そういう気持ち―その後― 「 如月君。彼、もう来ているわよ」 放課後、クラスメイトにそう言われて教室の窓から外を見ると、彼―緋勇龍麻―が校門によりかかっている姿が目に入った。 「 仲、いいのねえ。最近、しょっちゅうじゃない?」 何気ないような、からかうような級友の言葉に苦笑してから、如月は急いでコートを羽織った。マフラーは首にかけただけで外へと足を向ける。 1月ももう終わりを迎えようとしていた。 あの壮絶な戦いを終え、龍麻をはじめとする多くの仲間たちにも安穏とした生活が戻ってきていた。 そして如月と龍麻は…。 「 龍麻」 大して遠くないはずの校門までの距離を異様に長く感じながら如月が待ち人の前まで来ると、龍麻の方はうっすらと笑んで、よりかかっていた身体を浮かせた。 「 待ったかい?」 黙って首を横に振って、龍麻はまた微笑した。それから通りすがりの王蘭の女子生徒に挨拶を交わされ、困ったようにまた笑む。 きゃあきゃあと黄色い声が沸き立って、如月も苦笑する。 「 随分、有名人になってしまったね」 「 ……うん」 こうして龍麻が如月を待つようになってからというもの、2人は王蘭ではちょっとした話題の人だった。たでさえ目立つ風貌の他校の生徒が、如月翡翠という同じく学院の有名人を待つというのだから、周囲が騒ぐのも無理はなかった。 如月は龍麻がそういった他人の視線を嫌がることを知っていたから、店で待っても良いことを何度となく言ったのだが、龍麻は曖昧に返事をするだけで、自分が早く終わると必ずこうして如月を待つのだった。 「 翡翠、用とかはなかった…?」 そうして、龍麻はいつもまず如月にそう訊くのだった。自分のせいで如月が無理に早く出てきたのではないかと心配しているためだ。 「 大丈夫だよ。三年なんて、もうすぐ自由登校になるくらいだからね。龍麻こそ、こんなに早く出てくるのは大変だろう?」 「 ううん」 龍麻はまた首を横に振ってからにこりと笑った。 それから、ようやく2人は並んで歩き始める。如月もマフラーを巻いてそっと隣の愛しい人を眺める。 龍麻は戦いが終わってから、よく微笑むようになった。如月も周りも、そう思っている。 けれど。 逆に口数はぐんと減った。 戦いの直後はしばらく何も話さなかったし、如月のそばにずっといたものの、ほとんど眠るような感じで、食事も取らなければ、手足を動かすことすら、ほとんどなかったのだ。 一週間ほどしてようやく如月のことをまともに見るようになり、そうしていきなりぽつりと言ったのだった。 「 学校、行かないとな…」 それからはまたいつものような日常を送っているが、仲間たちも指摘している通り、龍麻の中で何かが変化したことだけは確かだった。 それが何なのかは誰にも、一番近い存在であるはずの如月にすら、確かなことは分からなかった。 もっとも龍麻は自分の家があるにも関わらず如月のそばを決して離れなかったし、ほとんど一緒に住んでいるも同然だったから、如月は自分が必要とされていることは痛いほどに感じていた。だから龍麻がどう変わろうが、自分はいつもの如月翡翠でいようと決めていた。 「 龍麻、今日はちょっと寄りたい所があるんだけどいいかな」 知り合いの骨董品屋が良い品を見せてくれると言うから、と如月が簡単に説明すると、龍麻はにっこりと笑って頷いた。それから、やや如月に寄り添って再び歩き始める。 電車を幾つか乗り継いだので如月の家からは少しばかり離れていたが、知り合いの骨董品店というのは割と閑散とした小高い丘陵を利用した所に建ってい為、見晴らしは良かった。 龍麻は景色が嬉しいのか、清清とした顔をして店の周りを眺め、嬉しそうに如月のことを見つめた。 「 良いところだろう? 東京にだってまだこういう所はいっぱいあるものなんだよ」 如月が言うと、龍麻はそうだねと言うように頷いて見せた。 店の中に入ると、古老が如月が来るのを待っていたかのように店の真中に立ち尽くしており、さあさあと如月を奥の座敷の方へと案内した。如月が龍麻の方を振り向くと、龍麻は店の品が珍しいのか、「ここにいるよ」と簡単に言った。 「 じゃあ、待っていてくれ」 「 うん」 如月が店主と共に奥へ消えると、龍麻は再び古ぼけた品物群に視線をやった。