「 SWEET・SWEET 」
わたあき様 作



  堅苦しいことなんて大の苦手だ、などと広言してはばからない龍麻が、茶道を教えてくれと言って僕の家に遊びにきた。

  家に来ることそれ事態はさして珍しくない。 ただし彼が足しげく通うのは、 店の方へ、だったが。
  みんなのまとめ役である龍麻は、武器の調達や回復アイテムの補充のために僕の店を利用してくれる。彼の入り用な品を売っている店は、無国籍な街東京といえど僕の店くらいだから、必然的に常連客になるのだ。
  会えば話もするし戦闘に呼ばれれば行きもするけど、 僕と彼との付き合いはその程度のもので、 それ以上にはならない。 なにせ彼は≪力≫を持つ以外はイマドキの高校生そのままで、僕といえばイマドキからは大きくかけ離れている。 そんな僕らが仲良くなるなんて、想像できない。
  でも。 龍麻は今、僕の前で正座をして神妙な顔をしている。僕の教えた通りに茶器を見つめて、うんうん、とかなんとか言っている。僕はそれを不思議な気持ちで見ていた。
「 ね、この次は?」
  人なつっこい大きな目を向けて、龍麻が僕を見つめる。 黒目がちな大きな目と、長いまつげが女の子みたいだ。ほんの一瞬見とれてから、僕は口許に微笑を浮かべた。
「 飲んでいいよ。ゆっくりね」
「 いただきまーす!」
  茶道に「 いただきます」はないんじゃないか、とも思ったけれど、注意するのはやめておいた。本格的に習いたいわけではないらしいし、それなら口やかましいことを言って茶道を嫌いになられるのも困る。
  龍麻は音をたてないように静かに口をつけて、ゆっくりと 抹茶を含んだ。
「 マズっ」
  ……言うと思った。僕は溜息をついて茶菓子を出した。
「 どうぞ」
  作法の手順も忘れて、 龍麻は茶菓子を手づかみにすると一つ丸ごとを頬張った。 それでも足りないのか目が泳いでいる。 僕の分を黙って差し出すと、 これもまた一気に口の中へ押しこんだ。まるで子どもだ。
「 あー、ビックリした。マズいっていうか、苦いんだよね」
「 そうかな。美味しいと思うんだけど」
「 うん、工夫すれば飲めるから、大丈夫」
  言うなり龍麻は、 ごそごそと学生鞄の中から牛乳パックを取り出した。 嫌な予感がふつふつとしてくる。やっぱり止めるべきだろうか?
「 龍麻」
「 うん?」
「 何を……してるんだい?」
「 抹茶ミルク製作中」
「 却下っ」
  とぽとぽと牛乳を注ぐ龍麻に厳しく言い渡すが、彼はにっこりと笑って砂糖まで入れた。ポケットに砂糖を常備してるなんて、どういう食生活を送っているんだろう。
「 龍麻」
「 抹茶オーレにしてみましたっ」
「 抹茶ミルクとどう違うんだい?」
「 呼び方が」
  真顔で言う龍麻に、僕は途惑った。からかわれてるんじゃないか、と思ったときには、龍麻の手から茶器を奪い取って立ち上がっていた。
「 まったく。暇つぶしかい?」
「 え、違うよ」
  心底驚いた表情をした龍麻は、勢いよく立ち上がって僕の手から茶器を奪い返した。大事そうに抱えて離さないのはいいんだが、学生服の袖に滴が飛んでしまっている。
「 うううん、違うって。オレ、ただ如月くんに合わせたくって」
  ああ、なるほど。僕は龍麻の行動の意味がわかって、納得した。座り直した僕に龍麻も座布団に座りこむ。正座はこりたのか、微妙に足を崩している。
「 僕は蓬莱寺くんや醍醐くんみたいに、急にどこかに行ったりしないよ」
  龍麻がちらりと僕を見る。どうやら図星だったらしい。
「 彼らが君に黙っていなくなってしまって、寂しかったのだろう?」
