ポテトチップスを食べる方法



  貴方の理想の恋人とは、どのような人ですか?
  頭がイイ人? 顔がイイ人? お洒落な人?
  それともやっぱり人間、中身? 優しい人がいいのかな? あ、でも…お金を持っている事は重要かも? 
  他にもたくさん、クリアしていたい事ってあると思うけど。


  貴方は、恋人には何を求めますか?



「 全部」
  龍麻はあっさりとそう言い放った。傍でそれを聞いていた親友の京一はげんなりとした顔をしてため息をついた。
「 全部って…どういう事だよ?」
「 だから全部だよ。頭は良くないと嫌だ。頭の回転が良い奴じゃないと話していてつまんないだろ。顔はやっぱり良いに越した事はないよな。毎日見るんだもん、綺麗な方がいいに決まってる。お洒落…そりゃ、汚い格好されるよりはいいんじゃない。優しい…当たり前だよな。優しくしてくれない奴なんか嫌だよ。お金。ない奴とは絶対に付き合わない!」
「 何でだよ」
「 何でって」
「 何で愛に金が必要なんだ?」
「 愛じゃ飯は食えないって、この間何かのテレビで言ってた」
「 受け売りかよ」
「 そうだけど。もっともだあって思った」
  龍麻はそう言ってから、傍にあったポテトチップスの袋をばりっと破った。それからすぐにその中に手をつっこんで次々と口に放り込む。京一はそんな龍麻の傍、仰向けになって寝転んでいたのだが、面白いように手と口を動かす相棒の姿をもっと良く見たくて、ごろんと半回転してうつぶせの状態から真っ直ぐな視線を向けた。
  京一がこうやって時々龍麻の1人暮らしの部屋へ遊びに来るようになってから、かれこれ三ヶ月は経つ。しかし、親友である龍麻は実際その事をどう思っているのだろうかと京一は思う。別段2人で何かするわけではない。普段が普段なので龍麻も疲れているのだろう、部屋では愚痴を言うか寝るか。または今日のように意味もなく大食いをしては、訳の分からない話をぽつぽつとするだけだった。京一などいてもいなくてもいいような感じだ。
  それでも京一は暇さえあれば龍麻の部屋へ押しかけた。龍麻もそれを拒みはしないから、嫌ではないのだろうと勝手に思う事にしていた。
「 しかしよ、ひーちゃんは男なんだから金くらい自分で何とかしろよ」
  京一が先刻の話題について意見を述べると、龍麻は眉間に皺を寄せた。
「 何で男だと金持ってないといけないんだ」
「 だって相手に金出させるのかよ。何かヒモみてえじゃねえ?」
「 駄目かな」
「 駄目かなって…。そりゃまあ、駄目じゃねえけどよ」
「 京一。このポテトチップスを食べるのだって、とても大変なんだぞ」
  龍麻は食べる口を一旦止めて、喋る口へと移行してきた。
「 ん……何の話だ」
「 これ一袋の値段なんてそう高くないように見えるだろ。でも、実際買うには金が要る。でも俺は黄龍の器様の仕事で忙しいからバイトもできない。困った。さてどうする」
「 鳴瀧のおっさんに買ってもらう」
「 まあそうだな」
「 ……まだ何かあるのか」
「 あの人にはあまり借りを作りたくないよ。俺の事好きみたいだから」
「 はあ?」
  何でもない事のように言われた台詞に京一は面食らったが、龍麻は飄々とした顔のまま素っ気無く言った。
「 だから他の作戦が必要だ。さあどうする」
「 どうするって……。実家の親に仕送りしてもらうとかか? それより鳴瀧のおっさんの事―」
「 ぶー、実家は外れ。お前、俺に実の親いないの知ってて、そんで俺があんまり実家の話しないの知ってて、よくそういうギリギリの話するな」
「 あ…話振られるの嫌だったか」
「 嫌だった」
「 悪ィ」
「 いいよ、許す」
  あっさり龍麻は言って、それから京一と視線を合わせる為か、不意に自分もその場に寝転んで仰向けのまま京一を見やった。丁度京一が見下ろした視線の先に龍麻のアップがある按配だ。
「 他にも何かあるだろ」
「 何か…って、何の話だっけ」
「 俺が自分で働かずしてポテトチップスを食べる方法だよ」
「 ああ、えーと…って、おい! それより鳴瀧のおっさんの事―」
  けれど龍麻は京一の問いにはまるで応える気がないのか、いきなりばちんと京一の鼻を指で弾いた。
「 ……ッテェなあ! 何すンだよ、ひーちゃん!」
「 お前がいつまで経っても正解を言わないからだろ」
「 正解って何だよ」
「 俺がポテトチップスを食べる方法だよ」
「 どうでもいいだろが、そんな事よ!」
  段々面倒臭くなってきた京一は投げやりにそう答えた。すると、龍麻は今まで保っていた無機的な顔を一瞬だが曇らせた。
「 ひーちゃん……?」
「 …………俺の話、つまんない?」
