フツーのこと
朝、顔を合わせたと思った瞬間、京一の実に嬉しそうな顔が龍麻の視界に飛び込んできた。本当はここで自分も笑えたら良いのだけれど、龍麻にはそういう事が苦手でどうしてもできない。それどころか、わざと素っ気ない態度なんかを取ってしまう時もある。
それでも京一はいつも元気だ。
「 なあなあひーちゃん」
「 んー……」
「 今日よー。やっぱり学校行くのやめねェ?」
「 期末試験真っ最中なのに?」
「 いいじゃんか。後で追試受ければ」
「 嫌だ」
追試に慣れっこのお前はいいだろうけど俺は嫌だぞと龍麻は冷たく思う。ただ、それを口に出すのはさすがに憚られた。
だって今日は京一の誕生日だから。
それに。
「 …………」
龍麻は自分の後を犬のようについてくる京一をちらとだけ振り返り見た。
本当に嬉しそうだ。
「 ねえ…京一」
「 ん? 何だ?」
「 ………何で」
「 へ?」
「 ……いいや。何でもない」
言いかけてやめてしまった龍麻に、京一は物をねだるように口を尖らせた。それでもどことなく浮かれている調子は変わらないのだが。
「 何だよ、ひーちゃん! 言いたい事あるなら言えって」
「 何でもないよ」
「 ホントかよ? ひーちゃんは、いっつも自分の言いたい事の半分は飲み込んじまうからなあ」
「 そんな事ないよ!」
龍麻はじゃれてくるように自分の肩に腕を回してくる京一を払おうとしながら、誤魔化すように怒った声を出した。
こんな事、今更訊けない。
龍麻は何故か朝から抱え続けている靄を何となく胸に残したまま、それきり口も出せなくて、京一から逃れるように学校へ向かう足を早めた。
1月24日。京一の誕生日。
こちらの誕生日の時は特に何もしてくれなかったくせに、京一は自分の誕生日のことはそれこそ何ヶ月も前から龍麻にアピールし続けていた。そうして何度も何度も「その日だけは絶対に予定を入れるな」と龍麻に念を押したのだ。
「 俺……そんなにいっつも忙しくしてないじゃん」
あまりにも同じ事をくどく繰り返す京一に龍麻がウンザリしたように言うと、京一はどことなく殺気立ったような顔をして唾を飛ばした。
「 ばっか、何言ってんだよ! 俺の誕生日だからこそ、ひーちゃんには色んな奴らから誘いがくるンだろ! でもいいな、絶対にそいつらの誘いには乗るンじゃねェぞ! その日は俺といるんだからな!」
そしてそう偉そうに、京一は龍麻に命令したのだった。
「 結局ひーちゃん、何人断った?」
予鈴が鳴る少し前、ようやく昇降口に差し掛かったところで京一が思い出したようにその話を振ってきた。
「 そんなには……」
「 けど俺の言う通りだったろ? どいつもこいつも、ひーちゃんのこと遊びに誘っただろ? しつこいほどによ」
「 うん……」
面倒臭そうに答えると、京一はむっとしたようになって、誰がお前をそんなにしつこく誘ったのかと尚も訊ねてこようとした。
けれども。
「 う……」
「 蓬莱寺先輩ー!!!」
2人の前に、大勢の女子生徒たちが巨大な塗り壁のようになって廊下に立ちはだかっていた。
「憧れの蓬莱寺先輩」の登場を待ちわびていた下級生たちは「先輩、お誕生日おめでとうございます!!」攻撃を次々に京一に浴びせてきた。そして色取り取りのプレゼントを我先にと差し出してくる。
「 ちょ、ちょっと待てよ…」
その集中業火のような攻撃に、京一は龍麻と距離をとらざるを得なくなってしまった。
「 …………」
龍麻は次々とその数を増やしていく下級生たちの京一への黄色い声を耳にしながらふっとため息をつき、自分は先にと教室へと向かって行った。
京一は、本当に女の子にモテる。
「 ……すごいと思ったけど」
あれに付き合っていたら、きっと朝のHRには間に合わない。龍麻は背後で自分を呼ぶ京一を無視して、どんどんと教室への階段を上った。
「 おっはよー、ひーちゃん!」