如月の店と違い、古書などの類もなかなか揃っている。異国の物らしい皿や壺、時計などが国産品と混じっているから、やや雑然とした雰囲気を感じさせたが、龍麻にとっては、この異界の空気が何やら新鮮だった。 そしてその中の一つに龍麻は視線をやった。 それは小さなガラス細工だった。 荒く彫られた、ひどく雑な造りのそれだったが、龍麻はそれをそっと手に取ると、天井の光に透かせるように掲げて見た。手の中にすっぽりと収まるくらいの青色のそれは、一体何の動物を模したものかは判らなかったが、どちらかといえばライオンに近い形をしていて、眺める龍麻を威嚇しているかのような光を放っていた。 「 それ、気に入ったのかい?」 気づくと如月が龍麻の横に来ていた。龍麻のことが気になって古老の話もそこそこに座敷から出てきてしまったのだった。龍麻が申し訳なさそうに何か言うのを制して、如月は後から来た古老に声をかけた。 「 これは?」 古老が出てきて、品物を物色するように目を細めた。けれど瞬時に苦笑して首を横に振る。 「 それはいつだったか、どこぞの高校生が置いていったものでね。どこの物なのかなあ、見たところ大した物じゃなさそうだったし、実際その絵柄の獅子も今イチだったから、どうしたものかと思ったんだが。金はいらないというし、何かこう…うん、断りにくい雰囲気っていうのか、そんな迫力があったもんでね。結局こっちが決めた安値で買ったんだ」 「 龍麻、ちょっといいかい」 如月は龍麻からそれを受け取って眺めてみた。なるほど、大した物ではなさそうだ。どちらかというと素人が遊びで作ったような印象すら受ける。けれど、それを見る龍麻の目があまりにも熱心だったので、如月は古老に言った。 「 これ頂けますか」 「 ええ? いやまあ、もちろん…。でもそれは…」 「 いや、いいんです。龍麻、これが欲しいんだろう?」 「 いいの…?」 龍麻がやや戸惑ったように口を開いた。如月は優しく笑んでそんな龍麻を見つめた。 「 龍麻が欲しいなら」 「 ……うん」 迷ったような仕草をしたものの、龍麻は結局頷いた。いつも遠慮して如月に物をねだるということをしない龍麻だったから、尚のことそれが欲しかったのだろうと如月には感じられた。 店を出てすぐに、龍麻は如月の腕を掴むと小さく言った。 「 翡翠、ありがとう」 「 いいよ。君が喜ぶなら」 如月が言うと、龍麻はまた嬉しそうに笑んだ。それから、どことなく戸惑った顔をして如月を見つめた。 「 ……?」 何を訴えたいのかよく判らなかった。 ただ、如月は龍麻のその瞳にただ惹かれてしまい、思わず知人の店の前だというのに、その衝動のまま、龍麻の腰を抱いて引き寄せると、その勢いのまま唇を合わせてしまった。 「 ん……」 龍麻のくぐもった声が聞こえて、如月はどくんと胸を鳴らした。 本当に時々だが、如月は自分の欲求に勝てない。大抵は冷静でいよう、龍麻を驚かせないようにしようと努めているが、どうにもそれが敵わない時もある。 慌てて離れてから、如月は柄にもなく赤面してしまった。 「 すまない、急に」 「 …ううん」 けれど龍麻はまた柔和な笑みを向けると、ぎゅっと如月の袖口をつかんだ。 「 嬉しいよ」 その言葉で如月も、ああ何だキスしてほしかったのかと気づく。 何だか妙な感じだ。お互い好き合っているはずなのに、ぎこちない。 「 ……帰ろうか」 「 うん」 如月が言うと、龍麻は素直に頷いた。 龍麻のことなら何でも分かっているはずだったのに、どうにも如月の調子は狂う。やはり、あの戦いの後の龍麻の異変のせいか。 とりあえずはいつも笑顔の龍麻だから、別段とりたてて以前のような悩みや苦しみもないのだろうが、本当にこんな自分で龍麻は満足しているのだろうかと疑問になる。龍麻が自分のそばにいるのは、誰よりも自分のことを理解してくれているのが如月だと認識しているからではなかったか。 それなのに、今の如月には龍麻のことが時々よく分からなくなるのだ。 愛しいことに変わりはなく、それは以前にも増して強くなっているのだが、その分だけ、如月は龍麻のことが分からなくなってしまう。 外で夕食を済ませてきたから2人が如月宅に帰り着いた時には、辺りはもうかなり暗くなっていた。 