不器用な君
思ったことを言わずに黙っていることは、相手に対して嘘をついている。そんな気がする。
だから、龍麻はふっと感じた時につい口走ってしまった。
「 俺、京一のこと好きみたいだ」
すると、出会ってまだ数ヶ月足らずの「相棒」は、ポカンとした間の抜けた顔で二、三度瞬きをしてから、拙い反応を返してきた。
「 は?」
聞こえなかった故のその言葉ではないことは、容易に分かった。
「 お前、一体何言ってんだ?」
そういう意味合いの「は?」だった。途端、言ってしまった科白の重大性に龍麻も気がついたのだが、もう後戻りもできないなと感覚的に分かったので、よせばいいのにもう一度言ってしまった。
「 だから…京一のこと、好きだと思うって…言ったんだ」
繰り返してしまうと馬鹿みたいだった。だから龍麻は京一のことをまともに見ることができなくなって、まるで恥ずかしがりやの女の子のように俯いて赤面してしまった。
「 なあ、ひーちゃん。それってよお…あんまし…いい冗談じゃあねェな」
一間隔空けて京一は言った。龍麻が顔を上げると、困ったように口許を指でかいている京一の姿が見えた。
そして、その後。
「 ひーちゃん。俺…そういう趣味はねェんだぜ」
ああ、そんな事は知っていたけれど。
「 ………分かった」
龍麻はなるべく普通の声でそう返した。なのに、京一は申し訳なさそうに、戸惑うように。
「 いや、そうじゃなくて…っ。悪ィ、ひーちゃん、俺はさ…っ」
二度謝られて、ズキリと胸が痛んだ。その後の言葉を聞きたくなくて、だから龍麻は視線を逸らせた。
あれ、こんな京一の態度に耐えられないってことは、俺って本当に京一のことを好きだったのか、などと、今さらそんなことを考えようとするもう一人の自分がいたのだが、龍麻はどうにも気分が悪くなってきて目をつむった。
けれどもそんな龍麻に京一は焦ったように言葉を紡いできた。
「 あのよ、ひーちゃん。うまく言えねェけど…その…今のって本当に本気なのか…?」
「 ……そうだけど」
「 だ、だってよ。ひーちゃんは相棒で…それに他の奴らもみんな、お前のことが好きでついてってんだし。美里や小蒔だってそうだぜ」
「 …何で二人が出てくんの」
「 ン…いや、だからさ。別にあの二人じゃなくても、俺らの周りにはなかなかのが揃ってんだからさ。お前も―」
言いかけて京一は自分の話していることがてんで見当違いで、馬鹿なことだということが分かった。はっとして顔を上げると、目の前の大切な「相棒」が泣いていた。
「 ひー…」
「 ごめん。分かった」
京一の驚いた顔で龍麻は慌てて勝手に流れてきた涙を拭った。何泣いてんだよ、ともう一人の自分が同じ自分を侮蔑する。
「 お、おい、ひーちゃん」
「 ごめん、本当に。じゃ、俺帰るから」
もうこれ以上一緒にいられないと、龍麻は小走りに京一から離れた。
泣くなんて馬鹿だ。でも、京一も馬鹿だ。そう思った。
あんな態度をされるくらいなら、もっと露骨に気味悪がられたり、罵倒された方がマシだった。あんな風に自分に気を遣って下手な優しさを見せられたら、余計につらいじゃないか。龍麻は京一にイラつきを感じて、多少の吐き気も感じた。
ああ、でも。
やっぱり京一のことは本気で好きだったらしいということが、分かってしまっていた。
翌日。
重い足取りで学校へ行くと、それを待ち構えていたかのように京一が龍麻のそばへやってきた。
「 おっす、ひーちゃん!」
いつもと同じ京一だった。努めて普段の顔を心がけて、龍麻も静かに笑んだ。
「 早速だけどよ、今日学校終わったらお前、俺に付き合えよ」
「 え…」
「 この頃妙な闘いばっか続いてただろ? たまにはフツーの高校生らしく、高校生らしい遊びをエンジョイしようじゃねェか! なっ!」
「 …それってナンパとか?」
「 ……ナンパが高校生らしい遊びだって思ってんのか、ひーちゃんは…?」
らしくない龍麻の発言に少しだけ引いたような態度の京一だったが、すぐに立ち直るとおどけたようににやっと笑った。
「 まあ、ひーちゃんがやりてェって言うなら、俺はとことんまで付き合うけどよ?」
「 ……やりたくない」
「 あっ、そう…」
京一はまた拍子抜けしたようだったが、「じゃあどっか行きたい所あるか」などとまた人懐こい笑みで訊ねてきた。
何だ、この会話。
身体の奥深くからもやもやと霞がかかってくるようで、龍麻は息苦しい気分になった。とにかくもうこの会話を打ち切りたかった。
「 今日…用あるから」
だから嘘をついた。
「 へ? …ああ、そうなのかよ? ………」
しばらく黙った京一だったが、けれどやがてまた明るい声で言ってきた。立ち直りが早いのは京一の良いところでもあり、ムカつくところでもあった。
