2人の休日
誰が言い出したのかは分からなかったが、劉が龍麻たちの仲間になったすぐ後、「みんなで何処かへ遊びに行こう」という話になった。
で、やってきたのは遊園地。
普段、そういう所とは無縁そうな人間が多かったから、そこがいいと言ったのは、多分マリィとかコスモレンジャーとか…そこらへんの者たちだったと思われた。本当に唐突に決まったその企画だったが、
仕事があるからと断ってきた如月と舞園を除けばあとは全員出席、 実に総勢20名。
結構な数だった。
「 あれ、コスモの連中、何処へ行った?」
女性陣が皆で「何かに乗ってくる」といなくなった後、ジュースを買いに行っていた龍麻は、きょろきょろと辺りを見回しながらベンチでぐったりしている男連中に訊いた。それに対して、京一はうんざりしたように答えた。
「 ヒーローショー見に行ったに決まってんだろー? ったく、団体行動の取れない奴らだぜ」
「 ああ、そっか。じゃあこの後、俺らも行く?
マリィだって見たいだろうしさ。アランもいないけど、あいつもヒーローショーに行ったの?」
「 あいつはナンパだろ」
京一が悔しそうに言った。 龍麻が買ってきたコーラを受け取ってから、段々腹が立ってきたのか、乱暴な声で続けた。
「 ったくよ、小蒔の野郎がガーガーうるせえから、すっげえ出鼻をくじかれたぜ! 『
劉君歓迎のための遊園地なんだから、勝手な行動取るな 』だってよ! アランとかコスモの奴らの方がよっぽど勝手に動いてんじゃねえかよ!」
龍麻は京一の隣に座ると、ごくりとコーラを飲んでから苦笑した。
「 まあ、こんな大人数で来てるんだし、 まとまりないのはしょうがないじゃん? ならお前、今から行けば? 桜井たち、今どっか乗りに行っていないんだしさ。俺らは別にいいよな」
「 あまりバカなことはするなよ?」
向かいにある丸テーブルの席に座ってそう声を出したのは醍醐だった。
その隣ではコーヒーカップに酔って思い切り疲弊した紫暮がうなだれたまま一言も発しない。
かなりまずい状況のようだ。霧島が心配そうに背中をさすってやったりしているが、どうやら逆効果である。
「 あ、そうか? じゃあ…へへ、 ホントにいなくなっちまおうかなあ」
許可が得られた途端、ふやけた笑顔になる京一を見て、
龍麻は何て表情の切り替えの早い奴なんだと呆れながらも、視線を醍醐に向けた。
「 で、あとの奴らは何処へ行ったわけ? 肝心の劉もいないし」
「 ああ、雨紋は女連中と一緒にあそこの空中ブランコだ。ふっ、雨紋の奴は何だかマリィに気に入られてずっとくっつかれているよ。あとの男連中は見てのとおりだ。俺と霧島は紫暮がこうだからずっとここにいたが…そういえば劉の奴はお前が飲み物を買いに行った後すぐに何処かへ行ってしまったな」
「 ふーん、トイレかな?」
「 ああ、でも劉さん、そういえばさっきあちらの方へ行きましたよ」
霧島がトイレが見える方とは逆方向を指差して首をかしげた。
軽く頷いてから、龍麻はそちらの方へと目をやり、「
ちょっと探してくるな」 と劉の分の飲み物を持って立ち上がった。
劉はすぐに見つかった。
京一たちが座っていたベンチとは大分離れていたが、アヒルやら鯉やらがいる「仲良し池」の所だ。
池をぐるりと囲んでいる白い柵に肘を乗せ、劉は水面に映る景色を楽しんでいるようだった。
今日は幸い雲一つないほどの晴天だったから、季節の割には気温も高く、ぽかぽかした日差しが辺りを包んでいる。
その中で劉の横顔は本当に気持ちが良さそうだった。
