それはヒツゼン 「ひーちゃん。やべえ」 京一が真面目な顔をして近づいてきた時、龍麻はどうせまた「宿題写させてくれ」とか、「今月ピンチだ、金貸してくれ」とか、そんな話だろうと思っていた。 「幾ら?」 だから途中を端折ってすぐにそう訊いたのだが、京一はその返答に途端顔をしかめて「何が」とぶすくれた。 「だから。幾ら欲しいの、お金。それとも宿題の方だった?」 「はぁ…? 違ェ。全然そんなんじゃねェ」 何言ってんだとばかりに京一はため息交じりに首を振り、それから当然のように龍麻の前席の椅子にどっかりと腰をおろした。 椅子の背に両肘を乗せ、龍麻の方をまじまじと見やるのは京一のいつものスタイルだ。ただこの時は普段の笑顔もなく何か真剣に考えこんでいるようだったので、龍麻もすぐに「おや」と思った。 「一体何? どうしたの」 「だから、やべーんだって」 「何が」 「………したい」 「は?」 「ひーちゃんと……、したい」 「え? 何をしたいって?」 「何をって………。そりゃあ、お前……分かるだろ?」 京一はもごもごとらしくもなく口元だけでそう呟き、急に赤面してそっぽを向いた。 龍麻はそれでますます分からず小首をかしげたのだが、もうすぐ次の授業も始まるからと急かすように促した。 「何なんだよ京一。言いたい事あるならさっさと言えって、気になるだろ?」 「だってよォ…。ひーちゃん絶対ェ怒るもんよ」 「はあ? だったら最初っから振らなきゃいいだろ! いいからさっさと言っちゃえよ!」 「怒んねェ?」 「このまま黙って席戻る方が怒る」 「じゃあ言う」 「うん」 ほら早くと再度急かす龍麻に、京一はスーハーと何度か息を吐き出した後、急にピンと背筋を伸ばし、きっぱりと言った。 「ひーちゃんとキスしたい」 けれど京一のその台詞に龍麻が反応を返すより先に―。 「天誅〜ッ!!!」 「ぎゃッ!」 どんな台風がやってきたかというような大声と短い断末魔が教室中に響き渡った。 「あ…」 「それ」は見事京一の脳天に決まり、その憐れな剣士を教室の埃っぽい床に沈めさせた。 「さ、桜井、さん…?」 「ハアハアッ! ひーちゃん! 早く早く離れてッ!」 こういう物は部室に置いているんじゃないだろうか…。そんな呑気な事を頭の片隅で思う龍麻をよそに、桜井小蒔は神聖なものであるはずの長弓を手に、ゼエハアと酷く切迫した様子で龍麻を見やった。 「さあ早く! 逃げて、ひーちゃん! ここは危険だからッ!」 「き…危険って…でももうすぐ授業―」 「何を呑気な事言ってるのさッ! 葵! 醍醐クン! 二人だって聞いたでしょ!?」 「うふふ…勿論よ」 「ああ、聞いた」 気づくと龍麻の両脇をガードするようにして、美里と醍醐が物凄く不穏な空気を抱いて立っていた。それに本能でびくりとした龍麻だが、小蒔が尚も足元に倒れている京一を長弓で叩いているものだから慌ててしまった。 「ちょっと桜井さん! そんなこづき続けたら血が出ちゃうよ!」 「いいんだよ! こんなエロ猿にはねッ。ちょっとくらい血ィ抜いてやった方がいいんだから! 全く、よりにもよってこんな公衆の面前でボクらのひーちゃんに何てとんでもない事を!」 「そうだぞ、龍麻。同情は無用だ」 すると醍醐までもがうんうんと頷いて小蒔の攻撃を支持した。 「俺も京一の最近の態度にはおかしなものを感じていたんだ。龍麻を見つめてはやたらソワソワして、戦闘の時も龍麻と肩が触れ合っただけで過剰反応だ」 「そ、そうなの…?」 「そうよ龍麻」 今度は美里である。にこにこと笑ってはいるが明らかに不機嫌な様子で、龍麻の肩にさり気なくそそそと手を添えて撫でてくる。龍麻にしてみれば「この触り方の方が余程セクハラっぽい」と思ったのだが、怖かったので何も言えなかった。 「京一君、女の子の事を好き好き言う割には、いつも龍麻の傍にいるわよね。