キス



  初めてした時の事を龍麻は覚えていない。
「 翡翠」
  呼ぶと、それはいつも「それ」を求める合図のように、極自然な形で行われた。如月は当然のような所作で龍麻に近づき、唇を寄せる。だから龍麻もその細くしなやかな指が己の髪の毛に触れてくるのを感じると、もうそのままおとなしく目を閉じた。
  とくん、と。
「 ……っ」
  一瞬だけの口付けでも、如月の温度が身体全身に行き渡るようで嬉しい。
  それにその後は決まって。
「 ああ…やっぱり今日もだ」
  何だか無性に照れくさい気持ちがした。だからだろう、逆に声が出てしまったのは。
「 どうかしたかい」
  如月が龍麻のつぶやきを聞き咎めて訊いてきた。キスの後、如月は大抵龍麻の髪の毛を梳いたまま、伺い見るようにして黙っている。龍麻が何かを愚痴っても、または楽しい話をしている時でさえ。
  如月は大した返答もせずに黙っている事の方が多いのだ。だからこれは非常に珍しい事でもあった。
  龍麻が顔をあげると、そこにはやはりじっとこちらを向いている真摯な目があった。
「 何?」
「 何じゃないよ。訊いているのは僕だ。何が今日も、なんだい?」
「 ああ…」
  龍麻は多少怪訝な顔をする如月に困ったようになりながら、ついと視線を横へずらした。大した事じゃないのに、言わなければならないだろうか。こうして共にいる時間は増えたけれど、あまり面と向かって言う事でもない気がするなとつらつらと頭の中で考える。
  しかしそうこうしている間に、目の前の相手はいよいよ不満な気持ちになったのか、厳しい目をして更にきっぱりと問いただしてきた。
「 僕には言いたくないって事か」
「 ええ…? 何でそういう言い方するかな」
「 君が言い淀む時は大抵ロクな事がないからな」
「 ひっどいの…」
  さすがに龍麻もぶっと口を尖らせたが、その瞬間、再び唇をあわせられて面食らった。
「 んっ…」
「 ……今日、来たのは君の方だよ」
  唇が触れ合う距離でそう言われ、龍麻は再度膨れ面をした後、「だから」と言い訳がましく口をついてから如月の胸を両手で押した。
「 別に大した事じゃないよ。俺、翡翠とキスするとさ…いっつも同じ風になるの」
「 は…?」
「 だから」


  お前とキスをすると、決まって胸がさ。
  ちりちりって焦げ付いたようになるんだ。


「 ………龍麻」
「 何呆けた顔してんだよ。言ったよ。これで満足?」
  ああ、きっと今自分は赤い顔をしている。分かっていたけれど、どうしようもなかった。
  龍麻がいじけたように顔をそらすと、不意にくっくと笑いを堪えるような音が傍から漏れてくるのが聞こえた。
  ほら、やっぱり笑われた。
「 翡翠っ。何がおかしいんだよ!」
「 ……ばかばかしい」
「 はあっ? 何それっ」
「 なあ龍麻。それじゃあ」
「 え…あ……」


  もう一回しよう?


「 翡翠…っ」
  呼んだ声はまた如月の唇で塞がれ音を失う。
  ちりちり、ちりちりと。
  またひどく痛みを伴った、それでいて心地よい感覚が龍麻を襲った。
「 ……っ…」
  龍麻はそれを享受するように全ての意識を奥へ仕舞い込んだ。



<完>





■後記…ただちゅーしてるだけっすよ。すみません(汗)。