息苦しさに目が覚めた。
意識も徐々に冴えていき、今は何時だろうかと考える。
ベッドから這い出るのも億劫で、顔だけを時計に向けるも暗くてよく見えなかった。
長い冬の夜はまだ明けきらず、窓の外も薄暗い。
カーテン越しでもわかる空の澱みに、あともう少し眠れたのにとため息をついた。
ちゃんと時間を見よう身体を起こしたのに、なぜかぴくりとも動かない。
背中から誰かが抱きついている。
毛布を蹴り飛ばして、龍麻は搦んでくる腕を掴んだ。
「おい、壬生」
こんな夜遅い時間に、眠っている龍麻のベッドへ忍びこんでくる者など一人しかいない。
高校を卒業してすぐ同居することになった、かつての仲間の一人壬生紅葉だ。
ぬくぬくと温まっていた毛布が、急激に冷えてくる。
壬生の凍えた身体が入ってきたために、龍麻の体温まで奪われてしまいふるりと身体が震えた。
引き剥がそうとするものの、壬生の力は強く意思は頑なで、とても龍麻の力では振り解けそうになかった。
呆れ返りながら壬生へ声をかけるが、返事はない。
それどころかその手は、龍麻のシャツの裾から潜りこみ素肌へと伸びてきた。
「待て、ちょっと待てって!」
本格的に抵抗しようとしだした龍麻を、壬生は自分の身体を押しつけ自由を奪う。その間も壬生の手は、龍麻のシャツを捲くり肋骨に添い撫でつけて、さわさわと不安を煽るように蠢いている。
胸の真ん中で止まった手は、少しだけためらうように動きを止めた。
やっと止まったと龍麻がホッとしたのも束の間で、壬生は不意を突くようにぐっと鳩尾近くを押した。
一瞬、呼吸が出来なくなる。
本当に一瞬のことで、龍麻は壬生が自分に対し危害を加えようとしたのだろうかなどとは、ほんの少しも考えなかった。
しかしその意図がどこにあるのかまではわからず、困惑する龍麻は壬生の好きにさせることにした。
壬生の手はひとしきり胸や腹を触り、やがて下肢へと伸びていく。
閉じた脚の間へ強引に手を入れて、その中心を掴む。
ぐっと膝に力を入れその手が侵入するのを防ぐも、背後から片足を割り入れられてはどうしようもない。
壬生のよく動く器用な手は、僅かな隙間を縫いついにそこを掴んだ。
触れられるのは、初めてではない。
何度も何度も、二人で身体を合わせてきた。
だが今夜のように一方的で、なんの言葉も気遣いもない情交は初めてだった。
途惑いとほんの少しの恐怖が、身を縮ませ手足も強張ってしまう。
龍麻の竦めた首筋に、壬生が軽く歯を立てた。
「龍麻」
声が低い。
夜のときにだけ聴く壬生の低い声は、ぬかるむ泥のように冷えていながら、どこか一点で熱く滾っている。
強引に引き寄せられた腰に、壬生の性器があたるのを感じる。
勃起しているそこは待ちきれないと急かしているうようで、龍麻はきつく目を閉じた。
自分のものもまた、勃ち上がっている。
壬生に握りこまれた手のひらの中で、少しずつ熱を溜め息が上がっていく。
擦られるだけでも酔うのに、壬生の指先の五本それぞれが別の生き物のような滑らかさで動き追い上げる。
声が漏れそうになるのを必死で耐えて、背中を丸めて堪える。
知りつくした性感帯を、壬生は焦らしながら責める。
性器をを指で、耳朶を舌で、背中は手のひらで、内腿を足で、どれも壬生が探しあてた性感帯だった。
自分でも知らなかった場所を、壬生はひとつひとつ見つけ出しては暴いていった。その度に恥ずかしくて癇癪を起こしたが、壬生は逆らうことなく龍麻をあやしそれがまた心地好かった。
今もまた、心地好くて止められない。
咽喉が渇く。
喘ぎそうになるのを噛み殺して、でもどうしても我慢できずにシーツを掴んだ。
「壬生、もういいから」
「もういいの?」
「いい」
ねっとりと耳から入り脳を犯す壬生の声で、意識が吹き飛ぶ。
脚を開き迎え入れようと身体を返そうとしたのに、壬生はそれを許さなかった。
横になったままの姿勢で龍麻を抱きとめて、ゆっくりと衣服を脱がしていく。
そんなもどかしくなるような時間もすぐに過ぎて、すべてを剥ぎ取られ裸にされたのに、もう寒さは感じなかった。
背中を撫でていた壬生の手が、龍麻の膝裏へとまわり片足だけを持ち上げる。
中途半端の姿勢で脚を開いて、龍麻は呻いた。
まだ解されていない後孔がひくつく。
壬生を待っていることが、自分でもわかった。
性器を扱いていた壬生の指が龍麻の後孔へまわり、ねたつく体液をまとわりつかせたまま捩じこむ。
いきなりで身が竦むも、もう慣れて久しい行為だ。
理性よりも先に、身体が反応した。
掻き混ぜながら探るような動きが、直腸を刺激する。
奥へはわざと届かせず、入り口だけを丹念に解す。指が増えていくごとに、声は高く悲鳴のように上がり、やがてそこには喘ぎまで混じってしまう。
腰が揺れて潜りこむ壬生の指を、もっと奥へと導こうとする。
その腰の動きが恥ずかしい。
羞恥がまた五感を刺激して、呼吸が乱れた。
「指、指それ抜いてっ」
「指はいらない?」
「いらない、指もういらない」
「じゃあ、なにがいい?」
頭の中が白く霞んでいる。
意識はとっくに吹き飛び、まともに呂律もまわらない。
