深遠  



  嘘をつくのはうまい方ではないけれど、人の嘘に気づかないフリをするのは得意だ。
  得意な、はずだった。
「 あっはは、やだ」
「 へへ…」
  後ろから蹴飛ばしてやりたい程の軽い笑い声。
  ふざけたように触れ合う唇。
  他人の幸せそうな顔がこんなに腹の立つものだったなんて初めて知った。今まではそんなものを見ても何も感じない、自分にはどうという事もないただの風景だったのに。
  そう、思っていたのに。
「 ねえ京一君。好き」
  甘い、甘い、自分にはとても出せないような可愛い声でその髪の長い少女は京一を呼んだ。
  細くて華奢な身体が、そのいつもは自分を抱いてくれるはずの体躯にしんなりと寄り添う。
「 ったく、可愛いんだからなあ」
  そして京一は。
  京一はその少女の柔らかそうな細い茶色の髪を優しく撫でながら相手の求めにすんなりと応え、もう一体何度目なのかも分からない口付けをくれていた。

  胃の中がぐらぐらと煮立ってしまい、龍麻は音を立てないようにしながらその場を去った。
  京一がこうやって女の子とキスをしているところを見たのは、これで2度目だった。





「 よーっし、ラーメン食って帰るか!」
「 行くー!!」
  放課後、京一のいつもの誘いに元気印の桜井小蒔が一番に手を挙げ、嬉しそうに笑った。
「 全く俺たちも芸がないな」
「 うふふ…。でも、楽しいもの」
  その後に続くのも馴染みのメンバー、醍醐と美里だ。2人は最初こそ「放課後に買い食いなんて」と校則に従順な考えを表明していたのだが、いつの間にか「まあ、いいか」な方向へ流されてしまっていた。
  もっとも、流されているのは龍麻も同じだったのだけれど。
「 ひーちゃん、今日はラーメン何にするっ? ボクはねえ、味噌かしょう油かどっちにしようか悩んでるんだあ。ひーちゃんが味噌にするなら味噌。しょう油ならしょう油かなッ!」
  帰り支度をしてまだ席についたままの龍麻に小蒔がそう言った。まるでバナナの叩き売りのようにバンバンと机を叩きながら。小蒔はこうして皆で一緒に行動するのが嬉しくて堪らないのだ。その明らかにはしゃいでいる様子に龍麻は小さく笑って見せた。
「 おっ前は〜! 自分の食う物くらい自分で考えろよなー!」
  するとそんな小蒔をバカにしたように、今度は背後から京一がやって来てそう言った。自分よりも大分背の低い小蒔の頭をポンとはたき、からかうような笑みを向ける。
  これもいつもの日常風景のひとつだ。
「 うっるさいなあ! いつもワンパターンの京一は悩まなくていいかもしれないけどねー! ボクたちは悩み多き年頃だから色々と迷っちゃうんだよー!」
「 なーにが悩み多き年頃だよ。何のラーメン食うかってのがお前の悩みか? いいねえ、お気楽な小太郎は」
「 カーッ! また小太郎って呼んだな!」
「 呼んだぜ。それが悪いか?」
「 このー!!」
「 こらこらお前たち。よくもまあ、飽きもせずに毎日同じような喧嘩ができるな?」
「 うふふ…。2人共本当仲がいいんだから。ね、龍麻?」
「 え? ああ…そうだね」
  何気なくそう振ってきた美里に龍麻が曖昧に頷くと、それを聞き逃さなかった小蒔は迫るようにして思い切り頬を膨らませぶうたれた。
「 ひっどい、ひーちゃんまで! 何でボクがこんなのと仲がいいのさー!」
「 俺だってお断りだぜ、こんな男女」
「 こらいい加減にしろ。いつまで経っても帰れんだろうが」
  龍麻は最後にはいつもそう言って話を締める醍醐を何となく見やりながら、誰にも気づかれないようにふっとため息をついた。
  この学校に転校してきてからというもの、《力》の事や次々と起こる事件に関わって行く事で、龍麻はこの4人との付き合いを深めていった。共に戦い、共に考え、共に行動した。そうして行くうちにそれなりに「友情」なるものも芽生え、そうして最初こそ義務感ばかりを優先させて付き合ってきたこの馴れ合いの関係にも本心から慣れてきたと思っていた。
「 ………」
  けれど最近はこんな軽い会話でさえ、いや軽いからか。
  龍麻は苦痛で仕方がなかった。
「 どうしたの龍麻。もう皆教室を出るわよ?」
「 あ……」
  未だ席を立たない龍麻に美里が振り返って心配そうな声を掛けてきた。それで龍麻は慌てて立ち上がり、独りの時につい考え込んでしまう余計な想いを振り払った。
  ただ、教室を出る刹那。
  京一はとうとう一度も直接自分に話しかける事をしなかったなと思った。





