ボクが向かう先




  如月は大層不機嫌だった。
「やってしまったな……」
  まさかこんな事態に陥るとは思ってもみなかった。確かにあの時は龍麻に悪い事を言ってしまったし、それによって怒らせたから「もしや後でとんでもないしっぺ返しを喰らうのでは」と危機感も抱いたが。
「だからって…」
  如月は額に片手を当て、ふうと深いため息をついた。けれどその直後に発した、「恨むよ龍麻」という呟きを聞いた者は誰もいない。
  何せ如月が立っている場所は、深い山に囲まれた過疎が進む田舎里の一角。
  龍麻のふるさとだったのだから。

  ことの起こりは昨晩の如月邸。

「運命って残酷だよな」
  如月に茶を淹れてもらっていた龍麻が卓袱台の前でしみじみと言った。この夜は何を思ったのか突然現れて如月に夕飯をねだり、それをぺろりとたいらげたかと思うと、帰る気配も見せずにだらだらと世間話。だからその台詞もその食事後、何気なく発せられたものだった。
「何の話だい」
  如月が(いつもの愚痴かな)と思いながら無感動に訊くと、龍麻は顎先を卓袱台の端にのせて素っ気無く返した。
「この間の事件の話。超能力学院の事だよ」
「あぁ…」
  言われて如月は納得したように頷いた。
  次々と巻き起こる事件の中で如月も全てに関わっているわけではないが、その話はよく知っていた。何せそこでESPの研究と称し、半ば人体実験のような扱いを受けて成長を遅らせてしまっていた少女は、如月と同じ四神の使命を帯びる者だったのだ。その事をまだ公にはしていないが、いずれあの少女の身辺が落ち着いたら、龍麻にもあの少女自身にも話をしてやらねばならないと思っている。
「美里さんの家に身を寄せる事になったあの少女……マリィ・クレアと言ったか」
「珍しいね、如月が仲間の名前を覚えるなんて」
  龍麻が皮肉っぽい言い方をして目を見開いたから、如月は思わずむっとした。
「いつも覚えないみたいな言い方しないでくれ」
「実際そうじゃん」
「そんな事はない。興味のない事に思考を向けないだけだ。覚えていないわけではない」
「ふうん、そう。で、今回のマリィには興味が向いているわけだ」
「………別に」
  らしくもなく煮え切らない反応を取ってしまい、不審がられたかと心内で冷や汗をかいたが、そんな如月に反し、龍麻は「マリィの事は大丈夫だよ」とあっさりしていた。それから何を思っているのか、今度は顎を上げてごろりとその場で横になる。
「俺が言ってるのはさ、他の生徒のこと。あの学院にいた、たくさんのエリート候補生たち」
「ん…?」
