独り占め



「 ふっざけんなッ! やってられるかよッ!」
  そう言って京一が叫んだ時、誰もが驚いた顔をして振り返ったが、一番その声にひるんだのは、距離的にも近くにいた龍麻だった。
「 きょ、京一…?」
「 くだらねー! つまんねー! もーう知らねえー!」
「 ちょ、ちょっと落ち着けよ! どうしたんだよ、一体?」
  龍麻が激昂する京一をなだめようと手を差し出す。−が、その手すら乱暴に振り払って、京一は龍麻のことを睨みつけた。
「 おい、どうしたんだ京一」
「 そうだよ、何怒ってんだよ京一!」
「 京一君…?」
  仲間たちが皆一様に京一に近づいてくる。そして、誰もが京一の怒りの原因が分からずに、口々にどうしたのかと訊いてくる。
  その周囲の戸惑った様子に、京一はより一層自らの内がメラメラと燃えたぎるのを感じた。

  旧校舎でいつものように、鍛錬をしていた。大体は醍醐か紫暮か、常に修行をしていなければ気がすまないような連中が皆で行こうと言い出す。今日もそんな感じで、醍醐が龍麻に「みんなで潜らないか」と持ちかけたのだった。
  丁度京一も先日の拳武館との事件で自らの力不足を痛感していた時だったから、その案には積極的に乗った。そして、当然のように相棒の龍麻にも声をかけたのだ。けれど、龍麻はそれを聞くとすぐにこう言ったのだった。
「 あ、じゃあさ。ちょっと待って。俺、呼びたい奴がいるんだ」
「 呼びたい奴…?」
「 うん。大勢で行ってもいいだろ?」
「 別に俺は構わねえけど・・・。紫暮やら劉やら、いつも率先して来る奴らなら醍醐が呼んでたぜ?」
「 ああ、違う。俺が呼びたいのは壬生」
「 壬生?」
「 そう」
  龍麻はそう言ってから嬉しそうに笑った。
「 この間、一緒に遊んだんだけど。今度旧校舎行くことあったら呼ぶからって約束してたんだ」
  この間? 遊んだ?
  龍麻の何気ない一言に引っかかった京一だったが、せっかく新しく仲間になった一人だったから、なるべく表に出さないように京一は平静を装って、ただ龍麻の話を聞いていたのだった。

  しかし。

  龍麻の誘いにすぐに応えてやってきた壬生は、京一が思っていた以上に「手強い」相手だったのだ。
  元々同じ師匠についていたということもあるのだろう。
  戦闘の上で龍麻と壬生の息は非常によく合った。また、壬生が龍麻のためにさり気なく後方について、カバーをしているのは明白で、そんな壬生に龍麻は本当に嬉しそうに微笑んだ。

  あんな顔、俺は初めて見るぞ。

  しかも。
「 わーすごーい。ひーちゃんと壬生君って二人で包囲陣できるじゃん!」
  小蒔はそう言って無邪気に拍手なぞをしていたが、京一には極めつけの出来事だった。
  二人はいつの間にか連携プレイでもの凄い必殺技まで見せ付けてくれるし、龍麻がそれで喜べば、あの鉄面皮の壬生も薄気味の悪いことに笑み見せるし。さらにさらに、龍麻がよろければ、そっと抱きとめたりもするし!!
  一体、これは何なんだ?
  まるっきりのカップルじゃないか!
  少なくとも、京一にはそう見えてしまったのである。
「 壬生〜。お前の蹴り技いいな! 今度俺にも教えて」
  そんな京一の心など露ほども気づかず、龍麻は旧校舎に潜っている間中、壬生にずっとくっついて離れなかった。
  そして壬生も。
「 龍麻。怪我はないか?」
  …なんて、カッコ良く聞いてみたりして。大体、知り合ったばっかでもう「龍麻」かよ!
  いつもいつも龍麻の後ろにいるのは俺だったのだ。京一はそう思った。
  本番の時もこういう演習の時も。いつも龍麻のそばにいるのは自分だった。龍麻も意識して京一の存在を確かめながら闘っている節があった。
  それなのに、壬生紅葉という男が入った途端、京一はまるで龍麻から度外視されてしまったかのように、蚊帳の外の住人になってしまったのである。
  そんなこと許されるわけがない。何故って、京一は龍麻のことをただの相棒以上の目で見ているから。ずっと惹かれていて、ずっと好きで、ずっと龍麻の「一番」でありたいと思っていて。
  …つまりは京一の単なる「嫉妬」というやつなのだが、それの何が悪いと京一は開き直っている。愛でもなければ、命をかけてこんなことやっていられない。
  それなのに、龍麻はそんな京一のことにはまったく気づいていない。
  旧校舎から抜け出て、龍麻がこう言ったのもいけなかった。
「 壬生、これから家帰るの大変だろ? 俺ん家泊ってく?」
  ぷっちーん。
  それで出て来たのが、冒頭のセリフ。

