日曜日の午後は



  いくら熾烈な戦いを繰り広げていると言っても、たまには休みたくなる時だってある。それにいつも気を張っていては身体にも悪いし、もちろん精神にだって悪い。具合をおかしくして、それで仲間たちに迷惑がかかってしまうような事があったら大変だ。
  だから龍麻は日曜日は休む。
  休むことにしている。
  緋勇龍麻という人間は、いつもそうやって自分の中で「この日は休む」とハッキリと決めておかないと、きちんと休めない性質(たち)の持ち主だった。 のんびりしていると、「こんなに休んでいていいのか」とか、「本当にこれでいいのか」とか悶々と考えてしまうのである。

  だから、そんな日曜日には劉を呼ぶ。

「 アニキ〜、来たで〜!」
「 ああ、開いてるぞー」
  慣れたように龍麻は言って、 キッチンから玄関の方に顔だけを出した。そこには、にこにことして部屋に上がってくる劉がいて、だから龍麻も笑顔でそれに返す。
「 おおー、何やええ匂いがするな〜。今日は何食わしてくれるん?」
「 へへへ、焼き餃子〜」
  言って龍麻はフライパンの中身を隠していた蓋をぱっと取って、ジュッと良い音をさせる形の良い餃子を劉の前に公開した。
「 うう〜! 美味そうや〜!」
「 幸せか、劉?」
「 めっちゃ幸せや〜!」
  本当に心の底から嬉しそうな劉の顔を見て、龍麻は満足そうにふふんと胸を張った。

  最近、龍麻は劉に食事をさせることにハマッている。

  何にしても、とても美味しそうに劉は食べる。別段美味いものを出しているわけではない。もちろん特別良い食材を使っているわけでもない。むしろ料理に慣れていない素人の作る物だから、どちらかといえばあまり美味しくないかもしれない。
  それでも、劉は凄く幸せそうにたくさん食べてくれるのだ。

  だから、龍麻は劉を呼ぶ。

「 美味いか?劉?」
「 美味い〜♪」
「 そっか。 じゃあいっぱい食べろよ?」
「 おおきに〜!」
  にこにことしてがっつく劉。龍麻もそれをにこにことして眺める。
  そして。
「 …………ああ」 
  あ、そうか。
  この感覚。 昔飼っていた犬に、ご飯やる時の幸せに似ているんだ。
「 あいつもこんな感じでがっついてたよなぁ」
「 ん? 何か言ったか、アニキ?」
「 え? あ、あはは。何でもないよ」
  食べながら不思議そうな顔をする劉に、 龍麻はごまかすように笑って自分も箸を動かした。



  で、昼食後は。
  2人で一緒に昼寝をする。これも結構決まりきった事柄として、当然のように行っている。 今日はぽかぽかと暖かいので、少しだけ窓を開けて、2人は居間の床の上で身体を伸ばしてだらんと横になった。
  そんな午後の一時、劉が不意に思い出したように言った。
「 アニキ、食べた後すぐ横になると牛になるて、ほんま?」
「 ええ〜? 誰が言ったんだよ、そんな事」
  龍麻は隣の劉に眉をひそめて聞き返した。
  もう、せっかく気持ちよく眠っているのに。 
「 美里はん。この間アニキの家から帰る時にばったりと会うてな。この間も今日みたく横になってたやん。その話したら、そう言われたんや」
「 へえ、美里がね。…まあ、でも俺もそれ聞いたことあるかも。 牛になるっていうか、太るっていう意味らしいぞ。それに行儀も良くないんだって」
「 はあ〜。ま、そうやろな」
「 劉は食った後はいつもこうやって横になる?」
「 いや、わいの家は厳しかったからな。 本来やったら、こんな事しとったら横っ面張り倒されるだけじゃすまんわ」
「 へえ、そうなんだ。 劉の家族って――」
  言いかけて龍麻は思わず口をつぐんでしまった。

  劉の家族。

  そんな話をしていいのだろうかと、思わず先を続ける言葉を失った。本人の口から家族の話は聞いた事もなかったし、柳生を倒していない今、まだそれは触れてはいけないもののような気がした。
「 ………」
  それで、会話は中途半端に途切れてしまった。
「 あ、えと……」
  龍麻がどうしようと焦った時、 けれど、横で寝転がる劉が急にくくっと笑った。 龍麻が驚いて劉の方を見ると、劉はもう龍麻の方を向いていた。
  そして、いつもの笑顔を見せていた。
「 りゅ……」
  言おうとして、龍麻は何も言えなかった。
  劉の眼があまりにも綺麗で、こちらの意図を何もかも見通しているようだったから。
  龍麻が困ると、劉はますますおかしそうに目を細めた。
「 なっ、何だよ、劉!」
  努めて強がって声を荒げると、劉は「だってなあ」と間延びした口調でこう言った。
「 アニキが困ってるさかい」
「 こ…っ! べ、別に俺は――」
「 かわええなぁ、アニキは」
  そう言ってから、劉はまだおかしそうにくくくとかみ殺したような笑いを浮かべた。 さすがにバカにされているようで、龍麻はむっとして上体を起こし、抗議しようと劉を睨んだ。
  それでも劉は余裕な顔でそんな龍麻を見つめているのだが。
「 お、俺はな…っ!」
「 アニキ」
  劉はそう言って龍麻を呼んでから、急に長い腕をにゅっと伸ばして龍麻のことを引き寄せた。
「 わっ…て、バ、バカ!」
  その力があまりにも強かったので。
  龍麻は劉に導かれるままに、ぼすんと劉の胸の上に倒れこんでしまった。そのまま抱きすくめられるような格好になり、龍麻はますます混乱して声をあげた。
「 こ、こら劉! 何すんだよ!」
「 わい、気ィ遣われるの苦手なんや」
「 ……りゅ、劉……」
「 アニキ。 こうやっていよ。 今日はこうやって…寝てよ?」
「 ………」
「 な?」
  とても温かい声が耳元でした。 温かくて優しい声。

  ああ、落ち着く。

  龍麻はゆっくりと目を閉じた。 劉の心臓の鼓動がとくとくと聞こえた。
  さらりと窓から心地よい風が吹いた。
「 うん……寝てようか」
  それで、龍麻もそう応えた。

  だから日曜日には劉を――。



<完>





■後記…ほのぼの系…でも実は哀しいお話です。やっぱりお互いに背負っているものが重いだけに、いくら笑っていても陰では…ってのはあると思うのです。そんな中、劉はすごく強い子だと思うのです。そしてそんな劉に思わずくらっときているひー!…を書いたつもりです。わたあき様に奉げる劉主シリーズ第2弾でした。