キミにはタダで その日、東京・新宿の気温は40度。降水確率0%で、気象庁は今年一番の暑さを記録したと発表した。 「 なあ劉…。気分悪いならやめてもいいんだぞ?」 そんなギラギラ太陽が照りつける中、暑さで今にも溶けてしまいそうな貧弱な特設テント内で龍麻は劉に心底心配そうな瞳を向けた。持っている団扇でぱたぱたと扇いでみるが、既に真っ赤な茹ダコ状態、汗だくだくの劉にはほんの小さな慰めにもならない。逆に熱風を寄せ付けて息苦しいくらいだ。 それでも龍麻が扇いでくれている事それ自体が嬉しいのだろう、劉はふにゃりとした笑顔を向けてぐっと親指を立てて見せた。 「 だ〜いじょうぶ、だいじょぶやっ! わ、わい、絶対リタイアなんかせーへん…! これに優勝して、必ずアニキの事護ったる…!」 「 その言葉は嬉しいんだけどな…。でも、それでお前が倒れちゃったりしたら…」 それだけで自分は心配だし落ち込むのだと龍麻は半ば泣き出しそうな顔で俯いた。 そんな表情ひとつが劉をより奮い立たせる事になるとは、龍麻自身気づいていないのだが。 「 と、とにかくっ。アニキはどーんと構えて、わいの応援してくれたったらそんでええんや! わい、それだけでめっちゃ頑張れるんやから…!」 「 うん…。でも絶対無理するなよ? 俺いざとなったら、ちゅーくらい平気だからさ」 「 ちゅ…ッ!? そっ、それはそれだけは、絶対あか〜ん!!」 龍麻の台詞に劉はただでさえ流れ続けている汗をより噴出させ、頭に血を上らせて叫んだ。そしてその拍子にまたクラリと眩暈を感じ、そのまま椅子から転がり落ちそうになってしまった。 「 ぐぐぐ…我慢…我慢や〜」 呻く劉の額からはとめどなく汗が流れ落ちる。 とにかくこの猛暑の最中、現在の劉の格好と言えば、毛糸のセーター3枚に半纏、マフラー。手にはセーターと同じく毛糸の手袋。おまけにズボンも2枚重ねの状態で。 これでは興奮せずとも自然汗も噴き出してくるというものだった。 そう、ここは真神学園、校庭のど真ん中。 そこでは今まさに「暑さをぶっ飛ばせ! 新宿ツワモノ我慢大会!」が開催されていた。 事の起こりは三日前だ。 その日、劉はいつものように学校を終えると真っ直ぐに龍麻が待っているであろう真神学園―旧校舎前へ向かった。ここ最近劉は仲間たちと殆ど毎日地下へ潜り鍛錬を続けていた。日に日に手強くなる敵と対する為、また大好きな龍麻を護る為に、劉は少しでも今より強くなりたいと考えていたのだ。 しかしいつもなら多くの仲間たちで賑わっているそのいつもの場所が、その日に限っては龍麻と桜井小蒔の2人しかいなかった。 「 何やぁ、今日はいやに少ないな? 皆さん外せない用でもできたんかいな?」 「 そうじゃないんだよ、劉クン…」 劉の質問に対しすぐに大きく首を振りながら答えたのは小蒔だった。そんな彼女の顔はどことなく疲弊感に満ちている。 「 は?」 劉はそんな仲間の表情にただならぬものを感じつつ、しかし肝心の龍麻が飄々としている事に違和感を覚えて再度問い返した。 「 一体どないしたんや? いつも一緒の京一はんも醍醐はんも、それに美里はんもおらんし。アニキ、何かあったんか?」 「 んー、何かあったっていうか」 「 あったでしょ、ひーちゃん! 凄く大変な事がッ!」 呑気な風の龍麻を小蒔は軽く叱り飛ばしてから、再び劉に向き直り肩を竦めた。 「 あのね、劉クン。今度の日曜日、ボクたちの学校で我慢大会があるんだ」 「 我慢大会?」 「 そ。毎日こう暑くてさあ、梅雨も何処行ったって感じでしょ? うちの学校はクーラーもないし、皆教室でもイライラしててね。で、この暑さを楽しまなきゃって事で、生徒会主催+アンコの所の新聞部とミサちゃんとこのオカルト研究部が企画・協力して、そういうイベントが行われる事になったんだけど」 「 はあ〜。そらまた楽しそうでええやんか。