「 さすがに寒いね。すぐに風呂を沸かすから」 「 翡翠、俺やる」 龍麻は短くそう言い、如月が何か言う前に浴室へと向かってしまった。如月の家にいる時、龍麻は客人ではなくここの住人だったから、龍麻が何かすると言えば如月もそのままやらせてしまっている。 それで自分はお湯を沸かしてお茶を淹れることにした。 コートを脱ぎ、ハンガーにかける。龍麻のものもかけようとして、けれど如月はふとポケットの中に入れられていた、先刻買ったガラス細工を取り出してじっと眺めた。 青い、獅子の…飾りもの。 何だって龍麻はこれに惹かれたのだろうか。 しばらくそれを見やってから、如月はそれを居間のコタツの上に置くと、自分は隣の台所へ行って湯を入れたヤカンに火をかけた。 やがて龍麻が居間に入ってきて、すとんとその場に腰を下ろした。 「 龍麻。お茶でいいかい」 「 うん」 龍麻はすぐに返事をし、それからすっぽりと身体をコタツにおさめてから、目の前のガラス細工に目をやっていた。 その後ろ姿を如月は何となく見つめる。 ヤカンが沸騰を告げて、湯のみなどを用意してから如月が居間に戻ってからも、龍麻はただ微動だにせず、それを眺め続けていた。 しんとした空間に2人はいた。 「 龍麻」 それはそれで良かったが、如月はお茶を淹れながら龍麻に声をかけた。自分を見ていない龍麻に、多少嫉妬していたのかもしれなかった。 「 ん?」 「 何故、それを欲しいと思ったんだい?」 「 ……うん」 龍麻は何かを考えている様子を示したが、やがて如月を見ると、ぽつりと言った。 「 翡翠は、俺といて楽しい?」 「 え?」 一瞬、何を訊かれているのだろうと如月は思った。 もう龍麻は如月から視線を逸らせている。 「 だから…俺といて楽しいのかって訊いたんだ」 「 何でそんなこと訊くんだ、そんな馬鹿なこと…」 「 俺、全然喋らないし、面白くないかなって思って…。疲れたりしてない?」 「 龍麻」 怒る気もしなかったが、如月は代わりにため息をついた。 「 こんな事をいちいち言わないと分からないなんて思わなかったんだけどね。僕にとっては、君が無口になろうがお喋りになろうが、そんなことはどっちだって構わないんだ。君がそばにいてくれれば」 「 また…そういう優しいことを言う」 「 事実なんだから仕方ないだろう」 如月は珍しく言葉を出す龍麻に戸惑いながら、それを気取られぬように淹れたお茶に口を当てた。 そして湯のみを机に置いてから、再び龍麻を見やる。 「 大体、何だって急にそんな事言い出すんだい、君は。あの戦いが終わってから確かに君は口数が減ったけど、まさかそんなくだらないことを悶々と考えていたわけじゃないだろう? もしそうなのだったら、逆にもっと話しているはずだもんな」 「 あの時は声が出なかっただけ。何か空っぽになってたから」 「 空っぽ?」 「 うん」 龍麻は如月に出されたお茶の入った湯のみを両手で包むようにしてから静かに言った。 「 それに…しばらくぼーっとしていたせいか、ふと我に返ってみたら、何を話していいのか分からなくなってた」 「 ……」 如月が黙りこむと、龍麻は苦笑して慌てたように言葉を出した。 「 うまく言えないんだけどさ。これからは何をしてもいいんだ、何をしても許されるんだって思ったら、全てが終わった時、本当に放心したんだ。気が抜けちゃったんだな」 そういうのってよくあることだろ? と龍麻は努めて明るい口調で如月に言った。 「 で、まず何をするんだっけ、ああそうだ、あと残りわずかなんだから…」 「 学校に行かなきゃ…と思ったのかい?」 「 ああ…うん、そう」 龍麻はそう言ってから、何故か困ったような笑みを向けた。如月は何かひっかかるものを感じながらも無表情で問いかけた。 「 …で、学校は楽しいかい」 「 え? …ああ、うん。楽しいよ。みんな相変わらず、元気でさ。京一も変わらず馬鹿みたいに俺のこと好きだって繰り返すんだ」 「 僕も言われたよ。君と別れろってね」 「 え? ははは、あいつ翡翠にもそういうこと言うんだ」 龍麻は京一のことを思い出したのか、表情が和らいだ。 「 醍醐はやっぱり良い奴だし、桜井は明るくて楽しいしさ。