ランプの贈り物 「 ばか」 「 バ…ッ!? バカ!? そりゃ俺に言ってンのかよッ!?」 「 お前しかいないだろ、ここに。バカだからバカって言ったんだよ。ガキじゃあるまいし、くだらない事でぐだぐだ言うなよ」 「 こ、この〜! たとえひーちゃんと俺の仲でも、そこまで言われたら俺だって我慢の限度越えンぞ! あぁそうかよ分かったよ! だったら勝手にしやがれ!」 「 するよ、馬鹿」 「 けっ!」 …そんなやりとりをして京一が龍麻と別れたのは、日曜日の夕刻の事だった。 「 ちっ…。ったく、何なんだよ龍麻の奴…!」 夕陽に赤く染まった街並みを1人で歩きながら、京一は未だ興奮冷めやらぬという風に先刻別れたばかりの「親友」に毒づき続けた。 龍麻が京一の通う真神学園に転校してきてから既に半年ほどの月日が流れていたが、それまで自分たちはとてもうまくやってきていたと、少なくとも京一の方は思っていた。自分たちは周囲の仲間たち誰もが認める「親友」だし「相棒」だった。だから大概はいつも一緒。時に京一の悪ふざけが過ぎる時も、龍麻は優しく笑って許してくれたし、逆に龍麻の機嫌が悪い時は京一が笑ってそれを受け止めたりもしてきた。互いに相手を思いやりながら、共に闘って共に笑いあって共に支えあってきた自信が京一にはあった。 それなのに。 「 俺は悪くねえぞ…!」 京一は誰に言うでもなく、むしろ自分自身に確かめるように強くそう言ってから、ぎりと唇を噛んだ。 ここ最近、龍麻の様子は明らかにおかしかった。 どことなくそわそわとし、京一が何か話しかけても上の空。休みに遊びに行こうと誘っても用があるからと素っ気無く、今日のように仲間たちと旧校舎へ潜ろうとなっても、龍麻は何故か京一以外の人間と組んで闘いたがった。 避けられていると思った。面白くなかった。 だから京一は龍麻に正直に言ったのだ。どうして自分と近くで闘わないのかと。今までは一緒に組んで大敵に挑んでいったし、方陣技だってよく使った。それなのにどうして最近は自分を避けてばかりいるのかと。 「 その答えが『バカ』かよ…!」 思い出すだに腹が立ち、京一は目の前にあった石ころを思い切り蹴り飛ばした。幸いにしてその怒りの石つぶては誰に当たるでもなく、前方の電信柱にぶつかって転がったが、京一はその光景を眺めてまた胃のあたりがぐらぐらと煮え立つのを感じた。 一体どうして龍麻はあんな風に自分に対して距離を取るようになってしまったのだろうか。気づかないうちに何か龍麻の気に触る事でもしたのか…。しかしまるで覚えがない。覚えのない事で当たられても逆にこちらこそ苛立たしくなるというものだ。そんなに避けるというのならこっちであいつを避けてやる。…そうも思うのだが、しかし京一は自分がそういった事を徹底的にできない事を知っていた。 龍麻と一緒にいられないだけでこんなにストレスが溜まる。それを痛いほどに自覚していたから。 「 あ……?」 その時だ。 あまりにも頭にきていたせいだろうか。 京一はハッと我に返って顔をあげた。闇雲に歩いていたつもりはなかったが、いつの間にか駅への道から逸れて見知らぬ裏通りに迷いこんでいた。 「 どこだ、ここ…?」 新宿で知らない場所など殆どないと思っていたが、京一が出くわしたその細い一本道の裏通りは、周囲を見知らぬ灰色の ビルディングに囲まれた実に怪しげな空間だった。まだ夕刻だというのにそのすっぽりと闇に覆われた袋小路は、京一に敵の出現を予測させた。 「 ………!」 しかし息を潜めて辺りを伺っても、そこに殺気は感じられなかった。それどころかどことなく柔らかい空気すら漂っているような気がした。京一はただ戸惑った。 