本当の事だから」 そして、まだ寝転がったまま。 如月を見上げる瞳は、どこかうっとりとした色合いを見せていて。 「 ・・・・・お茶が冷めるよ」 その恍惚とした表情に、つい不埒な思いに支配されてしまいそうになる未熟さを誤魔化すように、おやつを勧めれば。 「 うん、頂きまーす」 さっきまでの怠惰な様子はどこへやら、起き上がるやいなや机に張り付くようにして、自分の湯呑みに手を伸ばす。 「 熱いから、気を付けて」 「 ん、んー・・・美味しい。ホッとするー」 満足げに湯気を揺らすのに、如月も緩く微笑み返す。 この、家に。 自分以外の人間が居て、こんなに。 こんなにも、気持ちが安らぐなんて。 「 ・・・・・辛気くさいと言った男もいたが」 「 ん、・・・何?」 「 ああ、いや。君は、ここが落ち着くと言ったけれど、村雨は辛気くさいだの何だのと・・・その割には、結構よく顔を見せていたけれどね」 かの陰陽師の使いも多かったが、良い酒が手に入ったからとつまみを目当てに寄ることもあった。 苦笑混じりに、そう告げれば。 「 ・・・・・」 「 ・・・・・龍麻?」 羊羹を頬張ったまま、如月の話すのを聞いていた龍麻の表情が、少しずつ少しずつ。 陰を、落としていくのに。 「 ・・・・・ずるい」 もしや具合でも悪いのかと、如月が顔色を伺うように腰を浮かしかければ。 「 ここは、・・・・・っ」 何か。 訴えるように、口にしかけて、けれどそのまま。 バツが悪そうに、俯いてしまうのに。 「 ・・・・・龍麻」 「 ごめん、何でもない・・・ちょっと、・・・うん、何でもないんだ・・・・・」 言葉どおりではないことぐらい、如月にも分かる。 体調を崩して気分が悪い、というのとは違うようであるし。 ただ、そういえば。 ああ、もしかしたら。 「 ・・・・・妬いてくれたのかい?」 「 な、っ・・・・・」 「 違うのかな。まあ、・・・それでも構わないが。気にしなくても良いよ、これは・・・そうだな、僕の願望みたいなものだから」 嫉妬のようなものを、して。 いたのではないか。 くれたのではないか、と。 「 ・・・・・半分ぐらい、当たってる・・・」 「 そうなのかい?」 半分は。 あと、は。 「 ここ、は・・・・・俺の居場所だって、思ったから」 自分が。 自分でいられる。 「 俺だけの、場所だ・・・って。だから、・・・・・」 「 そう、・・・・・そう思っていてくれると、嬉しいよ」 嬉しい、なんて簡単な言葉では、それだけではないのに。 そうあれれば良い、と。 祈って、きたから。 「 君だけの場所だよ・・・ここも。僕も、ね」 「 ・・・・・そう、なのかな」 ようやく、ゆっくりと顔を上げた龍麻の瞳は、それでもまだ。 翳りが、見えて。 「 また、何か良くないことを考えているな」 「 ・・・何だよ、それ・・・・・」 「 聞こうか、君が今思っていることを・・・僕が、そのモヤモヤした、イヤなものを払拭してあげるから」 「 ・・・・・随分、簡単に言うんだな」 呆れたような。 だけど、泣き出しそうな。 そんな、顔をして。 「 ・・・・・俺だけの場所だって、言ったよな」 「 ああ、そうだからね」 「 ・・・・・でも、俺・・・じゃなかったら?」 「 ・・・・・何だって?」 泣いてはいない、けれど。 きっと、手を伸ばしてそのまま抱きしめてしまえば、彼は。 涙と共に、心のしこりを流してしまいそうで。 知れず、隠してしまいそうな気がするから、だから。 向き合って、そして聞かなければと思う。 「 俺が、黄龍じゃなかったら・・・ううん、俺じゃない誰かが黄龍だったら・・・ここは、翡翠は・・・・・その誰かのものなんだよね」 ああ、そうなのだ。 いつも。 いつだって、自分達の間には宿星としての関係がつきまとう。 絡む、糸。 それは、誰かの血の色をしているのだろうか。 「 ・・・・・否定して、欲しいのかい?」 「 ・・・・・どう、かな・・・分かんないや・・・」 無理に作ったような笑顔が、胸に痛くて。 こんな顔をさせているのは、きっと自分。 そう思うと、酷く腹立たしい反面、胸の奥底に生まれるのは。 昏い、歓び。 「 ・・・・・バカな」 「 ・・・うん」 「 ああ、そうじゃない・・・バカなのは僕だ」 龍麻の心を、こんなにも捕らえているのだという事実。 その、強く脆い存在を、護りたいと思いこそすれ、心細げに震えるその様を見続けたいわけじゃない。 「 ・・・君以外の誰かが、黄龍であったとしよう」 「 ・・・・・うん」 「 その場合、僕は・・・存在しない」 「 っ、な・・・・・!?」 在るはずが、ない。 なぜならば。 「 僕が、玄武であるのは・・・君が、黄龍たる存在だからだ」 「 ・・・・・待って、翡翠・・・分からない・・・何、っ」 「 君、がいなければ・・・僕、は。・・・・・いないよ、龍麻」 君が、いて。 だから。 僕が、いる。 「 僕は君に出逢うために生まれたんだと、・・・そう言ったのを、忘れたとは言わせないよ」 「 忘れ、てない・・忘れるわけなんか、ない・・・っ、でも」 「 ならば、そういうことだ」 そう、だから。 もう。 「 僕を、・・・・・見失わないでくれ」 手を、伸ばして。 抱きしめてしまっても。 「 翡翠、・・・・・っ翡翠、俺の・・・俺だけ、の・・・・・」 聞いた、から。 そして。 「 僕だけの、・・・・・君だ。龍麻」 他の誰か、なんて。 あるはずがないのだ。 この、互いでなければならない。 星が、そう定めたのだとしても、そうあることを選んだのは。 自分自身、なのだから。 空気も。 体温も。 肌も。 指先も、頬も、唇も。 全部。 心地良い、のは。 「 僕で、そして君だから・・・なんだ」 だから、もう。 なくしてしまわないで。 |
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<完> | |
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