その時、背後からクラスメイトの桜井小蒔が声をかけてきた。どうやら桜井も下級生の女子集団をすり抜けながら昇降口より脱出してきた口らしい。ふうと大きく息を吐き、桜井はちらと背後を振り返って言った。
「 まーったく、朝からすごい騒ぎだねえ」
「 うん」
龍麻が応えながら階段を上って行くと、それにあわせるように桜井も跳ねるような足取りで横に並んだ。
「 あの京一が後輩たちにあんなに人気があるなんてさ。これってこの学校の七不思議のうちの一つだよっ」
「 ……はは」
「 ん? 何、ひーちゃん?」
何か言いたそうに言葉を濁した龍麻を敏感に察し、桜井は素早く訊いてきて首をかしげた。それで龍麻もつい思っていた事を口に出してしまった。
「 あいつ、モテるの分かるじゃない?」
「 え?」
「 だって、分かるから」
「 えー、何でさ! あんないい加減で軽い奴ッ! それに何より馬鹿だしッ!」
桜井が得心できないという風に大きく不平を漏らすので、龍麻は困ったように苦笑した。
「 でも京一…良い奴だし」
「 もうひーちゃんはお人好しだなァ。だから京一もひーちゃんにいいように甘えちゃうんだよっ」
「 別に……」
「 そういえばさ。あいつ、今日の誕生日、どうしてもひーちゃんと一緒にいるんだーなんてほざいてたけど。放課後、何処行くの?」
「 え? ああ、そういえば知らないけど」
「 なーんだ、そうなの? じゃあさっ。みんなでどっか遊び行こうかっ? アイツにはラーメンでも与えておけばどうせ満足するんだろうしさ」
桜井がそう言って嬉しそうに提案した。それに応えようと口を開きかけた時、不意にがつっと頭を押さえつけられ、龍麻は面食らった。振り返ると、いつの間に下級生たちの群れから逃げ出してこられたのか、京一が背後にずんとつっ立っていた。それもひどく不機嫌そうに。その顔のまま、京一は桜井に毒づいた。
「 ふっざけんなよ! お前らなんかいらねーんだよ!」
「 むっ! 何だよ京一、その言い方!」
「 言葉の通りだっ! 今日は俺はひーちゃんと2人っきりで遊ぶんだっ!」
「 折角こっちがお祝いしてあげようって言ってるのに!」
「 フンっ! お前らの魂胆なんか見え見えなんだよっ! とにかく、余計な事すんじゃねえ!」
「 むー。こうなったら葵に言いつけてやるからねっ!」
「 こ、こここここら! 何言ってんだよ!!」
「 葵がそんなずっこいこと許すわけないもんね!!」
桜井は「べーっ」と舌を出して、だだだと先に教室へと駆けて行ってしまった。京一はぐぐぐと拳を握りしめながら、「あいつが1番の難敵なんだよなあ」と実に悔しそうにつぶやいた。
龍麻は黙ったまま、そんな京一を見やった。
「 ……な、京一」
「 ん? 何だよ、ひーちゃん。そういや、さっきから何か黙りこくって変だぞ」
「 今日、何処行くの?」
「 え?」
「 俺、そういえばお前が何考えてんのか全然訊いてなかったけど。どっか2人で行きたい所でもあるの?」
「 べ、別に……」
何故かそこで京一は口ごもった。それからやや視線をずらしてぼそりと言った。
「 特に…考えてることがあるわけじゃねェけどよ…」
「 じゃあ別にラーメンでもいいじゃない」
しかし龍麻のその桜井と同じ提案に、京一はぎっとなって俯き加減になっていた顔を上げた。
「 嫌だ! いや、ひーちゃんと2人で行くならいいが、他の奴らがくっついてくんなら絶対嫌だ!」
「 ……………」
「 ひー…ひーちゃんは、嫌かよ?」
「 俺は……別にいいよ」
実際、京一と2人で歩く事など滅多にない。本当は嬉しかった。
「 な、なら! なら美里の奴に言ってくれよ! 何か言われても、今日だけは絶対に俺とだけ一緒にいるって」
京一が子どものようにムキになってそう龍麻に懇願した。龍麻はお前こそ今日は変だと思いながらも黙って頷き、それから天使の笑みをたたえたままの美里に、「今日だけは俺の言う事をきいて」と頼むのだった。
自分も京一といたいということはやっぱり言えずに。