「 やってられるか!」

  龍麻をずっと見てきた京一にしてみれば、いきなり登場してきて、いきなり龍麻の横を取る壬生などという存在は許せるものではないだろう。
  けれど、京一は龍麻に自分の気持ちを伝えていないから、そんな風に怒ってみても、龍麻はもちろん、周囲の人間だって何が何やら分かるまい。
「 一体何に対して怒ってんだよ」
  京一の態度にいい加減頭にきたような龍麻がそう言って帰ろうとする京一を引きとめた。
「 うるせえな…」
  けれど京一は今の龍麻とは口をききたくない。まったくもって理不尽な怒りといえるが京一自身はそうは思わない。却って、自分の気持ちに気づかない龍麻の方が悪いとすら思っている。
「 うるさい? ああそうかよ! 何だよ、訳分かんねー奴!」
「 ああ? てめえ、ホントに分からないのかよ! 俺がむかついてる理由がよ!」
「 分からないから訊いているんだろ!」
「 てめえ、それでも俺の相棒かよ!? だからお前は―」
  鈍感で…時々、無性に殴ってやりたくなるんだ。
  けれども、好き。だから始末に終えない。
「 だから何だよ!」 
「 …ちっ。別に何でもねえよ!」
「 何でもないってことはないだろ、気になるだろ、言えよ!」
  龍麻も心底腹を立てたようになって京一を見据えた。こうなるともう京一はそんな龍麻から目が離せない。時々本当に危うげな瞳を見せる龍麻が、こうやって凛とした表情を見せる時。京一はたまらなく龍麻を抱きしめてしまいたくなるのだ。
「 龍麻」
  その時、壬生が合いの手を入れてきた。
「 え…? 何、壬生」
  龍麻の声色が突然優しいものになった。それで京一はますますむかっとなる。
「 悪いけど、僕は先に失礼するよ。…仕事が入ったんだ」
  携帯をしまいながらそう言う壬生に、龍麻は表情を曇らせて「そうか」と言った後、無理に明るい声を出した。
「 あ、あのさ、壬生。今度また電話していいか?」
  何なんだ、何なんだ龍麻の奴は〜! 京一は龍麻の困ったような、照れたような表情にくらくらする。
「 …待ってるよ」
  そして、壬生はそう言って笑った。
  ぐわー!
  それから周囲の人間にも軽く一礼をし、壬生は最後に京一を見つめた。
「 蓬莱寺」
「 な、んだよ…」
「 今日はすまなかった」
「 は?」
「 龍麻を独り占めしたことだよ」
「 !」
「 み、壬生?」
  壬生のセリフに、言われた京一はもちろん、龍麻、それに周囲の仲間たちも唖然として黙りこくった。一人、涼し気な顔の壬生だけがうっすらと笑みをたたえて、もう一度皆に言った。
「 では、また…」
  そうして音もなく去って行く壬生を、皆はしーんとして見送るのだった。