「 ……だがまあ、とりあえずは回れ右だな」 敵の気配は感じられないが、ここが普通と違う事だけは確かだ。京一は何はともあれここから出る事が肝要だろうと、くるりと踵を返し今来た道を戻ろうとした。 と、その振り返った先の自分から二、三歩先に、ふと何か光る物が落ちているのが目に入った。 「 何だこれ? さっきまであんなのなかったよな?」 京一がいぶかしみながらそれに近寄って目を凝らすと、そこには銀色に光る小さなランプが落っこちていた。あちこち擦り切れたような傷がついていたが、外装には小洒落た獅子や鳥のデザインが施されていて、どことなく高貴な雰囲気が漂っていた。 「 へ…売れるかな?」 思わずそんな不埒な考えがよぎり、京一はふやけた笑いと共にそれを手に取った。するとその瞬間、ランプの注ぎ口からいきなりキンキンとした声が京一に投げかけられた。 「 ワラワヲ売ルダト! コノ無礼者メ!」 「 ぎゃ!」 突然のことに京一は拾い上げたランプをがたりと下に落としてしまった。しかしその声を発したランプは自らジャンプして宙に浮くと、更に激昂したような声をあげた。 「 ワラワヲ落トスナ! コノ痴レ者ガッ!」 「 な…な…?」 「 ……トハ言ウモノノ、ココノ結界ヲ解イテクレタ礼ハセネバナルマイ……」 「 は?」 今度は機械じみた聞き取りにくい声が京一の耳に木霊した。しかしそれに眉を潜めたのも一瞬で、凝視していたランプは突如として自ら蓋を開き、中からもくもくと白い煙を出してきたかと思うと、それを一気に京一めがけて放出してきた。 「 おわ…っ、な、何だあ!?」 そしてその白い煙は逆らう間もなく京一の身体をすっぽりと覆った。そうして京一の意識もそれにくるまれるようにして、すうっと遠のいてしまった。 目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。 「 う…ここは…?」 訳の分からない白い煙を吸いすぎたせいだろうか。くらくらとする頭を抑えながら京一は頭を抱えた。それから改めて辺りを見渡す。 そこには何もなかった。 永遠に続くかのように見える地平線と、白い地面。それだけだ。 ただ目の前にはあの気を失う前に見た喋るランプがぽつんとあった。 「 そ、そうだ。突然これが喋って俺を…」 しかし京一がそう言いながらそのランプに手を触れようとするとー。 「 気安ク触ルナ!」 「 おわっ!」 再びそれは威厳のある声を出して京一を威嚇した。どうやら夢ではなかったらしい。 「 な、何なんだ一体…」 「 ワラワハ魔法ノランプナリ」 「 ま、魔法のランプぅ!? あ、あの絵本とかに出てくるやつか?」 「 偉大ナルランプナリ。オ前ノ願イヲ三ツダケ叶えてヤロウ」 「 はぁ…?」 ランプは粛々としてそう言った。京一はぽかんとしたままただその場に腰をつき、目の前の銀のランプを見つめた。 「 願いを…って。マジか?」 「 マジダ」 ランプはそう言い、がたがたと揺れて「早クシロ」と催促した。 「 ちょ、ちょっと待てよ…。これは夢なのか? まあ、そうなんだろうな? じゃあ思いっきりバカバカしい夢を言ってもいいんだよな? 例えば『百億寄越せ』とかよ」 「 了解」 「 は?」 京一が唖然としている間にランプはあっさりとそう答え、そしていきなり自らの蓋から京一を包んだあの白い煙を出し、その後大量の札束をドサドサと放出し出した。 「 う…うおおおお! す、すげえ、これホンモノかよ…!」 「 当タリ前ダ」 「 すすすす…すげええ…。お、俺これで一生遊んで暮らせるな…!」 「 ココノ世界デハナ」 「 は?」 