「 じゃーねー! またね、ひーちゃんっ!」
「 またな、龍麻」
「 さようなら、龍麻」
  馴染みのラーメン屋で一時間程過ごし、龍麻はようやくいつもの歓談から解放され独りになれた。
「 は……」
  思う存分息を吐き、龍麻はそれぞれが去って行った方向を眺めた後、改めて踵を返し家路へと向かった。
  結局、京一はラーメン屋でも龍麻に会話らしい会話は振って来なかった。
  仲間たちと談笑している。龍麻も皆と話を合わせて相槌を打つ。だから誰も気づかなかったし、もしかするとただ自分が考え過ぎているだけかもしれないとも思った。5人で話しているのだし、別段自分に直接話題を振られなくとも不自然ではない。「あんな場面」を見てしまった昨日の今日でだから、ただナーバスになっているだけなのではないか。
「 でも…」
  龍麻は思わず独りごちて、それからぴたりと足を止めた。
  けれど、京一は帰り際すらも「じゃあな、ひーちゃん」という、いつもの一言をかけてくれなかった。こちらが挨拶をする間すらなく、さっさと独りで帰って行ってしまって。
「 何なんだ…」
  しかし、そう不満気に呟いた時――。
「 何が?」
「 !?」
  突然そう投げかけられた声に龍麻は思い切り仰天してしまった。
  慌てて振り返った先、そこには先刻別れたばかりの京一がいた。
「 な…」
「 ? 何だよ」
  京一はそんな龍麻の態度にこそ驚いたように一瞬目を丸くしていたが、すぐにいつもの調子になると「その顔」と口の端だけで笑って見せた。
「 京一…」
「 何びびってんだよ? な、これからひーちゃんち行っていいだろ」
「 え……」
  別れの挨拶もせずさっさといなくなっていたくせに。それなのに、一言も話さなかったくせに、京一は突然現れてそんな事を言う。龍麻はとにかく面食らってしまい、そんな目の前の相手に何も言う事ができなかった。
  しかし京一は驚きのあまり沈黙する龍麻の態度をOKと受け取ったのか、それともハナから龍麻の意思などには構うつもりがないのか、鼻歌交じりでさっさとその横を通り過ぎると、当の龍麻よりも慣れたような足取りで先を歩き始めた。
「 ……っ」
  龍麻は慌ててその後を追ったが、このまま京一が自分の部屋に入るのは嫌だと思ったからもう必死だった。
  なるべく平静を装いながら、龍麻は早足のままその背中に声を投げた。
「 悪い京一。俺、今日はちょっと駄目なんだ…っ」
「 あ? 何が?」
「 その…具合、悪いし」
「 あーそうなんだ? 俺の事なら気にすんなよ、適当にやってるし。あ、ひーちゃんち、ビールあったっけ?」
「 京一…っ」
「 コンビニ寄ってかねえ?」
  京一は一度も振り返らなかった。龍麻の嘘を見抜いているのか、それともそんな事は別段構う事でもないのか、まるで動じた様子がない。
  少し前までならこうはならない。龍麻が一言でも体調不良を訴えようものなら、京一はいつもの明るい表情をさっと真面目なものに変えて「大丈夫かよ」を連発する。そうしてあの大きなごつごつした手のひらを額に当てて熱がないかと気にかける。薬だの氷枕だの何だの、お節介が過ぎるくらいに世話を焼いたりして。