「 じゃあよ、ひーちゃん。明日はどうだ?」
「 ………」
「 たまには、俺が何かおごってやるよ。どうだ? 何かうまいもんでも食いに行こうぜッ! な?」
「 行かない」
「 ひーちゃん…っ」
龍麻はようやく自分の怒りを表に出して、乱暴にカバンを机に置くと、後はもう京一を見ないで席についた。京一も何かをとても言いたそうにしているのだが、うまいことを言える自信がないのか、ただため息をつくと、黙って自分の席に戻ってしまった。
京一の馬鹿やろう。
むかむかとする気持ちが抑えられなかった。
人のことをカンタンにフッておいて、その次の日に「何処かへ行こう」? 何考えているんだ。そんな申し出を受ける奴が一体どこにいるって言うんだ。これからもいつもと同じように、ただの「相棒」、ただの「親友」として接していかないといけないのに、早くいつもと同じような態度で接していかないといけないのに、どうしてあんな無神経なことが言えるんだろう。
……そんな馬鹿を好きになってしまったのは自分だけれど。
龍麻はもう何も考えたくなくて、けれど他のことは何も考えることができなくて、ただ一日中、自分の古ぼけた机だけをじっと見据えていた。
「 …やっと見つけたぜ」
昼休み、そんな京一と同じ空間にいつまでもいることにも耐えられなくて、昼飯を買ってくると言って、龍麻はそのまま屋上に昇った。
なのに京一は探していたようで、龍麻を見つけると開口一番、やや怒ったような口調でそう言った。龍麻にしてみれば、何故放っておいてくれないんだ、怒るのはこっちだと思うのだが。
「 ……お前さあ、俺らが待ってるとかって思わないわけ? そんな下手な嘘ついてよ」
「 …嘘だって分かったの」
「 分かるに決まってんだろ。今日一日、全然俺の顔、見ねェじゃねえかよ」
「 ……ごめん」
「 俺らが気まずいと、あいつらも心配するだろうが。お前、あいつらに何か色々訊かれたいわけか?」
「 ……ごめん。ちゃんとフツー通りやるから」
だから時間が欲しい。適当な距離がほしい。そう思っているのに、そうさせてくれないのは京一じゃないか。
何でこんな奴好きになったんだろう。
「 ごめんごめん言うなよ…っ! 俺だって…こんな事が言いたいんじゃねェんだからよっ」
京一はますます怒ったような、けれど一方で戸惑ったような口調になって赤い髪をぐしゃぐしゃっと乱暴にかきむしった。
「 ……なあひーちゃん。ひーちゃん」
二度も自分のあだ名を繰り返す京一に窮屈になって、龍麻は仕方なく返答した。
「 ……何」
「 お前さあ…何で突然、あんな事言ったんだよ?」
「 あんな事って…」
「 俺のこと! 好きって言っただろ!」
京一はここでようやく龍麻の横にどっかりと腰を下ろし、テレを隠すように声を大きくして言った。視線は都庁の方向へやっていたから、龍麻はそんな京一の顔をまじまじと見ることができた。やや顔を火照らせている京一。こういう場面、苦手なんだろうなと少しだけ隣の相棒をかわいそうに思った。
「 昨日も言ったけどよ。俺らの周りには結構イイ線いってる女子、いっぱいいるだろうが。小蒔の野郎…いや、あいつは女だったな。あいつだって、普段は男みたいだけど、ああ見えて結構かわいいところもあ…これは、ここだけの話だぞっ。…それに美里は言うまでもないし。実際、あいつはひーちゃんに惚れてるしよ」
「 ……もう聞きたくないんだけど」
龍麻が非難めいた口調でつぶやくと、京一はまた焦りながらも「いいから聞けよっ」と怒鳴った。
「 あの二人以外にだって、色っぽい女系なら藤咲とか、かわいらしいさやかちゃんとか、選り取りみどりだろ。お前だからだぜ。お前だから、ああいう普段だったら手の届かないタイプの子も絶対その気になると思うんだよ。お前さえ、本気になりゃあ…な」
なのに、そんな誰からも選ばれる権利を持っている緋勇龍麻が、何故自分なのか。京一には、それが不思議で仕方ないらしかった。
「 …そんなの、俺も分からない」
「 分からないってことはないだろっ。お前、俺に告白したんだぞ! しかも唐突にだぞ! まるで軽いノリだったぞ、雰囲気的に」
「 なあ京一なら、俺らの仲間の中でどの子を選ぶ?」
「 んー、俺ならか? そうだな…やっぱさやかちゃん…いや、やっぱアイドルはちょっと届かないくらいの位置にいた方がいいかな。そうなると…って、今は俺の話してんじゃねえだろ!!」
京一が龍麻の質問に乗りそうになりながらも、慌てて軌道修正すると、その様を冷めた目で見ていた龍麻は、またむかつく胸を抑えられなくなってきた。だからぎゅっと制服の上からその場所をつかんだ。
だが、今日は絶対に泣かない。それだけは決めていた。
京一はそんな龍麻の気持ちに気づいているのかいないのか、とにかく精一杯な表情で話を元に戻し始めた。