「マリィも酷い目に遭ってきたけど、とりあえず助けられた。でも、助けられなかった多くの子たちも、マリィと一緒だろ? ある日突然拉致られたり、施設から連れて来られたり? 『君には特別な力がある』なんて煽てられて、妙な洗脳されて身体におかしな事されて。それによって《力》を得る事は出来たかもしれないけど、代わりに自分で自分の事を考える《力》は失くしちゃった。悲しいよ」
「……そうだな」
「あのジルって爺さん。世界各地から《力》の潜在能力を持ち得る子どもたちを集めていたみたいだけど、俺だって一歩間違えばあそこにいたかもしれないよな」
  龍麻の突然の発言に如月は首をかしげた。一瞬、言われている意味が分からなかったのだ。
  すると龍麻は続けた。
「だって俺も子どもの頃から《力》はあったからね。あの爺さんにしてみたら、これ以上ない獲物だったと思うんだ。俺、今みたいにお前ら仲間もいない状態だし、もし見つかっていたらやっぱりあそこにいた学院の子どもたちみたいに誘拐されるか、うまい事言われてスカウトされてるか、どちらかだったかも。そしたら、洗脳されて、きっと今ここにはいないわけだよ。翡翠たちの敵になってるって事だ」
「君は簡単に連れ去られたりしないだろう」
  たとえ想像でも『お前たちの敵になる』などと言われて良い気分ではいられない。露骨に眉をひそめた如月だが、それでもこの夜の龍麻は止まらなかった。
「何で? どうなるかなんて分からないよ。だってジルは逆らえない小さな子どものうちから攫って行くわけだからさ。だからマリィだって、あの時のまま成長も止められてしまったわけだし。俺だって、幼い頃にあいつに会ってたら何されてたか分からない」
「君は大丈夫だ」
「何でそんな事が言える」
「君は強いから…」
  バカな事を言ってしまいハッとしたが、時既に遅し。
「あ……」
  如月が「しまった」と思った時には、龍麻はもう冷めた眼をして、心底腹が立ったという顔をして、如月の事を静かに見据えていた。
  そうしてガバリと起き上がると、如月が淹れた茶を乱暴に掴み取り、そのままぐびりと一口煽って、「あっそ!」と自棄のように荒っぽい声を出した。
「どうせ俺は子どもの頃から化け物退治に精を出すような無敵っ子だよ。翡翠なんかいなくたって全然何とかなってた無敵っ子。バカな話して悪かったな!」
「龍麻、何も僕は―」
「あ〜、むかつく! 今日はむかつく! むかついたから泊めろ!」
  こうなっては龍麻は絶対に言う事を聞かない。
  それこそ、今も十分小さな子どものような膨れっ面で、龍麻は再びその場にごろりと寝転んで身体を大の字に開くと、後はもう如月が何を言おうが何も返そうとしなかった。

