「緋勇龍麻のチャレンジクッキング♪〜謎のお魚刺身編〜」
わたあき様 作



  緋勇龍麻十七歳は、 天下無敵の黄龍様だった。 彼こそが世界の中心、 世のすべての命運を胸先三寸で決定してしまえる覇者、誰もが渇望してやまぬ龍脈の力を得たりし存在。
  だがしかし。 当人はいたって『 のほほ〜ん 』な人であった。
  異様に高いエンゲル係数に日々悩み、今日も空腹を抱える我が身を嘆いていた。 そんな彼の目にふと留まったのは。
「 コレ、喰えるかな?」
  場所はおなじみ旧校舎、 地下26階。 ほどよくバラバラでお持ち帰りにちょうどよいブツが、目の前に転がっていた。

  本日のディナー 「 謎のお魚刺身 」
  調理人    如月翡翠
  アシスタント  劉 弦月
  ギャラリー   緋勇龍麻

  彼の部屋に招かれて最初の感想は「思ったよりも綺麗にしているな」だった。オフホワイトと木目調家具を配した温かな部屋は、彼の人となりをそのまま表しているようで居心地がよい。
  隅に埃が少々たまっているのはご愛嬌と大目に見て、 女性の気配がないことに如月は安心した。
「 ひっすいー、なにしてんのぉ〜? は・や・くぅ〜♪」
  キッチンからもれた甘いお誘いの言葉に、如月翡翠は流血した。 顔の下半分を血まみれにして鼻血をこらえている彼の姿を見たら、大抵の女子はひく。 必ずひく。 喜ぶのは特ダネ命のアン子ちゃんくらいである。
  しかし彼はクールでドライを売りモノにしている若旦那である。 そのような醜態を人様に、龍麻に見せるはずもない。
  懐から取り出したハンカチで素早く顔をぬぐい、 鼻血を気合いで止めると何もなかったような涼しい顔をして、龍麻の声がしたキッチンへ足を踏み入れた。
「 やぁ、なんだい? 龍麻」
  声をかけて二秒で固まった。シンクに身を乗り上げている龍麻の足の間に、割って入っているのは天敵エセ関西人。 なんだかちょっとアレなシチュエーションと体勢に、如月の脳はフリーズ状態に陥った。
「 うわっ、よせよ劉ぅ〜」
「 ええやん、昨日の夜観たテレビでやってたんやし〜」
「 もーっ、なんで今更『 危険な情事 』なんてやってんだーっ」
「 日本文化のお勉強に付き合ってぇやぁ、アニキ」
「 ちっがーう! あの映画はアメリカのっっ」
「 わい外人さんやから区別つかへんもーん」
  龍麻の上半身があらわになったところで、ようやく如月の思考が動きだした。 護るべき主人の窮地に、四神の束ねの自覚がやっとこせと目覚めた。 遅いよ、アンタ。
「 邪妖滅殺っ!」
  と言いつつも、如月が奥義を放つことはなかった。 ここは龍麻の部屋である。 こんな所で奥義をぶっ放すほど非常識ではない。ただサクッと、忍び刀を劉の後頭部に突き刺しただけである。
「 おぉ、すごいっ!」
  なにがどうすごいのかは定かではないが、とにかく龍麻は喜んだ。崩れ落ちる劉の後頭部からは、鯨の潮吹きよろしく血が吹き出ている。一方の如月も、龍麻の上半身ヌードに鼻血をだらだら流している。……汚い。

