夜の星空を眺めながら京一は笑顔で言った。


  なあ、ひーちゃん。すっげえ不思議だよな。こんなに広い世の中でよ、何で俺たちはこうやって出会って笑ったり喧嘩したりキスしたりしてんだ? ひーちゃんがすぐ傍にいなけりゃ、俺はひーちゃんを抱きしめる事も憎まれ口叩く事も、こうやってこんな気持ちで星を見上げる事もなかったんだ。それ考えると、ホントすっげー信じられねえよ。


  その独白はひどく恥ずかしいものだったが、どうしてだか龍麻はその照れ臭さを隠す為に怒鳴ったり顔を背けたりという事ができなかった。龍麻はただ黙って、口元に微かな笑みを残す京一の横顔を見つめた。

  あ、もしかするとコイツは1人、このまま何処か遠くへ行く気なんだろうか。

  そんな考えが頭の隅をちらとだけ横切った。
  こんな寒い日にこんな所で呆けているコイツは、どうせロクでもない事を考えているに違いないだろうと思ったから。


  相愛



  龍麻は京一の家に行った事が一度もなかった。
  別段そういう事を避けていたわけでもないのだが、京一も龍麻に「遊びに来いよ」とは一度も言わなかったし、龍麻自身特別呼んでもらいたいという気持ちがあったわけでもなかったからそんな事はどうでもいい、構わないと思っていた。
  一言で言えば機会がなかったのだ。
  それでもその日は京一の誕生日で、その京一が学校を休んでいたから、龍麻は京一の家を訪ねた。いつもなら率先して「風邪かもしれない。見舞いに行こう」、「皆で様子を見に行こう」と言う仲間たちが龍麻1人にその仕事を押し付けてきたせいもある。
「 ひーちゃんが1人で行った方があいつは喜ぶかも」
  仲間内で一番の元気娘・桜井小蒔が皆を代表するようにそう言った。何やら訳知り顔なその様子が龍麻は少しだけ嫌だったのだが、深く追求するのはもっと嫌だったので結局1人でホームに到着したばかりの電車に飛び乗った。詳しい地図を描いてもらったから京一の家にはすぐに着くはずだったし、京一にもすぐに会えるはずだった。

「 ごめんなさいね。まだ学校から帰ってきていないのよ。すれ違いかしら?」

  しかし、辿り着いた先に京一はいなかった。よくよく考えてみれば家に行けばすぐに会えるだなどと、何故安易に考えてしまったのだろう。
「 どうせまた何処かへ寄り道してるのよね」
  どこにでもありそうな一戸建て住宅。気の良さそうな母親らしき人物。
  申し訳なさそうに発するその口元を眺めながら「ああ何だか『らしい』な」と龍麻は特別な感慨もなくただそれだけを思った。両親のいない龍麻に遠慮しているのか、京一は家族の話を殆どと言って良い程しない。それでも龍麻は京一の家族はきっとこんな感じだと勝手にあれこれと想像はしていた。それがまんまと目の前に現れたから龍麻は素直に「らしい」と思ったのだ。
  しかしその自分の予想と違わない事態に感心したのはほんの一瞬で、こちらは思いもかけず京一の不在を告げられて、暫し途方に暮れてしまった。
  京一が何処をうろついているのかなど分からない。
  京一が何を考えているのかなど分からない。
「 何…してんだろ」
  京一の家を離れ、再び所在ないように駅までの道を何となく歩き出した龍麻は呟くようにそう言い、ため息をついた。いつもいつも京一は煩いくらいにこちらにまとわりついてきていたし、学校を遅刻する事はあっても休む事など滅多になかったから、いざいなくなられるとその行動範囲は謎だった。時々新宿辺りでウロウロと彷徨っては博打紛いの遊びもするようだったが、それでもそういう時は必ず龍麻にも事前に声が掛かってきたのだ。

