今だけは



  僕のことは放っておいてくれないかな。
  その一言で、放っておけなくなってしまった。



「 壬生、待ってくれよ!」
「 ……ついてこないでくれ」
「 嫌だ! お前が俺のこと見るまで、絶対に離れないぞ!」
  龍麻の粘り勝ちだった。
  壬生紅葉は諦めたようになって、足を止めた。本当に仕方なさそうに振り返り、それによって嬉しそうに駆け寄ってくる同じ年の青年を見やる。
  子供、と冷たく思う。
「 なあなあ、壬生。 今日、お前の誕生日なんだってな!」
「 …何故そんな事、知っているんだ」
「 裏密っていう奴に聞いた。あいつ、そういう事何でも知っているんだぜ」
「 君が胡散臭いと、仲間も胡散臭いんだね」
「 え〜? そうかなあ、あはは。 じゃ、壬生も胡散臭い奴なんだ」
「 何故僕が君たちの仲間なんだ!」
「 俺が決めたから」
  龍麻はあっさりとそう言ってから、またあははと笑った。
  壬生は胸のあたりがむかむかしてきて、思わず彼から視線を逸らせた。
  こういう人間は本当に困る。
  そう思う。
「 …それで? 君は一体僕に何の用があるっていうんだ」
「 ん、だから今日はお前の誕生日じゃん! 何か欲しい物あったら言ってくれよ! 俺、プレゼントするからさ!」
  朝から人の家の前を張っていて、言うことはそれだったのか。
  壬生は眉をひそめて珍しいものでも見るような顔を龍麻に向けた。
「 でも俺、そんなに金持ってないからあんまり高いもの言われても困るんだけど。なあ、何がいい? 言ってくれって!」
「 じゃあ遠慮なく」
「 わっ、何なに?」
「 僕の前から消えてくれ」
「 ………ひでえ」
  壬生は素っ気無くそう言ってから、また歩き始めた。
「 あっ、待ってくれよ壬生! それは却下! また何か違うの言って!」
  何なんだ、この男は。後ろでぎゃーぎゃー騒ぐから周囲の人たちまでこちらを見るじゃないか。
  壬生は自分の苛立ちを必死に表に出さないようにしながら、今度はもっと強く言ってやろうと急に歩いていた足を止めた。
「痛っ!」
  すると闇雲に壬生の後を追っていた龍麻が、そのまま壬生の背中にぶつかって声をあげた。その体当たりにすら、壬生はため息をついてしまった。
「 緋勇…」
「 ああ、やっと止まってくれた。けど、いきなり止まるなよ。ぶつかっちゃっただろう?」
「知らないよ、そんな事は。どうでもいいけど、いい加減にしてくれないかな」
「 だって俺、壬生のことを祝いたいんだよ!」
「 別に頼んでないよ」
「 バカだなあ。誕生日っていうのは誰かに頼んで祝ってもらうようなもんじゃないよ。こうやって俺みたいにさ、壬生のこと好きで、言われなくても何かしたいって奴に祝ってもらうものなんだよっ」
「 ……好き?」
  唐突に言った龍麻の言葉に、壬生は思わず反応してしまった。
  それに対して龍麻はあくまでも冷静で。
「 うん、そう。お前、俺がこんだけ付きまとっているんだから、それっくらい気づけよな!」
「 ……悪いが僕にはそういう趣味はない」
  壬生が素っ気無く言うと、龍麻は不機嫌な顔になって口を尖らせた。
「 お前ね、何でそういう言い方しかできないの? …まあ、壬生のそういう冷たいところも好きだけどね」
「 勝手に言ってろ」
  壬生はまた歩き始めた。以前からおかしな男だとは思っていたが、激しい戦いで気が変になったのだろうか。まったく、どうかしている。
  けれども。
  自分のことを好きと言った龍麻に。
  祝いたいといった龍麻に。
  胸の中のむかつきは消えているような気が、壬生にはした。
「 ……緋勇」
  やはり言い過ぎだっただろうか。何だか悪いような気がしてきてしまって、壬生は振り返った。
  すると、すぐ後をついてきているはずの龍麻がそこにはいなかった。
「 壬生…」
「 緋勇!?」
  どうしたことか、龍麻は先ほどいた場所にうずくまったまま、苦しそうにうめいていたのだ。
「 緋勇、どうかしたのか…っ?」
「 うう…」
  龍麻は何やら低い声を出し、慌てて駆け寄る壬生に搾り出すような声を上げた。
「 壬生…」
「 何だ、どうした? どこか…」
  けれど、壬生が屈みこんで龍麻の顔を覗こうとした瞬間―。
「 何でもないっ!」
「 !?」
  龍麻はぱっと顔を上げると、たちまち明るい笑顔に戻り、その勢いのまま自分との距離を縮めてきた壬生に抱きついた。壬生はただ面食らってしまう。
「 ひ、緋勇…! だ、騙したのかっ!」
「 へへへ…だって壬生がどんどん行っちゃうからさっ!」
「 離せ! 君という奴は…! 馬鹿馬鹿しい、もう君なんか相手に―」
「 ちょっと待って」
  けれど龍麻は急に真面目な声になると、抗う壬生の首に両腕をきつく巻きつけ、そのままぎゅっと顔を押し付けてきた。
「 ひ、緋勇…っ!?」
「 壬生、大好きだよ」
  綺麗な声だった。
「 ひ……」
「 …壬生は優しいな。だって、絶対に振り返ってくれるだろ」
「 ……」
  静かな声。目を閉じたまま、壬生にすがりついたまま、龍麻はそっとそう言った。いつものふざけた口調ではなかった。
「 お前といると、お前を見ていると、俺自分の宿星もまんざらでもなかったなあって思う。だってそのおかげで壬生に会えたから」
「 緋勇…」
「 なあ、壬生は? 壬生も俺と会えて嬉しかった?」
  何てことを堂々と訊く奴なんだろう。
  壬生は多少呆れた思いでいたが、すっと腕を伸ばしてこちらに視線を向けてきた龍麻の顔を見て開きかけた口を閉じた。
  その目があまりにも不安そうだったから。
  甘えていたから。
「 俺は…壬生と会えてすごく良かった」
  龍麻がもう一度言った。だから。
  つい、言ってしまった。
「 …君みたいな人には、滅多に会うことはできないからね。貴重な体験ではあると思うよ」
「 ホント?」
「 ああ、それは本当だよ」
「 やった! じゃあ、両想い!」
「 ……どうやったらそういう解釈に」
「 な、じゃあやっぱり今日は一緒にいていいだろ? 何か祝いたい! あ、俺、キスしてあげようか?」
「 やめてくれ」
  唇を突き出した龍麻に壬生は思い切り冷たく言い放ってから、 ふっと辺りに意識を向けてため息をついた。
「 じゃあ、とりあえず」
「 うん、何なに?」
「 通行人の視線が痛いんだ。離れてくれないか」
「 ええー」
  龍麻は不満そうに言ってから、けれど仕方なく壬生から離れて立ち上がった。それから本当に嬉しそうに笑う。壬生は戸惑いながらも、そんな龍麻から目が離せなくなってしまった。

