本日は何だか素晴らしい日
ある朝目覚めると、龍麻は佐久間だった。
「 ど、どわああああッ!!」
顔を洗おうと洗面所へ向かい、何ともなしに鏡に映った自分の顔を見て、龍麻は初めてそのおぞましい事実と直面した。最初は何故佐久間がこんな所にいるのだと疑って咄嗟に振り返り、その次は何かの呪いかと思って身体のあちこちを触ってみた。最後にはこれは夢なのだろうと思って、ごつごつとしたほっぺたをつねったりもしてみた……のだが。
龍麻は、佐久間であった。外見が。
「 …………」
昨晩までは至って普通の状態だったから、寝ている間に自分の身に何かが起こったという事になる。龍麻は「うーん」と首を捻ってから(佐久間の顔で)、それでも時計を見て登校する時間が差し迫っている事を確認すると、何ともなしにつぶやいた。
「 ま、いいか……」
どこからそんな台詞が出てくるのかは意味不明であるが、龍麻は最初に思い切り絶叫した事でひとまずはスッキリしてしまったらしい。なってしまったものは仕方がない。とりあえずは自分の現状をおとなしく受け入れる事にしよう。そのうち元に戻るだろうし。
……根拠もなく龍麻はそんな風に思い、あとは急いで制服に着替えると(何故かサイズは佐久間仕様になっていてぴったりだ)そのまま学校へ向かった。
「 みんな、おはよう」
龍麻は平然とそう言って教室に入って行ってから、自分の席に座った。
明るい朝、楽しく賑やかな教室の雰囲気はその事によって一気にしーんと静まり返った。龍麻がそんな周囲の様子にきょとんとしていると、つかつかと京一がやってきて開口一番声を張り上げて言った。
「 テメエ、何ふざけた事してんだ?」
「 は?」
「 は、じゃねえよッ! そこはひーちゃんの席だろうがッ。何我が物顔でその椅子に座ってんだよっ! どけ! 今すぐ立て!」
「 ……あ、そっか。俺、佐久間なんだっけ」
「 は…はあ!?」
自分は見た目は佐久間だった。歩いている間に忘れていたと呆けた事を思った龍麻はぽんと手を叩いてから、がたりと席を立った。
「 えーっと、佐久間の席って何処だっけ?」
「 ………おい、お前、ナメてんのか?」
「 え? 別に……」
「 し、しかもその喋り方は何だ!! 気色悪ィな、どうかしちまったンじゃねえのか!?」
「 まあまあ、京一。そんな風に喧嘩ふっかけんのやめなよ」
「 そうだぞ、京一。佐久間とてすぐに席を立ったんだからいいだろう」
ずれている佐久間(しかし実際は龍麻)に怒り心頭の京一を見かねて、小蒔と醍醐が声をかける。それでも龍麻はおや、と思った。自分を見る彼らの目は、やはりどこか冷たいもののような気がした。
( やっぱり佐久間って嫌われてるんだなあ……)
他人事にそんな事を龍麻は思い(他人なのだが)、とてとてと佐久間の席へ向かう。けれど、龍麻はふと立ち止まって「あ」と声を出した。佐久間の席が何処だったのかどうしても思い出せない。龍麻自身もいい加減、彼の事は眼中になかったらしい。←ひどい
「 ねえ、佐久間の席……」
「 あ!?」
「 ……何でもない」
ぴりぴりしたような京一に訊くのは諦め、龍麻は自分が未だ登校しない事を心配している風な彼らから離れて、一人大人しく席についている美里に近づいて行った。美里なら親切に教えてくれるだろう。何せ誰にでも優しい学園のマドンナなのだから。
「 美里。俺の席、何処だっけ?」
「 うふふ…おはよう、佐久間君」
「 あ、うん、おはよう」