「 あ…いや、そういうわけじゃないんだけどよ…」
「 でも京一、どうでもいいって顔してる」
「 そうじゃなくて…ひーちゃんが何を言いたいのかよく分からねェからよ」
「 簡単だろ」
  龍麻はそれで今度は怒ったような顔になり、ごろんと身体を反転させて京一から顔を背けた。京一はそれで少しだけ困ったようになり、腕を伸ばしてそんな龍麻の髪の毛に触れた。龍麻の髪の毛はさらさらとしていて、触るといつまでもいじっていたくなった。
  だから京一は2人だけの時、よくそうして龍麻の髪の毛を撫でた。
  龍麻もこれをするととても静かになって京一に従う感じになった。
「 おいひーちゃん、何いじけてんだよ」
「 ………別に」
  やはりだ。京一に撫でてもらっているせいか、龍麻の口調はおとなしいものに変わっていた。京一はほっとして更に優しく声をかけた。
「 じゃあこっち向けって」
「 …………」
  京一に言われ、龍麻は素直に顔だけ振り返って視線を向けてきた。その甘えるような瞳に、一瞬だが京一はどきんとした。
  おかしい。
( 何でひーちゃん見ただけでどぎまぎしてんだ、俺は…)
「 なあ京一」
  そんな京一の戸惑いなどには構わず、龍麻はふっと口を開いてどことなく心細そうな声を出した。
「 な、何だ…?」
  未だ動揺を隠しきれないような京一に気づかないのだろう、龍麻はぼんやりとした視線を宙に浮かしたまま、ぽつりと言った。
「 俺がさあ…もしこの戦いで死んだらさ…」
「 ば…ッ! な、何言ってンだよ!」
  何でもない事のようにさらりと発せられたその台詞に京一がぎょっとして龍麻に触れる手を止めると、龍麻は哀しそうな目を向けて少しだけ笑った。
「 『もし』って言ってるだろ。死なないように努力はするよ」
「 …った…当たり前だ、バカ! 不吉な事言ってンじゃねえ!」
「 だから。もう、聞いてよ」
「 何だよ!」
「 死ぬつもりはないんだけど、もし何かの弾みで俺、死んじゃったら…。その時はさ。京一は…泣いてくれる?」
「 ……だから何だよそれは…ッ!」
「 俺は京一が死んじゃったら泣くよ?」
  それは何だか必死な言い様だった。京一はどうしてかそんな龍麻を直視する事ができなかった。
「 勝手に俺まで殺すンじゃねえよ」
「 …………」
  何とかふざけた口調で笑わせようとしたが、しかし龍麻は、今度はちらとも笑顔を見せてはくれなかった。
  ただ真摯な目を向けたまま、じっとこちらを見据えてくるだけ。
「 ひーちゃん……」
「 俺は、京一が死んだらずっと泣いてる。死ぬまで泣いてる」
「 おい……」
「 京一はバカだし…金も持ってないけどさ…」
「 わ、悪かったな!」
「 でも……」
  それきり龍麻は口をつぐんだ。そうしてまたごろんと身体を回転させ、そのままの勢いでごろごろと床を転がってリビングの端まで行くと、京一から完全に背を向けてしまった。
「 …………」
  その背中は。
( あんなに小さかったっけ…?)
  何だかとても心細そうで寂しそうに見えた。
  いつもいつも。偉そうにしているくせに、平気な顔をしているくせに。
「 ひーちゃん」
  だから、声をかけずにはおれなかった。
「 ひーちゃんって!」
  一度では応えてくれなかったので、二度かけた。すると遠くからくぐもった声で「何だよ…」と、何だか泣きそうな声が漏れてきた。
「 俺よ…ひーちゃんの言う通り、金持ってねえよ」
「 …………」
「 けどよ」
  ああこっち向けよ、と京一は思った。それでもその未だ背中しか見えない相手に言葉を投げる。
「 スナック菓子くらいだったら、いつでも買ってやるからよ」
「 …………」
「 だからまあ…鳴瀧のおっさんに買ってもらうのは絶対やめろよ」
「 …………」
「 分かったのかよ、ひーちゃん」
  何も応えない龍麻に、京一は焦れて痺れを切らしたような声を上げた。
  すると、ようやく龍麻は微かに肩を揺らして。
「 ……うん」
  本当に小さな声でぽつりと返事をしてきた。
「 分かった……」
  そしてちらと振り返ってきたその顔は、ほんのりと赤く染まっていて、京一の胸をまたどきりとさせた。


  以前から知っていたはずなのに、京一はこの時になってやっと自分が龍麻の傍にいる理由に気がついた。



<完>





■後記・・・相思相愛一歩手前。こんな感じのばっか書いていますが、京主はやっぱこのくらいの位置が1番居心地が良い感じがするのです。ひーが何気に甘えたりして京一が寄りかかられる事によってようやく自分の気持ちに気づいて途惑うみたいな!やっぱ京主は良いです。