押し入れの冒険



  真神幼稚園には、怖いものが二つあります。
  一つは暗くてじめじめした「押し入れ」と。
  もう一つは、「美里婆さん」です。





「 わーい紗夜先生、『美里婆さん』のお話聞かせて〜」
「 人形劇やって〜」
  今日も園は賑やかです。子供たちの笑顔も絶えません。
「 こら、美里婆さんの人形劇はさっきやったでしょう? 続きはまた明日ね」
「 えーやだー。もっと聞きたいー」
「 美里婆さんの話〜!!」
  子供たちが言う「美里婆さん」とは、紗夜先生がよくやってくれる人形劇に登場してきます。とても怖い顔をした力の強い妖怪で、可愛い男の子を見ると、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、自分の背中に背負っている籠に入れては家に持ち帰って食べてしまいます。その時の様子を紗夜先生が臨場感たっぷりに演じるので、子供達の間で「美里婆さん」は大層恐れられていました。
「 ほらほら、みんな。もうお昼寝の時間でしょ。言う事を聞かないと美里婆さんが来てみんなを食べちゃうわよ?」
「 わー怖ーい!!」
  紗夜先生の言葉で、子供たちはわらわらとお昼寝部屋へと駆けて行きます。美里婆さんの威力は凄いのです。
「 お、ひーちゃん、それ何だ?」
  その時、園で一番の暴れん坊・京一がお友達の「ひーちゃん」こと龍麻が手にしているおもちゃを見てお昼寝部屋へ行く足を止めました。。龍麻が持っていたのは、黄色いミニカーでした。正直京一はそんな物には興味がありませんでしたが、大好きな龍麻をからかいたくて、つい意地悪な口調でこう言い放ちました。
「 ひーちゃん、いい物持ってるなあ。俺にも貸してくれよ!」
  それに対し、龍麻はぐっとミニカーを懐に隠すと恐る恐る言い返しました。
「 え…嫌だよ。だって京一はすぐに壊しちゃうから」
「 いいじゃねえかよ、寄越せよー!!」
「 やだってば!!」
  京一と龍麻は言い合いをしながら、どたばたと追いかけっこを始めました。もうみんなお昼寝用の布団に入っているのに、その周りを忙しなく駆け巡ります。
「 痛いっ!」
  その時、京一が既に布団の中に入っている小蒔ちゃんのことを踏んづけてしまいました。
「 こらー!! 二人とも、何をしているんですかッ!」
  するとこれを見ていた紗夜先生は、言う事を聞かない二人をとっ捕まえ、ズルズルと廊下に連れ出しました。
「 二人とも、いけない子ねッ!」
「 ……だって京一が」
「 言い訳は駄目よ、龍麻君。京一君、君もお友達を踏んづけて、もしそれで小蒔ちゃんのお腹が破裂したらどうするの」
「 あいつがそんなくらいで死ぬもんか! 俺は悪くない! ひーちゃんがケチなのがいけないんだ」
「 何だよ、京一!!」
「 んだよ、文句あるかよ!!」
「 こら二人とも、やめなさい!! そうですか、反省しないのね。それじゃあ、二人とも、『ごめんなさい』が言えるまで押し入れに入っていなさい」
「 えっ!!」
「 げー」
  龍麻は真っ青になり、京一はふてくされます。
  こうして二人は怖い物の一つである「押し入れ」に閉じ込められてしまいました。