龍麻は思わずそんな劉をしばらくの間じっと見てしまった。
「 ん…ああ、アニキ」
視線を感じたのだろうか、ふっと劉が顔を上げて龍麻の方を見やってきた。
それで龍麻もはっと我に返って、笑顔で劉に近づいた。
「 ほら、コーラ。 これ買いに行っている間にお前がいなくなっていたからさ。
何処へ行ったのかと思ったよ」
龍麻が言いながら比較的幅のある柵の上にコーラの缶を置くと、劉は自分の横に来た龍麻に申し訳なさそうな顔を見せた。
「 あ、ごめんなあ。 何やわい、じっとしているの苦手やさかい。ぶらぶら歩いとったら、ほら、かわいいやん、このアヒルはんたち」
「 へえ、ひよこ以外も好きなのか」
「 もちろんひよこが一番やけどな。わい、基本的に生き物ってみんな好きやから」
「 あ、そうか。 じゃあ、動物園とかの方が良かったか?」
「 ははは。 そんな気ぃ遣わんといてや。 どこでも楽しいわ、アニキたちと一緒なら」
劉はそう言ってから、龍麻に愛想の良い笑顔を見せた。
どうしてだか、龍麻はその笑顔に途惑った。 慌てて視線を逸らせ、誤魔化すように池の方へと目をやる。
それで劉も再びそちらへと意識を向けた。
2人の間に沈黙が割り込んできた。
周囲からは賑やかな音楽や人々の笑い声、歓声が聞こえる。 そうして2人が見ている池からも鳥たちの鳴き声が割に騒がしく聴覚を刺激してくる。
それでも2人の間は静かで。
けれど、決して窮屈ではない、むしろどことなく居心地の良い感じを龍麻は抱いていた。
「 わいなあ」
不意に、劉が口を開いた。
沈黙に浸っていた矢先だったから、龍麻は意表をつかれて弾かれたように劉に視線を送った。 劉は相変わらず涼し気な目元で池の方へ目を向けているのだが。
「 何や、アニキといると余計な力が抜けるわ」
「 え?」
「 ははっ」
劉は聞き返した龍麻にきちんと向き合うためか、柵に預けていた肘を浮かして、身体ごと隣の方へと向けてきた。
「 わいな、ほら騒がしい奴やんか。冗談がないと生きていけん男やさかい、こういう沈黙には慣れていないんや」
「 ああ…」
何だ。自分はこういうのが結構好きだから、居心地が良いと思っていたが、劉は気まずい思いをしていたのか。
それなら、何か喋れば良かった。
「 勘違いせんといてな、アニキ」
龍麻の心根が分かったのだろうか、劉は考えこもうとする龍麻のことを覗きこむようにして多少身を屈めてから言った。
「 アニキといると…わいは無理せんでもええんや。黙っておっても何や気分がええ。…ほんまのわいでいられるような気がする」
「 劉?」
最後の言葉に何となく引っかかって、龍麻は怪訝な顔をした。劉がその視線に慌てたようになって、頭をかく。
「 ああ、そうやない。 いつものわいも、あの騒がしいふざけたわいも本物のわいやで? 冗談好きっつーのは本当やもん。
けどな、けど…誰かて黙っていたい時っつーもんがあるもんやろ?」
「 あ…うん」
何と答えて良いのか分からなくて、龍麻はただ曖昧に頷いてしまった。
劉とは知り合ったばかりだから、龍麻はただ単に「エセ関西弁を喋る面白い奴」という印象くらいしか持っていない。その裏に激しい闘争心や哀しみや…何かを必死に隠そうとする「陰」的要素も、この劉から感じているはずなのに、龍麻は何故かそれに対して見て見ぬフリをしようとしていた。
それがどうしてかは分からないのだが。
「 なあ、アニキ」
自分を呼ぶ劉の眼にどきりとした。
強い光を発した、意志のある眼だった。 怖いくらいにそれが眩しくて、龍麻は思わずそんな劉から目が離せなくなっていた。