我慢大会って言うとあれやろ? サウナ風呂みたいなとこであっついおうどん食べたり、厚着してランニングしたりとかってそういうやつやろ?」 「 まあ…そうなんだけどね…」 「 それと皆さんがいなくなる事と一体何の関係があるん」 「 大有りだよ。その大会の優勝商品がね、ひーちゃんなの」 「 ……へ?」 小蒔の大きく漏れたため息と共に発せられたその言葉に劉はたちまち固まった。 「 あの〜? 今何て?」 「 商品とか言うなよ桜井〜。俺は物じゃないんだからさ〜」 龍麻が片手をひらひらさせて小蒔に苦い笑いを向ける。 しかし元気娘・桜井小蒔はそんな龍麻の態度が癇に障ったのだろう、キッとした視線を向けると凄まじい勢いで責めの言葉を吐き出してきた。 「 だってひーちゃんがお金と引き換えに自分の身を売った事には変わりないじゃん! 信じられないよ、アンコとミサちゃんの口車に乗っちゃってさッ」 「 え〜…だって」 「 だってじゃないっ。優勝者にはちゅーしてもいいなんて約束、どうして簡単にしちゃったんだよ〜!! もうばかばか〜!!」 「 ばかばかって。ひどいよ桜井〜」 「 ばかはばかだよ! ひーちゃんのばかー!!」 「 そう怒るなよ。たかがキスじゃん?」 「 怒るわッ!」 「 わっ」 桜井に視線をやっていた龍麻は突然自分に向け怒鳴り声をあげてきた劉にぎょっとして仰け反った。それから興奮して鼻息を荒くしている劉を恐る恐る見やる。 「 あの、劉…?」 「 アニキッ。わいはわいはアニキをそんなアニキに育てた覚えはないでっ。何や何やその恥じらいのない言い草はぁッ!? そ、そそそそんな、優勝者にはキスするやなんて、ど、どんな奴が勝つかも分からんのに…っ」 「 そうだよそうだよ! 劉クンの言う通り〜!!」 劉の嘆きに小蒔もそうだそうだと腕を振り上げる。 龍麻はそんな2人を交互に見やった後、「だって」ともごもごと口元を動かして言った。 「 だって、あのな。その条件呑んだら、遠野さんたちが俺に一年分の食券くれるって言ったんだ。そしたらさ、劉にそれやれるなって思って」 「 ……ふぇ?」 龍麻のその言葉に劉は小蒔同様ぶんぶんと振り回していた拳をぴたりと止めて再び固まった。 そんな弟には構わず龍麻は続ける。 「 だってさ、劉、いっつも道心爺ちゃんと野宿でさ。それでしょっちゅう酒買いに行かされたりして貧乏そうだし。おやつも地鶏まんばっかだし。だからさ…」 「 ア、アニキ…」 「 だから。その条件、いいなあって思ったんだ」 「 ………」 「 ちょっと劉クン。1人で感動してる場合じゃないんだけどッ」 龍麻の言葉に今にも泣きそうな劉を小蒔がじとーとした視線と共に牽制した。それで劉がハッとして背筋を伸ばすと、小蒔はここからが本題だと言わんばかりの調子で言った。 「 優勝商品がひーちゃんと聞いたら、そりゃあ皆張り切って出場するわけじゃない。まかり間違って変な知らない奴にひーちゃんの唇を奪われても事だしね! でも、それで張り切ってエントリーした皆…京一や醍醐クン…何故か飛び入り他校参加の面々の殆ども、皆熱射病で倒れちゃったんだよ!」 「 はあ?」 「 すっごい秘密特訓するんだって言ってどっか篭りに行ったと思ったら、翌日にはもう倒れてたんだよ? もうホント大バカ! 諸説にはあつあつラーメン大食い大会を想定してラーメンのドカ食いして食中りになったとも、激辛ラーメン食べて食あたりになったとも言われてるけどね」 「 それ、内容同じだね桜井」 「 ひーちゃん」 「 ごめんなさい」 「 ……ったく」 楽しそうに突っ込みを入れた龍麻を小蒔は再度厳しく睨みつけてから、ハーッとため息をついた。 「 美里はスタイルを気にして今回の大会には参加しないらしいし、このままじゃ佐久間が優勝しちゃうよ」 小蒔の苦虫を潰したような顔に劉がきょとんとして尋ねる。 「 佐久間はんって誰や?」 「 ボクたちの最大の敵だよ!」 「 最大の敵は柳生では……って、ゲェッ!?」 