五色の遊園地
ヘンな夢だった。
5色の遊園地。赤。青。黄色。緑に桃色。
この5つの単色しか存在していないレジャーランドへ遊びに行った。
「 しかもな、乗り物もちょっとしかないミニ遊園地なんだ。観覧車とコーヒーカップとメリーゴーランドと…」
「 ジェットコースターは?」
「 ああ、あったあった。でもホント小さいのな。あと、空中ブランコ…かな」
「 それだけあれば十分じゃないの」
「 あ、も一つあった! お化け屋敷!!」
「 お化け屋敷? 桃色のお化け屋敷かい?」
「 うーん、それはよく分からないけど。俺、興味なかったから、そこは入らなくていいって遠目で見ただけだから。覚えてない」
「 なるほどね」
龍麻が昨夜見た夢を反芻するように目を空にやりながらたどたどしく話をする。壬生はそんな龍麻の様子を楽しげな顔で見やりながら、うまいタイミングで合の手を入れていた。
「 で、さ。客がいないの! 全然! 従業員もヘンな扮装した怪しげなのしか見当たらないし。趣味が悪いから客が来ないんだなあなんて話してさ」
「 ふーん」
「 でも乗り物は目まぐるしく動いててさあ、くるくるくるくる、観覧車なんてすげースピードで回ってんだよ。あんなのに乗ってたら絶対酔ってたな!」
「 それで僕たちは何に乗ったんだい?」
「 ん?」
壬生の質問に、龍麻がきょとんとした顔をして見せた。
ソファに座る壬生とは別に、龍麻はそのすぐ傍のフローリングに腰を下ろし、壬生お手製のクッションを尻に敷いている。身体は壬生の長い足に寄りかかり、さり気なくくっついているのだが、その様はいつも2人だけの時のお決まりポーズだ。
2人は恋人…とまではいかないが、明らかに好きあっていて、明らかにお互いがその事に気づいていた。
けれども、いつも同じ距離のままだった。
壬生は龍麻の髪の毛に実にさり気ない所作で自らの長い指を絡ませると、もう一度優しい口調で訊ねた。
「 僕らが乗った乗り物だよ。まさかメリーゴーランドに乗ったなんて言わないだろうね?」
「 何でそんな事言うんだ?」
「 男2人で乗る乗り物じゃない気がするよ」
「 それを言うなら男2人で遊園地にいること自体おかしい」
「 知らないよ。君が見た夢だろ」
「 まあそうなんだけど」
龍麻は多少口を尖らせてから、何を思ったか急に壬生の足に頭をもたげかけてから、甘えるような口調で返した。
「 メリーゴーランドじゃないよ。何にも乗らなかったよ。乗り物にはさ」
「 そうなの?」
「 そうなんだ。喧嘩になっちゃったんだ、俺たち」
「 え?」
壬生は多少驚いたように目を見開き、龍麻のことをじっと見やった。
現実の世界では、2人は喧嘩などしたことがなかった。一方的に龍麻が我がままを言ってむくれて、しばらく口をきいてこないなどという事ならしょっちゅうあったが、それでも大抵壬生が折れてしまうから、夢の話とはいえ実際その「喧嘩」とやらがどんなものなのか、壬生には想像もつかなかった。
「 喧嘩って…何でだい」
「 壬生がいけないんだ」
「 僕が?」
「 そ」
「 何でだい」
「 俺がさ、何に乗りたい?って訊いたら、壬生は『龍麻の乗りたい物でいいよ』って答えたんだ」
「 ………」
もし、実際に龍麻と2人で遊園地へ行ったら、きっと自分は夢の自分と同じことを言うだろうと壬生は思う。
「 ……それの何がいけないんだい」
だから壬生が正直に自分の思いを口に出すと、龍麻は途端にむっとしたような顔を見せた。
「 俺は! 壬生が乗りたいって言ったものに乗りたいわけ。だから壬生が言ってくれって言ってんのに、壬生はただ笑って『龍麻が乗りたい物が自分の乗りたい物
』だなんて言ってさ」
「 その夢の中の僕だってきっとそういう君と同じ気持ちだったんだろ」
壬生が龍麻の抗議に不平を述べると、相手はますます気分を害したような顔をして、ぺしりと壬生の足を叩いた。