龍麻、京一君が女の子とデートしているところ見た事ある? ないでしょう、だって学校の行きも帰りも、いつも龍麻と一緒だもの」 「そ、それは皆だってそうじゃない…?」 「ひーちゃんッ!」 「はいっ!?」 不意に上から落ちてくるような小蒔の恫喝に龍麻が従順に返事をすると、未だ京一の頭に長弓を乗せていた不敵少女は、フンと鼻を鳴らし実に偉そうに言った。 「あのねー、大体ひーちゃんも鈍過ぎるんだよっ。ガード緩すぎ! 京一の普段の態度とか見たら、普通はこりゃヤバイなって思って距離取るじゃん! なのにまるで受け入れちゃってるみたいに、ひーちゃんも京一に好き放題触らせてさ!」 「さ、触らせてって…。ちょっとそれ…」 それはたとえば宿題を写させてあげた時、「サンキューひーちゃん!」と京一がふざけて抱きついてきたりとか? お金を貸してあげると「神様仏様よりひーちゃんだな!」と甲斐甲斐しく手を握ってきたりとか? あとは戦闘の時に背中が触れ合ったりっていうのは、だってそれは京一が自分の相棒だからだ。 それを「触らせてあげてる」とか言われても……。 「あ、あのさ、みんな…」 「とにかく駄目! 絶ーっ対、駄目だからね! 京一にちゅーなんてさせたら承知しないよ! ボクもひーちゃんにちゅーしちゃうよ!?」 「えっ」 「あら、それなら龍麻。私もしてしまうかもしれないわよ? うふふ…」 「ええっ」 「な、なら龍麻、俺も…」 「えええっ」 何なんだアンタら! 龍麻がそれにどうツッコミを入れて良いやらと逡巡しかけた、しかし、その時。 「俺はお前等にそんなくだらない話をしている間もないくらいの課題を与えてやるよ」 「「「「………」」」」 とうに授業開始のチャイムは鳴っていたらしい。 既に教壇に立っていた犬神が凍死するのではと思わせるような実に冷え冷えとした視線を龍麻たちに寄越していた。 因みにこれら一連の騒動を傍観していたクラスメイト達は「既に慣れている」とはいえ、やや苦笑気味である。 「……京一のせいだぁ!」 小蒔が恨めしそうにそう呟いたのが聞こえたが、龍麻は「いやあ、どうだろう」と思わずにはいられなかった。 京一は結局、その間は終始無言を強いられていた(床とお見合いをさせられていた為)。 結局その日は最後まで、龍麻は京一とまともに話す機会を与えられなかった。 いつもは仲良く5人で昼食を取るのに、小蒔を主導に京一は仲間外れ。帰る時もまるでガードマンのような3人が龍麻たちにお互い近寄る術を持たせず、「家まで送る」と言い張ったのだ。 しかも帰ったら帰ったで、「もし京一から電話がきても出ちゃ駄目! 訪問してきてもドアを開けちゃ駄目だからね!」まで言われてしまい、龍麻もさすがにいい加減辟易してしまった。 いちいち反論するのも面倒だったから「分かった」と素直に答えはしたけれど。 それに小蒔たちが言うほど、京一は龍麻に近づこうとはしていなかった。 ふと我に返って恥ずかしくなったのかもしれない。京一は昼食の時もむしろ自ら何処かへ行ったような節があるし、放課後とていつものように龍麻の席に近づく様子は見られなかった。それどころか、普段は授業中でも何度か目が合う事があるのに、それも一度もないときた。 龍麻は京一を見ていたのに、京一は一向に龍麻を見ようとしなかったのだ。 「キスかぁ」 龍麻はそう呟いてみて、一人静かな部屋の中央で暫し立ち尽くした。 「何でそんなのしたいんだ、あいつ」 よく分からなかった。普通に考えれば京一が龍麻を「好き」だからという事になるのだろうが、龍麻には今一つピンとこなかった。親友だと思うし、お互いとても大切な存在だと想っている。それは自惚れかもしれないけれど、多分間違いのない事だ。 けれど、じゃあ男と女の関係のような「好き」に発展して、キスをしたりそれ以上の事をしたりといった発想にまでいくものだろうか。普通はいかないと思う。 普通、なら。 「そっか。普通じゃないからかな。