やっぱり美里は朗らかないい奴だ。龍麻は少しだけほっとしてにっこりと笑った(佐久間の顔で)。自分が佐久間の顔というだけで、いつも朝からにこやかに挨拶を交わしてくれた近所の人も、昇降口でいつも元気に「おはようございます!」と笑顔を見せてくれた後輩たちも、今日は逃げるように、害虫でも見るように自分を避ける。こちらはいつもと変わらずに挨拶をしているというのに、笑顔も見せているというのに、ちょっと見た目が佐久間なだけであの変わり様。龍麻は少しだけ寂しい気持ちになっていたのだ。
だから美里がいつもと変わらず挨拶してくれた事が嬉しかった。
「 美里、俺の席何処だっけ? はは、ちょっと度忘れしちゃってさ」
「 うふふ、そうなの。貴方の席はね、あそこよ」
「 え……?」
美里が指差した場所は、ロッカーの隅に置かれたゴミ箱だった。
「 …………あの」
「 佐久間君。そう言えば貴方まだ修学旅行の積み立て金、払っていないわよ。早くしてくれないと迷惑だってマリア先生が言っていたから、さっさと用意しておいてくれる?」
「 あ…う、うん……」
「 うふふ……それから、冗談でもさっきのような真似は二度としない事ね……」
「 は……?」
「 仏の顔も二度目まで…よ」
美里は再びにっこりと美しい笑みを閃かせた後、京一たちがいる龍麻の席の方へ歩いて行ってしまった。教室内は茫然と立ちすくむ龍麻(でも顔は佐久間)を置きざりに、とても楽しそうに賑わっている。誰も今の美里の言葉を聞いている様子はなかった。
「 ねえねえ、ひーちゃん遅いねえ。何してんだろね?」
相変わらず龍麻の席を取り囲むようにして、仲間たちがそんな話をしている。いつも遅刻などめったにしないから、始業のベルが鳴ろうとしている今になっても姿が見えない龍麻の事を心配しているようだった。
リーダー格の醍醐が顎に手を当てて提案する。
「 うむ、そうだな…。校門の所でも見てくるか?」
「 あ、ボクも行く行くー! ね、みんなで行こうよー!」
小蒔が嬉しそうにはーいと挙手をして醍醐の意見に賛成している。
「 うふふ…。そうね、行きましょう」
「 おいおい、何だよお前ら。過保護だなあ」
「 じゃあ京一は来るなよ! ボクたちだけで行くから。ねっ、葵」
「 ええ、そうね。うふふふふ……」
「 うっ! わ、分かったよ、行くよ。待てってー」
何だかんだと言いながら、四人はぞろぞろと教室を出て行った。龍麻はそんな彼らの様子を遠巻きに眺めながら、ここで自分が「俺が龍麻だよ」と名乗りをあげたらどうなるだろうかとぼんやりと考えてみたりした。
「 駄目だ…そんなめんどくさい事したくない…」
どうせ京一あたりには「ふざけた事言ってんじゃねえっ!」と怒鳴られ、醍醐にも叱られ、小蒔には呆れられ…。美里には…何をされるか分かったものではない。龍麻はぶるりと身体を震わせながら、とりあえずその後も他のクラスメイトに「自分の席は何処か」と聞いて歩くのだった。(7人目の気弱そうな奴がやっと答えてくれた)
「 はい、それじゃあココの問題。蓬莱寺クン。……蓬莱寺クンッ!」
「 マリア先生、京一の馬鹿、寝てまーすッ!!」
「 んもう…本当にしょうがないわネ…京一クンは…」
英語の授業。
結局、四人の出迎えも報われず龍麻は学校に現れる事はなかった。
当たり前だ。
龍麻は佐久間となってこの3−Cの教室にいるのだから。ちなみに、ホンモノの佐久間も何故か学校には現れていない。
( 佐久間が俺になって来るのかと思ったんだけどなあ…)
龍麻はぼやーと外の景色を眺めながら、佐久間の席に座ってそんな事を考えていた。きっと映画でよくある「チェンジ現象」が起こって、自分と佐久間の身体は入れ替わってしまったのだ。そう思った。別に佐久間と階段で交錯したわけでも、同時に激しいショックを受けたわけでもないのだが、自分が佐久間になっているのなら、佐久間は自分になっているだろう。龍麻はこれまた根拠もなく、そんな事を考えていた。
「 ……久間クン。佐久間クン!!」