  あまりにも自分とは正反対で。

  ぼうっとしていると、不意に龍麻は壬生の手をぎゅっと握った。
「 なっ…!? ひ、緋勇、君はまた!」
「 今だけ!」
  龍麻はぴしゃりと言ってから、また笑った。
「 いいじゃん、別に。俺はお前が好きなの。お前も俺のこと好き。だから手、つなぐ。もっともな話だろ?」
「 僕の気持ちを勝手に言うのはよしてくれ」
「 なあ、何かさ、面白いとこ遊びに行こう! 俺、奢ってやるから!」
「 聞いてないんだね…」
  龍麻は壬生の手をぶんぶんと振り回しながら、今度は怒ったようになって言った。
「 何ぶつぶつ言ってんだよっ? 行くぞ、壬生! こういう事を繰り返していくうちにさ、お前も俺に惚れていくって!」
「 ……どうだか」
  けれど壬生は自然に笑みの出ている自分に心の中でただ当惑していた。彼の前だと表情が緩む自分がいた。
  彼の前だと…。
「 そうだ、改めて言うな!」
  龍麻が壬生のことを見上げて笑う。その笑みにどきりとする。
「 誕生日おめでと、壬生!」
「 ……ありがとう」
  いつの間にか、彼の前で素直になっている自分がいた。
「 じゃ、どこへ行こうか?」
「 ……」
  こうやってこの緋勇龍麻という人は、自分を引っ張っていくのだろうと壬生は思った。闇に潜もうとする自分を、強引に明るい場所へと連れ出して――。
「 壬生?」
  龍麻が不思議そうな顔をした。それで壬生ははっと我に返り、改めて自分の手を握る目の前の青年を見やった。
  それから、少しだけ困ったようになりながらも。

「 …君の行きたい所でいいよ」
  そう、言ってみた。
  その言葉に、龍麻はこれ以上ないほどの大きな笑みを向けた。 



<了>





■後記・・・これは壬生さんBDの際に「幸せなSSを」と焦って約○分で書いた、ものすごーくインスタントな作品です。そして現在連載中の「追いかけて」の番外編みたいなやつです。ホントはこういう感じでのほほんとした話を書きたかったのです。それが今や・・・暗・・・これで少しでもらぶ〜な2人を堪能して頂ければと思います(あんまりラブじゃない)。