京一の呆けた声に、ランプは何故か侮蔑の表情をしたように見えた。顔などないのに、だ。 「 ワラワノコノ世界トオ前ノアノ世界ハ異ナルモノ。ヨッテココデハワラワノ魔法ハ絶対ダシ、ソコカラ生マレシモノモ絶対ダガ、オ前ノ世界ニ帰ルトソレハ消エル。ダカラコレモココデシカ使エナイ」 「 な、何い!? じゃ、じゃあこんなのあったってまるで意味ねえじゃねえか!」 「 ダカラ物デナイモノヲ願ッタ方ガ賢明ダナ。サァ、願イハアト二ツ。早ク言エ」 「 こ、このやろう…。ここでしか叶わないんだったら何の役にも…ん……」 「 早ク言エ。ワラワハ待ツノガ嫌イダ」 「 …………」 段々と態度がふてぶてしくなる魔法のランプを前に、京一は突然黙りこんでその場に胡座をかいた。そうして髪の毛をぐしゃぐしゃとかきまわした後、ぼそりと言った。 「 じゃ、じゃあよ…。可愛いひーちゃんを出せ、とか…できるか」 「 了解」 「 まっ…マジか!? おい、あのくそ生意気な龍麻じゃねーぞっ。俺好みのしおらしーくて、俺の言うなりになるひーちゃんがいいんだぞっ」 「 了解」 ランプはまたしても平然としてそう言い、それから再び白い煙をもくもくと出し始めた。 「 ……な、何なんだ、これは……」 そして茫然とする京一の前に、その「龍麻」は現れた。しかも煙が完全に消えると、その龍麻の今産まれたばかりのような一糸も纏わぬ姿はより鮮明に京一の視界に映し出された。 「 ひ…ひー……」 「 きょ…いち……?」 ランプから現れた龍麻は、自分自身ここに現れた事に困惑しているようで、おどおどしたように辺りを見渡した後、ようやく自分の現在の姿に驚愕して声をあげた。 「 や…! な、何で…こんな…ッ」 「 ひ、ひーちゃん……」 全裸の龍麻は一気に顔を赤くして京一から身を隠すようにして背中を向けた。微かに震える肩がいじらしい。京一は俄然自分の中の熱が上昇するのを感じながら、そんな龍麻に近づいた。 「 本当に…ひーちゃんなんだよな…?」 「 やだっ。こ、来ないでよ京一…! な、何なのこれ…!」 「 な、何なのって…俺もよく分からないんだけどよ…」 「 さ、さっき俺と喧嘩したからおかしな事して俺を笑いものにしようとしてるんだろ! ひどいよ、京一…!」 先ほど自分たちが喧嘩をした事を覚えている。どうやら記憶も現在の龍麻のものを持つ「本物」のようだ。そのリアリティに京一はゾクリと背筋が震えるのを感じた。 「 そ、そんなんじゃねえよ…。俺はただ…」 「 や! さ、触らないで京一!」 フラフラと近寄りながら龍麻の肩先に触れてきた京一に、龍麻は更に怯えたような声をあげた。しかし京一の方はそれで完全に自分の中の理性が飛び、つい勢いのままに嫌がる龍麻の身体を背後から拘束してしまった。その突然の京一の所作で龍麻の身体はぴくんと跳ねた。 「 きょ…!」 「 違うんだ、ひーちゃん…。俺、俺、ただひーちゃんと仲違いしてんのが嫌だったんだよ。最近…ずっと一緒にいられなかっただろ」 「 京一……」 耳元でそう言う京一に、龍麻は次第に静かになっていった。 「 俺、何でひーちゃんが突然俺のこと避けるのか分かんなくてよ。最近すげえイライラしてたんだ。俺、ひーちゃん怒らせるような事、何かしたか…?」 「 …………」 「 なあ…俺、それが訊きたくて…」 しかし龍麻はその問いにすぐに応えなかった。けれどやがて自分を抱きしめる京一の手をぎゅっと握ると、本当に小さな声でぽつりと言った。 「 したよ……」 「 え?」 その言葉に京一はぎくりとなって顔をあげた。龍麻を抱く腕は緩めなかったが。 