ひーちゃんがまた呪われました。



  如月が桜井小蒔から真神学園の旧校舎前に呼び出されたのは金曜日の夕刻。週末ともあって店も忙しい時なので、いつもの訓練なら無碍もなく断るところだ。
  しかし、電話口で開口一番、「ひーちゃんが大変なの!」と言われれば、何を置いても駆けつけるしかない。そうして集められた仲間は他にもいたようで、如月が到着した時にはもうそんな連中と真神の面子とでちょっとした騒ぎになっていた。

「だからッ! ひーちゃんが嘘しか言えなくなっちゃったの!」

  地団駄を踏む勢いでそう叫んでいたのは、如月に電話をしてきた桜井だ。急いたその口調は心底慌てているのが分かるし、とても冗談を言っている風にも見えない。
  ただ、言われた内容はその場にいた人間のほとんどが首をかしげるしかなかった。

「それって一体どういうこと? 全く意味が分からないんだけど」

  仲間を代表して藤崎が再度桜井に訊ねた。それから真神の他3人のことも順繰りに見やる。桜井は酷く蒼白で、醍醐も神妙な顔をしているのだが、反して、蓬莱寺京一と美里葵がどうにも平静な様子でいるため、その温度差にも違和がある。桜井の言葉を俄には受け入れ難いのは、この4人の態度の違いも大きかった。
  現に蓬莱寺は心底呆れたような顔で肩を竦めて見せたのだ。

「俺は別に、ひーちゃんはいつもと同じだろって言ったんだがな。コイツと醍醐はこう言い張ってきかねーんだよな。ちょっとひーちゃんから本当のこと言われたからって、いじけて大袈裟に反応してよ――」
「だから、大袈裟とかそういう問題じゃないって、こっちだって何回も言ってんだろ、このバカ京一! ひーちゃんがボクたちのこと、あんな風に言うわけない! 大体、京一のことだって、ひーちゃんは全然見当違いのこと言っていたじゃないか! あれがひーちゃんの本心のわけないでしょ!?」
「はあぁ!? お前、そりゃどういう意味だよ!?」
「そのまんまの意味だよ!」
「オイオイ…。俺らにとっちゃ全く意味の分からねェ言い合いされても困るんだがな。それで、当の先生は何処にいるんだよ?」

  桜井と京一にそう合いの手を入れたのは村雨だ。ちなみに、その隣には御門もいて、じっと黙っているだけだが、京一たちのやりとりを冷めた目で見やっている。仲間内で最も多忙と思われる彼まで来ているということは―…と、如月が改めて周囲を見渡すと、なるほど、全員集合である。「桜井さんも慌てている割に全員に声をかけるとは」と、ある意味そのマメさに如月が感心していると、不意に仲間たちがより一層ざわつき、その喧騒の間を縫うようにして、旧校舎の奥から龍麻がひょこりと姿を現した。

「何だ、先生いるんじゃねェか」

  最初に龍麻の所在を訪ねた村雨が半ばほっとしたような笑みを見せてそう言った。ただし、そんな村雨の傍にいた御門は、龍麻の後ろから来た人物に思い切り不快な様子で眉を吊り上げた。それもそのはず、彼らは天敵と言っても良い間柄だから。

「あ〜れ〜? うふふふ…お仲間さんがいっぱい〜…」
「ミサちゃん! もう、ひーちゃん連れてどこまで行っていたのさッ! それで、呪いの解き方は分かったの!? ひーちゃんは元に戻れた!?」
「うふふ〜。さぁ〜。どうかな〜? また試してみて〜」
「えー、もうやだよ! 幾ら嘘だと分かっていても、ひーちゃんに酷いこと言われるのは心のダメージが大き過ぎる! だからこうして皆を呼んだわけだけど!」

  桜井は悪びれもせずにそう言った後、改めてくるりと如月たち仲間がいる方を向いて、ぱっと勢いよく片手を振った。そして高らかに宣言した。

「改めて、皆に説明するよ! 最初に来た人たちにはもう話したことだけど、今イチ信じてもらえていないようだから、もう一回繰り返すね! 実は、ひーちゃんは『嘘しかつけない』という呪いにかかっちゃったの!」
「だから、それはお前らの妄想だって言ってんだろ?」
「京一は黙ってて!」
「そうだぞ、京一。とりあえず、桜井の話をよく聞け」
「ちっ…」