「 はっ!?」
「 ……何をボンヤリしていたの。アタシの話を聞いていた?」
「 あ…す、すみません……」
ぼうっとしている間に、指名者が京一から自分に移っていたらしい。
龍麻は申し訳なさそうに頭をかき、ぺこりと頭を下げた。
しかし担任教諭マリアはむっとした表情を崩さず、佐久間である龍麻を睨みつけて言った。
「 アタシの授業はそんなに簡単かしら? それじゃあ佐久間クン。この問題を前に来て解いてちょうだい」
「 えっ……」
「 わー先生、厳しいー」
「 そんな難しい問題〜」
周囲がどよっと沸いた。龍麻はそこでようやく意識を授業に戻して目の前の黒板に並ぶ英文を眺めた。同意文の書き換えをさせようとしているらしい。
( こんなの佐久間が解けるわけないじゃん。先生、意地悪だなあ)
龍麻はそんな事を思いながら、ちらと京一の方を見つめた。京一は相変わらず安眠を貪っている。眠っている奴は起こさずに、ちょっとぼうっとしていた自分をこんな風にいびるなんて。やっぱり、佐久間って色々な意味で目をつけられてんだなあと、龍麻はこの時、佐久間がしてきた様々な所業を全て棚に上げて、奴を憐れに思った。
「 ………はい。できました」
「 ………ッ!」
龍麻が黒板に出て、かつかつと軽快にチョークを鳴らして問題を解く姿を、マリアを始めとしたクラスメイトたちはぽけーと口を開いたまま眺めやった。
「 先生、チョーク」
「 あ…ハ、ハイ……」
チョークを返して席に着く龍麻(でも顔は佐久間)。
しーんと静まり返る中、皆が龍麻(でも顔は佐久間)を見やっている。
「 ……とってもよく出来ています。佐久間クン、偉いワ」
「 はい♪」
「 ……家で予習してきたの?」
「 はい♪」
「 …………そう」
にっこりと笑う佐久間を誰しもが驚嘆と訝しげな目で見やっていた。
それでも龍麻はそんな周囲の視線には一切構わず、頬杖をついて楽しそうに、ただ黒板を見つめるのだった。
そして昼休み。
「 佐久間さん! ホント、今日の佐久間さんにはしびれたっスよ!」
「 英語だけじゃなくて数学も歴史も生物も! 全部パーフェクト解答なんスもん! センコーどもの驚いたあの顔!!」
「 ホントっス! でも佐久間さんがこんなに頭良かったとは…ッ!」
「 おいおい、それって俺に失礼じゃない?」
「 あっ、そ、そうだったス! すいませんっス!」
「 あはははは! いいっていいって。お前ら面白いなー。何で同じ年なのに、『何とかッス!』って敬語なの?」
龍麻はいつも佐久間がつるんでいる(というよりも、自分に従わせている)連中と、楽しく昼食を摂っていた。佐久間はみんなの嫌われ者だから友達がいないのかと思っていたが、どうしてどうしてなかなか仲間が多い。転校してきてからこっち、龍麻はほとんど京一たちと行動を共にしてきたから、同じクラスの連中ともさほど話した事がなかった。佐久間の仲間たちなどと言ったら、それこそ顔すら覚えていないほどだったのである。しかしそんな彼らも、こうして面と向かって会話をしてみると、心底どうしようもない奴らでもない事が分かって嬉しくなってくる。
「 なあなあ、俺のこの焼きそばパンとお前のコロッケパン、交換しようぜ!」
「 ええー!! 佐久間さん、いいんっスか!?」
「 いいよいいよ、俺焼きそばパンは旧校舎でいっぱい拾ってきてあるからたくさん持ってるしー♪」
「 は、は…(汗)?」
「 いいから、いいから、取っておけってー」
そうして龍麻が豪快に舎弟たちへ焼きそばパンを配っていた時だ。
突然バンッ!と荒っぽく教室のドアが開いたかと思うと、外から思い切り不機嫌な顔をした京一が中に入ってきた。
「 あー、京一、どうだった!?」