「 ぐすん…」
  二段式になっている押し入れの上の段には龍麻、下の段には京一が入れられました。龍麻は真っ暗な押し入れの中でぐすぐすと泣いています。それでも自分は悪くないと思っているのでしょう、「ごめんなさい」とは言いません。京一は上から聞こえる龍麻の泣き声を聞いて、ただ頬を膨らませています。
  けれど、しばらくしてさすがに我慢できなくなりました。
「 なあ、ひーちゃん…泣くなよ」
「 う……ひっく……」
  龍麻の泣き声は京一には辛いものでした。京一は、誰より何より龍麻のことが好きでしたから。
「 悪かったよ。紗夜先生には謝りたくねえけど、ひーちゃんには謝る。俺、ひーちゃんと遊びたかっただけなんだ」
「 ………」
「 な、だから泣くなって」
「 だって……怖いよ」
「 怖くなんかねえよ! ただの押し入れだろ!」
「 だって……」
「 何だよ、俺がいるだろ」
「 だって京一の姿は見えないもん。それに…押し入れは美里婆さんの国へと繋がっている場所だって……」
「 あんなの紗夜先生の作り話だよ。ほらひーちゃん、俺、手伸ばすから怖くないだろ」
  そう言って京一は上の段に向かって手を伸ばしました。龍麻と手をつないで、少しでも慰めてあげたかったのです。すると。
  ひやりと。
  冷たい手が下りてきて、滑らかな感触が京一に伝わりました。
「 へえ、ひーちゃんの手って冷たいんだな。それにいやに…?」
「 うふふふふ……」
「 !?」
  その時、突然ふってわいてきた声に、京一はぎょっとして手を引っ込めました。
「 だ、誰だ!?」
「 うふふふふ……何て今日はツイているの……こ〜んな可愛い獲物が手に入るなんて……」
「 京一、助けて!!」
「 ひーちゃん!? ひーちゃん、一体どうしたんだ!?」
「 み、美里婆―」
「 美里お姉さんでしょ、龍麻?」
「 ぎゃー!!」
「 ひーちゃん!!」
  京一は思わず大声で龍麻を呼びましたが、しかしもう上からは人の気配がしません。京一はその後も必死に龍麻の名前を呼びましたが、声はどんなに耳をすませても聞こえてきません。
「 み、美里婆さんは…実在していたんだ! 龍麻が攫われた!」
  京一はどくんどくんと早鐘を打つ胸に手を当てて、美里婆さんが男の子を攫った後、どうするのかを思い出していました。
  確か紗夜先生は―。
「 大変だ! 俺のひーちゃんがテゴメにされる!!」
  京一がそう言って焦った時、不意にぽとんと上の段から何かが落ちてきました。
  それは龍麻が手にしていたミニカーでした。
  京一がそれを手に取ると、不意にベニヤ板の壁に穴が開き―とてつもなく長いトンネルが顔を出しました。
「 こ、これは…? 美里婆さんの国への入り口か!?」
  そしてミニカーはぽんと京一の手から滑り落ち、急に出現してきたトンネルに向かって走り出したのです!
「 そうか、これに乗って行けば!!」
  京一は突然巨大化したミニカーに飛び乗ると、美里婆さんの国に向かって車を走らせました。
  愛しい龍麻を救出するために―。
「 待ってろ、ひーちゃん! 今行くぜ!!」





  一方、美里婆さんに攫われた龍麻は―。
「 ……うふふふふ」
「 こ、怖い……」
  美里婆さんは龍麻を自分の家に連れてくると、すぐさま寝室のベッドに龍麻を押し込めました。
「 怖くないのよ…。うふふ…可愛がってあげるから……」
「 嫌だよ…京一、助けて…ッ!」
  ベッドに押し倒された龍麻は恐怖で動けなくなっており、ただ力なく京一のことを呼びます。龍麻は、この時自分がいかに京一のことを頼りにしているのかに気づきました。
  するとそんな龍麻の様子に不快な気持ちになったのか、美里婆さんはぴくりと薄い怒筋を浮かべると実に厳かな声を出しました。
「 無駄よ、龍麻。京一君如きがここに来られるものですか。私の可愛いペットをそこら中に見張りとして立ててあるのだからー」
「 ……京一……」
  龍麻は悲壮な顔をして、徐々に接近してくる美里婆さんを黙って見つめました。やはり身体は動きません。そしてそんな可愛い龍麻が美里婆さんにテゴメにされそうになった、まさにその時―。
  ドカン、バリバリバリッ!!
  突然、もの凄い轟音がしたと思うや否や、寝室の壁が一気に崩れ出し、外からミニカーごと突進してきた京一が顔を出しました!!
「 ひーちゃん、助けに来たぜ!!」
「 京一!!」
「 まさか、そんな…私のペットは…?」
「 へっ、あんなの俺の敵じゃねえぜ!!」
「 ウゴー……」
  見ると、崩れた壁の向こうで、「盲目の者」という名の美里婆さんのペットがズタボロにやられていました。
「 京一!!」
「 ひーちゃん、大丈夫か!? このババアに何かされてないか!?」
「 うん…っ。うん……!」
  龍麻は今まで動けなくなっていた身体を立たせると、ぎゅっと京一に抱きつき、涙をこぼしながら必死に頷きました。京一はそんな龍麻にズキンと胸が締め付けられるようになり、ぐいと自分の背中に愛しいその人を隠すと、目の前の美里婆さんと対峙しました。
「 龍麻は俺のだ! お前の好きにはさせないぜ!!」
  するとあくまでも余裕の美里婆さんは妖艶な笑みを浮かべて言いました。
「 うふふふ…馬鹿ね……。ここは私の国なのよ? 何もかもが私の思うがままなの。さあ、盲目の者! 立ち上がりなさい!!」
「 グオー!!」
「 げっ、復活しやがった!!」
「 京一、周り!!」
  見ると、盲目の者は復活した一体の他に更にその数を増し、そこら中に出現し始めたのです。
「 逃げよう、京一!!」
  龍麻が言います。しかしもう周囲は美里婆さんと盲目の者に囲まれています。
  万事きゅうす!!
  しかし、その時です!!