  親友の醍醐から厳しく戒められたことで、京一は不服そうにしながらも一応は口を閉じた。その様子を桜井がまたフンと一度だけ怒ったように鼻を鳴らして見せたが、再度如月たちに向き直って続ける。

「そもそも、ここにいる裏密ミサちゃんが、『ひーちゃんの本音を聞き出す薬』というのを開発しようとして失敗したっていうのが原因なんだ」
「やはり…。怪しげな黒魔術師とやらは、毎度余計なことしかしませんね」

  手にした扇子を口に持っていきながら、御門がぼそりとそう呟いた。龍麻の横で呑気に薄ら笑いを浮かべていた裏密はそれでキラリと瓶底眼鏡の奥を光らせたが、とりあえずこの時は無言であった。
  桜井が続ける。

「ひーちゃんはこれまでにもいろいろな呪いにかかったり、変な霊に憑かれたりってことがあるから、それなりにそういうものに耐性があるのか、今のところ身体に異常はないみたいなんだけど…。皆も見て分かるでしょ、明らかにおかしいの。ほら」

  桜井はそう言って龍麻の方を指示して項垂れる。それで皆は一斉に裏密の隣に立ち尽くすだけの龍麻に視線を集めたのだが、当の龍麻は、きょとんとした顔でそんな仲間を見返すだけで、一見すると、特に何の変化もないように見える。
  それで桜井は傍にいた京一の背中を押して龍麻の前へ押しやると、「ひーちゃん」と真面目な顔で話しかけた。

「ひーちゃんはさ、ここにいる京一のこと、どう思う? 正直に答えて」
「おいおい、またかよ…」
「いいから、京一は黙って!」
「はいはい…。んじゃ、ひーちゃん。再度の質問になるが、さっきのやつ頼むぜ」
「さっきの…? あぁ、京一をどう思うかって質問だったね。そりゃあ、京一は本当にいろいろな意味で頼もしい奴だよ。優等生でさ、非のうちどころがない完璧な奴って言うか。清廉潔白で、真面目で、あんなに女の子にモテるのに硬派でさ、カッコイイよな!」
「な? 別にいつものひーちゃん――」
「なるほど!」
「こりゃ確かにおかしい!」
「うんうん、絶対におかしい!」
「確かに、こりゃあいつもの先生じゃねェな」
「明らかに嘘しか言っていませんね」
「おいお前らッ!」

  口々に仲間たちから驚愕の声が漏れて、京一はすかさずそんな彼らにツッコミを入れた。しかし仲間たちはムキになって「どこがおかしいんだよ!」と言い張る京一を無視して、改めてこの話を持ち込んだ桜井に向き直った。
  そして仲間を代表し、雪乃が桜井に声をかける。

「つまりこんな調子で、小蒔たちは龍麻に自分らの心象を訊いたわけだな?」
「そう」
「で? 小蒔は何て言われたんだよ?」
「思い出すだに悲しいことを言われたよ…。最初、『桜井はもう少し可愛げがあればな』って言われて…」
「その通りじゃねえか!」
「だからうっさいバカ京一は黙ってて!」
「つまり、それを反転解釈すると、龍麻は普段、小蒔のことを可愛げのある奴と思っているってわけだ? 全然いーじゃねーか、嘘だと思えば」

  雪乃が笑いながら「自慢かよ」とからかおうとしたのを、しかし桜井はびしりと止めて、額に手を当てながら「ひーちゃん」と龍麻を呼んだ。

「私のこと、さっき何て言ったか、もう一度リピートして」
「えー…。でも、本当のこと言えって言うから言ったけど、さっき桜井傷ついちゃったし…」
「いいから、リピート。ついでに、さっき醍醐君のこと何て言ったかも答えて」
「分かったよ。えーっと、桜井のことは、もう少し可愛げがあったらいいと思うっていうのと、小食で食べ物に対して欲がなさ過ぎるのが心配って言ったかな。ごめん、そんなにそのことを気にしているとは思わなかったからさ、つい言っちゃった。それと、醍醐のことは、ちょっと女々しいところがありつつ、女好きでエロイところが気になるって言った。これもプロレスをやっていて硬派を自称する醍醐には失礼な物言いだったよな。ごめん、ちょっと軽い気持ちで言い過ぎたよ」
「……どうみんな。これで分かったでしょう」