「 な…俺何したんだ…? やっぱ何かあって俺と距離とってたのか? だったら何で言って…」 「 京一のせいなんだから…」 「 だから何なんだよ。言ってくれなきゃ分からないだろ?」 「 …………」 しかし龍麻はそれきり黙りこくり、やがてひくひくと嗚咽を漏らし始めた。京一は後ろからそんな風に小さく泣く龍麻の姿に目眩を感じ、抱きしめる腕から汗が噴き出すのを感じた。龍麻の事は以前から好きだったが、こんなにこの親友の事を「可愛い」と思ったのは、もしかするとこれが初めてかもしれなかった。 龍麻を親友以上の目で見ていた自分。それを隠していた自分。それに苛立たしさを感じていた自分。 その全ての感情が京一の内から溢れ出してきたかのようだった。 「 ひ…ひーちゃん…」 京一はもう一度しっかりと龍麻を後ろから抱きとめ、そしてその耳元にそっと舌を這わせた。 「 やっ…」 「 ……ッ!」 龍麻がそれに敏感に反応を返してくるともう駄目だった。何かに押されるように京一は龍麻の耳朶を噛み、中に舌を差し入れたりしながら、徐々に頬や首筋にも舌を這わせ始めた。 「 あ…あ、駄目…京一…ッ」 「 何でだよ…」 京一は息を荒くしながらそれだけを言い、龍麻の素肌にも愛撫を加え始めた。しかし龍麻はそのいちいちにびくびくと身体を震わせ、真っ赤な顔をして京一の行為から逃れようとした。 「 駄目…駄目だったら、京…ッ」 「 んな事言われると…余計燃えるんだけど…」 「 ひっ…や…やだあ…ッ」 遂に龍麻はぽろぽろと涙をこぼして泣き出してしまったが、それがまた京一の熱をより一層煽った。多分これは夢で、本当の龍麻だったらこんな風に自分の愛撫に感じたりはしないだろう。思い切り拳を繰り出して蹴りを放って自分を罵倒してくるに違いない。 この龍麻はどうせ魔法のランプが出した「龍麻」なのだ。だから何をしても許されるような気が京一にはしていた。 京一は後ろから舌を這わせつつ、暴れる龍麻を片手で抑えて、もう片方の手で龍麻の性器を思い切り握りこんだ。 「 ぃ…ッ!」 龍麻は喉の奥の方で悲鳴に近い声を漏らし、それからびくびくと身体を揺らしてから更に京一に逆らおうと身体を捻った。しかし京一は頑としてそんな抵抗を軽く抑えつけたまま、更に龍麻のものを扱き、激しく擦っていった。 「 ん…ん、はぁ…っ…きょ、きょお…」 「 可愛い声…。すっげえ興奮する…」 「 や…だ…」 「 やだやだ言われると余計やめたくなくなるんだよな」 京一は段々と大人しい龍麻に対して意地悪な気持ちになっていき、嫌がって泣く相手には構わず、手を動かし続けた。 「 はっ…!」 「 早かったな……」 そうして龍麻があっさりと精を出してしまうと、京一はそれで濡れた自らの手をぺろりと舐めた後、そのまま龍麻を後ろから押し倒して自分もベルトを外し制服のズボンを下げた。 「 きょ、京一…?」 茫然として泣き腫らした目を向ける龍麻にゾクゾクしながら、京一はもう何も答えずに龍麻を後ろから拘束して、先ほど濡れた指を龍麻の深奥にねじ込んだ。 「 ぃ……ッ!」 龍麻はその突然の所作で絶句し、立ち上がろうとしていた体勢を崩して再びがくりと膝をついた。京一はそんな龍麻を片手で支え、再び愛撫を加えながら、尚も差し込んだ指をぐりぐりと奥の穴に押し込み続けた。 「 いっ…痛い…! やだ…やめ…京…ッ」 「 いきなりじゃ入らないだろ」 「 な…や、やぁ…あん…ッ!」 奥を指で突かれながら尚も前は京一によって性器を弄ばれ、龍麻は快楽と苦痛で混乱しきっているようだった。喘ぎ、再び涙をこぼして京一にやめて欲しいと懇願した。 それでも京一はそんな龍麻の姿を見ているだけで自分のモノが勃ちあがるのを感じていた。 「 も…俺、限界…。