そんな京一に真っ先に駆け寄ったのは小蒔だ。あとの2人、醍醐と美里もすぐにやって来る。
「 ……駄目だ。電話に出ねェから、ひーちゃん家にも行ったんだけどよ。あいつ、家にもいねえ……」
「 ひーちゃん…」
「 む…。龍麻が俺たちに何も言わずに単独行動に出る事は考えられん。何かの事件に巻き込まれたか…」
「 馬鹿野郎! 不吉な事言ってんじゃねえよ!!」
「 怒鳴らないでよ、京一!」
「 くそ…ッ」
「 龍麻…。本当にどうしたのかしら……」
……どうやら京一たちは行方の知れない龍麻の事をひどく心配しているようであった。
( 俺、ここにいるんだけどなあ……)
しかしこうまで心配されては、名乗りをあげないわけにもいかないだろう。龍麻はがたりと席を立つと、京一たちが立ち尽くす方へと歩いて行って声をかけた。
「 ねえ、みんな」
「 …………あ?」
思い切り不快な顔をしてまずそう応えたのは京一だ。
後の3人もひどく胡散臭そうな顔でこちらを見やっている。龍麻は少しだけたじたじとしてしまった。
そんな龍麻に小蒔が言う。
「 何、佐久間クン。今さあ…ボクたち、君の相手してらんないんだけど」
するとそれに続いて醍醐も。
「 悪いな、佐久間。ちょっと込み入った話をしているので、用なら後にしてくれないか」
「 ………こほん」
美里に至っては返答すらしようとしない。わざとらしく咳払いをして視線を逸らしている。龍麻はそんな美里の姿にごくりと唾を飲み込みながらも、勇気を振り絞って恐る恐る声を出した。
「 ……あのさ、龍麻の事探してるんだろ」
「 !」
「 !」
「 !」
「 !!!!!」
しかし龍麻がそう言った瞬間、全員の目の色が変わった。
「 テ、テメーッ!! ひーちゃんを何処へやったッ!!」
「 知ってるの、ひーちゃんの居場所っ!!」
「 おい、佐久間。それは本当か!!」
「 …………龍麻の居場所を知っているの……ッ!?」
「 う、うぐ…! く、苦しいよ、京一…ッ! 離し…!」
いきなり京一に胸倉を掴まれて、龍麻は息を詰まらせた。
「 馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえよ!! それより、ひーちゃんの居場所を知っているなら教えやがれっ!!」
「 ……こ、こ……」
「 あん? 聞こえねえんだよ、もっとハッキリ言えって!!」
「 京一! あんたが掴んでいるからでしょ、離しなよ!!」
3人が京一を取り押さえ、ようやく自由になった龍麻はけほけほと咳き込みながら4人を見やった。皆どことなく殺気立った顔をしている。龍麻はすうはあと息を整えてから、きっぱりと言った。
「 俺が龍麻だよ」
「 ……」
「 ……」
「 ……」
「 …………うふふ……ふふ……」
「 ほ! 本当だって、俺が―」
「 ……おい、行こうぜ」
「 うん。もう学校なんていいや。ひーちゃんを探しに行こう」
「 佐久間。見損なったぞ。お前がそんなくだらん冗談を言うとは」
「 佐久間君」
「 え……う、うわっ!!」
4人が教室を出て行こうとしている中、龍麻は不意に美里に呼ばれ、瞬間、何かに押されるようになってその場に倒れた。幸い、すぐにガードを張ったから助かったものの、今、美里は明らかに自分に強烈な攻撃を仕掛けてきた。
もの凄い殺気だった。
「 佐久間さん、大丈夫っすか!?」
舎弟たちが慌てて駆け寄ってくる。龍麻は「うん」と頷いた後、倒れた事によってついた埃をぱんぱんと払った。
「 やっぱり……信じてもらえなかったか…」
龍麻はハアとため息をついた後、一体みんなは普段から自分の何を見ていたのだろうかとやや落ち込んだ。
ちょっと見た目が違うだけで。(ちょっと?)
ちょっと声が違うだけで。(ちょっと?)