すかさず小蒔が提示してきたその写真に劉は思わず声を上げた。 「 こここ…これは…」 「 どう劉クン。驚いた?」 劉の態度に小蒔は予想通りの反応だと言わんばかりの顔をして、また同時に沈んだように肩を落とした。 それもそのはず、小蒔が差し出した写真には、影からこっそり龍麻の着替えを盗み撮りしている佐久間の姿が激写されていたのだ。 「 アンコが撮ったんだよ。激写の激写だね」 「 ここ…こんなん…犯罪やんか」 思わず食い入るように目をやってしまうのは上半身裸の龍麻なのだが、それでもそれをいやらしい目でにやにやと見やりながらカメラを向ける佐久間なる男の存在も勿論気になる。 しかし冷や汗たらたらの劉に、やはり当の龍麻は涼し気だ。 「 佐久間って俺のこと好きみたい。前は美里がいいって言ってたくせに」 「 アニキ! 何でアニキはそんな平気な顔してそないな事言うんや! アニキは平気なんか!? アニキ、こんなんがええんか!? これ、どう贔屓目に見ても二枚目のナイスガイやないで!? どう見てもアニキをエロエロの目で見てるだけの悪役の目やんか〜!!」 「 劉。そんな、人を外見で判断するのは良くないぞ。俺はお前をそんな子に育てた覚えはない」 「 だってだってアニキ〜!!」 「 ひーちゃん、中身も最悪だろ佐久間は〜!!」 その日、ぎゃあぎゃあと言い合いを続ける3人は結局旧校舎に潜ることはできなかった。 そしてその日の夜、劉は仲間たちを代表して1人、「龍麻の唇を護る会・代表(即席結成)」として真神学園我慢大会に出場する事になったのである。 そして場面は再び我慢大会・会場に戻る。 何だかんだと普段より熱心に修行している劉は強靭な体力の持ち主だ。確かにこの暑さは並大抵の忍耐力では乗り切れないが、そんじょそこらの高校生と劉とでは、そもそもその鍛え方が違う。 1回戦「厚着マラソン」、2回戦「サウナ付き特設プレハブで腕立て伏せ」を順調に勝ち進み、劉は遂に決勝戦に駒を進めていた。 そして決勝戦の相手はただ1人。小蒔が最大の敵だと叫んでいた佐久間猪三、その人だった。 「 あれが佐久間か…」 1、2回戦共に言葉を交わす事もなく、また自分のペースを維持する為その姿を意識する事もなかった。しかし過酷なこのレースに最後までリタイアする事なく残れたのは劉とその佐久間のみ。決勝戦を前に劉は嫌でもその佐久間猪三の姿を拝む事になった。 なるほど、あの写真の通りのいやらしい目をした男だ。劉の闘志に更に火がつく。 「 おい、テメエ」 その時、佐久間も最後の相手・劉のことが気になっていたのだろう。もさっとした半纏姿に、マフラーをぐるぐる巻きにした汗だくだくの佐久間がのっそのそと舎弟たちを連れ劉の元へやってきた。隣に立つ龍麻の事もちろと見つめる。 「 テメエ見かけねェ面だな。うちの学校のもんかよ?」 「 ………」 「 こらテメエ! 佐久間さんの質問に答えねェか!」 黙りこむ劉に舎弟の1人が勢いこんで唾を飛ばした。しかしそれに口を開こうとした劉に龍麻がずいと出てきてむっとした声を出した。 「 煩いよ。劉は俺の大事な弟。文句あるか?」 「 弟だと…?」 「 複雑なコメントや…」 呟く佐久間にやや落胆の劉。龍麻はそんな2人に構わず続けた。 「 そうだよ。そもそも俺、劉の為にこの大会の優勝商品になってんだもん。だから佐久間が勝っても勝ってるのは劉なの。分かる?」 「 龍麻。テメエは俺のもんだ」 「 あのなあ。お前が勝ったらちゅーくらいはしてあげてもいいけど、お前のもんにはならないの、俺は!」 「 ちゅーしたらあかんて!」 素早く龍麻をツッコミながら、ホントにこの人は事の重大さが分かっているのかと劉は多少不安な気持ちになった。大体、自分の事を大事な「弟」などと言っているが、自分はそれでは嫌だと思う。確かに最初はそれでも良かった。龍麻が自分の兄弟でずっと一緒にいられたら。 出会った当初はそれだけが望みだったけれど。 