美里は、何だか最近やけにパワフルなんだ」 「 そうか」 「 何か…知らなかったなあ…みんなのこと。俺、全然見てなかったから、あいつらのこと」 「 ……」 「 俺、本当に自分のことばっかりだったし」 「 そんな事はない…と、言っても、また君は納得しないんだろうね」 如月の独り言のような言葉に微かに笑って、龍麻はそれからやや迷ったような仕草をしてからぽつりと言った。 「 あのさ、翡翠…。翡翠のそばに行ってもいいかな」 「 ……駄目だなどと言うと思うかい、この僕が」 如月が憮然として言うと、龍麻は嬉しそうに笑んでから、すぐに向かいに座る如月の元へ行くとそっと寄り添った。 「 ……」 しばらく黙ってそうしていた後、龍麻が口を開いた。 「 俺の《力》のことなんだけどさ」 「 ん……?」 「 最近、また強くなったみたい」 ぎくりとして如月が龍麻のことを見つめると、龍麻は目を閉じたまま、静かに言葉を続けた。 「 戦いは終わったはずなのにね…。どうしたんだろう、一体。時々、抑えがきかなくなるようで怖いんだ」 「 いつからだい?」 「 話すようになってからかな…?」 「 どうして…」 「 ああごめん。翡翠には言おうと思っていたんだけど、何か…。言えなくて。でも、そばにはいたかったから…」 だからこうして毎日自分を待ったり、身体を接近させたりしていたのか。 ただでさえ脆いところのある龍麻だから、《力》の増幅は不安を増長させていたであろう。それに気づけなかった自分に、如月は腹が立った。 「 でもね、俺はこの《力》に頼ってばかりだよ」 龍麻は苦しそうにそう言った。 「 俺、戦いが終わった後思ったんだ。これから何をしてもいいんだけど…。俺…俺って人間には何があるんだろう、この《力》を取ってしまったら、俺には何も残らないんじゃないかって」 「 何を言っているんだ」 ようやく声を出し、その発言を一蹴しようとした如月を龍麻が止めた。 「 だって、それが事実だよ。俺は俺という人間を説明するときに、何て言えば良いのか、何て言えば翡翠が喜んでくれるのか、全然分からないんだから」 「 ………」 「 だから…かな。またこの《力》が出てきたのは。そんな気がする」 「 …君は余計なことは言わなくていいんだよ。僕は自分のことをああだこうだと説明する人間なんて、信用できないと思っているけどね」 「 …そうなの?」 龍麻は如月の科白に表情を曇らせ、やがて泣き出しそうな顔でぽつりと言った。 「 説明したいよ…主張しないと、分かってもらえないじゃないか」 龍麻の言葉とその顔に、如月は多少の驚きをもった目で見返した。 「 ちゃんと言えなきゃ…翡翠に…俺のこと、分かってもらえないじゃん」 「 ……龍麻」 「 翡翠は、俺のこと分かっているからって言ってくれるけど、でもやっぱり全部を分かるわけないよ。当たり前だろ? 俺って人間がまだ全然…俺自身のこと、分かっていないのに」 だからね、と一旦区切ってから龍麻ははっきりとした意思を持ったような目で言った。 「 俺は…ちゃんと自分のこと理解して、そんな自分を好きになって、翡翠にそういう俺を分かってもらいたいよ。これからは何をしてもいいんだから。だったら俺は…まずは自分を、理解りたい」 「 ………」 龍麻が黙りこむと辺りがしん、として一気に部屋が静まり返った。 最初にその沈黙を破ったのは、如月だった。 「 …だったら君は何だってこんなに無口になったんだい。説明したいんだろう? 自分を理解して、人にも理解してほしいんだろう? でも、戦いが終わってからの君は―」 「 だって」 そこで龍麻はまた困ったような顔をした。 「 さっきも言っただろ。そうは思っても、いざってなると何を話していいのか分からないんだ。どんなことを言えばいいのか、分からない。自分で何を言いたいのかも分からないんだ」 「 ……」 眉をひそめてその話を聞く如月に、龍麻は構う風もなく続けた。 「 《力》を行使している時は、それをただ奮うだけだったから楽だった。でも今は…言葉って難しいよ。下手なこと言って翡翠に嫌われるのも怖かった」 「 …馬鹿な」 「 そんな風に言うなよ…っ」 悔しそうに言う龍麻に多少戸惑って、翡翠は慌てて龍麻の機嫌を取るようにそっと龍麻の髪を撫でた。 