『 ひーちゃんの身体はひーちゃんだけのものじゃねーんだからよっ。マジで健康管理はきっちりやれよな!』

  たしなめるような、それでいて優しい笑顔と共にそう言ってくれたのだ。ほんの少し前なら。
  「親友」と互いに認め合っていたあの頃なら。
  それが、今は。
「 そういやあよー、へへ、知ってるかよ。醍醐の奴、今日小蒔のことやたらと気にしてたろ? なーに色気づいてんだよなあ、あの筋肉バカ」
  京一は龍麻に向かって話しているのだろうか。
  龍麻には京一の後ろ姿しか見えない。ただ話しぶりから笑っているのは何となく分かるのだが、別段京一はこちらの反応を求めているわけでもないし、殆ど独りで会話を成立させてしまっている。醍醐が小蒔を好きだとか、小蒔は今のところ恋だの愛だのをまるで分かっていない子どもだから食い気にしか興味がないのだとか。
  美里は龍麻に惚れているのだとか。
「 まったく、どいつもこいつもお盛んだよなあ」
  自分の事は完全に棚に上げて、京一はそんな事を一人でぺらぺらと話していた。
  龍麻の胸のむかつきはそれでいよいよ酷くなっていったというのに。





  結局断りきれないままに、龍麻は京一を自分のアパートへ入れてしまった。
「 フー、あ、何か久々じゃねえ? ここ」
「 うん」
  そうかもしれない。無理やり持たされたコンビニのビニール袋を運びながら龍麻は気のない返事をした。
  そう、少し前まで、本当に少し前まで凄く仲が良かった頃。
  「親友」だった頃。
  京一はよくこうして龍麻の独り暮らしのアパートに押しかけては何だかんだと与太話をしたり一緒にテレビを見たり食事をしたり、とても楽しく過ごしていたのだ。
「 ひーちゃん、これも冷蔵庫入れておいて」
  京一は自分も持ってきたビール缶のたくさん入った袋を龍麻に渡すと、自分は学ランを脱ぎ捨ててテレビのリモコンのスイッチを押した。途端、ざわざわと賑やかな音が静かだった部屋を満たす。京一はテレビの次に部屋の明りをつけて、ガラステーブルの前に胡坐をかいた。
  龍麻はそんな京一の姿を見つめた後、仕方なくノロノロとした動作で買ってきた物を冷蔵庫に入れていった。全部ビールだが。
「 なぁ、灰皿は?」
  呼ばれて龍麻が振り返ると、京一が座ったままの姿勢で煙草を取り出してこちらを見ているのが分かった。どうしたのだろう、嫌なものを感じて龍麻は眉をひそめた。
「 ないよ、そんなもの」
「 マジで」
「 京一、煙草なんかいつから?」
  空になったビニール袋を手の中でくしゃくしゃにした後、龍麻は自分も部屋に戻ってテレビの前に座る京一に近づいた。そしてもう一度「なあ、いつからだよ」と訊くと、京一は面倒臭そうな顔をしながら「忘れた」と答えた。そうして手にした煙草の箱を意味もなくトントンと叩き、それから不意にぐしゃりと握り潰した。
「 ………」
  京一がしんと黙りこむと、テレビの音が突然小さくなったような気がした。
  龍麻は京一を黙って見下ろし、そして昨日のことを訊くべきか否か、そんな事を考えていた。
「 なあ」
  すると迷っている龍麻に京一が先に口を開いた。
「 やらねえ?」
  いやに淡白にそう言われたものだから龍麻は一瞬何の事か分からなかった。
「 俺ら、暫くやってねーじゃん」
「 ……何言ってんだよ」
  ああセックスかと思ったのはその時で、龍麻はここでようやく思い切り嫌悪の表情を浮かべた。
  そう、すべてはあれがいけなかったのだ。
  龍麻は2人が「親友」でなくなってしまった夜の事を思い出してぎゅっと目を瞑った。
「 俺…」
  龍麻は声と同時に目を開いたものの、京一とは視線を合わせられず俯いたままだった。暫しその先の言葉も出す事ができなかった。
「 俺…」
  繰り返しながら龍麻は後悔の念に苛まれていた。
  そうだ、京一とセックスなんかしなければ良かった。あの夜、そういう雰囲気になってしまったのだってただの偶然で、その流れを笑ってでも何でも誤魔化してさっと流してしまっていれば、こんな事にはならなかったのに。
  京一は変わらずに済んだのに。
「 もうお前とは寝ない」
  ふいと視線を逸らしてようやくそう言うと、京一はどことなく自嘲したような笑みを浮かべた。軽く揺れる肩先が何だか龍麻を不安にさせた。
「 なあ」
  けれど京一はまるで聞いていなかったかのようにもう一度反復した。
「 やろうぜ」
「 ……っ。嫌だって言っただろ!」
「 でも部屋、入れてくれたじゃん」
「 お前が勝手に入ってきたんだ」