「だからって」

  そう、だからって、と。
  如月は思うわけだ。
「何もこんな所まで飛ばす必要はないだろう…。何の意味があるんだ」
  人気のない夜道を当てもなく歩きながら、如月はもう一体何度目かも分からない深い深い溜息をついた。
  龍麻の未知なる《力》は未だ計り知れない。だから“このこと”を今さら驚くわけでもないのだが、幾ら何でも強引過ぎる。自分の事よりも、こんな風に《力》を使う龍麻の身体が如月は心配だった。
「龍麻。聞いているなら、早く出て来てくれ。僕が悪かったから」
  誰もいない田舎町の空の下。ヒヤリと冷える外界に白い息を吐きながら、如月は天に向かってそう話しかけてみた―…が、龍麻からも誰からも、何の応答もない。
  そう、龍麻は時々、今のような事―突然、別の場所へ人を飛ばす―をやってのける。
  ただ、それは大体が如月のお説教から逃れる為に龍麻自身が飛ぶ事が殆どで、これまでに他人を巻き込む事はなかった。それにその移動場所自体も、如月が迎えに行けるような所が殆どだったのだ。…時には「夢の世界」紛いの異空間へ行く事もあったが、それでもこういうパターンはついぞない。如月は正直なところ困惑していた。
  何故って、ここは龍麻の故郷。
  如月自身が飛ばされたのも初めてなら、龍麻が自ら己の故郷を連想させるような事をするのは異例だ。如月自身は龍麻の生地に大いに興味があったから、これまでもここへ足を運んだ事は何度かあるのだが―…、龍麻からここの話をする事は滅多になかった。
  何をもって龍麻は自分をここへ飛ばしたのか。
「それも君が出てきてくれなきゃ分かりようがないじゃないか…」
  まったく、と。
  ぶつぶつ文句を言いながら、如月は兎に角龍麻の育った生家の方にまで行こうと、人気のない畑道を行った。以前訪れた時よりもどこか鬱蒼とした林や草地が多い気もするが、夜だからそう感じるのだろうかと何となく思う。
「む…?」
  その時だった。
  あと一本、この道を真っ直ぐに行けば龍麻の家にまでたどり着けるだろうという所にまで来て。
「君は……」
  如月は道の真ん中に立ち尽くしてこちらの様子を窺っているような人影にハッとし、ぴたりとその足を止めた。夜道で都会のように街灯も滅多にない田舎道だ。相手の顔ははっきりとは分からなかったが、その小さなシルエットから子どもである事だけは分かった。
「誰?」
  すると道の向こうに立つその相手は、警戒したような、けれどとても澄んだ声で如月に訊ねた。
「…あぁ」
  こんな田舎だ、見知らぬ人間など滅多に通らないから驚かせてしまったのだろうと思い、如月は努めて身体から力を抜いた状態で「すまない」と謝った。
「驚かせてしまったな。少し…道に、迷ってしまってね。僕は東京から来た如月という者だ。緋勇龍麻という人の家を探していて―」
「龍麻なら僕だよ」
「何…?」
  ドキリとして口を閉ざすと、相手はトトトと駆けてきて、如月のすぐ目の前にまでやって来た。
  するとちょうどそのタイミングで夜空を覆っていた雲がさっと移動し、隠されていた月の光が地上を照らす。
「龍麻…?」
  如月は問うようにそう口にしたが、訊くまでもない。幼いその姿でも見間違うわけがない。それは間違いなく、恐らくは幼い頃の緋勇龍麻、その人だった。
「そうだよ。お兄さん、誰?」
  その龍麻はあまりの事にボー然としている如月に対し、無邪気な笑顔でそう訊いてきた。先刻感じた警戒の色が嘘のように消えている。如月はそんな小さな龍麻をまじまじと見下ろしながら、より一層“この時代”に自分を飛ばした「龍麻」に詰め寄りたい気持ちでいっぱいになった。
  そう、龍麻が飛ばした先は単に龍麻の故郷というだけではない。
  幼い頃の龍麻がいる、“過去の故郷”に飛ばしたのだ。
  確かに、あの時の喧嘩紛いの遣り取りでは、龍麻は幼い頃の自分を酷く気にしていたようだけれど。
「お兄さん? 誰なの? 何で僕の事を知ってるの?」
  黙っている如月に尚小さな龍麻は質問してくる。如月ははっと我に返り、再び「すまない」と謝った後、視線を同じにするべく身体を屈めた。今の龍麻が見下ろされる格好が好きでない事を知っていたから。
「僕は……その、君を護る為に在る人間なんだ」
「まもる?」
「そうだ…。君には大きな星があるから」
  《力》も膨大だけれど、その分降りかかる危険も尋常ではない。だから自分たちのような存在がいる。どれだけ彼の傍に寄り添ってその意に共感出来るかは別として。
「…とにかく、怪しい者じゃない。……素性の知れない僕が怖いかい?」
「ううん」
  にこりと龍麻は笑い、それから小さく首をかしげた。その仕草があまりに愛らしく、如月は思わずそんな龍麻に触れそうになって、けれどぴたりと手を止めた。
「誰だッ」
  不意に背後に凄まじい殺気を感じた……と、思ったから。