「 ……そういやアニキ」 「 ん?」 ふと口を開いた劉に龍麻は佐久間を睨んでいた視線を戻し声を返してきた。 劉は言った。 「 わい、確かにアニキを護る為にこの大会出たけど…。もしわいがこのまま優勝したら、アニキはわいにも賞金のちゅーしてくれんの?」 「 え?」 「 こらテメエ! テメエは弟じゃねえのかよ! 近親相姦ネタか!?」 「 うるさいわっ。アンタなんか殆ど獣姦ネタやろがっ!」 「 ななな何だと〜ッ!? テメエ、喧嘩売ってんのかッ!?」 「 おお、売ったるわっ。やったるで、こないなったら〜!!」 『 皆様、長らくお待たせ致しました!』 しかし2人が今にも殴り合いの乱闘を繰り広げようとした時、校庭全体に放送がかかった。 遠巻きに会場を囲んでいたギャラリーがわっとざわめく。 朝礼台に乗っていた主催者の1人・遠野アンコがマイクを片手に声を張り上げているのが3人が立つ位置からも見えた。劉たち出場者と龍麻は大会進行役のアンコが立つ背後に設けられた特設テントに控えていた為その音声はより一層大きく聞こえた。 『 さあ遂に決勝戦です! 決勝戦の種目は厚着でサウナで激辛ラーメン! です!!』 「 何だあ、ホントに激辛ラーメンって種目にあったんだ…」 龍麻が何となく独り言のようにそう呟いた。わいわいと賑わっている校庭に次々とラーメンのスープが入っているだろう鍋が運ばれてくる。ここからでもその辛いスープの香りが漂ってきそうだった。 「 ふん、何杯食えたかで勝負を決めるか…。貰ったな」 「 佐久間さん、頑張って下さい!!」 背後で舎弟たちがやんややんやと声援を送る。確かに佐久間はよく食べそうだ。それに対して細身の劉は見るからに不利そうに見える。 しかし劉はもさもさしている服を着ながらも柔軟体操をしつつ、気合を入れた。激辛ラーメンだろうが激マズラーメンだろうが関係ない。とにかく自分は全力を尽くして勝つまでだ。ここで勝たねば龍麻の唇はこの外見も内面も最悪な佐久間なる男に奪われてしまうのだから。 負けるわけにはいかない、絶対に。 「 劉」 けれどその時、今まさに出陣しようという劉に龍麻が不意に声を掛けた。 そして――。 「 どしたアニキ? 任せといて、わい絶対―」 負けない、と言おうとした劉の唇は、しかし最後まで開けなかった。 「 ん…ッ?」 「 !!! お、おいテメエらッ!!」 その一瞬の出来事に佐久間がぎょっとしたように声をあげた。途端、朝礼台に立っていたアンコ、そしてそのシーンをたまたま目にしたギャラリーの何人かもどよどよとわめき立てた。 「 ……アニ」 「 あのさ、さっきの質問」 周りの事になど構う風もなく、たった今劉に突然の口付けをした龍麻は言った。 「 お前、自分が勝ったらちゅーしてくれんのかって訊いただろ。あれの答え」 「 答えって……」 「 だから」 茫然としている劉に龍麻は少しだけむっとしたように言った。 「 お前は特別だって言っただろ。そんな…。こんな祭りなんか関係なく、お前がして欲しかったらしてやるよ。決まってるだろ?」 「 決まっ…」 「 お前、そんな事も知らなかったの? 大体、何度も言うようだけどな…」 この大会の優勝商品になったのだってお前の為じゃんか。 「 アニキ…」 ぶつくさ言いながらふいと視線を逸らしそっぽを向いてしまった龍麻。その相手の名を劉は掠れ気味の声で呼んだ。そして見つめた。 龍麻の横顔は怒りながらも、どことなく恥ずかしそうなものに見えた。 それは兄が弟に向けてした軽いキスなどではなかったからで。 「 アニキ…。わいな、わいもアニキのこと、と、特別なんや…」 「 知ってたよ、そんなの」 「 うん…」 「 は…何だよ、うんって。嘘だよ、お前は知らなかったくせに。調子いい奴」 「 は、はは…そうかもしれん…」 「 テ、テ、テメエら、さっきから2人の世界に入ってんじゃねえ〜!!」 