  めいめいがもごもごと言い訳のような言葉を紡ぎながら二人の元を去ると、その二人―京一と龍麻―は、何ともなしに並んで家路に向かった。
  気まずい。お互い出す言葉に迷い、何も言えずにいた。
  最初に口を開いたのは龍麻だった。
「 京一、まだ怒ってんのかよ…?」
「 ああ? 別に…」
「 ………」
「 ………」
「 京一」
「 何だよ」
「 お前、何で怒ってたんだよ」
「 …さっき壬生の野郎が言ってただろ」
  それでも分からないのなら、コイツは本当にどうしようもないにぶちんか、そうでなければしらばっくれているのだ。俺が龍麻を好きという事実を認めたくなくて、知らないフリをしているのだ。京一はそう思った。
「 俺と壬生がずっと一緒にいたから、頭きてたのかよ?」
「 ああそうだよ。悪かったな」
「 …ガキ」
「 ああ!?」
「 ガキだからガキって言ったんだよ。何だよ、それ? そりゃ俺はいつもお前と一緒に行動すること多かったよ。けど、それを今まで他の誰かが今日のお前みたいに文句言ったことあるか? 『京一は龍麻といつも一緒でずるい〜』なんていう風にさ。小学生じゃあるまいし、仲良しごっこしてんじゃないんだぜ」
「 うるせー! ガキはてめえだっ!」
「 何で俺がガキなんだよ!」
「 俺のこの感情をそういうガキの考えと一緒にしてるってのが、お前が何にも分かってねえ証拠だろーが!」
「 俺が何を分かってないって言うんだよ」
「 ……言うか」
「 な、何!?」
「 うるせえな! 言ってたまるか! もったいねえ! 絶対に俺は言わねえ! てめえに先に言わせてやる!」
「 だから何なんだよ!」
「 ……!」
  京一は憤る龍麻の胸倉をぐいとつかむと、無理やり自分の方へと引き寄せた。
  そうして、殴られるのかと思っている龍麻に、強引に自らの唇を押し当てた。
「 ……!」
  驚愕で目を見開く龍麻に、挑むような目で京一は返した。
  乱暴な口付けは、龍麻が抗ったことですぐに離されたのだが。
「 ……ざまあみろ」
  京一が勝ち誇ったように一言だけそう言うと、龍麻はみるみる赤面してぎっとそんな親友を睨みつけた。
「 お前…どういうつもりだよ」
「 …はっ! お前、まだそんなこと言うのか」
  あきれた馬鹿だ。それとも、こいつはまだ解らないとでも言うつもりだろうか。
  俺がお前を好きだということを。
「 京一! 何とか言えよ!」
  いい加減にしろ、と京一は思った。自分が引き寄せたくせに、龍麻を乱暴に押しやると、京一は龍麻に背中を向けた。
「 知るか! それより、お前はそっちだろ!  さっさと俺の前から消えろ! じゃあな!」
「 な、何だよ、その言い方は!」
  けれども京一は応えない。さっさと去って行こうとする。
  遂に怒りも頂点に達したのか、龍麻はひどい投げセリフを寄越して龍麻を置いて帰ろうする京一に向かって、思い切り強烈な飛び蹴りをくらわせた。
「 ぐはあっ!」
  思い切りくらって京一は前のめりになって倒れこんだ。
「 ぐっ! 龍麻、て、てめー!」
「 効いたか、馬鹿猿! 黄龍くらわせないだけ、ありがたく思え!」
「 くそ、いってえ…。本気で怒らせたいらしいな…」
「 うるさい! もうお前はとっくに怒ってんだろ! 俺だって頭きてるぞ! お前のその態度! 勝手に怒鳴って、勝手にキスして、何が壬生と一緒にいてむかついただ!」
「 むかついたからむかついたんだよ! 気持ちわりーな、べたべたしやがって!」
「 何ー!」
「 そうだろうーが! 女かと思っちまったぜ。思いっきり甘えてたじゃねえか!」
「 甘えて悪いか!」
「 こんのやろー…ついに開き直りやがったな…」
「 開き直るも何もねえよ! 俺は壬生に甘えたよ! いいだろ、俺はあいつが好きなんだから!」
  ……は。
「 …何?」
「 好きだって言ったんだよ。俺はあいつのことが好きだ」
「 …本気かよ」
「 悪いかよ!」
「 ………」
  最悪の展開だ。多少の目眩を感じながら、けれど京一は龍麻から目を離すことができなかった。
  考えてもみなかった。こいつが、誰かを。誰か一人に想いを寄せるなんて。それはいつかは訪れることだったのかもしれないが、それがこんなにキツイものだったとは。