放課後。
「 やったー自由だ! 万歳、最高!」
京一は晴れ晴れとした顔をして思い切り伸びをすると、校舎を出てから後を続く龍麻を振り返った。京一は朝と同じ、これでもかというほどの笑顔を閃かせている。それだけで何だか眩しいと龍麻は思う。
「 なあ、ひーちゃん。じゃあ、今日は何処行く?」
「 京一は結局何も考えてないの?」
龍麻の言葉に、京一は悪びれもせずにあっさりと答えた。
「 なーんにも考えてねェ。俺は今日この瞬間まで、無事にひーちゃんと2人きりで校舎を出られるか、それだけを心配してたんだからな」
「 ………よく分からないけど。それってそんなに難しい事だったの」
「 難しい事なんだよ。ひーちゃんは、なーも分かってないだろうけどな」
そのどことなく馬鹿にしたような台詞が気になりながらも、龍麻はそれでも、そんな京一と一緒にいられるのは嬉しいと心の中で思った。
「 ………京一の行きたい所でいいよ。今日、お前の誕生日じゃん」
「 ひーちゃん、祝ってくれるか?」
道を歩き始めながら、京一は心底嬉しそうにそう言ってぱあっと笑った。
それで龍麻もそれにつられてつい笑ってしまった。本当はこういう空気は自分には合わないと思っているのに。
「 いいよ。京一の好きなもんとか買ってやるよ。俺、そういう物用意してた女の子たちと違って何も買ってないし」
龍麻は京一が手にしている紙袋から覗いているプレゼントの山を指し示してそう言った。
「 京一、ガッカリした?」
「 いんや、別に」
京一は本当に何事もないかのように答えた。
「 ……ごめんな」
「 なーに言ってんだよ! だから俺はひーちゃんがこうやって付き合ってくれるだけで嬉しいんだって!」
京一はそう言って気にした風の龍麻に尚も笑いかけてきたが、やはり龍麻は何か買えば良かったと落ち込んだ気分になった。
本当は自分だって何か用意したかったのだ。でも、何も買えなかった。
京一が何を好きなのか、自分は何も知らないという事に龍麻はその時初めて気がついた。
いつも戦いのことばかりで、自分のことばかりで、この常に傍にいる相棒のことを考えたことなどあっただろうか。その事実に気づいた時、龍麻は茫然とした。隣にいるのが当然、いつも笑っていてくれているのが当然。そんな感じで、ただこの親友に甘えていただけのような気がする。
だから今お礼くらいしたいと思うのだが、どうして良いか分からない。
「 おいひーちゃん、どうした? 早く来いよ!」
はっと気がつくと、随分京一から距離を取られていた。いつの間にか歩調が鈍くなってしまっていたらしい。龍麻は自分から大分遠い位置から叫んでいる京一の姿をひどく寂しく思い、急いでその後を追った。
新宿の街並も改めて見るといつもと違うような気がした。
人々の喧騒も、街の明かりも、何もかもが新鮮だ。珍しいと龍麻は思う。こうやって改めて物を見るなんて今までなかった。
「 へへへ…すげー嬉しい。ひーちゃんといると」
その時、横を歩いていた京一が実にしみじみとそう言った。龍麻はその京一の台詞にぎょっとして、思わず肩を並べる親友をまじまじと見つめてしまった。
「 何…言ってんだよ…?」
「 は? いや、だから思ったことを言っただけ。俺よー、ずーっと前からひーちゃんと2人でこうやって歩きたかったんだよなあ」
「 ………いつも」
「 んー?」
「 いつも一緒だったじゃん」
龍麻がそう言うと京一は憮然とした。
「 馬鹿、いっつも余計な奴らがいっぱいいて、俺はひーちゃんといるんだって実感なんかちっともなかったぜ? 大体ひーちゃんはひーちゃんで、何かいつも一生懸命だしよ」
「 え……」
「 まあほら、それはあれだ。しょうがねえよな、一生懸命になっちまうのはよ! だってひーちゃんはこの街の命運を握ってたわけだし! 妙な使命を押し付けられて大変だったしな!」
「 ………やめろよ」
