告白 「 なあ、劉…」 「 んー何や」 「 もしもさ」 「 んー」 「 もしも、俺がお前の事好きだって言ったらどうする?」 時間は昼下がり。珍しく旧校舎に潜る事もせず、二人は中央公園のベンチでだらりとしていた。劉の方は横になってすらいる。 「 …………」 けれど、両手を後ろに回し、それを枕の代わりにして目をつむっていた劉は、突然の龍麻の質問でぱっちりと目を開いた。側に座っていた龍麻ともろに目が合う。 向こうはやや赤面していた。 「 ……そら…むっちゃくちゃ嬉しいけど」 「 本当?」 「 だってアニキ、わいが以前アニキに言うた事忘れたん? わい、アニキの事が好きなんやって言うたやんか」 「 ………忘れた」 「 へ」 あの時は、確かに照れ隠しのあまり冗談のような勢いで告白してしまったのだが…。だからと言って、自分は本当に真剣な気持ちで、少しでも龍麻に振り向いて欲しくて、かなり必死な想いで告白したのだ。 龍麻はみんなの人気者で、みんなが龍麻を狙っていて。だから少しでも気を抜くと、自分ではない誰かにあっという間にとられてしまうと思った。それが心配で心配でどうしようもなかったから、劉は他の仲間たちを抜け駆けまでして龍麻に告白したのだ。 それを忘れただなんてあんまりだ。 「 ……そういや、あん時のアニキ、ただ『ありがとう』言うて終わりやったな」 「 そうなんだ」 「 んな、他人事のように……」 普段、あまり人とのコミュニケーションを図ろうとしない龍麻だったから、多分一つ一つの事象に対して記憶力が乏しいのだろうと劉は思った。それにしてもそんな事まで本当に忘れられてしまうのかとさすがに苦笑して、劉は組んでいた両手を外してすっと片手を差し出した。龍麻はそんな劉の手を黙って握ってきたが、しばらく沈黙した後ぽつりと言った。 「 お前の告白の事は覚えてないけど…。でも別にいいだろ、今俺がお前の事好きだって言ってるんだから」 「 ……さっきは『好きだって言ったらどうする』言うてたで」 「 ああ、そうだっけ……」 とぼけているのか、それとも本当に混乱しているのか、龍麻は劉のその指摘には曖昧に答えてから、投げやりになったように言葉を吐き出した。 「 じゃあ言い直すよ。俺、劉の事好きみたい」 「 …………」 「 みたいじゃ駄目? はっきり言わないと駄目?」 「 いやそうやない…。そうやないけど、何で…」 言いかけて劉は再びはっとして龍麻の事を見やった。目の前の、自分が命を賭してまで護りたいと思っているその人は、今にも崩れ落ちそうで、今にも……。 消えてしまいそうな儚げな表情をしていた。 「 アニキ……?」 「 …………」 急に不安になったので呼びかけたのだが、返事はなかった。ただ、劉が差し出した手を龍麻はぎゅっと力強く握っていて。 ああ、この人のこんなところが自分は――。 「 ……アニキ、ならお願いがあるんやけど」 「 ………?」 劉の、突然の声色の変わった話しかけに、龍麻は突然我に返ったようになって視線を下に落としてきた。 「 わい、ずーっと憧れてた事あるんや。恋人できたら是非是非やってもらお思てた事」 「 何…?」 努めて実験的に自分は『恋人』という単語を使ったのになと劉は心の中だけで思いながら、それは勿論顔には出さず、平然とした口調で続けた。 「 膝枕」 「 ………?」 「 アニキの膝に頭のっけたーい」 「 …………」 さすがに怒るだろうかと劉は鉄拳の一つや二つは覚悟してそう言った。…が、龍麻は何も言わなかった。やっぱり今日は特に元気がないんだなと思ったが、それで自分まで悲しい顔をしてはいけないと、劉は作った笑顔を決して崩さなかった。 すると龍麻は、劉の手を握っていた自分の手をすっと外し、突然両手でむんずと劉の頭を掴んできた。 「 う、うわ…っ!?」 「 はい」 そうして龍麻は、突然の事に驚いた声を発した相手には構わずに、強引に自分の膝に劉の頭を乗せて「できあがり」とでも言いたげな声を出した。 「 アニキ…?」 「 膝枕」 「 …………」 「 こんなものがやりたいなんて、変な奴」 つまらなそうに龍麻は言って、それからまた手持ち無沙汰になったのだろうか、再び劉の手をぎゅっと握ってきた。 「 …………」 龍麻の温度を劉は直に感じた。 「 ……なあ、アニキ」 「 ん」 「 わいらが恋人同士になったて、みんなに言う?」 「 言わないけど、訊かれたら言うよ」 「 じゃあすぐバレるやんか」 「 そうなの」 また興味ないように龍麻は言った。劉は本当にこの人には参ると思いながら、これだけは言わないとときっぱりと言った。 「 アニキ、もし訊かれたら…アニキから告白したて言うてな。でないとわい、みんなに殺されてまうもん」 「 でもお前、前俺に好きって言ったんだろ」 「 アニキ忘れ取ったくせに〜」 「 ごめん」 「 え…っ! い、いや別に謝らんでもええんやけど」 どうにもペースが崩れると思いながら、それでも劉は龍麻の表情がちっとも晴れない事が心配で仕方なかった。多分この人は自分がそういう風に想っている事にも気づいていないのだろうが。 そんな龍麻は、不意に思い出したようになって劉に言った。 「 劉。自分は忘れたくせに言うのもずるいけど…」 「 え…?」 「 俺が今日言った事は…劉、忘れないで。絶対…覚えていてくれよな」 「 アニキ…?」 「 こんな風に想ったの初めてなのにさ…口に出したのも勿論初めてなのに…忘れられたら、怖いから」 「 ……んな…忘れるわけないやろ?」 劉が驚いたようにやっとの思いでそう言うと、当の龍麻の方はその答えが意外だとばかりに目を大きく見開いた。 「 本当?」 「 何やそれ。ほんまやで。絶対忘れん! 死んでも忘れん!」 「 死んじゃ駄目」 龍麻は眉間に皺を寄せ、劉の手を握ったまま、劉の腹をどすんと叩いてきた。割と重い拳だ。自分のも入っているから尚更か。 「 いったいで、アニキー!!」 抗議すると、向こうはもっと怒ったような顔をした。 「 劉が馬鹿な事言うから」 「 単なる物の例えやんか!」 「 今度言ったら嫌いになる」 「 げっ!? …い、言わん! もう絶っ対言わんから!」 「 ………」 「 ア、アニキ…ほんまに怒ったんか?」 「 ………ううん」 「 そ、そか。良かった」 ほっとして安堵の笑みを向けると、龍麻はそんな劉をまじまじと見やってから、あっさり言った。 「 嫌いになれない…」 そうして龍麻は、再びかっと顔を赤くした。そしてそれを誤魔化すように、もう劉の方は見ようとはせず、視線を遠くへ遠くへと移したのだった。 「 …………」 まったくこの人は。 けれど劉はこの状況にも気の利いた言葉を出す事ができなくて、ただ龍麻に握られた自らの手に自分も力を込めた。 とりあえず。 誰が何と言っても、もうこの手は自分のものなのだと思った。 |
<完> |
■後記…劉を前にすると、うちの龍麻は女の子っぽくなるんす。もうこれはしょーがない。しょーがないと思って諦めて下さい(何を)。そんでもって、やっぱりこの2人には幸せになってほしいなと思うのであった…。 |