「 わいな。 アニキと出会えてほんま嬉しい」
「 え…それは…俺も……」
「 いや」
劉は何故か龍麻の言葉をかき消して、どうしてか困ったような笑顔を見せた。
「 わいはな、アニキ…ああ、何やうまいこと言えんのやけど。わいはアニキのこと…大切にしたいんや。
この自分の気持ちをな、わいは…」
言いかけて劉は一旦口をつぐんだ。 下を向いてから、また困ったようにははっと笑った。
「 何言おうとしてんのやろ」
「 劉?」
「 ごめんな、アニキ! 何でもないわ。ただな、わいはアニキと一緒におれて、幸せなんや。だから…これからもよろしゅうな!」
「 うん…それはこっちだって」
龍麻は何だか無理に笑ったような劉に途惑いながらも、流されるように頷いた。
「 はあ〜。 ほんま、今日はええ天気やな」
劉が再び視線を池に向けた。
龍麻はそんな劉をただ黙って見つめた。 そうして。
不意に、あの信号で2人、劉がふと漏らした言葉を思い出した。
わいらなあ。 一度、会うているんやで?
それを言われた時、龍麻は自分の中のどこかがひりひりとするのを感じた。
忘れてはいけない遠い記憶…。その大切なものを、自分はどこかへ置いてきてしまったような気がした。
あの時の劉の瞳が焼きついて離れなかった。
だからかもしれない。劉の優しい笑顔の裏に、何かもっと深い感情が見えてしまって、いつもこいつに途惑ってしまうのは。
劉という奴をもっと知りたいと龍麻は思う。
「 な…劉」
だから、声を出していた。
「 んー? 何や?」
「 あのさ…これから、どっか行こうか?」
「 ん…? 何や乗りたいもん、あるんか? そら、ええけど…。 じゃあ、そろそろ戻る?」
「 違うよ」
龍麻は言ってから、どうしてか急に焦ったようになって俯いた。
「 みんなは置いてさ…2人で、どこか行かないか?」
「 ………」
「 あ、そういえばこの先にさ。 爬虫類館とかもあんだよ、そこ行かない?」
何故こんな事を言うのに、自分の顔は熱くなるのだろうと龍麻は不思議な気持ちになった。
「 巨大トカゲとかさ、 南国にしか住んでない毒蛇とかがいるんだってさ」
「 …アニキってそういうのんが好きなんか」
「 え? だってお前が生き物全般が好きっていうから」
「 まあ…そうやけど」
「 あ、トカゲとかはダメか?」
「 いや、そんなことないけど。けど、ほんまにええの? みんなわいらのこと探すんと違う?」
「 いいよ。 みんなそれぞれ好きに動いているし。帰りに誰かの携帯にかければ。な、行こう!」
「 ……アニキがそう言うなら」
「 うん!」
龍麻が嬉しそうに笑うと、劉は困惑したようになって視線をあちこちへ動かした。
そして先を歩き始めた龍麻に、どうしたことか続かない。その場に立ち止まったまま、髪の毛をぐしゃりとかきまぜている。
「 劉?」
振り帰って不思議そうにする龍麻に劉は苦笑した。
「 ああ、何でもないわ。 何でもないんやけど…」
そうして、思い切ったように言った。
「 やっぱり、行けん。 みんなのとこ戻ろ」
「 え…?」
「 アニキ…あんま、期待させるようなことせんといてや」
「 劉…?」
「 嬉しいんや、わいはアニキがそう言うてくれんのはめっちゃ嬉しいんやで! けどな…けど、2人ちゅうんは…何やたまらんわ」
「 何で…?」
急に心臓がどきどきしてきて、 龍麻は劉に釘付けになってしまった。
すると劉はそんな龍麻をはっきりと見据えて言った。いつもの、ふんわりとした表情を消して。