「 あ、悪ィ。でもよー、こうやってフツーに一緒にいることってなかったように思うぜ。あったっけかなあ?」
「 知らない」
「 ほら、覚えがねえだろ。だからさ、残りわずかな高校生活は、こうやって一緒にいようぜ? なあ、ひーちゃん?」
「 ……………」
それは。
龍麻は心の中で、不意に思い出された過去の記憶に翻弄され、思わず声を出しそうになった。
京一は卒業後、中国に行くと言っていた。
あの時は自分にも一緒に行かないかと言ってくれたが、あれ以来その話が京一の口から漏れたことはなかった。
どうせ。
自分のことにばかり一生懸命な自分に、もう一度誘いの言葉をかけてくる気などないのだろうと龍麻は勝手に思った。そして俯いた。
そんな京一はどうして今日という日を、自分と一緒に過ごしたかったのだろう。
「 おい、ひーちゃん! ひーちゃんって!!」
その時、ふっとまた離れた所から京一の声がして、龍麻は再びぼうとしていた意識を元に戻した。
見ると、街の路地脇にぽつねんとある小さなテーブルと椅子だけの「店」がそこにはあった。そしてその店には怪しげなフードを頭からすっぽりとかぶった暗い風貌の老婆が京一と何やら話しこんでいた。京一は老婆の声に耳を傾けながら、それでも背後の龍麻が気になるらしく、お前も来いとしきりに手招きしている。
「 何してんの、京一……」
「 ひーちゃん、この婆さん凄ェぜ! ちょっと占ってもらおうぜ!!」
「 占い…?」
龍麻がつい不審気な顔をして老婆を見てしまうと、見られたその「占い師」の方はにたりと笑って、頭からすっぽりかぶっていたフードを煩わし気に取り去った。
中からは思ったよりも大分小さい頭に、少しだけの白髪が姿を現した。本当に「如何にも」な占い師だ、と龍麻は心の中だけでそう老婆を評価した。
「 京一、いつもは『占いなんか』って、裏密さんのことも馬鹿にしているくせに」
「 ばっか、この婆さんはアイツとは違うって! だって一発で俺たちのこと言い当てたんだぜ?」
「 俺たちのことって?」
「 う……それは、まあいいからよ! とにかくお前も占ってもらえって」
「 何をさ」
「 俺は今、将来のことを聞いた」
「 将来……」
龍麻は思い切り胸を突かれて口ごもった。老婆はそんな龍麻から目を離さず、しかし先ほどから一言も発しようとせずに押し黙ったままだった。
「 ……京一、何て言われたんだよ」
「 俺のは後で。とにかくひーちゃん、占ってもらえって」
「 俺は別に……」
「 もうしょーがねえなあ。じゃあ、婆さん! ひーちゃんのさ、今後について占ってくれよ。卒業後の進路!!」
「 …………いいよ」
「 何でだよ。あ、じゃあさ! ひーちゃんの恋愛運! ひーちゃんにはどんな奴が向いてるかってのでもいいから!」
恋愛…。
そんなものこそ、今まで考えたことがなかった。この親友である京一のことだってまともに考えたことがない。相棒の好きなものすら知らない。それどころか、今度は「好きな人間」。そんな事を言われても困る。
好き、なんて。
好きなどとと言ったらせいぜいここにいる京一とか、後は「みんな」とか。その程度のレベルなのだ、自分の「好き」なんて。
「 ひーちゃんはモテるからな。これは是非訊いておかねばだぜ!」
「 もう……」
「 ん? どした、ひーちゃん?」
「 もういいってば!」
「 お、おい、ひーちゃん!?」
驚いて呼び止める京一を振り払い、龍麻はたまらなくなって走り出してしまった。今日は京一と一緒にいると決めたのに、何だかたまらなくなってしまった。もう一緒にいられないと思った。
今の自分のことも、これからの自分のことも、自分は何一つ分かってはいないのだ。ただ流されて、ここまで来ただけ。京一とも、ただ何となく仲良くなって、笑いあって、ただそれだけだった。全然何も分かっていないのに、そんな状態で他人に自分のことなど占ってほしくなどない。
「 もう嫌だ……」