「 うん」
「 だから僕も?」
「 コミュニケーション不足だったのかな、なんて。もっと仲良くしてれば、よかったのに」
「 君たちがあれ以上仲良くなるなんて無理だよ。 それに、 僕にはこの店もあるし彼らほど情緒豊かなわけじゃない。黙っていなくなったりしないから、僕なんかに無理に合わせてくれなくていい」
  ただでさえ大きな龍麻の目が、 またさらに大きく見開かれた。 ぱちぱちと二、三度睫毛を上下させて、それから頬を膨らませた。
「 無理にじゃないよっ!」
「 抹茶にミルクと砂糖をいれたのは、相当の無理なんじゃないか?」
「 お茶には砂糖だよ。うちじゃ麦茶に砂糖入れてたよ」
「 えっ?」
「 じゃなくって、あーもうっ! わかってないなぁ。無理に合わせるわけじゃなくて、無理してでも合わせたいの!」
「 同じことなんじゃないかい?」
「 全然違うよっ! 僕は抹茶苦くて好きじゃなくて飲めないけど、 如月くんと同じことしたいからミルクと砂糖入れるの。そんなことしてでも、僕は如月くんと一緒がいいの!」
「 どうして?」
「 鈍いなあ。如月くんが好きだからじゃないか」
  頭の中がミルク色になった。 にこにこ笑っている龍麻は、 照れもせずにすっぱりと言い切って、満足そうに抹茶ミルクか抹茶オーレかを飲んでいる。
「 美味しいっ」
「 龍麻、今のは」
「 愛の告白」
  はっきりしているのはいいことだ。 遠まわしな表現やもったいつけた揶揄よりも、ずっと好感が持てる。 でもこれはなんというのか、ちょっと困ってしまう。困っている僕に、龍麻は笑顔のままで言葉を重ねた。
「 京一と醍醐にはね、 とりあえず説教して黄龍連打したら気が済んだんだけど、 如月くんがいなくなったらすっごく悲しいから。 ということで、一緒にいたいんだ。オレ、如月くんに合うように努力するから」
  努力、努力って、抹茶にミルクと砂糖を入れることなんだろうか。彼の考えついた努力って、努力のうちに入るんだろうか。
  考えあぐねる僕を龍麻が覗きこんでくる。あの大きな目で、じっと僕を見上げている。
「 ダメかな?」
「 ……善処します」
  途端に、 彼の顔が明るく輝いた。 さっきも笑っていたけれど、もっともっと明るい笑顔だ。
「 ホント?」
「 まあ、古き伝統に新しいものを加えてみるのも、悪くないかもね」
  そう言って、僕は茶器に抹茶を落とし、湯を少し注いでミルクを注いだ。龍麻が見守る前で、それを一口飲んだ。
「 うん、悪くないよ。美味しい」
  僕の感想に龍麻が笑う。僕も自然と笑みをこぼして、二人で笑いあった。
  龍麻と一緒なら、抹茶ミルクだって抹茶オーレだって、砂糖入り麦茶だってなんだって美味しいかもしれない。



<完>

■管理人コメント■
砂糖要らずの甘々な2人♪っつーか、な〜んてキュートなひーなんでしょう!み、みるく鞄に入れているんですよ!?しかも砂糖まで忍ばせて…!「無理してでも合わせたいの!」と怒る龍麻。「如月くんと同じことしたいからミルクと砂糖入れるの!」と訴える龍麻。そんなひーちゃん目の前にしたら如月さん…一見クールで冷静な態度のままに見えるけれど、それこそ「お茶なんかいらん、君がほしい!がばあっ」って感じですよね。ぐう、愛しいなあ…。いつもわたぽんが書く龍麻とは大分違った乙女ちっくひーでしたが、新鮮で新たな興奮を体験してしまいました(笑)。
私の誕生日のお祝いにと書いて下さった如主なのですが!ああ素晴らしきかなバースデー。わたぽん、ラブラブ如主をどうもありがとうー!