それで龍麻もふっとおとなしくなる。 「 じゃあ、訊くけどね。それなら、何故今日になってこうぺらぺらと話し出したんだ」 「 ………」 「 話し方が分かるようになったとでもいうのかい」 「 これ…」 龍麻は決まりが悪そうに2人の目の前にあるガラス細工を指し示した。指でつんとつつき、そうして愛しそうに眺める。 「 さっき訊いただろ。何でこれを欲しがったのかって」 「 ああ……」 「 これは《力》を持つ誰かが作ったものだよ」 「 え?」 「 分かる。感じる。本当に消え入りそうな程度のものだし、誰が作ったのかは分からないけど。いい奴が作ったのか悪い奴が作ったのかも分からないけど。でも、これ…俺に似てるって思ったんだ」 「 似てる?」 ガラス細工を愛しそうに眺める龍麻に、如月は怪訝な声で聞き返した。 「 そう。ここから感じる氣は俺に近い。だから…かな。話す気に、なった」 「 ………?」 「 こんな下手な物作って、《力》を奮って…。自分を表そうとしている奴がいるんだって思ったら…ちょっとだけ、力が抜けた。俺も、下手なこと言ったり、やったりしても良いのかなって…」 「 龍麻……」 呼ばれて龍麻は、ここで初めて如月の顔をまじまじと見やった。 「 ねえ、翡翠。また俺に腹立っただろ? こんな物をきっかけにして話し出す俺に…。くだらないことで困ったり悩んだりしている俺に」 「 君にはくだらない事じゃないだろう」 「 でも翡翠の顔、やっぱり困っているよ。…こんな俺に」 「 もう慣れたさ」 呆れたように如月がそれだけ言うと、龍麻はやや目を細めてそんな如月の顔を見つめた。それから、そっと言う。 「 翡翠……キス、してほしいんだけど」 「 ………」 「 だめ…かな?」 如月は黙ったまま龍麻をより自分の身体の方へと引き寄せた。そして、やや乱暴な口付けを施した。普段の如月には珍しく、貪るような強引なキスだった。 「 ん…っ」 龍麻が喉の奥から苦しそうな声を出すのが如月の耳に届いた。けれど如月は構わずに何度も龍麻に口付けを重ねた。 「 ちょ…っ…ひ、すいっ…」 さすがに面食らった龍麻が慌てたようになって力任せに如月の身体から抜け出すと。未だ冷静な目をこちらに向けてくる如月の顔を恐る恐る見つめた。 「 翡翠…やっぱり、怒っているんだ…?」 「 そう、思うかい」 「 うん…」 「 ………」 「 また俺…自分のことばっかりでさ…」 「 ………」 如月の視線にびくびくしながら、それでも龍麻は如月の腕をぎゅっと掴んだまま声を出した。 「 翡翠に《力》のことも、こんな風に思ってたことも言わなかったし」 「 何を話して良いか分からないと君は言ったね」 「 え…?」 顔を上げると、如月は既にいつもの達観したような笑みを龍麻に向けていた。 「 だったら、無理に話す必要はないよ。君は説明したいと言ったけど…。そう思った時、今日のように話せばいい。けど…無理に毎日自分を出す必要はないんだ。言っただろう。君のことは、僕が分かっているからと」 「 ………」 「 君のことが分からないと思う時がこれからもあるかもしれない。だけど、僕はいつだって龍麻…君を理解したいと思っているんだよ」 またさらりと龍麻の髪に優しく触れて、如月は苦笑した。 「 君を不安にさせていてすまない。僕の方こそ、修行が足りないな」 「 そんなこと…っ」 「 龍麻」 そう呼んでから、如月は再び慌てたような龍麻の唇を自らのそれで塞いだ。 そうして、そっと離してから、如月は誰にも見せない優しい微笑を向けて囁いた。 「 愛しているよ。君の分まで、僕が君を理解するから」 如月は龍麻の耳元にまた軽いキスを与えた。そして。 「 だから君は…安心して、僕のそばにいればいい」 そう、告げるのだった。 |
<完> |
■後記…まあ何というか、とにかくラブラブな二人のその後が書きたかっただけなのですが…。やはり初期の龍麻は重度の悩み症です。本当はかなり恥ずかしい黒竜話も考えていたのですが、誰も催促してくれなかったのでやめました。だって誰も読みたがらない裏SSなんて書きたくないし(笑)。自己満足したところで完です。 |