「 バカ言えよ。本当に嫌ならめちゃくちゃに暴れるぐらいの事して拒否るもんだろ。お前は嫌じゃないんだよ、俺とやるの」
「 何なんだよ、京一…」
  居た堪れなくなって龍麻はまた俯いた。京一は皆といる時はいつもの京一でいてくれるけれど、あの屈託のない笑顔を見せてくれるけれど、自分と2人だけの時はもう絶対に笑ってくれない。そうだ、元々皆といる時も笑いかけているのは自分以外の他の人間にだけなのだ。
  どうしてこんなに嫌われてしまったのだろうか。
「 俺の事むかついてんだろ? 何でそんな事言うんだよ…」
「 むかついてねーよ。何言ってんだ、ひーちゃん」
  龍麻の押し殺したような台詞に京一がバカにしたような笑いを浮かべた。そしてふいと上体を傾けると腕を伸ばし、傍にいた龍麻の足首をぎゅっと掴んだ。
「 俺がひーちゃんの事むかついたりするわけないだろ。何、そんな事考えてたの」
「 最近…ずっと無視してるじゃないか」
「 ひーちゃんが無視してるからじゃねー? 俺はフツーにしてるつもりだけど」
  それよりこっちに来いよ。
  京一は暗にそう言いながら龍麻の足をいよいよ強く引っ張ると無理やり自分の方へ座るように促した。龍麻は再びぎゅっと目を瞑りながら、そして口元を歪めながら、しかし言う通りに京一の傍に座った。
  途端、強く引き寄せられて首筋を吸われた。
「 や、やめろって…!」
「 嫌いじゃないって証拠」
「 もうたくさんだ、こんなの…っ」
「 何が」
「 お前、もう京一じゃないから!」
「 ………」
「 俺のせいならごめん…! でも京一、変わった…! 変わっちゃっただろ…」
「 ………」
  龍麻の絞り出すように言ったその台詞に京一は暫く何も言わなかった。恐る恐る顔を上げると、京一のひどく殺気立った眼があって龍麻はそれだけでびくりと身体を震わせた。それを戒めるようにすぐに強い抱擁がやってきたが、その与えてくれた熱とは裏腹に、京一から漏れた声はひどく冷めたものだった。
「 俺は俺だ。へ…なあ、何でひーちゃんがそうカリカリしてるか、俺知ってるんだぜ。俺が女とキスしたの見て嫉妬してんだろ? なあ? 毎回覗き見って、ひーちゃんも趣味悪いよな」
「 知って…!」
「 ひーちゃんが来るの見計らっていちゃいちゃしてんだもんよ」
  京一はしれっとしてそう言い、それから今度はぺろりと龍麻の耳朶を舐め甘噛みしてきた。ぞくりと龍麻が嫌がるように顔を背けると、京一は更にくっと喉を鳴らして笑った。
「 なあ。一体いつその事言ってくんのかと待ってんのによ、何で何も言ってこねーんだよ。それこそ平然として、冷たいのどっちか分かってるか? 確かに俺たち、付き合おうとも何も言ってねーよ。あン時だって、まあノリでやっちまったようなとこはあったからな。けど、ひーちゃんも少しは俺に気があるのかと思ってたよ」
「 ………」
「 でも違うんだよな」
  京一は言った。
「 お前は…絶対俺のものにはならない」
「 え…」
「 ……だったらさ、セックスくらい好きにさせろよ?」
「 きょ…っ」
  どうしてそんな事をそんな暗い目をして言うのだろう。
  無理やり身体を引き寄せられた状態で、龍麻はそう言ってこちらに冷めた視線を落とす京一を苦しそうに見返した。お前を護るのは俺だけだ、お前は強いようでいてどこか抜けているから、俺がいつでも背中見ていてやらないとな。そう言って得意気な笑顔を見せてくれていた京一。そんな京一に、今まで誰にも試みようとしなかったけれど、徐々に心を許し始めていた。好きだも愛しているも言ったことはなかったけれど、そんな風に考える事もなかったけれど、一緒に肩を並べられる事が確かに嬉しかったから。京一の空気が、その場所が居心地良かった。
  それなのに、京一はあの日から変わってしまった。
  ただ身体を繋げただけだったのにすっかり変わってしまった。
  いや、だからだ。
「 京一、何で…」
  あんな事、京一とする事ではなかったんだ。確固とした答えは持っていないけれど、きっと自分という人間と深く関わったせいで京一はおかしくなった。龍麻は頑なにそう信じていた。
「 何で俺たち…こんなになっちゃってんだ…」
  それでもそう愚痴らずにはいられなかった。龍麻は堪らなくなったように、今度は自分から京一の胸に寄り添い、投げつけるように言葉を吐いた。
「何でだよ…ちくしょうっ」
「 ………は」
  京一はそんな龍麻に興醒めしたような声を漏らしたが、身体の欲は別物なのか、そのまま龍麻を押し倒すと乱暴に制服のボタンに手を掛けた。