壬生の言葉をそのまま言い返しているだけで、欲しいものは口に出せないものだということすらわからなくなっていた。
それが欲しいと言わされても、龍麻には壬生が酷いことをしているとは思わなかった。
壬生が自分を傷つけることはないと、不思議なほど信頼しきっている。
理性ではない別の感情で、そうとわかるのだ。
普段は決して言わないことを言わされた。
そのご褒美にと指を引き抜かれて、うつ伏せにされる。
腰だけを持ち上げられて、龍麻は壬生が入ってくるのを待った。
少しずつ、押し広げながら壬生の性器が侵入する。
ゆっくりとじんわりと、馴染ませるように焦らすように、静かに無理やりに入ってくる。
その瞬間が辛かったのは、最初の何度かだけだった。
今はそうされるのが、一番好きになっている。
半ばまでしか入っていないのに、龍麻は自分から腰を揺すっていた。ずっと弄られていたせいで、とっくに限界が来ていたらしい。
奥まで届くのを待っていられず、自分からねだり腰を揺すり奥へと迎え入れる。
壬生は龍麻の背中を押さえつけて、躾の悪い犬を叱るように軽く叩いた。痕もつかない程度の軽いスパンキングでも、龍麻には快楽へ直結する刺激だった。
背筋と腰の間を軽く叩かれて、龍麻は射精してしまった。
だらだらとシーツに広がる精液の染みは、長くいつまでもその糸を引く。
流れ落ちるままにされてもまだ、龍麻のそこは勃ちあがったままだった。体内にとどまる他人の性器の感触が、龍麻をまだ快楽から放さなかった。
弛緩してゆく龍麻の背中に、壬生はそろりと乗り上げた。
ぐっと腰を進めて、一息で根元まで挿入する。
龍麻の身体はたちまち崩れて、痙攣のような身震いが起きた。
それを擦り宥めて、壬生は突き上げるのと緩やかに抜くのとを繰り返した。
龍麻の手がもがく。
シーツを掴む指に、血管が青く浮かんでいる。
壬生にはなぜかその色が、ひどく猥らに見えた。
幾度も突き、緩め、また深く挿入して、その度に上がる龍麻の喘ぎが掠れていく。
深く突き入れたときに、壬生は龍麻にねだった。
龍麻は熱っぽい目を向けて、背中へ圧し掛かる壬生を見た。
「紅葉」
好きと答えたのと同じタイミングでキスをして、そして壬生は龍麻の中で吐精した。
背中越しの壬生の体温は、龍麻と同じに高くなっている。
凍えて冷えた身体と、やっとひとつに混じり合うことが出来た。
激しい情交に疲れ果てた龍麻は、うとうととまどろみへ沈んでいった。
それでと、不機嫌さを装い龍麻は壬生に問いかけた。
翌朝どうしても起きることができずに、時間は昼も過ぎてブランチタイムになっている。壬生の用意してくれた食事を前にしても、龍麻頬を膨らませたままだった。
壬生はばつの悪そうな顔で、テーブルを挟んだ向かいの席に腰かけている。
二人だけのリビングは広々としていた。
「なんだよ昨夜のは」
「ごめん」
「ごめんじゃなくて、なんだったんだって聞いてるんだけど」
「別にそんな大した理由じゃないんだ」
「大したことなくて襲うなよ! ほら、ちゃんと理由を言う」
「……夢を見たんだ」
昨夜夢を見たと、壬生は言った。
眠りの浅い壬生が夢を見るのは珍しいことで、さらにその夢は懐かしい高校生の頃だったという。
その夢の中で、龍麻は楽しそうに笑っていた。
真神學園の親しい友人たちに囲まれて、壬生がいくら呼んでも振り向くことすらしなかったらしい。
それが悲しくて寂しくて、龍麻のベッドへ潜りこんだ。
壬生はそう言って、またごめんと頭を下げた。
「それだけ?」
「彼らのことは名前で呼んでたのに、君は僕を呼んでくれなかった」
拗ねたような壬生の口振りに、龍麻は目頭を押さえた。
「あのさ、俺は確かに京一のことは京一って呼ぶし、小蒔のことも小蒔だ」
「僕のことはいつまで経っても、壬生としか呼んでくれない」
「如月のことだって如月って呼んでるだろう。醍醐も醍醐だし、美里も美里だし。他にも名前で読んでない仲間はたくさんいるぞ」
「どうして?」
「呼びやすいから」
「それだけ?」
「それだけ!」
納得しかねている壬生に、龍麻はムッとしながらテーブルの上のトーストへ手を伸ばした。
こんがり焼けたトーストには、溶けたバターが染みこんでいる。甘党の龍麻のために、シュガーまでまぶしている。
それを乱暴に口の中へ入れて、もごもごと聞き取りづらくなるように呟いた。
「壬生は別。紅葉って呼ぶときは、ああいうときだけだからな」
ちゃんと伝えるのは気恥ずかしい。
それでわざとトーストに齧りつきながら言ったのに、壬生にはちゃんと聞き取れていたらしい。
嬉しそうな満面の笑みで頷かれては、言った龍麻の方が照れてしまう。
耳まで真っ赤にしながら、龍麻は黙々とトーストを平らげた。
上機嫌の壬生がおかわりのカフェオレを取りに席を立つまで、龍麻は眉間に皺を寄せたままむくれていた。
嫉妬深い恋人がまたくだらないことを気に病み悲しい夢に見ないようにと、龍麻から愛してるのキスをするまでの短い間、カフェオレボウルは空っぽのままだった。
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