氷菓 まだ互いが「如月」、「緋勇」と呼び合っていた頃。 初めて如月が龍麻に言った。 「 君、今度の日曜日は空いているかい」 「 え…?」 あまりにも唐突に言われたもので、龍麻ははじめ目を丸くしたままその場で固まってしまった。その時は丁度他の仲間はおらず、龍麻は如月と2人きりだった。知り合った当初から「他とは違う」空気を如月から感じ取っていた龍麻は、そのどことなく近寄り難い新しい仲間に仄かな期待と警戒感を抱いていたのだ。 「 緋勇?」 「 あ…っ。べ、別に…」 なかなか返答を返さない自分に如月が眉をひそめたものだから、龍麻は慌ててかぶりを振った。 「 特に用はないけど…」 「 それなら一緒に出掛けよう」 如月は何という事もないようにそう言い、後はもうこの話は忘れたというような素っ気無い態度で再び店の帳簿に目を落としてしまった。 龍麻はそんな如月を見やりながら、どことなく気分が高揚するのを感じた。 そして、約束の日曜日。 その日はじりじりと蒸し暑い陽気で、龍麻は薄手のものとはいえ濃い色の長袖シャツに腕を通した事を多少後悔していた。 「 あ…」 「 やあ」 それでも、いつからだろう、既に待ち合わせた駅ビルの前で自分を待つ如月が当然のように長袖の上着を羽織っていた事で、龍麻はどことなくほっとしたのだった。 そんな龍麻には当然構う風もなく、如月は開いていた文庫本を閉じるとやや早口でまくしたてた。 「 緋勇、君、甘い物は好きかい」 「 え? それはまあ…好きな方だけど」 「 そうか」 無表情ながら龍麻の返答にそう頷いた如月は、次に「行こう」とだけ言うと、さっさと先を歩き始めた。 「 え…ちょっ…!」 龍麻は慌ててそんな如月の後を追い、やたらと早足な友人に戸惑った視線を投げかけた。 本当は甘い物は「好きな方」どころか「大好き」だったのだけれど、それを言うと子供のような奴だと馬鹿にされそうな気がして、龍麻はこの時如月に見栄を張った。 喧騒とした人ごみを抜け、下町の情緒が残る裏通りに差し掛かると、如月はここでようやくくるりと振り返って背後で息を切らせている龍麻を見つめた。 「 時折来るんだ」 そうして如月は目の前に突然現れたかのような古ぼけた駄菓子屋を指差した。 「 あ…懐かしい」 龍麻は思わずつぶやいた。 埃をかぶったような錆付いた「がちゃがちゃ」も。木張りのガラス戸の向こうに見える、細々とした色鮮やかな菓子の群れも。 それから店の戸口の前にどんと置いてある氷菓の入ったボックスも。 「本当…懐かしいな」 龍麻はマジックで「あいすくりいむ」と書かれた白い塗料の剥げたボックスに近づくと、身を乗り出してその中を覗きこんだ。 遠い昔、故郷の町でよく目にした宝箱。 もっとも龍麻はそういった所で菓子を買ったことはなかったけれど。 「 どれがいい」 如月はそう言ってから店の戸を開き、奥に座っている老婆に挨拶をした。 龍麻はそんな如月を見つめながら、再びごっそりと埋まったたくさんの氷菓に目を落とし、その中から「牛乳」と書かれた棒状のそれをひょいと1つつまみ出した。 如月は「甘い物は好きではないから」と何も買わなかったが、龍麻が手にしたそれには少しだけ嬉しそうな顔をして目を細めた。 暫く店の中で老婆を交え談笑した後、2人は店を出た。 先ほど買った牛乳味の氷菓。龍麻は未だのろのろとそれを口にしながら歩いていたのだが、肩を並べ横を歩いていた如月が不意に「本当は」と口を切った。 「 もっと気の利いた所へ連れて行ければいいんだろうが」 「 え…?」 無表情ながら突然そんな事を言う相手に龍麻が驚いた顔をすると、当の如月は多少困ったような顔をして見せた。 「 僕はあまり…そういうのがよく分からないから」 「 そういうの?」 「 君とよく話がしたいんだ」 「 …………」 如月はそう言ってから一瞬だけ憮然としたが、やがて再度当惑したようになると、らしくもなく言い淀んだ風になった。 そして。 「 迷惑かい」 「 そんな…そんなわけないよ」 龍麻は暫し茫然としつつも、如月にそう言われると慌ててかぶりを振った。それからぼたぼたと溶けて手の先に落ちてきたクリームにも構わず、隣に立つ如月の横顔をじいっと眺めた。 氷菓の甘ったるい味が喉の奥でじわじわと音を立て攻めたててきているような感触。 龍麻は傍にいる如月の、必死に困惑を押し隠すようなその顔に眩暈を感じた。 「 お、俺も……」 だから龍麻は、手にした氷菓に一度目を落としてから、自分自身頬が紅潮するのを感じながらも必死に声を出した。 「 俺も…如月と話したいって思っていたから」 鼻の先がつんとして、そう言った後、龍麻は思わず咳き込んだ。 それでも隣でほっとするような雰囲気を漂わせた如月に、自らも頬が綻むのを感じた。 |
<完> |
■後記…初めてのデート。駄菓子屋さんに寄って花園神社で語り合おうコース。お互いまだぎこちない。 |