  けれど、刹那。
「 ……へ。死にそうな顔してるぞ、京一」
  龍麻が口の端を上げて笑った。
「 ……!?」
  龍麻はここで振り上げていた拳を止めて、体勢を整えて立ち上がろうとした京一にどんと体当たりをした。京一はその勢いで、再び、今度はあお向けにだが倒れこんでしまった。
「 いって! てめ、何すんだ…!」
「 うるせえよ。嬉しくないのかよ? 俺がこんな近くにいてやってんだろ」
「 は?」
  そういえばそうだ。龍麻は思い切り京一の上に乗っかって胸倉をつかんではいるが、ぐっと接近して言った。
「 妬いてんじゃねえよ、京一」
「 だ! 誰がお前なんか―」
「 いいから、言えよ。俺からは絶対言わないぞ」
「 ……あんだよ」
「 言えって言ってんだよ」
「 他の…奴に惚れてる奴に…」
「 あ、そ! そんなことで諦められる程度なのかよ!」
「 ああ!?」
「 そうだろ! ああそう! じゃあいいよ! もう二度と訊かないよ! じゃあな!」
「 こ、こら待て!」
「 ………」
  龍麻が立ちあがって去ろうとするところを京一は止めた。急いで立ち上がり、振り返る龍麻をまっすぐに見やった。
「 好きだ」
「 誰を」
「 お前を」
「 お前って誰」
「 ……おい」
「 言え」
「 龍麻をだよ! 俺は緋勇龍麻に惚れてんだよ! 好きなんだよ!」
「 …もっと言え」
「 はあ?」
  龍麻のセリフに京一は思い切り面食らった。
  龍麻は再び京一に近づくと、制服の裾をつかんでぼそっと言った。
「 もっと言えって言ったんだよ。耳悪いのかよ」
「 ……好きだ」
「 ………」
「 好きだ好きだ好きだ! あ〜好きだ、こりゃ好きだ! 参った好きだ!」
「 適当―」
  龍麻が不平を言おうとしたところを、京一は思い切り強く抱きすくめた。そして更にぎゅっと力を強めて、そっと言った。
「 お前が好きだ。龍麻…俺の側にいろよ。他にいったりすんなよ」
「 ……京一」
  龍麻の京一を呼ぶ声も、ひどく静かだった。
「 お前のそばにいるのは俺だ。いきなり現れた奴なんかに…お前を渡してたまるかよ」
  京一の言葉に龍麻はこたえるように自らの腕を京一の背中に回した。
  京一が驚いて瞳を開くと、そこにはすっかりおとなしくなった龍麻の瞳があった。
「 馬鹿だ、お前…。俺なんかにそんな言っちゃってさ」
「 な、何言ってんだよ」
「 馬鹿だなあ。妬きもちなんかやいてさあ。何でもないんだよ、壬生とは。壬生は俺の兄弟子だよ? 仲間になれて嬉しかったから一緒にいただけだよ。そんなことも分からなかったのかよ?」
「 わか、るかよ、だってお前ら」
「 俺は」
  京一の胸に顔をうずめて、龍麻は言った。
「 お前が好きだよ。お前のことが一番。一番、大事」
「 ……ホントか?」
「 あーあ、信じてないか」
「 ち、違ぇよ! ただ、さ。あんまりうまくいくもんだから」
「 いかない方がいいのかよ?」
「 馬鹿! そんなわけねーだろ!」
  京一が慌てて語気を強めると、龍麻はおかしそうに笑った。
「 お前のそばにいるよ。京一が嫌だって言うなら、誰とも一緒にいない」
「 た、龍麻…」
「 ――なんてな」
  龍麻はそう言って再び笑ってから、京一の腕からするりと離れた。
  そうして「俺、帰る」。そう言って、曲がり角を歩いて行く。
「 お、おい龍麻!」
「 また明日な! 京一!」
「 ちょ、ちょっと待てよ!」
「 明日、二人でもっかい潜ろう!」
「 へ?」
「 百階まで行けたら、明日うちに来ていいよ!」
  龍麻の声は段々遠くなって、そして消えた。茫然としてその声を追っていた京一だったが、最後のそのセリフに、自然笑みがこぼれた。
「 っしゃあ…! 百階、行ってやろうじゃねえか…!」
  そうして、不敵の笑みを浮かべた京一は、木刀を夜の空にかかげた。



<完>





■後記…「嫉妬」っていうのは、恋愛ものには欠かせない要素だと思うのですが、ストレートな京一を思いっきりやきもちやかせるのって案外難しいですね。ちょこっとしか出ていない壬生がえらい良い役のような気が・・・。何だかやっぱり今読むと、すごく初々しい感じがする〜。今はこんな感じの話、書けない気が。