「 わいはな、アニキのこと普通の目で見てないんや」
そう言う劉の表情はとても真摯で、綺麗だった。
龍麻は急激に自分の体内の温度が上がるのを感じた。
「 どういう…意味?」
やっとの思いでそう言葉を発すると、劉は怖いくらい静かな面持ちのまま続けた。
「 ……アニキのこと、大事に思うてる。だから、こうやって何でも気楽に話せる位置にいたいて思うてるけど…その反面、アニキを自分だけのもんにしたいて…わいだけのもんにしたいて、考えてしまう時もあるんや。 そんな自分を消せないんや」
「 ………」
「 だから、アニキのそういう親切はな…わいには痛いんや」
「 親切とかじゃなくて…」
龍麻はどうやって自分の気持ちをこの目の前の相手に言っていいのか分からなかった。
多分龍麻は劉のような感情は抱いていなかった。
けれど。
劉に自分への気持ちを告白されても、驚かない。それどころか。
許容している。
「 あの、劉…」
「 ほんま、どうかしてるな。 こんな事言うて、アニキ困らせて」
ごめんな。
そう言って劉は謝った。
龍麻はそれがひどく嫌で、 激しく首を左右に振ってから、劉の元へと足早に近づいた。そうして、がつっと劉の手首を掴んだ。
「 あ…?」
「 劉。 俺の言うことが聞けないわけ? 俺はお前と2人だけになりたいんだ。だから、行こう?」
「 アニキ…」
「 行こう?」
「 ………」
断るなんてダメだというように、龍麻はそのまま劉の腕を引っ張った。
そして、何だか恥ずかしくてきっと赤面しているだろう顔を、それでも臆せず劉に見せた。視線を逸らすのはいけないことだと思った。
劉もそんなこちらを見つめていて。
龍麻との距離を縮め、反対の空いている手で龍麻のことを引き寄せた。そして、痛いくらいに肩を抱いてきて。
「劉…」
「龍麻……」
劉はそうつぶやいたかと思うと、 ふっと龍麻に顔を近づけた。
影が被さってきた、 と龍麻が感じたと同時に、
劉の唇が自分のそれに触れた。
「 ………」
優しい口付けだった。遠慮するような、けれど想いのこもったキスで。龍麻は劉を掴んでいる手にぎゅっと力を込めた。すると、劉はもう一度龍麻の唇をとらえにきて、今度は先刻よりも深く重ねてきた。
「 …っ…ん…」
喉の奥から聞き慣れない自分の声が漏れて、龍麻は余計に身体が熱くなった。
「 龍麻」
唇をそっと離して、劉が自分を呼んだ。また心臓がしめつけられるような気がした。聞き慣れないその呼び方。
そして劉は顔を近づけたままそんな途惑う龍麻のことをじっと見つめてきた。
「 ……りゅ、劉……」
劉の吐息を間近で感じて、龍麻はけれど顔を逸らすこともできなくて困惑した声を出してしまった。 けれど、対する劉の方は何だかとても大人びていて。
「 ……真漂亮」
「 え?」
掠れたような、よく聞き取れない声で劉は囁くように言った。
「 何て…? 劉?」
「 ………」
劉は微笑したまま、そっと龍麻から離れた。
けれど龍麻が掴んでいた手を外した後は、自分が龍麻の手を握って。
「 …おおきに、アニキ」
いつもの声でそう言った。
「 劉」
「 ははっ! ほな、行こか! 何やわいも、巨大トカゲ見てみたくなってきたわ」
「 あ…そ、そうか?」
「 そや! 行こ行こ!」
急に子供のような顔に戻って劉はそう言って笑った。
龍麻の手を握ったまま、先を行こうと歩きだす。
「 わっ、ちょっと待てって、劉!」
その勢いに引っ張られるまま龍麻も歩き出した。
そして自然に笑顔になると、そのまま劉の背中を追った。
何だか温かい気持ちに包まれながら。
|