この状況が」 よくよく考えれば命を懸けた戦いを共に繰り返していて、恋人とかガールフレンドとか、そんな甘い関係以上に密接な繋がり方をしている。だとしたら物凄く特別な感情が芽生えてきて、その中で肉体的にも何らかの欲求を抱くようになっても、もしかするとそれは当たり前の事なのかもしれない、とも思う。 「でも…やっぱり分かんないな」 割と真剣に考え始めた自分に龍麻ははたと気づいて失笑し、それを掻き消すように再び独りごちた。 俺も京一のことは好きだけど。 でも、その「好き」じゃない。 「バカバカしい」 大体そんな事を考えている暇なんてないのだ。心に余裕がない。 龍麻は冷たく言い捨てる自分に僅か胸の痛みを感じながらも、その日はもうそれ以上の事を考えるのはやめた。 本当は京一に電話してみようかと考えたけれど、それもやめた。 ただ、その夜。 龍麻はどうしても眠れなくて何度か寝返りを打った後、やっぱり駄目だとベッドから抜け出した。 「はあ…。気持ち悪い」 胸のモヤモヤは昼間の時からますます酷くなっていた。京一のせいだとは分かりきっていたが、それを認めたくなくて、龍麻は上着を羽織ると外の空気でも吸おうと玄関のドアを開けた。 「……ん?」 けれど、開かない。 「あれ…鍵、開けたよな。あれ、ちょっ…」 何度かぐいぐいと押してみて、やがて龍麻はぎくりとした。 ドアの向こう側に誰かいる。 「な…」 「………あ。悪い」 するとやがてドアの外側からそう言う声が聞こえて、不意にドアノブを押す手も軽くなった。 「あ…!」 龍麻がそれでゆっくりとドアを開くと。 「気づいたら寝てた……」 「京一!」 そこには京一が乱れた髪の毛をまさぐりながら、ひどく寝惚けたような顔をして立っていた。 たった今ドアの前から立ち上がったばかりのせいでみっともない猫背で、服もよれよれだ。私服だから一度は家に帰ってそれから来たのだろうが、現在は深夜の2時を回ったところ。一体いつからここに座っていたのだろうかと、龍麻はごくりと唾を飲み込んだ。 「……もうすぐ冬だぞ」 寒いだろ、と言おうとしたのに後の言葉は出てこなかった。 それでも龍麻はドアを大きく開くと、未だぼうとしたような顔をしている京一に中へ入るよう身体を引いた。 「………」 けれど京一は虚ろな目をしたまま、龍麻の方も見ず立ち尽くしたままだ。 「京一?」 それで龍麻は余計に何故だかドキドキして、努めてどもらないようにと気を遣いながら乾ききった唇を開いた。 「どうしたんだよ。とりあえずあがれって」 「いいのかよ」 「え」 「いいのか、入って」 「あ、当たり前だろ? こんな時間にこんなとこ座って、何考えてんだよ? 風邪でも引いたら―」 「だから、したいんだって」 「……え?」 龍麻が焦ったように聞き返すと、京一は「だから」と半ばイラついたような声を上げて言った。 「何考えてるって言ったら1コしかねえって。昼間言ったろうが。ひーちゃんとキスしたいって」 「…………」 「それしか頭にねえよ」 「や……やばいって」 「だろ?」 分かってる、と京一は素直に認めてハアと大きくため息をついた。そうしてらしくもなくがっくりと顔全部を下に向けて、「やれやれ」という風に両手を腰に当ててみせる。 「俺も分かんねェ…。フツーよ、んな事考えるか?」 龍麻が答える前に京一は続けた。 「ひーちゃん、お前はイイ奴だ。すっげぇ好きだぜ。大体でなかったらよ、幾ら同じ目的があるって言っても、こんなつるまねェって。俺、元々あんま同じ奴らと一緒にいるの好きじゃねーし。いや、あいつらの事だって嫌いじゃないしな、むしろ面白い奴らだって思うけど。……小蒔の奴は度が過ぎる事もあるが」 今日の攻撃の事を思い出したのか京一は途端渋い顔になった。 「はは…」 それがおかしくて龍麻はこんな時なのに思わず笑ってしまったのだが、すると京一はたちまちびくっと肩を揺らして後退した。 まるで何か「とんでもないものを見てしまった」とでも言わんばかりの顔で。 