「 というわけでだ」
  「なにが?」というツッコミは我慢して、 にこにことしている龍麻を前に、貧血気味の若旦那とエセ関西人の二人は互いを牽制しつつ、極上の笑みで答えた。
「 刺身が喰いたい。よろしく、翡翠」
  折角のスペシャルスマイルが凍りつく。 龍麻がジャーン、などと言いながら披露したまな板の上にはなにかいる。 中途半端にぴちぴちしたなにか。なんとなーく、どこぞで見た気がして、如月が問いかけた。
「 龍麻、それはひょっとして」
「 謎のお魚〜♪」
「 いや、謎でも何でもなくそれは……」
「 謎のお魚な〜のぅ〜」
  涙目でうるうると見上げられて、 如月は掲げていた「無」という立派な座右の銘をあっさりと捨てた。
「 謎のお魚なんだね」
  ちゃっかりと手まで握って顔を寄せる如月に、劉がぼそりと呟いた。
「 ミサキなんとちゃうん?」
  不用意な一言を発した劉は、うなじに義兄の手刀を喰らって沈黙した。天敵の脱落に気をよくした如月は、いそいそと調理を始めた。 如月も一人暮らしが長いせいか、手際がよい。流れるような作業を惚れ惚れと見つめて、龍麻が感嘆の吐息をつく。
「 すごいね〜、翡翠は」
「 そんなこともないさ。 父も祖父も留守がちだからね。僕が自然とやるようになっただけさ」
「 ふぅん、お祖父さんとお父さんか。翡翠みたいに強いの?」
「 あぁ、強い人だよ」
「 そっかー。でさ、翡翠のお祖父さんて髪白い?」
「 ? そうだね、年も年だし、白いよ」
「 じゃあ、やっぱりあれだ。服には『生涯現役』とか書いてあるの?」
  如月が振り返ると、龍麻はいつの間にか復活していた劉を相手に談笑していた。
「 そんなアホな、せやったら如月はんには兄弟おらなおかしいやん」
「 四神の他のみんなで代用ってことで」
「 あかんあかん、大体職種も違うやん」
「 だなー、だったら紅葉のがあうよなぁ」
  あはは、と笑いあう二人を見て、如月は眉間に皺を寄せた。
「 僕のうちはゾル○ィック家かい?」
  若旦那、意外とマンガを読んでいるらしい。
  などという間に、如月の手によって謎のお魚は刺身に調理されていた。 紫がかったうろこはいかんともしがたいが、剥いでしまえば白身になる。 劉が片手間に作っていた大根のツマも添えて綺麗に盛りつければ、原型が何であれ食欲をそそられる。
「 ま、なんだ。オコゼもナマコも見た目はともかく、喰えば美味い。それと一緒だよな」
  龍麻がそう言って一口食べようとしたとき、劉が思い出したように言った。
「 謎のお魚も麻痺攻撃するんやけど、ええんか?」
  龍麻の箸が止まった。お茶をいれていた如月も止まった。
  おもむろに龍麻と如月は携帯電話を手にした。 部屋の隅でぼそぼそと話す如月とは対照的に、龍麻は明るく彼の相棒に声をかけた。
「 もしもし、京一? 今オレんちでご飯食べてんたけど。 大丈夫だって、この間のお詫びのつもりだし。翡翠が用意してくれたんだ、安心して喰いにこいよ。なっ?」
  神速の剣士に学習能力はなかったらしい。 のこのことやってきた彼は、勧められるままに刺身をすべて平らげた。
  数分後。
「 あ、麻痺した」
  うんうんと頷く劉と如月を見上げて、京一はじりじりと如月に這いずり寄った。
「 きぃ〜さぁ〜らぁ〜ぎぃ〜、アイテムよこしやがれぇぇ」
「 高いよ。1千万ほどでどうだい?」
「 なめてんのかっ!」
「 さすが京一、痺れててもまともに喋ってるよ」
  感心する方向が微妙にずれている龍麻に、劉はキッチンからゴミ袋を持ってきた。
「 外に捨ててええやろ?」
  とんでもないことをさらりと言う劉に、先日喰らわされた黄龍螺旋昇の威力を思い出して京一はひきつった。さすがに気がとがめたのか、珍しく如月が助け舟を出した。
「 ダメだよ、劉。最近のゴミ事情は悪化している。マナーは守らなくてはいけないよ」
  ゴミ扱いされたことは腹立たしいが、助けてもらえるのならこの際どうでもいい。 こくこくと大きく首を縦に振る京一に、だが如月はニヤリ、と意味深な笑みを浮かべた。
「 きちんとした業者に出さなくてはいけないよ」
  さぁ、と京一の顔から面白いように血の気がひく。 青ざめる京一に、彼専用の死神がチャイムが鳴らしてやって来た。
「 はーい。あれ、諸羽。どうしたの?」
  応対に出た龍麻は、爽やか美少年の名前を呼んだ。
「 え? なになに?」
  部屋に入ってきた霧島は作業服を着ている。相変わらずの爽やかすぎて目に染みる笑顔を振りまき、如月に帽子をとって挨拶した。
「 お電話ありがとうございますっ」
「 いやなに、礼にはおよばないさ。 それより、さっさと引きとってくれたまえ。後の処理は任せるよ」
「 お任せください、あーんなことやこーんなことして、きっちり処理させていただきます♪」
「 あの、もしもし?」
  疑問符をまき散らしている龍麻の肩に、劉が手を置いた。
「 あれはゴミ処理業者さんやで、アニキ」
「 え、でも諸羽じゃん?」
「 霧島はんそっくりのゴミ処理業者さんなんや」
「 ……そうなの?」
「 そうやで」
「 はい、そうです。龍麻先輩っ」
  龍麻は助けを求める京一をじっ、と見下ろして、それから笑顔でポン、と手を打った。
「 そうか。ゴミ処理業者さんごっこか」
  だくだくと涙を流しながら、京一ががくりと肩を落とす。龍麻は笑って霧島の手をとった。
「 じゃ、よろしく〜」
「 はい、龍麻先輩のご期待に添えるよう、頑張りますっ!」
  茫然自失となった京一の襟首をつかんで、 霧島はスキップせんばかりの勢いで出て行った。 見送る龍麻は無邪気に手を振っている。 その背後で、劉は額にひと筋の冷や汗を流しなかせら、強力なライバルを横目でにらんでいた。
( できるっ、カメ! せやけどわいは負けへんでっ)
( ふふ、飛水流を侮ってもらっては困るよ。エセ関西人)
( みんな仲良くて、ホントいいカンジだよなァ♪)
  今ひとつ、 自分の置かれている状況がわかっていないような黄龍様に、 世界の命運なんか託してよいのだろーか?
  その後、龍麻のマンション近くで国民的アイドルの放つ「 浮気者への怒りの7オクターブ攻撃」が発生したとかしないとかで、 桜ヶ丘病院の院長お気に入りの二人が入院した。かの院長先生が至極ご満悦になられたのは、言うまでもない。



<完>

■管理人コメント■
ふふふ…嬉しさで笑みが止まりません。何てほのぼの楽しい空気なのでしょうか!京一悲惨だけどほのぼの。ひーの気づかないところで見えない火花が散っているけど、ほのぼの。は〜楽しかった(悦)。しっかしゴミ収集業者さんの背後にいるアイドル…彼女って一体何者(ガタガタ)。欠食児童ひーを取り囲むキャラがみんなそれぞれが生きていて、おまけに料理の材料がミサキ!もう最高すぎです。わたぽん、ブラックユーモア溢れる素敵な第2弾をどうもありがとうございました【喜】!