挿れるぜ、ひーちゃん」 「 や…やだ…こんなの…」 「 いいだろ、俺、ひーちゃん好きなんだから」 「 ………ッ」 何気なく言った京一のその台詞に、龍麻はぎゅっとつむっていた目を更に固く閉じて唇を噛んだ。ひどく辛そうな顔をし、両手を地面についたまま下を向いている。京一はそんな龍麻を背後から眺めたまま、欲望のままに自分のものを差し入れた。 「 ふ…ッ」 「 やあっ…んぅ…!」 2人は同時に声をあげたが、やがて京一が強引に腰を奥に進めて完全に龍麻の中に入ってしまうと、龍麻はその痛みをこらえるようにただ下を向き、身体を震わせていた。 「 …ッ……ひー、ちゃん」 京一は高まる熱を抑えきれず、興奮したまま龍麻を呼んだが、声は返ってこなかった。それが何だかひどく不安で、京一は強引に腰を振り、更に龍麻を追い込み始めた。 「 …っ…!」 さすがにきつかったのか龍麻は首を上げて反応を返した。それでも必死に声を出さないようにしている。京一がそんな龍麻に近づいて項にキスをしたが、龍麻はそれを嫌がって首を横に振った。 「 そんなに…俺が嫌かよ…」 京一がつぶやくように言うと、龍麻は「京一…」と意外にも早く声を出した。そうしてふっと背後にいる京一を見ようと視線を送ろうとしてきた。それは叶わなかったのだけれど。 「 京一こそ…俺のことが嫌いなのに…」 「 何言ってんだよ…」 「 こんな時だけ適当に…好きとか言って…」 「 ひーちゃん…?」 「 ひどい…京一の…ばか……」 「 な、何言ってんだよ、ひーちゃん…」 「 ばか……」 ばか。 瞬間、京一は先刻別れた龍麻が自分に言った台詞を思い出した。 一言「バカ」と言った龍麻のあの顔。あの時は本当に侮蔑したような顔で言われたと思った。頭にきて悔しくて憎らしくてどうしようもなかった。龍麻を好きだったからこそ、頭にきたのだ。 けれどよくよく思い返してみるとあの時の龍麻の顔は。 「 ひー……」 「 ……ッ。京…一ぃ…ッ」 ぽろりと地面にこぼれる龍麻の涙が光って見えた。京一はドキンとしてそんな龍麻の姿に釘付けになった。 そうだ。 あの時の龍麻の顔は、泣き出しそうではなかっただろうか。 「 龍、麻?」 そして茫然と京一がその名を口にした時。 「 時間切レダ。イツマデモ待ッテオレン。最後ノ三ツ目ノ願イヲ言エ」 「 は……」 いつその姿を再び現したのか。…というよりも先ほどからその場にいたのか、銀色のランプがズボンをおろして下半身剥き出しのままの京一に素っ気無く言った。その空間には京一と、ランプだけ。先刻まで自分と繋がっていたはずのあの龍麻の姿はない。魔法の効力が切れたようだった。京一は唖然とした。 「 マジかよ…俺、最後までイッてねえっての…」 「 ソレガオ前ノ三ツ目ノ願イカ」 「 途中で終わっておいてそれかよ、汚ねえな! いいよもう!」 京一はランプに向かって怒鳴った後、いそいそとズボンをあげてからしばらくしんと何事か考え込むように再びその場に胡座をかいた。 龍麻のあの悲しそうな顔と喧嘩別れした時の龍麻の顔がだぶっていて、京一は胸の中がもやもやとしていた。 「 ……あのよ」 だから京一はランプに言った。 「 何ダ」 「 あんな幻じゃなくてよ…。可愛げなくていいから、いつものひーちゃん出してくれるか」 「 ソレガ三ツ目ノ願イカ」 「 俺…何でひーちゃんが俺を怒ったのか知りてえんだ。俺、ホントに何も覚えがなくてよ…。だから余計たまんねえんだよ。ひーちゃんに素っ気無くされたり…傷ついた顔されたりすんのがよ」 京一はハアとため息をついた後、ランプをじっと見やった。 「 俺、今さらだけどよ…。