龍麻は必死に走りながら、ただそれだけをつぶやいた。
何処をどう歩いてきたかなど、覚えていない。
それでも気づくと学校の前に来ていた。
こんな学校、別段好きでもなかったと龍麻は思う。
でも、何故だかここから全ては始まった。そして、何もかもが終わろうとしていた。龍麻は黙って校門をくぐると、すっかり陽の落ちてしまった辺りをのろのろと歩いて行った。やっぱり朝のあの靄をすっかり払ってから家を出れば良かったと龍麻は思った。折角、今日は京一の誕生日で、京一と2人で色いろな話ができるはずだったのに。
京一。
「 ひーちゃん」
しかしその時、背後から息せききったその声が聞こえてきた。
「 京……」
振り返ると、そこには、きっと今までずっと龍麻を探していたのだろう京一の姿があった。そして案の定、その顔は怒っていた。
「 どうして急に走って行っちまったんだよ!」
「 ごめん……」
「 ごめんじゃねえよ! 家に帰ったかと思ってそっち行ってもいねえしよ! あちこち走り回ってくたくたじゃねえかよ!」
「 ごめん」
「 だからごめんじゃねえっての! 今日は俺と2人でいてくれるって約束しただろ!」
「 ごめん……」
「 だから…! だから泣くなっての!!」
京一はごとりと持っていた荷物を投げ捨てると、そのままの勢いですっかり弱ってしまっている龍麻のことをぎゅっと抱きしめてきた。
「 ごめん……」
「 もう、ホントしょーがねえなあ、ひーちゃんは……」
京一の声が聞こえた。そうして、どくどくと鳴る胸の鼓動をすぐ傍で聞いて、龍麻は目をつむった。
そういえば。
以前も、あの中国に一緒に行こうと言ってくれた夜も、心細かった自分に京一はこうやってぎゅっと抱きしめてくれたような気がする。
龍麻はそんなことをふっと思い出して、京一はやっぱりいい奴だ、優しいなと思った。
「 ひーちゃん、どうしてそんな哀しそうなんだよ……」
耳元で京一の困ったような声が響き、龍麻ははっとして慌てて涙を拭った。
「 何でもないんだ……」
「 んなわけねえだろが。だってひーちゃん、すごく辛そうだぞ。俺、何かひーちゃんの困らせるようなことしたか?」
「 ううん……」
「 じゃあ俺といるのが嫌だったか」
「 そんなわけない……」
「 じゃあ何で―」
「 京一こそ何で…俺なんかと一緒にいたいんだ」
「 え?」
言われた意味が分からないという風に京一は訊き返し、それからぐっと唇と噛んだまま沈黙する龍麻の顔を覗きこんだ。
「 何言ってんだよ、ひーちゃん?」
「 俺、分からないんだよ。何で京一みたいな奴が俺にこんな親切にしてくれんのかって。俺、お前に何も…何もしてあげたことない。いっつもしてもらってばっかりだった。なのに京一は俺なんかと一緒にいたいって言う。誕生日って言ったら、きっと大事な日なんだろ? 俺にはよく分からないけど、でもきっとそうだろ? お前のこと心から祝ってくれるいっぱいの女の子たちを断って、何で俺と一緒にいたいの?」
「 そんなこと考えてたのか、ひーちゃん」
どことなく呆れたような声が振ってきて、龍麻は恥ずかしくなり、ますます顔があげられなくなった。
「 悪いかよ…誰だってそう思うよ」
「 思わねェよ。普段の俺の言動見てれば、誰だって納得だよ。今日という日を俺がひーちゃんと2人で過ごしたいってのはよ」
「 何で」
「 何でじゃねェよ。俺がひーちゃんを好きだからに決まってるからだろ」
「 俺も好きだよ…」
「 だからそうじゃねえっての!」
京一は心底困ったような顔をしてから、龍麻を抱いていた両手を離してがりがりと自らの髪の毛をかきむしった。それでも泣き腫らしたような目をした龍麻が顔をあげて自分を見上げていると知ると、はっとしてからみるみる赤面していき、そっぽを向いた。
「 あのな、ひーちゃん。さっきの占い師の婆さんさ。俺のこと、『今日は世界一幸せだろ』って言ったんだよ」
「 ……………」