すっかりほんわかムードになっている2人に、その場にいてそのシーンを目の当たりにしてしまった佐久間が突然我に返ってわなわなと震えた声で叫んだ。それはそうだろう。龍麻からのキスを争ってこんな暑苦しい格好をして今まで戦ってきたのに、その勝負がつかないうちに対戦相手がその商品を貰ってしまったのだから。 しかし佐久間が大会委員に抗議の声をあげようとした、まさにその時だった。 『 え〜…。只今、審査委員会から審議の結果が出ました』 「 審議だと!?」 佐久間がぎょっとしている間に、淡々とメモを読み上げるアンコの声が校庭に響き渡った。 『 皆様ご覧の通り、たった今優勝者特典を決勝戦進出者の1人劉クンが貰ってしまったとの事で、まったく突然の事ですが、決勝戦は中止にします』 「 なっ…!?」 『 え〜。つきましては、龍麻クン&劉クンのあつあつラブラブチューの様子は実行委員の方で見事な激写に成功しておりますのでっ。この暑さを和らげる珠玉の逸品! 皆様、1枚500円です。是非お買い求めの程を! ご予約はお早めに!』 「 おい、ちょっと待て! どういう事だそれは!?」 事態を飲み込めていない3人をよそに、何故かギャラリーや主催者はすっかり納得したようになってぞろぞろと帰るなり片付けなりを始めている。また、これもいつの間に作られていたのか、「萌え萌え写真販売所」には既に大勢の女生徒たちが予約用紙を書き込みに殺到していた。 「 何か…大会終わったみたいだよ、劉」 「 ……何なんや一体」 「 さあ」 ぽかんとしている2人に、石化している佐久間。 しかし最初に立ち直り、未だ会場を見つめている劉に笑顔を向けたのは龍麻だった。龍麻は劉のマフラーを取ってやり、セーターでかさばり脱がしにくくなっている半纏に手を掛け言った。 「 さっさと脱げよ、暑いだろ?」 「 あ。ああ…そやな」 「 ありがとな、劉」 「 へ?」 「 俺のこと護ってくれたじゃん」 「 いや…結局わいは何もしてないんやけど…」 恐縮する劉に、しかし龍麻はゆっくりとかぶりを振った。そうして汗にまみれた劉の前髪をかきあげてやりながらにこりと笑う。 龍麻は言った。 「 ううん、やっぱりお前のお陰だよ。何ならもっとしてやってもいいよ、ちゅー?」 「 はは…」 ふざけたように言う龍麻の台詞が劉にはただくすぐったかった。照れを隠すように苦笑し、それから視線を他所へ向ける。何だか暑い。暑いのだけれど、どうしてか不快ではない。むしろこの胸を焼くじりりとした熱さが今の劉には心地良くすらあった。 「 そんならアニキ」 だから劉は未だざわつく校庭をじっと見やった後、やがておもむろに龍麻の手をぎゅっと握り言った。 「 そんなら、もうちょっと静かなとこ行こ。そんで…あ、その前に腹減ったし、激辛ラーメン食べ行こ?」 「 あ、じゃあ俺奢ってやる」 「 ほんま? 嬉しいわ」 「 うん、行こ行こ!」 龍麻の嬉しそうな顔に劉もつられて笑顔になった。本当はラーメンの他に言いたい事もあったのだけれど、今はまあいいかと思ってしまった。 そうして2人は手に手を取って未だ賑やかなお祭り騒ぎの校庭を後にした。 その後、特設テント内では屈強の不良たちが恐れ慄くような冷たい風が吹きまくっていたというが……真偽の程は定かではない。 |
<完> |
■後記…劉ちゃんと知り合ったのは夏じゃないじゃん?とかそういう細かい事は目を瞑って下さい。うちの魔人設定は基本的にサザエさん、永遠の18歳なので公式設定そういうところでは無視しまくりです。それにしてもくだらない…内容ですが…いやいつでもしょうもないですが今回は特に何なんだ…。ただほのぼの劉主とかわいそうな佐久間を出したかっただけなんですが。それというのもこれはいつもお世話になっている私の天使・わたぽん様のサイト開設3周年のお祝いとして書いたものだからです。わたぽんと言えば劉主に佐久間!あ、あれ…ナンバー2は雨紋だっけか…。 |