  桜井が神妙な顔をしながら、且つ、やはり少しダメージを受けたような顔をして仲間たちを見やった。これには大勢の者が驚きの顔や憐憫の情、一方では「醍醐の評価高過ぎ」と羨ましそうな顔を見せたりと、各々の反応を見せた。
  そして事態は一応深刻化しているはずなのに、誰もが気になって仕方がない、けれど「訊くに訊けない」でいることを、マリィがひょいっと口にした。

「龍麻オ兄チャン、葵オ姉チャンノコトハ、何テ言ッタノ?」
「え? 美里のこと?」

  彼女の質問を冷静に受けとめられたのは、その場にいた大勢の中でも当の龍麻と美里しかいなかった。他の仲間は皆一気に凍り付いてフリーズしている。どうやらこの質問は桜井たち真神組も龍麻にしていなかったようで、京一ですら「おい…!」と言いかけて焦った様子を見せた。マリィは子どもな分だけ大胆なのだ。龍麻の回答如何によっては、この場にいる人間どころか、大地そのものの存在が危うくなるだろうに、そんなアブナイ質問を平気でしてしまうのだから。
  そして龍麻もあまり危機感がないようで、普通にサラリと答えてしまうものだから、最初の一声は皆を無駄にびびらせた。

「女の子なんだから当たり前だけど、でも美里のことは特に守ってあげなくちゃって気にさせられるよ。儚いというか、ちょっと触っただけで消えてしまいそうな繊細さがあるというか…、菩薩眼っていうだけあって、聖母様みたいな神々しさがある反面、戦闘には向いていない弱さがあるって言うかさ。だから俺がもっとしっかりしなくちゃって思うよ」
「ありがとう、龍麻。そんな風に言ってくれるなんて嬉しいわ」
「そう? あんまり弱いとか言われるの、美里は好きじゃないかなって思ったんだけど」
「そんなことないわ。龍麻に守ってあげたいと思われているなんて、素敵なことだもの」

  美里はにこにこしてそんな風に答えた。美里が龍麻の「呪い」について信じているのかいないのか、この態度だけでは皆判断つきかねるところがあるようだ。
  しかし、この一連の発言で、仲間の大多数が納得した。つまり、龍麻が嘘しかつけない呪い、或いは病にかかっているのは確実だ、ということを。

「それで、これからどうするんだ?」
「そこの元凶に責任をとらせるしかないでしょう。こんなバカげた呪い、私たちの管轄外ですし」
「うふふふ……ミサちゃんの魔術に劣る陰陽師さんには〜、期待してない〜」

  村雨と御門の発言を受けて、裏密がここで初めて挑発的な台詞を放った。それによって御門がぴしりと怒筋を浮かび上がらせたのを、近くにいたコスモの3人が素早く察知して恐れ仰け反ったのだが、他の連中は龍麻に意識が向いているせいか、気づかなかった。
  勿論、当の如月翡翠も。
  はじめは御門同様、「何てバカげた話だ」としか思えなかったが、実際に龍麻が真神の仲間たちを前に全く見当違いなコメントをしている様を見てしまった以上、呪いうんぬんの話はともかく、龍麻が困った状況に置かれているというのは間違いがないとは理解した。実質的に嘘しかつけないという状況は、戦闘において特に支障があるとは思えず、むしろ「使える」ところも多々あるように思えたが、やはり仲間たちとの会話でいちいち「これは嘘だから、つまり本心は」などと考えるのは面倒だし、合理的でない。裏密も御門も当てにならないようなら、自分が何とかするしかない。…が、店にあるものでこういったことに効用のあるアイテムや薬はあっただろうかと、膨大な目録を思い起こしながら如月は暫し一人で思案した。

「あっ…」

  しかし、その時。
  不意に自分の方に向けて発せられたような、その驚きに満ちた声に反応して、如月はハタと顔を上げた。見ると、少し離れた所に立っていた龍麻が思い切り如月の方を見てぎょっとしている。如月がそれに不審な顔をして眉を寄せると、龍麻は龍麻で、ますます顔を曇らせて、しかしそれは言ってはいけないだろうというような露骨な態度で、あからさま両手を口で塞いでしまった。
  勿論、龍麻の動向を気にしている多くの仲間は、その所作に気がついて疑問の声を上げた。
  最初に声をかけたのは藤崎だ。