本当はずっと前から知ってたんだと思うんだけどよ…。何か改めて分かっちまった。俺、ひーちゃんのことが好きみたいなんだ。相棒とか…そんなんじゃなくてさ…」 「 ……そんな事」 「 !?」 その時、突然京一の背中に声が投げかけられた。 「 そんな事、俺はとっくに自覚してたのに」 「 ひーちゃん!?」 京一が驚いて振り返るとそこには龍麻の姿があった。今度は制服を着ている。あの先刻別れたままの龍麻だった。 「 ひーちゃん…そっか、三つ目の願いがかなったか」 「 …京一」 龍麻は無機的な顔のまま、静かに京一の傍に歩み寄った。そして立ち上がってこちらを見やる京一を少し見上げるようにしてぽつりと言った。 「 俺…京一の傍にいるの辛かった」 「 え……」 龍麻のその台詞に京一はドキンとした。 「 京一はいつだって俺を相棒とか親友とか都合のいい言葉でくくって俺の傍にいたけど、でも俺の本当の気持ちとか…全然分かってなくて」 「 ひーちゃんの気持ち…?」 「 俺、段々辛くなってた。京一の近くにいるの。もう嫌だった。京一は強くなる事ばっかり考えてて、実際どんどん俺を置いて遠くにいっちゃうみたいで…。それでいて俺のこの気持ちなんか知らないで、ふっと思い出した時だけ俺に優しくして…」 「 そっ…俺、そんな風にひーちゃんと接してねえよっ!」 龍麻のその発言に京一はただ愕然として必死にそう叫んでいた。龍麻がそんな風に自分の態度を悲しんでいたなど、気づきもしなかったから。 龍麻はそんな風に思っていたのか。 「 ひ、ひーちゃん…。自惚れた事訊くようだけどよ…。もしかして俺のこと…好きだったのか?」 「 ………」 龍麻はすぐに答えなかった。ぐっと下を向き、先刻の「可愛らしい」龍麻のようにやや頬を染めて視線を逸らす。そんな龍麻に京一の胸は再度ドクンと高鳴った。 「 ひーちゃん…?」 「 そう…言ったら…?」 「 ひーちゃん…」 「 お前はどうせ気持ち悪いって言うんだろ…」 龍麻は言ってから遂に涙をこぼして京一から身体ごと視線を逸らした。 「 ……龍麻」 京一は半ば信じられない気持ちでそんな龍麻の姿を茫然と見つめた。あんな風に素っ気無くされて自分はこんなに苦しんでいたというのに。龍麻も同じような事で辛い思いをしていたなんて。 殆ど無意識に、京一は龍麻の肩を抱くため腕を伸ばしていた。 「 気持ち悪いって…? バカじゃねえの…」 「 な…んだよ」 「 バカはやっぱひーちゃんの方だ。んな事…言うわけねェだろ!」 「 …………」 「 俺だってひーちゃんの事好きなんだからよっ!」 反応の鈍い龍麻に京一は言っていた。やっと言えたと思った。 しかし。 「 ………ばか」 「 ばっ…?」 「 ばか」 「 なっ…! また言うか!? 何でだよ、好きだって言ってんだろ!」 「 お前のは…だって俺の気持ちと違うもん……」 「 何が違うんだ、俺は…!」 「 オイ」 「 !!」 その時、不意に足元にいたランプが声を出した。京一は龍麻への焦りとイラつきをすぐにその足元のランプに叩きつけた。 「 うるせえな! 今忙しいんだよ、テメエの相手なんかしてらんねえんだっ!」 「 早ク三ツ目ノ願イヲ言エ」 しかしランプは自分こそが怒っているのだと言わんばかりにかたかたと蓋を震わせて言った。 「 イツマデ待タセルツモリダ。何モイラヌノカ?」 「 あ…? もう言ったろーが、今龍麻がここに…」 「 違ウ。ソノ者ハワラワガ出シタモノデハナイ。現実ノモノダ」 「 は?」 京一はぽかんとして自分が掴んでいる龍麻を改めて見やった。龍麻は京一に抑えつけられていることと、足元のランプが突然喋りだした事にただただ驚いているようだった。 