「 龍麻君、京一君。『ごめんなさい』は?」

  突然、天から紗夜先生の声が聞こえてきました。二人ははっとして声のする方向を見上げました。そしてお互いが固く手を握り合い、思い切って言ったのです。
「 先生、ごめんなさい! もう喧嘩はしません!」
「 俺も、ごめん! もう絶対にひーちゃんをいじめたりしないぜ!」
  すると。
  突然ぱあっと天から眩しい光が注がれ、二人の前から美里婆さんや盲目の者が消えていったのです。
「 うふふふふ……覚えてらっしゃい………」
  何故か最後まで美里婆さんは笑っていたのですが。
  二人は眩しいその光に包まれながら、けれどしっかりと手を握りあったまま、目をつむりました…。





  それから、どのくらいの時が経ったのでしょう。
「 龍麻君、京一君。よく素直に謝れたわね」
  二人が気がつくと、そこは押し入れの外でした。紗夜先生がきちんと「ごめんなさい」を言えた二人を暗闇から出してくれたのです。
「 もうお友達を踏んだりしちゃ駄目よ?」
  紗夜先生はにっこり笑って言います。
「 ひーちゃん…」
「 京一……」
  二人はしばし呆然としていましたが、もの凄い体験にしばし口をきくことすらできませんでした。しかし、しばらくして京一が龍麻の手を握ったまま言いました。
「 良かった、ひーちゃんが美里婆さんに食われなくて」
「 京一…助けに来てくれてありがとう」
「 もうひーちゃんを危険な目には遭わせねえ。ひーちゃんは俺が護るぜ」
「 京一…」
  こうして、二人は押し入れの中の大冒険によって見事に結ばれました。
  そしてそれ以降、真神幼稚園の押し入れは「縁結びの神・美里婆さん」がいるという噂で持ちきりになり、すっかり名所化してしまったのです。



  真神学園幼稚部にはありがたいものが二つあります。
  一つは不思議な世界への入り口である「押し入れ」と。
  もう一つは、美里婆さんです。


「 うふふふふふふ………」
「 ウゴーガオゴー♪」



<完>





■後記・・・というか補足/ これはある絵本のパロです。 私が幼稚園くらいの時に大好きで怖くて何回も読んだ絵本を元に書きました。 原題はこのタイトル同様「おしいれのぼうけん」。 本当のストーリーでは、「こわいもの」は「押し入れ」と「ねずみばあさん」。 婆さんは悪い子を攫ってはその子を食べてしまったり、ねずみにして自分の家来にしてしまったりします。 で、主人公の男の子二人が、ある日お昼寝の時間におもちゃの取り合いをして、女の子を踏んづけてしまう。 先生は怒っていわゆるお仕置きの場所「押し入れ」に二人を閉じ込め、二人が「ごめんなさい」を言うまで待ちます。 そしてそんな狭い押し入れに閉じ込められた二人の前に、ねずみ婆さんが家来のねずみと共に現れる…。 婆さんは「食ってやる」みたいな感じでねずみを差し向けてくるのですが、2人は押し入れから通じているねずみ婆さんの国に逃げ込んで、執拗な追跡からも手に手を取って逃げまくる。 …結局ラストは、喧嘩の元だったミニカーが急にでかくなって現れて、光が弱点のねずみ婆さんたちにライト攻撃して勝利なのですが…。 気がつくと二人は押し入れの中で眠りこけていて、でも「夢じゃないよね、あの冒険は」とかなって、その後先生や友達にも素直に謝り、めでたしめでたし…。 しかも、二人の冒険談を聞かされた子供たちは、押し入れとねずみ婆さんのファンになり、 「こわいもの」が「たのしいもの」に変わって完と。長い説明ですみません…。 でもこう書いてみると、途中から何か全く違う話になっている…?