「 だーかーら! 俺はそれが嫌なの! 壬生はいっつも俺に合わせるだろ! 何でもかんでも俺優先! そういうの、俺は嫌なんだ」
「 …それ、夢の僕に怒ってるのかい、それとも今の僕に怒ってるのかい」
「 ……知らないよ」
ついとそっぽを向いて、龍麻は自分の露にした怒りを誤魔化すようにテーブルの上にあった紅茶のカップに手を伸ばした。
その紅茶も龍麻が望んで壬生に淹れてもらったものだ。
龍麻が「紅茶が飲みたい」と言った時、家にそれを切らしていた壬生は、わざわざ近くのコンビニまでそれを買いに行っていた。
それまで龍麻は1人でこの部屋にいたわけだが。
「 龍麻」
「 ん」
壬生が呼ぶと、龍麻はすぐに返事をした。壬生と話したくないわけではないらしい。
「 じゃあ言わせてもらうけど」
「 …………」
壬生がそこまで言いかけてわざと一端口を切ると、龍麻はくるりと振り返って壬生のことを見上げてきた。喧嘩はしたくないのだろう。もうその瞳に怒りの色は見えなかった。
「 僕はお化け屋敷がいいな」
「 な…何だよ、いきなり」
「 しかも赤色の。桃色とか緑とかだとあんまり怖い感じがしないからね。真っ赤な血みどろのお化け屋敷なら入ってみて楽しいかもな」
「 そ! そんなの俺は嫌だぞ!! 絶対嫌だ!!」
「 何で」
「 き、気色悪いだろうが!! 全色赤だぞ!? 赤のお化け屋敷なんてそんな、趣味悪ッ! 俺は絶対入らないから!」
「 龍麻、怖いの? 血なんていつも見てるくせに」
「 そ、そういう問題じゃない! 怖くはない!! だけど、何でよりによってそんなの選ぶかな、壬生は! もっとさ、壬生らしからぬコーヒーカップとか空中ブランコとかって言えよ」
「 それなら一緒に乗ってくれるの」
「 ま、まあな」
龍麻はふんと鼻を鳴らし、偉そうにそう言った。
壬生は必死に笑いたい気持ちを抑えながら、わざと平静を装ってさらりと言った。
「 じゃあ、仕方ないからそれでいいよ」
「 ………あ」
龍麻はしまったという顔をして、みるみる赤面していったが、やがてひどくバツの悪そうな顔をして壬生の顔を見上げた。壬生はしらっとした表情をしながら、ちらりと龍麻の方を見下ろし、「何」とわざとらしく訊いた。それで龍麻もぶすくれた顔で言う。
「 ……いいよ。お化け屋敷でさ」
「 嫌なんだろ」
「 いいって言ってんだろ!」
「 怒っている奴なんかと一緒に入りたくないよ」
「 怒ってない! ただ、壬生は趣味が悪いと思ってさ! お化け屋敷と言ったら黒と灰色と白! に相場が決まっているんだ」
「 そうかな、ライトとかで他の色も見られると思うけど」
「 そんなのどうでもいいのっ。もう、とにかくそれでいいって言ってるんだからそれでいいだろ」
「 ところで龍麻。その夢の話だけど」
壬生は今ではすっかり破顔して龍麻を見やっていたが、すぐに静かな目をして問いかけた。
「 結局喧嘩してどうなったんだい、僕たち」
「 え?」
「 そこだけ気になるんだけど」
壬生が言うと、龍麻は何だかひどく決まり悪そうな顔をした。
「 ……本当は喧嘩ってほどのことにはならなかった。…壬生がすぐ謝ったから」
「 ………そう」
「 俺」
龍麻は言ってから不意に壬生の足に再び身体を寄せると、こつんと頭をもたげかけて言った。
「 でも、起きた後すっげえドキドキしちゃったよ。壬生はいっつもああやって俺のこと許すけどさ、本当はどう思って―」
「 龍麻」
壬生は龍麻に最後まで言わせず、優しくその頭を撫でてやるとにっこりと笑った。
「 君といると本当に楽しい」
何でも許せる。
何でも愛しい。
君のすることすべて。
「 今度二人で……何処か遊びに行かない」
「 壬生?」
「 駄目かな」
「 ……だ、駄目なわけないだろ」
「 じゃあ」
決まりだね。
壬生は心底嬉しそうな顔をして、一言そう言った。
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