「 ひー、ひーちゃん?」 「 きょ、京一…? 何これ…? 何これ喋ってんの?」 「 おい待てひーちゃん、これは…?」 「 ソイツハ何故カワラワノ結界ニ勝手ニ侵入シテ来タ。オ前ノ氣ノ後ヲツケテ来タノダロウ。不思議ナ《力》ヲ持ツ者ダ」 ランプの言に、京一は改めて自分の胸元にいる龍麻を見下ろした。 「 ひーちゃん。何でここが分かったんだ?」 「 そのランプの言うとおりだよ…。俺、ああは言ったものの、あんな形で京一と別れたのが気になって…。だから後つけてきたら、知らない間にこの空間に入り込んでて…」 「 ………」 「 ソウイウワケダ。ダカラマダワラワハオ前ノ三ツ目ノ願イハ叶エテイナイノダ。サァ、早ク願イヲ言エ」 「 ………そうなのか」 「 京一…? これって一体…」 「 分かった。じゃあ三つ目を言うぜ」 京一は戸惑う龍麻には構わずにランプをしっかり見ると言った。 「 俺の三つ目の願いはなー」 龍麻と京一が喧嘩別れをした時、外は夕暮れ時だった。 そして戻ってきた時も、同じ夕暮れ時。 「 へえ。あの世界にいる間は時も進んでないみたいだな。ほら、あの街頭ニュースも昨日と同じだ。あ、昨日ってか、今日か」 「 ………」 いやに清清しい顔をしている京一とは裏腹に龍麻はそんな京一に肩を貸してもらわなければ立っていたられないほどフラフラになっていた。 「 ふわーしかしいい夕暮れだなあ。見ろよ、ひーちゃん。綺麗なお日様だぜ」 「 ……るさい」 「 は? どうかしたか、ひーちゃん?」 「 うっるさい! 1人でそんなツヤツヤしやがって! 俺はお前のせいですごい…」 「 そんなだるいか? へへ、俺ちょっと鬼畜だったかな」 「 エロ猿」 「 何とでもいえよ。ひーちゃんのよがり声、思い返しても気分いい」 「 京一!」 真っ赤になる龍麻に、京一は構わずにけらけらと笑った。それから人の往来にもまるで気にする風もなく龍麻の頬にキスをした。 「 きょ、京一!」 「 いいじゃねえか、俺ら恋人同士になったんだからー♪」 「 !!!」 何も言えなくなっている龍麻に、京一はやはり晴れ晴れとした顔で言った。 「 ラーメンでも食って帰るか? 24時間もあんな何もない空間にいたからさすがに腹減ったよな! もうちょっと何か色々出してもらえば良かったかも。せっかく魔法のランプの願い事だったのに」 「 ……知らないよっ。もう…」 呆れて何も言えなくなっている龍麻に、京一はにやりと笑って再びその腰を軽く抱いた。龍麻は文句は言ったが逆らいはしなかった。これは24時間拘束し続けた甲斐があったものだと京一は心の中でほくそ笑んだ。 京一はランプにこう言ったのだ。 「 俺の想いがひーちゃんに伝わるまで2人っきりになりたいからよ。ここにでっかいベッド1個頼むわ。ひーちゃんが嘘だって言えなくなるまで、俺の愛を注ぎ込んでやるぜ!」 そんな京一の願いに対し、ランプがサービスでまるまる1個の家とベッド以外の家具まで揃え、ムード作りにも協力してくれたのは、そんな京一の愛の心意気に賛同してくれたからかもしれない。 しかしそれ以来、その魔法のランプも見知らぬ裏通りも、二度と京一たちの前に現れることはなかった。それはもう2人には必要のない物だったけれど。 |
<完> |
■後記…すごいベタなこんな話をここまで長くする必要があったのか…。自問自答です。本当は久々にシリアスな京主が書きたかったのですが、そういう気分じゃなかったので…。とりあえず京一がああいうランプを手にしたとしたら、「自分の思い通りになるひーちゃんが欲しい」は外せないと思った。あと金くれも。私、京一に対して何か間違ってますか? |