「どうしたの、龍麻。今、如月の方見て、変な反応したけど?」
「し、してないよ…。何でもない」
「何でもないってコトはないでしょ、龍麻サン。明らかにおかしかったっスよ? 如月サンの顔がどうかしたんですか?」
「いや…翡翠の顔がどうとか…そういうことはない…関係ない…」

  続いて質問してきた雨紋にも龍麻はもごもごと呟くように返し、さっと如月から顔を背けた。そんな態度を取られたら、他の仲間以上に、如月自身が気になる。無視するわけにもいかないので、如月は一つため息をついた後、つかつかと歩み寄って「龍麻」とその名を呼んだ。
  すると龍麻はますます焦った風になって背中を向けてしまった。
  これには如月も困惑した。

「どうしたんだい、龍麻。僕を見て…何か思ったことがあるようだが」
「いやっ…。何でもない、何でも…」
「何でもないことないだろう、言ってみてくれ。どんなことでも、今君が発する言葉は、君がかかったとかいう呪いを解くための何か役に立つかもしれないからね」
「いやいや…こんなこと、何の役にも立たないと思うし。それに、嘘だとか何だとか…桜井たちはそう言うけど、俺にはそういう自覚がないんだ…。本当にそう思っていることを言っているつもりなんだ、さっきまでの言葉、全部。だから……だからこそ、これは、言えない」
「……そんな風に言われるとますます気になるよ。言ってくれ。僕はどんなことを言われようと構わないから」
「俺がよくないよ…。翡翠は仲間なのに、何でこんな気持ちになるのか…。凄くざわざわして…こんなのは嫌なのに」
「龍麻?」
「ああでも、何だろう、凄く言いたい。言いたくないのに、やっぱり頭に浮かんだこの気持ちは言わなきゃいけないって気がしてくる。どうしよう、翡翠? 俺、翡翠のこと、多分凄く傷つけると思うんだけど。でも、言いたい…!」

  龍麻は勢い込んで振り返ると、如月を見つめてそう叫んだ。まさに魂の叫びのように叩きつけるかのような言い方だ。如月はその迫力に押されて思わず目を見開いたのだが、すぐにいつもの冷静な風に戻って「構わない」と頷いて見せた。

「言いたいなら、言えばいいさ。僕はいつでも、君の言うことなら何でも受け入れるから」
「……ごめん、翡翠。そんな風に言ってくれるのに」
「何故謝る?」
「俺……っ。俺、翡翠のこと、凄く……凄く、嫌いだ…ッ!!」

  我慢ができない、と言う風に、龍麻は思い切り叫んだ。目を瞑って如月のことは見ない。けれどもその声は辺り一帯に響き渡り、目前の如月は勿論、その場にいた仲間全員の耳にも問答無用に入りこんだ。

「…………何?」

  ややあってから当の如月が聞き返すと、一度言ったために多少楽になったのか、或いは箍が外れたのか。龍麻はさらに如月に近づいてその胸元を捻り上げると、これまた唾を飛ばす勢いで繰り返した。

「嫌いっ。嫌い、嫌い、凄く嫌い! 翡翠のこと嫌いって気持ちが止まらない、どうしよう!? こんなこと思うの、申し訳ないって思うのに! 嫌いって気持ちが溢れるみたいに出て来るよ! 翡翠のこと、こんな風に思っていたなんて! でも翡翠の顔見たら真っ先にこう思っちゃって!  翡翠なんて、俺のこと守るって言いつつ、いっつも守ってくれないし、頼りないし、傍にいてもらっても全然落ち着かないし!」
「……龍麻?」
「放課後なんか、絶対もう会いたくないって思っちゃうし、翡翠に龍麻って呼ばれるの、凄く嫌だ、不安になるから! 翡翠の淹れてくれるお茶、いつも凄く不味いし、家に泊めてくれる時だって、あの部屋凄く落ち着かないし! 翡翠の言っていることって、いつも全部信用ならないし、だから嫌いって思っちゃうよ。どうしよう、翡翠!?」
「どうしようと………言われても」

  むしろ龍麻の発言よりも、それを受けて、この驚くほど変わった周りの空気感をどうしたらよいのか。如月が龍麻にそう言い寄られながらちらりと横を見ると、そこには恐らく、南極の空気よりも冷たいであろう寒風が吹き荒び、本来であれば「仲間」であるはずの、しかしとてもそうは見えない「連中」の氷のような視線がナイフのように突き刺さってきた。
  おかしい、「氷の男」は如月翡翠の呼称であるはずなのに。