それでも、自分は緋勇龍麻なのに。(しかし無理があるだろう)
もしこのまま佐久間の姿だとしたら、自分は生涯彼らからは消えた存在になってしまうのか。
自分はここにいるのに。
放課後。
早退してしまった4人の空いた席を見つめながら、龍麻はのろのろと席を立った。舎弟たちが町へ恐喝へ出ようと誘いをかけてきたけれど、龍麻はそんな彼らに軽くお仕置きした後、1人校舎を出た。
真っ赤に映える夕日が妙に物悲しいと思った。
「 いつもなら…京一がラーメン食って帰ろうぜって言うのにさ…」
龍麻は何となくつぶやいてから、足元にあった石ころをこつんと蹴飛ばした。
まあ、いいさ。
あんな目に見えるものにしか捕らわれない未熟者なんか。
心の中でそう毒付きながらも、やはり龍麻は寂しくて、再び今日何度目かのため息をついた。
いつもは鬱陶しいくらいに群がってくるあいつらだけれど、だから今日は佐久間の姿で何となく開放感というところも正直あったのだけれど。やっぱり、あいつらはあいつらでこうやって自分の心配をしてくれているのだから。こうやって寂しい時、いつも近くにいてくれたのはあいつらなのだから。
「 ……とりあえず、元に戻ったら真っ先に京一はぶん殴ろう」
4人を思ってから、京一を想う。龍麻の思考回路はいつだってそうだった。
いつも一緒の仲間たち。いつも仲良しの彼ら。お節介で煩くて。
それでも楽しい奴らには違いない。
そして、そんな中でやはり龍麻にとって京一は別格なのだった。
1番一緒で、1番仲が良くて、1番お節介で煩くて、1番楽しいのは京一だから。誰に分かってもらえなくても、京一に分かってもらえないのはとても寂しいと龍麻は思う。
「 だから…とりあえず、京一は殴る」
龍麻は同じ台詞をもう一度繰り返し、それだけ心に決めると、とりあえず今日はもう家へ帰って寝ようと思った。それで明日また佐久間だったら、それはそれでなどと思いながら。
が、そう決めて校門へ行こうと思った矢先。
『 ひーちゃん!!』
声が聞こえた。
「 京一……?」
はっとして振り返る。しかし、京一の姿はなかった。不意に襲う胸騒ぎに、龍麻はとにかく声を感じた方向へと駆け出した。
京一が呼んでいるような気がした。
向かった先は旧校舎。
「 来るなッ!!」
「 ……ッ!?」
校舎に潜った瞬間、そんな切羽詰まった声が聞こえた。はっと顔を上げると、目の前に巨大な異形が数体、寂れた教室内を蠢いていた。
「 な…!? な、何でこんな所に…!?」
「 佐久間! テメエ、何しに来たんだッ!!」
「 きょ、京一…!」
「 来るな! お前の敵う相手じゃねえぞ!!」
京一は異形を挟んで龍麻の前方にいたが、既に木刀を手に戦闘を開始していた。…が、巨大異形たちのパワーにやや押され気味であった。しかも異形たちは校舎に入ってきた龍麻の姿を認めているのに、何故か全て照準を京一に当てて、一斉攻撃を仕掛けているのだ。
「 危ない、京一!!」
叫んだ瞬間、龍麻はもう無我夢中で蹴りを放っていた。
「 こ…のーッ!!」
が、しかし《力》の放出は感じたものの、その佐久間の短い脚は普段の戦闘とは勝手が百倍くらい違った。届くと思った異形に蹴りは届かず、龍麻の攻撃は無残にも空振りに終わった。
「 バカ野郎! 何してんだ、さっさと逃げろ!」
情けない龍麻(姿は佐久間)に、京一が必死に声をかける。けれどやはり互いの距離は縮まらないままだった。異形たちは鈍い動きながらも確実に京一を攻め、京一だけの命を奪おうとしている。
「 おい佐久間! 今のうちに…行けって言ってんだろ…っ!」
「 馬鹿ッ!! 京一を置いて逃げられるわけないだろ…ッ!!」
「 ……ッ!?」
京一の言葉に怒りの声で返して、龍麻はぎっと異形たちを見上げた。
そして龍麻は自分には見向きもしない異形の一体に、力のないパンチや蹴りを続けざま発し続けた。佐久間はあんなにいつもいばって強い素振りを見せていたくせに、こんなに弱かったのか!と龍麻は初めて気がついたのだが、それでも今はそんな事を嘆いている暇はない。
龍麻は必死に異形を自分の方へ向けさせようと攻撃を仕掛け続けた。
『 グ、グオーッ!!』
そして遂に、龍麻に狙われ続けていたその一体が不意に怒りを露にして龍麻の方に向き直り、手にしていた巨大棍棒を振り上げてきた。
「 わ…ッ!」