「 うっ…く…」
  激しく突き上げてくる京一に翻弄されながら龍麻は必死に声を殺した。背中にその爪痕が残るくらいに強く掴んで引き寄せて、京一の挿入には自ら誘い食い入れるような体勢を取った。
「 はっ…すっげ…」
「 ふ、あ、あぁ…ッ」
  我慢できなくて時々声を漏らすと京一は嬉しそうに動きを早め、より強く龍麻の中を深く突いた。上下に激しく揺れるそれに龍麻がいよいよ苦しそうに呻くと、京一は逆にそれで上りつめていったようになって、思い切り中にその性を流し込んだ。
「 ひ…んッ…」
「 くっ…」
  京一のものが身体中に充満したと感じた瞬間、龍麻は堪えていた涙を一筋零したが、それはすぐに頬を伝い床に落ちて飛散した。京一に気づかれなかっただろうかとぼんやりと思ったが、達した後もなかなか自分を離そうとしないその腕が何だか切なくて、龍麻はおぼろげな意識の中その名を呼んだ。
「 京…一…」
「 ……い」
「 え…」
  自分よりも余程掠れた小声に龍麻は聞き逃してもう一度問い返した。
「 ………」
  京一は強く龍麻の事を抱きしめたまま、視線を合わせてこようとはしない。
  けれどもう一度、今度は少しだけ声量を上げて京一は言った。
「 俺は…絶対お前に惚れない…」
「 きょ……」
  呼びかけたがその瞬間ぐっと力が入り、龍麻は反射的に唇を閉じた。
  京一は繰り返した。
「 絶対に…お前に飲み込まれたりはしない…」
「 ………」
「 俺だけだろ…お前と並べんのは…」
「 京一…」
「 ………」
  今度はしっかり呼びかけたが、京一はやはり応えてはくれなかった。ただしっかりと抱きしめて離さない。龍麻の顔を見ない為か、自分の顔を見せない為か。
  いずれにしろ京一はひどくくぐもった声でただ何かを紛らわせるように毒のある言葉を紡いだ。
「 むかつく…」
「 ………」
「 むかつくぜ…」
  それは一体誰に向かって言ったものだったのか。
  龍麻は京一の冷え始めた身体をそっと包むように両腕で抱えた後、未だ自分は京一の熱を感じながらぎゅっと固く目を閉じた。
「 ごめん…」
  そうして、今はそれしか言えない自分にただ歯がゆい思いをしながら、龍麻はただ京一を抱きしめ返す事しかできなかった。


<完>





■後記・・・な、何なんだこの京一は…。と、自分自身で突っ込んでみたところで後記です。今回は真っ直ぐな京一がストレートに「ひーちゃん好きだー!」と告白し、「え、実は俺も…」と龍麻が頬を赤く染め…そして両想いへ…とかの展開ではなく、「もし何となくその場のノリでヤっちゃったら」その後の2人はどうなるか、ダークバージョン!みたいな感じを目指しました(意味不明)。京一はそのアクシデントによってひーちゃんにムラムラメラメラと燃え上がってしまうのですが、同時にふっと「緋勇龍麻」という存在を遠くに感じてしまいます(ここらへんが京一らしくない・汗)。元々人を受け入れる事に抵抗のある龍麻はそんな京一にどうともしてやれず、互いに悶々としたまま、でも好き過ぎて離れられない〜みたいなドロドロの展開に。色々と苦悩する京一が書きたかったんですが…何だか失敗した気がします(ヲイ)。こんな京一は嫌〜という方がいましたらすみません〜。