「 なぁひーちゃん。どっか遊びに行かねえか?」

  にやりと口の端をあげて、京一はいつも陽気にそう言って龍麻の肩に手を掛けてきた。それを受けて一緒に遊び呆けた事は一度もなかったけれど、それでも龍麻の傍にはいつも京一の姿があり、声があり、こちらに触れてくる体温があった。
  それがいつの頃からだったかは、龍麻自身とうに忘れてしまったのだが。
  それが今日はいない。一日くらいどうという事もない、そう思っているはずなのに。
  何かがいつもと違う。
「 ……どうせ」
  言いかけて、しかし龍麻は無性に頭にきて開きかけた口を閉ざした。
  今日は京一の誕生日。
  それなのに京一の姿がない。関係ないか、記念日なんて。そう思いながら龍麻は自嘲する。自分とて京一にプレゼントをやろうとか、飯を奢ってやろうとかそんな気の利いた気持ちがあったわけでもない。ただ桜井に様子を見に行ってくれと言われて自分も少しだけ気になるから、こうして足を運んできただけだ。
  ただ、それだけ。
「 ……っ」
  そう思っているくせに龍麻は再びため息をついた。
  戦いは終わったはずなのに、このところずっとそうだった。気分が重い。何もやる気が起きない。
  それを京一のせいとは思わなかったけれど、この時の龍麻は何故か猛烈に京一が自分の傍にいない事に対しイライラとした気持ちを募らせていた。





「 何してんだよ、こんな所で」
  だから龍麻はやっと見つけたその姿を目の前にした時、思い切り責めるような声を発してしまった。
「 よお、ひーちゃん。遅かったな」
  古ぼけた今にも崩れ落ちそうな廃屋の屋根の上にどっかりと胡坐をかき、京一は自分の傍にやってきた龍麻の姿を見ると陽気な顔で片手を挙げた。「留守電チェックすんのが遅いんだよ」とは、まるで悪びれる様子もなく付け加えたように言う。
「 お前ン家行ってたんだよ。急に休むなんておかしいと思ったから」
  平屋の木造家屋にそれほどの高さは感じない。割れたガラス片を完全に払い落としてから、龍麻はほんの少しの足場を確保すると京一がいる屋根の上へと這い上がった。ぐらぐらとするめくれかけたトタン板に顔をしかめながら、それでもようやく相手の場所にまで辿り着いて辺りを見渡す。
  もうすっかりと日の暮れたこの辺りは町の灯も一切見当たらない。鬱蒼と茂る森の中、ただ夜空にぽっかりと浮かぶ月の光だけが2人と廃屋を照らしていた。
  龍麻は再度辺りを確認してから立ったまま傍に座っている京一を見下ろした。
「 ここって何なの」
「 昔よく遊びに来た秘密基地。特訓の場所でもあった」
「 特訓?」
「 剣の特訓。俺、ここに篭ってよく竹刀を振ってたからよ」
「 へえ…」
  だとしたら今にも崩れ落ちそうなこの小屋には、以前京一以外の誰かが住みついていたりもしたのだろうか。明らかに人の喧騒を嫌って建てられたようなその小屋はとても京一だけで造れるような代物ではなかった。
  もっとも、元からここにあったこの小屋を京一が見つけて1人勝手に通っていただけなのかもしれないが。
「 でも、東京にもこんな場所があったんだな」
  感心したように龍麻がもう一度きょろきょろと視線を張り巡らせると、京一は「ああ」と短く応えた。
  それからふと思い立ったようになって龍麻に向かって手を差し伸べる。
「 ところでひーちゃん。もっとこっち来いよ」
「 ……何で」
  立ち上がりもせずに自分に手を差し伸べた京一に龍麻は無表情のまま素っ気無く訊いた。京一が言うところの意味が分かったから、尚更声は冷たくなった。
  京一はそんな龍麻に動じる様子もなく軽快に言い放った。
「 相変わらず鈍いなひーちゃんは。俺がこうしたらキスしようぜって誘いに決まってンだろ?」
「 やだよ」
「 何で〜」
  わざとらしく語尾を伸ばして不服そうに口を尖らせる京一に龍麻はふいとそっぽを向いた。散々京一の為に歩き回って今日一日を潰した自分に対し、全く謝る素振りもない。部屋に帰ってちかちかと灯りのついた留守録のテープを聞いた時もむっとしたが、今のこの飄々とした京一にもかなり頭にきていた。
「 何でもだよ。京一とはキスしない」
「 何で。いつもやらせてくれんじゃん」
「 ……もうしない」
  言い淀んで返すのが遅れたが、それでも精一杯虚勢を張ってそう言うと、京一はふっと鼻先だけで笑った。その態度にまた龍麻がむっとして思わず視線を戻すと、そこにはもう当にこちらを向いている京一の顔があった。
「 ………」
  それに驚いて龍麻が黙りこくると京一は今度は気持ちの良い笑顔を見せた。
「 すっげー好き。ひーちゃんのこと」
  京一は言った。
  そうしてまたすっと夜の星空に顔を向け、京一は何でもない事のように笑って続けた。
「 なあ、ひーちゃん。すっげえ不思議だよな。こんなに広い世の中でよ、何で俺たちはこうやって出会って笑ったり喧嘩したりキスしたりしてんだ? ひーちゃんがすぐ傍にいなけりゃ、俺はひーちゃんを抱きしめる事も憎まれ口叩く事も、こうやってこんな気持ちで星を見上げる事もなかったんだ。それ考えると、ホントすっげー信じられねえよ」
  その独白はひどく恥ずかしいものだったが、どうしてだか龍麻はその照れ臭さを隠す為に怒鳴ったり顔を背けたりという事ができなかった。龍麻はただ黙って、口元に微かな笑みを残す京一の横顔を見つめた。