馬鹿デカイ図体の割に俊敏な動きだった。龍麻は佐久間の肉付きの良い身体を素早くガードに当てる事ができず、ただその場に固まって目をつむってしまった。
「 ばっ…、ひーちゃん、危ないッ!!」
すると。
「 あ………ッ!!」
「 秘剣、朧残月ッ!!」
『 ギャオーッ!!』
京一が相手の隙をついて放った一撃がもろに異形の背に直撃した。
異形は地が揺れるほどの絶叫を残し、その場からざざざという砂が流れるような音を残し、あっという間に消えて行った。同時に、あれほどいた他の異形たちもその異形と一緒に姿を失くしてしまった。
「 は………」
へなへなとその場に座り込む龍麻(でも顔は佐久間)に、京一がふうと息を吐いてからつぶやいた。
「 あれだけが本体だったんだな。核を潰せば他も消える。道理だな」
「 う、うん……」
「 …………」
「 きょ、京一…。助けてくれてありがとう…」
龍麻はやっとの思いでそう言い、自分をじっと見下ろしている京一にそっと礼を言った。
「 ……そりゃ、こっちの台詞だぜ」
「 え…?」
「 お前が来なきゃ、俺は殺られてた。あんな乱れた精神のまんま1人で地下に潜ってよ…。あんな奴らをこんな所まで連れてきちまった。大変な事になるとこだった」
「 な、何で1人でこんな所…?」
「 お前を探していたからだろ」
「 え…? あ…そ、そういえば…さっき、俺の事何て言った…?」
「 ひーちゃん」
京一はぽりぽりと頭をかいてから、困惑したようにそっぽを向いた。
「 え……」
「 ひーちゃん、なんだろ?」
「 お、俺! も、元に戻ってる!?」
「 いや。佐久間だぜ。思いっきりな」
「 な、なら……」
「 未だに信じられないぜ。お前がひーちゃんだなんて。けど、あの瞬間は…俺を助けようと飛び出してくれたお前は…絶対、ひーちゃんだって思った」
「 きょ……」
「 ったく、一体どうしちまったんだ!? 佐久間と身体の交換したなんて悪い冗談―」
「 京一…ッ!!」
龍麻は京一の言葉を最後まで耳に入れず、もう抱きついていた。
「 わ! や、やめろ、その姿で抱きつくな!!」
「 何でだよ! 関係ないだろ、俺は龍麻なんだから! 正真正銘、緋勇龍麻なんだからッ!!」
「 わ、わ、分かってる…。分かっているが…!」
しかし京一はぎゅうっと自分に抱きつく龍麻(しかし顔と身体は佐久間)をどうしてよいか分からず、その背中を抱いてやる事もできず、宙に浮かした両手をそのままにただ慌てていた。
それでも、遂にはえぐえぐと泣き出してしまった龍麻を見かねて。
「 ……な、泣くなよ、ひーちゃん……」
京一は佐久間の固太りした身体(でも中身は龍麻)をしっかと抱きしめていた。
「 俺…俺、最初は何となく面白かったんだけど…。でも、段々寂しくなっちゃったんだ…。だってみんな、俺のことすごい冷たい目で見るんだもん」
「 お前なあ…毎日悪意ある目で俺たちを睨んでんのは、佐久間の方なんだぜ。突然あんな態度されたら何かあると疑るだろうがよ」
「 でもみんな。佐久間に冷たすぎ」
「 ひーちゃん、今は奴の話なんかしてる場合じゃ…」
「 でも! もういいんだ! 京一が俺を分かってくれたから! 俺は一生このままでもいい!!」
「 なっ…! ひー…」
「 な、京一! 京一も俺が佐久間でも、ずっと仲良くしてくれるよなっ!!」
龍麻はきらきらとした瞳を京一に向け、べたべたと甘えモードでそんな事を言った。
京一が「勿論だ」という台詞を発してくれるまで、約5分ほどの時を必要としたのだが。
翌日。
「 あ…やっぱ元に戻ってる」
龍麻はベッドの横に置いておいた鏡を手に取って、何となくガッカリしたように言った。
「 まあ…いいか」
どうして戻ったのか分からない。どうして今日には戻っているだろうと思えたのかも分からない。けれど今日の龍麻は、龍麻のままで。それで良いと思える自分がいる。
「 京一〜」
「 ……ん…うーんうーん(汗)」
「 あれえ、何うなされてんだろうなあ、コイツ」
龍麻は自分の横で脂汗をかきながら寝入っている京一をつんつんと突付きながら、それでも幸せそうに微笑んだ。
とりあえず。龍麻は思う。
今日も何だか、良い事がありそうだ。
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