「よく考えたら、ひーちゃんが呪いにかかっていても、大したことなくない?」

  そうしてややあってから、最初に全員を集めたはずの桜井が、そんなとんでもないことを言い出した。
  しかし京一も「ケッ! やっぱひーちゃんは呪いになんかかかってねえ! 俺は帰るぜ!」と言い出すし、美里は不気味な笑顔のまま消えて行くし、醍醐も何とも言えない顔をしながら静かに去って行くし。
  他の仲間も「龍麻は呪いにかかっていない」という結論に無理くり収めることにしたのか、ため息をつきながらもぞろぞろと帰って行くし。
  その場に最後まで残ったのは元凶の裏密と、その天敵・御門、そして村雨で。

「つまりこれは如月の一人勝ちってオチでいいのかい?」

  村雨が肩を竦めてそう言うのを、御門がちっと下品な舌打ちをしてかき消す。

「嘘にしろ誠にしろ、こんな龍麻さんを見るのはやはり不快です。裏密、お前が何とかするべきですよ」
「シシシ〜。やっぱり〜貴方じゃ〜この呪いを解けないってことね〜」
「いちいち腹が立つ人ですね。この場でどちらが上かはっきりさせても良いのですよ。今の私は大層機嫌が悪いので」
「それは〜ミサちゃんだって〜同じ〜。本当は〜ひ〜ちゃんの本音を聞き出す薬を作りたかったのに〜」
「しかしある意味、これで十二分に先生の本音が分かったとも言えるがねぇ」

  龍麻に胸倉を掴まれたままの如月は、3人がそれぞれ勝手に言い合うのを暫し横目で眺めていたが、ハアと大きく息をついた後は、最も大事な人にのみ視線を向けた。その大事な人―緋勇龍麻は、「嫌い」の連呼を浴びせた後は疲れたのか完全に固まっていたが、如月がぐっと腕を掴み返すと、ハッとして瞬いた。
  それからカッと赤面して見せる。
  何故そんな顔をするのだろうと如月は如月で眩暈がする想いだ。
  けれど、これは言わなければ、と。

「龍麻。思い切り嫌われているらしいのに何なんだが、僕は君が好きなんだ」
「えっ…」
「君に嫌われているとしても、僕はこの気持ちを変えられそうにない。悪いけど」
「いや……そんなの……俺こそ……悪いって……」

  龍麻は如月を掴んでいた手から力を抜き、消え入りそうな声でそう返した後は、がくりと項垂れて、勢い、如月の胸にもたれかかった。
  そして言った。

「俺は翡翠のこと嫌いなのに…何だろ…。好きって言われて、スゴイ…スゴイ、嫌だって思うのに…何だろ…おかしな気分だ」
「龍麻。それで一つ提案なんだが」
「…提案?」
「呪いを解くのに手っ取り早い方法があると思うんだ。僕も今ふと思い出した、実に古典的な手法だけどね。大抵の呪いはこれで解ける」
「何?」

  顔を上げた龍麻とは至近距離だ。こちらを見上げたその隙をついて、如月は傍に村雨たちがいるのも構わず、そんな龍麻の唇にキスをした。

「わっ」

  当然、龍麻は驚いてすぐに身体を後退させたし、村雨はともかく、御門はぎょっとして忽ち殺意を向けてきたのだけれど――。
  裏密が如月から距離を取った龍麻をちょいちょいと突つき、「ひーちゃんの好きな人ってだあれ〜?」と訊くと。

「………………そんな人、いないよ?」

  龍麻が真っ赤になりながら如月を見つつそう言うものだから、そのあまりの分かりやすさに3人はらしくもなく脱力し、村雨は「やっぱりそういうオチだったか」と苦笑した。



<完>





■後記…ただの「如月が勝ち組」というオチのSSでした。何かすっかり忘れていたのですけど、去年の誕生日お祝いSSは暗い感じになっていたので、今年はギャグで攻めてみました。本当に、パッとこのネタが思い浮かびました。書いていて非常に楽しかったです。来年も更新できるかな(笑)?何はともあれ、翡翠誕生日おめでとう〜生まれてきてくれてありがとう〜!!