  あ、もしかするとコイツは1人、このまま何処か遠くへ行く気なんだろうか。

  そんな考えが頭の隅をちらとだけ横切った。
  こんな寒い日にこんな所で呆けているコイツは、どうせロクでもない事を考えているに違いないだろうと思ったから。 
「 どうしたんだよ京一。お前…今日、何か変だぞ」
  だから龍麻は先刻の怒りを消してこみ上げてきた不安を押し隠すようにそう問いかけた。京一とキスをしたり抱き合ったり、所謂「恋人」をやるようになってからも、時々襲うこの所在ない気持ちにはどうにも対処できなかった。
  京一はいつでも優しいけれど。
  でも。
「 お前ってさ…時々すごい残酷になるんだよな。1人で突っ走って1人で考えて出した答え…俺…誰にも、お前は教えてくれないから」
「 ………」
「 聞いてる?」
「 ……ああ」
  ようやく京一が応えた。そうしてもう一度薄っすらと笑い、憮然としている龍麻の事を見やると、改めてすっと長いその腕を差し伸べてきた。
「 なあひーちゃん。キスしようって」
「 京一…」
  再度の誘いだった。躊躇ったがそろそろと近づくと、京一はそんな龍麻の足首をぎゅっと掴んで強引に自分の傍に座らせた。
「 …っとぉ! もう、危ないだろーっ!」
「 まあまあ。ひーちゃんの事は、俺がちゃんと抱きとめてやるから」
  ふざけたように京一は言い、それから本当にぐいと力強く龍麻の肩を引き寄せた。その体温は龍麻が知っているいつもの温かい京一であり、広い懐もいつものものだったが、やはり龍麻は京一のどことなくおかしい様子に困惑した。
  だから思い切って言ってみた。
「 なぁ京一。お前知ってたか? 今日誕生日なんだぞ」
「 へ…あぁ俺のな。そうだよな」
  やはり知らなかったのかと思いながら龍麻は続けた。
「 だからわざわざ探してやってたんじゃないか。お前がこういう日に雲隠れするなんて絶対おかしいから」
「 こういう日ってのは何だよ」
「 学校行けばプレゼントたくさん貰えただろ。今日は朝から凄かったんだぞ、教室の前。下級生が群がってて」
「 すげえな、俺」
「 自分で言うか」
  いつもの京一らしい言い方に龍麻が少しだけほっとして笑うと、逆に京一はそんな龍麻の笑顔ですっと表情を消してしまった。
  それで龍麻はまたどくんと胸を鳴らし、自分も笑顔を引っ込めた。
「 京一…?」
「 …別に誕生日だから姿消してたわけじゃねーんだけど」
「 ………」
「 まあいいや。とにかく、ひーちゃん貰い」
「 って…!」
  何の感情もない声で言われて逆らおうとした龍麻だったが、すぐに唇は塞がれた。
「 ん……」
  痛いくらいに顎先を掴まれて最初こそ眉をひそめたものの、京一の包みこんでくるような温度はやはり心地良くて、龍麻はすぐに力を抜いた。
「 ふ…ッ…」