「つ、つまり、な」 そうして京一は何度も咳き込んでから、もう一度体勢を立て直して言った。 「ひーちゃん、お前を好きなのは元からだ。けど、それは何つーか。そう、親友としての好きってやつだ。お前がどう思ってっか知らねーけど、少なくとも俺はそう思ってる。お前は俺のたった一人の相棒で、俺が唯一安心して背中任せられる……大切な存在だ」 「うん。俺も」 凄いな、同じ事考えてた。 龍麻はそれにらしくもなく感銘してすぐに頷いた。けれど胸のモヤモヤはまるで晴れない。おかしいなどうしてだろうと考え込もうとした時、急に京一が両肩をがつりと掴んできた。 「ひーちゃんっ」 「わっ」 「話はこっから佳境に入る!」 「はい?」 「だからだなぁ…。普通はそれで終わりだろーが? 健全な男子高校生ならそこで終わりなんだよ、俺のお前への感情はさ。けど、もう全っ然違ェ。今はお前にキスしたくてしょーがねーし、それ以上の事もしたくて堪んねェ」 「そ、それ以上?」 「ヤりたい」 「ろ、露骨過ぎる!」 まさかこのまま押し倒されるんじゃないだろうかと思って龍麻は咄嗟に声をあげた。何故急にこんな展開になっているのか分からない。昨日まではそれこそ京一の言う「親友で相棒」の関係だったのに。 「………あ」 いや、けれど。 “京一の最近の態度にはおかしなものを感じていたんだ。龍麻を見つめてはやたらソワソワして、戦闘の時も肩が触れ合っただけで過剰反応―。” 「―……」 醍醐の言葉を思い出して龍麻は思わず口を閉ざした。そう、別に今日の今日始まった突然の出来事ではない。これまでもどこかおかしな変化は確かにあって、その事に龍麻も何となく気づいていて。 でもそれを嫌だとは思わなかった。 むしろ「自然」に捉えていたから何とも思わなかった。 「ひーちゃん、何考えてんだよ」 「えっ…」 不意に京一がくぐもった声を掛けてきて龍麻はハッと我に返った。 「必死に考えてるってとこか…? この状況をどう脱出しようか、とかよ」 「え?」 「どう言いくるめて俺に帰ってもらおうとか。そういう事考えてんだろ?」 「い、いや…」 「嘘つけよ! だってひーちゃんすげー困った顔してるぞ! そりゃそうだよな、いきなりんな事言われたら誰だってびびるって」 「び、びびるの…?」 「そうだろ!?」 京一の自棄になったような言葉に、龍麻は真剣な顔をして問い返した。 「じゃあ…じゃあ、俺が京一にいきなりキスしたいって言ったら、京一はびびるのか?」 すると今度は京一がキョトンとする番だ。 一瞬は眉をひそめたものの、「訳が分からん」と言った顔で真面目に答える。 「俺がびびるわけねーだろうが、俺はこんなんなんだから…。俺はすげー喜んでウェルカム状態になるっての」 「………」 「……ひーちゃん?」 黙りこむ龍麻に京一はここでぴたりと動きを止め、今初めてというようにまじまじと龍麻の顔を見つめやった。 それからみるみる赤面して。 「……えーっと、お前な? これ以上変に黙ると、俺すげえ勘違いしそうになるから何か言えって…」 「…………」 「龍麻っ。何か言えっての!」 「分かんないんだよ、俺も!」 折角今日はもう考えるのをやめようと思っていたのに。 龍麻は急に腹が立ってきて京一をきっと睨みつけた。 「俺、自慢じゃないけど、今まで誰も好きになったことないんだ。美里も桜井も醍醐も。勿論京一も。皆好きだけど、大好きってほどじゃない」 「ひ、ひでえ言い様だな…結構…」 龍麻の台詞に京一が思い切り頬を引きつらせると、龍麻は今度は逆に泣きそうになり、思わずがばりと京一の胸に抱きついた。 「わっ…ひーちゃ…!」 「俺は普通の人にはない《力》がある代わりに、普通の人が持ってる普通の感情は持ってないみたいだから! 人間的にどっか欠落してんだよな! でなかったらあんな容赦なく異形だろうが何だろうが切り刻めるかって!」 