「おやおや…。先客がいたのかな…」

  突然自分たちの傍に現れたかのような人物に、如月は眉をひそめた。
「……?」
  けれど先刻危いものを感じたのは気のせいだったのかと思う程に、今は酷く穏やかな空気がその者の周りを満たしている。それはいっそ白々しい程に。
「貴様は……」
「どなたかは存ぜぬが、その子の知り合いかね? 今夜ここでその子と会う事は、私の方が先約だ。悪いが席を外してもらいたい」
「何を―……」
  言い掛けて、如月は更にぎくりとした。この男の顔を知っている。再び黒い雲に覆われ月の光を失ってしまいはしたが、ひたひたと近づき、目前にその顔が視界に入ってきた事で如月は確信と共にその名前を口にした。
「ジル・ローゼス…!」
「……ほう? こんな小さな島国でもこの私の名を知る者がいたとは。未だここを拠点にした学院造りには着手していないというのに……。何処で私を知った?」
「龍麻に何の用だッ!」
「……何を殺気立っておるのかね。私が人を喰らう鬼にでも見えるのか?」
  刺々しく敵意を剥き出しにする如月に不快な顔をし、ジルは―あの恐怖の学院を創設した野心家―は、不意に視線を傍に立つ小さな龍麻に向けた。
  それから酷く優しい目をして、「緋勇龍麻」とその名を呼んだ。
「どうだ。昨日の私の話、考えておいてくれたかね」
「おじさんの学校に行く事だね?」
  龍麻の聡明な口調にジルは己が目を細くした。
「そうだ。君の《力》は素晴らしい。これからまだまだ伸びる要素を秘めてもいる。だが、こんな田舎町にいてはその折角の能力も殺してしまう。だから来るのだ、この私と共に」
「何を、貴様…ッ」
「龍麻。この男は何だ?」
  横槍を入れようとする如月に対し、ジルは突如倣岸な態度でジロリとした視線を向けてきた。龍麻には飴のように甘い甘い声で囁くが、当然の事ながら自分たちの「夜の逢瀬」を邪魔しようとしている如月には今にも攻撃してきそうな雰囲気だ。
  如月としても「それならそれで望むところ、もしこの時代にこの男を倒してしまえば余計な事件も1つ減る」と身構える。
「だめ」
「なっ…」
  けれどその時、《力》を出そうとした如月を小さな龍麻が止めた。その幼い掌が如月の腕をさっと掴み、まるでこれから如月が何をしようとしているのか分かるという風な様子でふるふると首を振る。
「龍―」
「ケンカしないで。僕、ケンカは嫌いなんだ。ケンカをする人は嫌いだよ」
「そんなものはしないさ」
  するとすかさずジルがそう言い、龍麻の頭を愛しそうに撫でた。如月はそれにカッとしてすぐさまそのジルの腕を切り落としたい衝動に駆られたが、生憎愛刀は自宅である。ぐっと唇を噛んだところで、龍麻が再びにこりと笑った。
「おじさん。昨日言ったよね。おじさんの学校へ行ったら、もうここであるみたいな怖いことも、友だちから仲間外れにされる事もないって」
「ああ、そうだとも」
「楽しい?」
  龍麻の素直な問いに、ジルはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。…「邪悪な笑み」とは、如月が一方的にそう感じただけなのだが。
「勿論だ。学院には我らの理想を形にする為の同志がたくさんいる。そこで《力》を伸ばし、ゆくゆくは私の腹心…そう、片腕ともなれる存在なのだよ、お前は」
「かたうで?」
「私と共に行こう、龍麻よ」
  うっとりとした風にジルはそう言い、更に龍麻の頬をさらりと撫でた。それだけで如月にとっては十分限界だったが、未だ何故か龍麻の手が如月の腕を捉えて離さない。それで如月も下手に動く事が出来なかった。
「あのね」
  そして不意に、その龍麻が言った。
「おじさん。もし本当にそんな良い所ならね。だったら、僕は行けないよ。僕が行っていい所は、こわい所だけ。こわくて、くらくて……このお兄ちゃんが住んでいる街」
「龍麻…」
「翡翠」
  突然小さな龍麻が如月の名を呼んだ。
  そして命じた。
「このおじさんを、遠い所へやって。あのね、昨日なんて僕の身体にもいっぱい触ったんだよ?」
「龍―」
「命令だよ、翡翠」
  龍麻の瞳の色が変わった。
  それに吸い込まれるように如月は一時身体の動きを止め、けれど―…、直後、納得したように頷いた。
「………主の意のままに」
「な…!? 何だ、何だ貴様…ッ」
  突然殺気全開となった如月にジルがたじろぐ。否、本当にジルが恐れ驚愕したものは、いきなりその雰囲気を豹変させた子どもの龍麻にだったのだろうが。
「覚悟しろ…!」
  いつの間にか手にしていた愛刀を手に、如月は途端蒼白になり、けれど《力》を出してきたジルと対峙した。負ける気はない。何故ってここには護るべき人間がいるから。
「飛水流奥義ッ…!」
  けれど如月が刀に手を掛けた瞬間、不意に大きな光が辺りを包んだ。