  きっかけなど忘れた。気づいた時には、京一とはよくこうやってキスをするようになっていた。


「 なあひーちゃん」
  唇を離すと京一が言った。
「 俺…さあ。もしかすっと、1人でどっか行くかもしんねえ」 
「 ………」
  何だやっぱりか。そうは思ったけれど龍麻は応えなかった。京一はそんな龍麻の様子には気づかない風でふいと顔を上げた。
  いつの間にか月が半分、黒い雲に覆われるようにして姿を隠してしまっている。冬の空気は当然の事ながら冷たい。光が遮られるとそれはより一層強く感じられた。
  肩を抱いてくる京一の力は強いのだけれど。
「 朝、目が覚めた時によー、俺、何か知んねーけどぱっとひーちゃんの顔…それがすっげえ可愛いんだけど。とにかくそんな顔が浮かんできてよ。そんで…」
「 半勃ちでもしたのか?」
「 なっ…あ、あのなあ! 俺はこれから真面目な話を…!」
「 いや、朝っぱらから不埒な想像して自責の念に囚われたから遠くへ行くとか言うのかと思って」
「 ったくひーちゃんは…どっかズレてんだからなぁ」
  呆れたように言う京一に龍麻は薄く笑いながら、しかしすぐに視線を足元へ向けた。
  京一と真面目な話などしたくはなかった。
  それでも京一は龍麻の肩を抱いたまま、また夜の空を見上げて言った。
「 あのな、俺らの戦いはさ、終わったんだろ。終わったんだけどさ。俺の中では何にも終わってないんだよな。何がとか言うなよ? 何せこの俺自身ですら今朝急に思い立っただけなんだからよ。けどな…まあ、ともかく。俺は全然、まだいっぱしの剣士にも男にもなれてねーなって思ったんだよな」
  ぺらぺらと喋り捲りながら京一はそう言い、それからはあと大きく嘆息した。そのあまりの深刻そうなため息に龍麻は怪訝な顔をしてそっと京一のことを見上げた。
「 その話の中にどう俺が出てくるんだよ」
「 ん」
「 だから。朝起きたら俺の顔が浮かんできたんだろ。でも今の話、何かかみ合ってない」
「 どこが」
「 どこがって…全部だよ。いっぱしの剣士にも男にもなれてないって思うのと俺の顔が出てくるのと何の関係があるんだよ」
「 ………」
  龍麻が真顔で訊ねると、当の京一はきょとんとしたまま暫し目を大きく見開き微動だにしなかった。固まっているという表現がぴったりとくるような感じで、京一は動きを止めたままただじっとそう言った龍麻の事を見やっていた。
「 京一?」
  また不安な気持ちになって龍麻が呼ぶと、その声が解除呪文だったのだろうか、京一はぴくりと肩を動かし、はたと我に返ったような顔をした。
  そうしてまじまじと龍麻を見下ろしてから、またハアと息を吐いた。
「 ひーちゃんは俺と付き合ってるって自覚が全然ないんだよな」
「 え?」
「 俺は単純な男だぜ、ひーちゃん。そんな俺の考えてる事が分からないなんてのは、きっと世界でひーちゃん唯1人だ」
「 そんな事…ないと思うけど」
  実際京一は心根の真っ直ぐな正直人間だと思うが、その事と「分かりやすい」という事とを結びつけるのは安易だと龍麻は考えていた。事実、京一がこれまでの戦いにおいて自分の剣に思い悩んでふらりと姿を消す事や、誰もが震える殺気立った眼を見せ敵をなぎ倒す事は、龍麻の中では「自分の知らない蓬莱寺京一」が為す行動の一側面に過ぎなかった。そしてそんな京一を目の当たりにする度に、自分は京一の事など何一つ分からないのだなと落胆もした。強い京一は龍麻にとって頼りにもなるが恐ろしくもあった。いつもへらへらと笑っている分、そんな京一と出くわすとどうして良いか分からなくなった。
  今もそれに限りなく近い状況だ。
「 ………」
  龍麻が黙りこんでいると京一はそんな相手の様子にようやく気づいたのか、努めて明るい調子で言った。
「 とにかくよ! 俺はひーちゃんにも他の奴らにも堂々と『ひーちゃんは俺のものだ!』って胸張って言えるような男になりたいって事だ」