「ちょっ…ひーちゃ、どうでもいいけど、この体勢は俺にはきつ…」 「京一!」 何やらぶつぶつと言っている京一には構わず、龍麻は更にぐりぐりと自らの鼻先を擦り付けて叩きつけるように言った。 「だから、お前にそういう事言われて凄く胸が痛いの、何でなんだ!? 俺、そういうの分かんないはずなのに、考えようとしたって無駄なのに、気づくとお前の事考えてて、好きって何だろうって訳分かんない事考える羽目になってて…! だって俺、そういう風に言われて、嫌じゃなかったし! 何で皆があんな怒るのか分からなかったし!」 「……ひーちゃん」 「俺、お前にああ言われて嫌じゃなかった。変な奴とは思ったけど」 「ひーちゃ…ああ、そうかよ」 変な奴で悪かったな。 「あ……」 京一が口許だけでそう言ったのを龍麻は確かに聞いた。 「んっ!」 けれど無理に顔を上げさせられた瞬間、不意に重なってきた京一の唇に声を塞がれ、龍麻は目を見開いたままそのキスを甘んじて受け入れてしまった。 「……んぅ、ふ…」 角度を変えて何度か重ねられたそれは随分と優しく感じた。京一は女の子とキスをする時こんな風になるのかと考えてまた胸が苦しくなったが、それでも今与えられている温かいものは自分のものだと思うと素直に嬉しいと感じた。 「ひーちゃん。好きだ」 やがて何度か触れ合うだけのキスを終えると京一が言った。 その好きはいつもの好きではないと、さすがに龍麻にもよく分かった。 「うん」 何が「うん」なのかまだ分からなかったが、それでも龍麻は反射的にそう応えていた。 「どうよ、ひーちゃん。俺とキスしてみて」 するとやはりそれだけでは足りなかったのだろう、京一が再度訊いてきて、龍麻は急に頬が熱くなるのを感じながら「別に」とぶっきらぼうに吐き捨てた。 「京一は…?」 そして誤魔化すように聞き返す。 「俺は」 すると京一は突然これでもかという程の笑顔になると、まるで今までの曇った心が嘘のような晴れ晴れとした声で言った。 「すっげえ気持ち良かった!」 「気持……」 「それにドキドキした! やべえ、めちゃくちゃ緊張したー!」 「きょ…」 「何だ、すっげえ。こりゃ、俺が惚れるのもしょうがねえよ。だってひーちゃん可愛いんだもんよ!」 「きょ、京一…?」 「普通の事だ、こりゃ。俺がこうなんのは、うん」 「ちょっ…何一人で…!」 こっちはまだ全然分からないのに。 いや、分かるような気もするけれど、でもまだ京一ほどには「悟った」気はしていないのに。 「まあ心配すんなってひーちゃん!」 けれどそうやって途惑う龍麻に、京一は本当に先刻までの態度とは180度違った態度でぽんぽんと龍麻の頭を撫でながら言った。 「ひーちゃんもそのうち分かるって。俺と同じように想うようになる!」 「………」 「俺が絶対ェ好きにさせる!」 「な…何だよ、それ…」 その自信は。 「は……」 けれど龍麻はもうそれ以上京一を責める事も出来ず、ますます調子に乗って「今夜泊まる」などと言い出す京一にも何も言う事が出来なかった。 何故ならあんなにモヤモヤとしていた胸の中が。 まるでラムネを飲んだ後のようにすうっとして、気持ちが良かったから。 「普通、なのかな…」 そうして龍麻は先にさっさと部屋の奥へと入ってしまっている京一の背中を見やりながら、ぽつりと呟き、笑みを零した。 |
<完> |
久しぶりに書きました魔人SS。メインは如主と言っている私ですが、そもそも京一がいたからこそここまでハマッた魔人…というのは偽りのない事でして、今回その原点に立ち返る意味でも京主を。で、「やっぱり魔人は書いてて楽しいな!」と実感^^! 特に京一とひーの、親友なんだけどいつ「そっち」へ転がってもおかしくないぞな深い関係が凄く好きです。少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。これからも書くぞ〜! |