「 なあ、ひーちゃん。一体何だって俺に告白なんかしたんだよ」
「 ……好きだと思ったから」
「 だから! 俺のどこがだな…」
「 俺がホモだからじゃない、きっと…」
「 ふざけて答えるなッ!! 俺は真面目に聞いてんだぞっ」
「 ……ふざけられる心境じゃないんだけど」
龍麻がぽつりと言うと、京一はぎくっとしたようになって、必死に落ち着こうと息を一度だけ大きく吸った。そして、改めて静かな口調で問い直してきた。
「 よし、分かった。じゃあ、もう一回聞くけどよ。男の中でも、何で俺なんだよ? こう言っちゃ何だが、俺らの仲間はみんな男気のあるいい奴らばっかだぜ。まあ…中には訳の分からん奴も結構いるけどな。でも、やっぱりお前だったら…あいつらも、たとえ男のお前に告白されたとしても、あっさりとフッたりってことはしねえと思うんだ」
「 京一はフッたじゃん」
「 べ、別にフッたんじゃねェよ、俺は…っ!」
京一は龍麻の科白に慌てて叫び、しかしその後の言葉を出せなくなってまたぐっと詰まった。
京一が何を言いたいのか、龍麻にはさっぱり分からなかった。
もごもごとして、自分のそばで困ったような顔になった京一を、龍麻はただ黙って見つめた。
「 ただ…意表つかれたからよ…。それにお前があんまりあっさりすげーこと言うから、何か…信じられなかったっていうか…」
「 ……だから、もう言わないよ」
その後「ごめん」と続けて言った時、龍麻はまた泣き出しそうになってしまい、慌てて京一から目を逸らせた。けれど京一は気づいて、またあたふたと龍麻のことを覗きこんできた。
「 なあ、ひーちゃんっ!!」
「 何だよ、顔近づけんなって…っ!」
それでも京一は龍麻に接近して、龍麻の肩をぐっと掴んできた。
「 ひーちゃんこそ、そんな顔すんなよ!」
「 そんな顔って…俺はこんな顔だよ、いつも!」
「 嘘つけ、今にも泣き出しそうなんだぞ、今のひーちゃんは!!」
「 何だよ、京一がいけないんだろ!!」
叫んだ瞬間。
やっぱり涙がこぼれてしまった。情けない。これでは本当に女の子だ。でもどうしようもなかった。
一緒にいて、一緒に生死の境を共にして。いつもそばで明るく陽気に笑ってくれる京一といると、本当に安心した。自分とは正反対の性格で、いつも堂々としていて自信があって。
だから好きだった。
でも、そういう京一だから、自分のことを受け入れるわけはないと、どこかでもう当に気づいていた。なのに、言ってしまった。
そのことをもの凄く後悔していた。
「 ひーちゃん、俺…すげー後悔してんだよ」
その時、京一の方が静かな声でその言葉を口にした。
「 お前に先に言われて…何か、自分に腹が立ったんだよ」
龍麻が顔を上げると、京一は龍麻の頬に軽く指を当てた。龍麻の涙を優しく拭って、京一は続けた。
「 俺、こういう時っててんで駄目だからよ…。ましてや俺ら、男同士なわけだしな。俺、元々すげー女好きだし。そんな趣味もねえんだ。…だから自分のこの気持ちも、何かの間違いなんじゃねえのかって、ずっと思っててさ」
「 何…言ってんのか分からない」
「 だ、だから!」
京一はカッと赤面してから、龍麻の背に片手だけを回すと、その勢いのまま自分の胸に引き寄せてぐっと強く抱きしめてきた。
「 ……っ!!」
「 だから…こういうことなんだよ」
俺だって好きなんだよ。
「 ひーちゃんは男なのにな。そうやって泣いてる顔…すげー可愛いって…俺、思っちまった」
「 ………」
「 だからって俺はお前にそんな顔をさせたいわけじゃねェぞ」
「 ………」
「 なあ、昨日は俺の態度にムカついただろ?」
煮え切らなくて、一人で焦って、ホント間抜けだったよな。
京一はそう言ってから、今度はもう片方の腕もゆっくりと龍麻の背に回して言った。
「 だから俺のことはフッてくれて構わない。そしたらさ……」
京一は龍麻への拘束を解いて、こちらを見上げてくる龍麻に、本当に困ったような顔をしてから、けれどはっきりと言った。
「 今度は俺の方から告白するからよ」
龍麻は京一の言葉に自分の感情がついていかず、ただただ呆然としてしまったのだが。
そんな自分をまた強引に抱きしめてくる京一の腕の強さだけは、本当にはっきりと感じることができた。
だからゆっくりと。
「 うん…俺、京一のことなんか嫌いだ」
そう言って泣き顔のまま、少しだけ笑った。
すると、京一もようやく安心したようにいつもの笑顔を見せてきた。龍麻が好きな、安心できる笑顔で。
「 ひーちゃんのこと…俺は好きだぜ」
そして迷いのない声で、きっぱりとそう言ってきたのだった。
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