「 そりゃそうだよな。大好きなひーちゃんと一緒にいられたんだから。しかも2人っきりだぜ? そんでもってあの婆さん、まあ金が欲しくて適当に良い事ほざいたのかもしれないけどよ、俺の将来はずっとその…一緒だって言うからさ」
「 一緒って……」
「 だからひーちゃんと一緒ってことだよ」
「 …………」
「 俺、そりゃあ今までひーちゃんと一緒にいたけどよ、実は全っ然、一緒にいたって気がしなかったぜ。それって昼間も言っただろ。だってよ、いつもいつもひーちゃんの周りには誰かしらいたからよ」
仲間たちといるのは龍麻の中では必然だったというのに、それが実に煩わしい、腹立たしかったことのように京一は言った。
「 けどよ、だからって全く会えないでいるってのはマジでキツイ。ひーちゃんいないと駄目なんだよな、俺」
「 …………」
「 あーもう! ここまで言っても分からないのかよ!? だから、俺はひーちゃんのことが好きなんだって!!」
「 …………」
「 おい、ひーちゃん?」
「 ………え」
「 え、じゃねえよ! 何呆けてんだよ! 人が必死こいて告白してるってのによ!!」
「 告白」
「 そうだよ」
「 京一が」
「 そうだよ」
「 俺に」
「 そうだって言ってんだろ!!」
「 ……………」
「 ……………」
「 わあっ!!」
「 わっ!!」
突然叫び出した龍麻に、京一もつられて仰け反った。意表をつかれ、何も言えなくなっている京一に、しかし今度は龍麻がようやっと口を開いた。
「 そ…そんなの…! だって…嘘だろ?」
「 嘘じゃねえよ。ったく! そういう反応されるの分かってたから、言わなかったんじゃねェか!!」
「 だって……」
「 だってじゃねェ! だから俺は…一緒にいたいんだよ、ひーちゃんと!ずっと! 本当は今日だけなんかじゃなくな」
そして京一は更に思い立ったようにずばっと言った。
「 ずっと一緒にいないと、何か不自然なんだよ、俺たち」
だって一緒にいるのがフツーなんだ。
それ以外は、フツーじゃねえ。
そうだろ、ひーちゃん?
「 ……………」
その京一の台詞は、龍麻にもごく自然に聞こえた。フツーに聞こえた。
「 ………でも」
「 何だよ?」
否定的な言葉が龍麻の口から漏れて、京一は眉をひそめた。龍麻はそれで慌てたようになって首を振った。
「 俺…そんなの知らなかったから…。ただいつもと同じだと思ってたから。今日、京一のために何も用意してない」
「 あん?」
「 本当は用意したかったのに…。なのに…ごめん…」
「 あ……あはは……。何かズレてんなあ、ひーちゃん」
京一は気が抜けたようになって、もう一度龍麻の肩を抱き、それからそっと顔を近づけた。
「 なあひーちゃん。プレゼントなんかいらねえよ。ただずっと俺といてくれればいいんだからよ」
「 だって……俺は……」
お前の好きなものも、知らなくて。
「 俺はひーちゃんがすげー好き」
だって俺は京一の望みもずっと知らなくて。
「 な、だから俺とずっといてくれればいいんだよ」
「 ………それだけで」
「 ん?」
「 それだけでいいの?」
「 それだけって…なあ、そりゃあ、かなり凄いことだぜ」
「 そうなんだ……」
「 そうなんだよ」
「 でも…それって、俺にとってはフツーのことだから」
「 …ひ、ひーちゃん」
感慨にむせんだような京一の声。それから、京一は間髪いれずに龍麻の唇にほんの触れるだけのキスをした。
「 わ…っ」
驚いて思わず後ずさりした龍麻に、京一が苦笑した。
「 ひーちゃん、反応可愛すぎ」
「 だ、だって…いきなり…っ」
「 へへへ……。俺さあ、告白するなら、絶対今日って決めてたんだ! だってよ、戦いの最中はそれどこじゃねえし、それ以外は絶対2人っきりになれそうもないしよ!!」
そうして京一は実にしてやったりというような顔をして。
もう一度、龍麻の唇に優しいキスを降らした。
これが2人の、フツーのことだから。
|