「……見ていたのなら、最後まで戦わせてくれ」
「意味ないよ。あれは俺が出した過去の映像だもん」
  翡翠は特別出演させてあげただけだから、あそこでジルを倒したところで過去を変える事はできないんだよ、と。
  ゆったりとした動作で茶を啜る龍麻に、先刻までその龍麻の方が横になっていた場所で大の字になっている如月は嘆息した。
「だったら命令などしないでくれ。それに、そもそもあれを僕に見せて何が言いたかったんだ」
「分からないの?」
「分かる…と、言いたいが、腹が立って何も言えない」
「それは、俺に? 自分に?」
「自分だ。この僕にだ、当たり前だろう、そんなこと!」
  がばりと起き上がってガシガシとみっともなく髪の毛をかきむしった後、如月はもう一度ハアと大きな溜息をついた。
「……昔、ジルに会っていたのか」
  そうしてようやくそれだけを言うと、龍麻は「うん」と頷いて、ことりと湯飲みを卓袱台に置いた。
「すっかり忘れてたけどね。よくもまあ、あんな所にまで総帥自らスカウトに来たもんだよ。でも、あの頃はまだ今ほど悪い事も考えてなかったかも。だってあのオッサン、俺をスカウトするって言うより、俺のこと犯罪紛いのいたずらする事ばっかり考えてたように思うもん」
  はははと軽い笑声を立てる龍麻に、しかし如月はぎっと睨みつけた。
「何もされてないんだろうなッ」
「されてないよ、何だよその目。あの頃俺の傍にいなかったお前に何か言う資格はない」
「……それに関しては謝る」
  如月の途端殊勝な態度に龍麻は笑った。
「冗談だよ。ただね、思うんだ。この間の事件でさ、思い出しちゃったから。俺って、小さい頃本当に甘かったなあって。ジルのオッサンもあの時追い返すだけじゃなくて、ちゃんと倒しておけば、マリイたちだってあんな目に遭わずに済んでたのに」
「そんな事…」
  今さら言っても栓ない事だし、第一あんなに幼い頃の龍麻がジルを始末しきれていなかったからと言って誰が責められるだろうか。
  龍麻はずっと一人ぼっちだったのだ。
  そして。
「龍麻」
「んー?」
「本当に……あんな風に思っていたのかい?」
「なあにが?」
  とぼけた風の龍麻に如月はまたむっとしたが、それでも自分が強く出られない事ももう分かっているので、さっと俯き視線を逸らした。
「だから……自分が行く場所の話さ」
「ああ……うん、そうだね」
  生意気な子どもだったかもね、と。
  龍麻は言った後、昔を懐かしむようにふっと笑って見せた。
「だから、本当はあのジルのおっさんがさ。俺に優しくしてくれて、夢のような話をたくさん聞かせるから、本当はほんのちょっとだけ。それもいいなあって思ったんだよ。そんな場所があるなら行ってみたいな、おじさんにちょっとセクハラされるぐらい、いいんじゃないかって」
「……そんな事は僕が許さない」
「ははは。如月は我がままだなあ」
  冗談だよ、と。
  龍麻はそう言って笑い、もうその事については何も触れなかった…けれど、如月の中の胸の靄は一向に晴れないままだった。
  もしも夢のような学院があるのなら。
  こわくて、くらくもない場所があるのなら、行ってみたい。でも、行けない。
「龍麻……」
  悲しいほどに尊い存在の名前を呟いて、如月は無意識のうちに拳を握った。
  そうして、あの頃は間に合わなかったけれど、せめて今はと。
  新たな決意を胸に、如月は目の前の主に向かい、改めて誓いと忠誠の言葉を述べた。



<完>




■後記…ジル主というより、横槍変態ジルのオッサン→如主じゃねえかっと自分でも思います。本当は幼い頃の龍麻をジルがハアハアしながら誘拐しようとする場面だけを考えていたのですが、よく考えたら龍麻がそんな簡単に攫われるわけないし。でも、幼いひーちゃんにしてみたら、幾ら強くたって誰も周りにいないのは不満なわけだし。で、如月氏に登場してもらったら…こんな話になってしまいました。でもジルは世界各国、美少年&美少女を探して歩いていたはずだから、ひーちゃんの事も絶対見つけていたはず。そんで返り討ちにあっていたはず!という事だけは、力強く主張しておこうと思います。