  それが俺の今一番の望みだな。

「 あとは何もいらねえや」
  はははと笑って、それから京一は急に立ち上がった。そしてこんなうす曇りの寒空の下、実に晴れ晴れとした顔で言った。
「 思い立ったら吉日って言うだろーが? だからそう思った事を俺は今日どうしてもひーちゃんに言いたかったんだよな。俺は緋勇龍麻に心底惚れてて、そいつをずっと護れるくらい強くなりてーってさ!」
「 ………そんなの」
  もう護ってもらわなくても平気だ。戦いは終わったのだから。
  けれど、そう言おうとして龍麻は口を閉ざした。本当にそうだろうか、多分その答えが間違っている事を龍麻は本能で感じ取っていた。だから京一がそう言ってくれた事がとても嬉しく、そしてやはり照れくさかった。
  けれど。
「 けどよ」
  しかし龍麻が「それ」を考えるのと同時に京一が言った。
「 けど、何か知んねーけど、今朝学校に行こうとしたら足が前に行かなくてよ。何でだろーな? 多分、俺は怖かったんだな。俺がこう言ったらひーちゃんはどう思うだろうってさ」
「 ……嬉しいに決まってるだろ」
「 そうか? いや、きっとそうじゃねえだろ」
「 何で…」
  言いかけて、しかし龍麻は声を失った。
  丁度京一がこちらを見やってきた時、半分隠れていた月が風の流れの変化か、自らを覆う黒雲を突き破って完全にその姿を現した。同時に古ぼけた廃屋に立つ京一の立ち尽くす姿をさっとその光で照らし、その眼光を怪しく輝かせた。
  すごく綺麗だと龍麻は思った。
「 京一…」
「 ひーちゃん。すげえ好きだ」
  京一が言った。
「 だから俺はもっと強くなるから。その為にいつか何処か行かなきゃならない事があったとしても、俺の事忘れたりすんなよな?」
「 ……バカじゃないのか」
  龍麻の茫然とする声に京一はただ笑うだけだった。
  何処か遠くへ。龍麻はその時ようやく京一の言う意味を理解した。
「 きょ……」
  何処かへ行く気なんじゃない。否、「遠くへ行く」というのはある意味では間違っていない。しかしそれはいつの日か必ず会える「何処か」ではなく、永遠に手の届かない場所へ行ってしまうという意味での「何処か」だったのだ。
  京一は龍麻の為ならば命を捨てる事も惜しくはないと言っているのだ。
「 ………」
  その事が分かって龍麻は急激に自らの身体が熱くなるのを感じた。
「 京一…」
「 何だよ、ひーちゃん。やっぱ俺がいないのは寂しいか?」
  おどけたように言う京一を見ても龍麻は一緒に笑えなかった。
  今まで京一を失いたくなかったから、求めているくせに心は寄せ付けないよう気をつけていた。キスをしたり抱き合っても、自分から京一の家へ行きたいという一言すら言えないくらいに、京一にもそれを言わせないくらいに、龍麻は京一をさり気なく遠ざけていた。京一自身の事も分かろうと努力する事をしなかった。
  それくらい龍麻は京一が好きだったのだ。怖くて身動きが取れないくらい。
  今朝、京一は怖くて足が止まったと言った。京一に拒絶されることを恐れて何も言えずにいるのは自分の方であるのに。
「 ………」
  そこまで思うと龍麻は自然にくしゃりと顔を歪めてしまった。

  お前が行くという「そこ」へ俺もついて行きたいと言ったなら、お前はどんな顔をするだろう。

「 なあ。京一」
「 んー…あ、ちょっと待った。ストップ」
「 え…?」
  口を開きかけた龍麻に、しかし突然京一は嬉しそうに笑うとしっと指を当てた。それからすっと顔を寄せると、じいっと龍麻の顔をまじまじと見つめ、また可笑しそうに目を細めた。
「 すっげえ、今のひーちゃんのその顔。ヤッてる時の色っぽい顔と同じ」
「 ば…」
「 おっ…へへへ。呆気に取られてるその顔もイイな。やっぱ可愛い」
「 こ…ッの、バカっ!」
  思わず顔を熱くして龍麻が怒鳴ると、京一はそうだよと、表情だけで肯定してひどく優しい目を向けてきた。
「 ……ッ!」
  その顔を見ただけで、もう龍麻は言葉を見失ってしまった。
  ああ、こいつはいつでもそうなんだ。いつでも、迷い途惑う自分にこうやって手を差し伸べてくる。
「 もう…いいよ」
  悔しくて素直に礼を言えなかったが、龍麻はすっかり完敗の顔をするとふっと肩から力を抜いて誤魔化すように空を見上げた。
  暗く寒々しいと思っていた冬の空が何故か仄かな明るさを帯びているように見えた。



<完>





■後記・・・どんな書き方をしようが京主はラブラブで落ち着く、という事が言いたかっただけです。龍麻って柳生を倒した後も平穏に生きられるとは思えないし、やっぱりそうなると京一には強くなってもらわないと困りますよね。命まで懸けられたら龍麻が可哀想だけど。そんなこんなで、明るい京一にリードされる龍麻。これぞ王道と思っているのですが、リードするのは龍麻の方が王道なのかしら?…どっちにしろ全然誕生日ネタにならんかった。しかも遅れた。ごめん京一〜。でも好きだって気持ちは伝わったはず。だってカッコ良く書こうって思ったもん!(実際書けたかは置いておいて…)