誰が2番なの!?
その日、いつも仲良しなはずの鬼道衆は揉めに揉めていた。
「 おぬしらがそこまで分からず屋とは思わんかったわッ!」
…そう仮面の下で真っ赤になって怒ったのはリーダー格の雷角。
「 そりゃあこっちの台詞だッ! この石頭! 幾らお人よしの俺でもこれだけは譲れねーぞ!!」
…そう仮面の下で唾を飛ばしたのは今風を目指す軽い男・風角。
「 何言うておるのよッ! どいつもこいつも…たまにはわらわの言う事に耳を貸したらどうなんだえ!?」
…そう仮面の下で眉を吊り上げたのは紅一点の水角。
「 おで腹減ったどー! いい加減、決着つけるどー!!」
…そう仮面の下で涎を垂らしたのは大食らいの岩角。
「 イエ〜イエイエイエ〜!!」
4人の中で意味もなく踊り続けているのはダンス狂の炎角である。
彼らは血生臭い戦闘から足を洗って以降、常に「御屋形様とひーちゃん様を結ばせる」事に心血を注いできた。ついでに彼らの妄想の産物である九主作品を世に送り出すべく、日夜同人誌の創作活動にも余念がなかった。彼らは常に三位一体ならぬ「五位一体」であり、そのうちの誰1人が欠けてもままならない。5人は1つの素晴らしい目的の為、常に一心同体であるはずだった。
それがひょんな事からちょっとした喧嘩になってしまったのだ。
「ひーちゃん様の一番」は御屋形様である。それは揺ぎ無い事実。
しかし、それでは「2番」は一体誰なのだろうか?と。
「 そんなのは鬼道衆の筆頭であるわしに決まっておろーがー!!」
そう叫ぶのは雷角。
「 バカ言うなっ! この変態集団の中で一番マシなのは誰がどう見ても俺だろうが俺! だからひーちゃん様の2番は俺だー!」
そう声を張り上げるのは風角。
「 あんたら目が悪いのかえ!? ひーちゃん様は美しい者が好きなんだえ。だとしたらこの中で唯1人の美貌を持つわらわが2番なのは必定!!」
そう言って腰を捻りお色気ポーズを取ったのは水角。
「 忘れがちだけどいつも面してるがら、顔なんが分かんないどー!」
そうケチをつけたのは岩角。
「 イエ〜イエイエイエ〜!!」
炎角は…まあどうでもいいとして。
「 くそっ。こうなったら実際に誰がひーちゃん様の2番か勝負しようぜ!」
暫くしてから風角がそう言った。
「 こんな言い合いし続けてても無意味だろ。1人ずつひーちゃん様にアタックして、誰が一番色良い反応を貰えるか試すんだよ」
「 ア、アタックするのか…?」
「 だ、大丈夫かしらねえ…。そんな事して御屋形様に叱られないかしら…」
「 叱られるだけならいいど。殺されないが?」
「 イエイエ〜」
意外にも渋い返答をする4人に風角は地団太した。
「 何でだよっ。何もひーちゃん様を俺たちでゲットしようって言ってるわけじゃないだろっ。ひーちゃん様だって人の子だっ。いつもは俺たちに対して対等に接してくれてても、絶対に個別でいったらそれぞれ態度に差があるはず! そこを俺らで見て誰が2番か判断する! 2番だぜ、2番! 一体何の問題がある!?」
「 しかし…」
「 でも、ねえ?」
「 でも、だど〜」
「 イエイエー」
「 何だ?」
憮然とする風角に4人は顔を見合わせた後、仮面の下でぽっと赤面した。
「 しかしもし真剣にアタックしてひーちゃん様が…わ、わしによろめきでもしたら…」
「 ひーちゃん様、わらわの色気でひょいっと御屋形様をお忘れになっちゃったら…」
「 ひーちゃん様を取って遊んじゃってもいいのが〜」
「 イエイエイエ〜」
「 ………お前ら」
いつの間にか勝手に「一番」になろうとしている4人をたらりとした冷や汗で見やりながら、風角はやはりこの中でまともなのは俺だけだ、ひーちゃん様の2番は頂きだな…と思うのだった。
何はともあれ、こうして鬼道衆による、「ひーちゃん様の2番は誰だ!?」計画は実行に移されようとしていた。
(1)風角
「 ん…?」
「 よ、よーっ。ひーちゃん様ッ!!」
「 あれ、風角さん?」
さっと手を上げてこちらに挨拶をしてくる風角の姿を認め、龍麻は不思議そうに首をかしげた。
ここは新宿中央公園。風角は怪しいいつもの衣装に相変わらずの仮面をつけたままで隅のベンチに座っていた。ちなみに周囲にいる子どもらが不思議そうな顔をして彼の周りをウロウロと徘徊している様が滑稽だ。
「 しっしっ! あっちへ行け! 見世物じゃねーぞ!!」
「 風角さん、どうしたのこんな所で?」
いつもは京一たちの目を恐れてか、鬼道衆の面々もこんな所に堂々といたりしない。
傍に歩み寄りながら龍麻はきょろきょろと辺りを見渡した。
「 他の人は? 風角さん1人?」
「 ああ、1人の持ち時間は3分だからそのへんにはいると思うけど。カメラ班も交代で1人いるし」
「 は?」
「 い、いやっ。何でもない何でもっ。そ、それよりひーちゃん様っ、これっ!」
「 ん?、何、携帯?」
風角がばっと両手で差し出してきたのは最新式の携帯電話だった。龍麻がこれが何だと言うような顔をして風角を害のない目で見つめると、風角は焦った風になりながら言葉を続けた。
「 え、えっとえっと! ひーちゃん様、俺と一緒に写真撮ってくれないかっ!? や、やっぱりさっ。仲良し同士は2ショット写真がなくちゃ! プリクラでもいいけど、そいつは時間がないし…」
「 写真? まあいいけど…」
「 ほ、本当か、本当にいいのかひーちゃん様!?」
「 特別だよ? 俺、本当は写真ってあんまり好きじゃないんだから…」
「 と、と……」
「 ん…? 風角、さん?」
「 と、と、と………特別………」
ばたり。
「 わ、わーっ!? 風角さん、どうし―!?」
しかし突然の事にぎょっとする龍麻をよそに、風角は3分どころか1分以内に貰ってしまった「2番になる為には十分過ぎる台詞」を頂き、感極まって気絶してしまった。
その結果、残念ながら龍麻との2ショット写真は撮る事が叶わなかったのだが…。
(2)岩角
「 はーびっくりした。一体何だったんだ今のは…」
「 ひーちゃん様、気にしなくていいど〜」
「 気にしなくていいっても…。あれ、岩角さん。いつの間に隣に座ってんだ?」
「 今度はおでの番だからだど〜」
「 番?」
風角が気絶すると間もなく、疾風のようにどこからともなく鬼道衆の面々がやってきた。
そして倒れた風角を素早く担ぐと、彼らは龍麻に挨拶するでもなく何処へともなく消えてしまったのだ……が、呆気に取られてその場に座ったままの龍麻の横には、いつの間にやら岩角がどっかりとお行儀良く座っていた。
「 みんなで何の遊びしてるの?」
「 遊びじゃないど〜。本気の勝負だど!」
「 勝負?」
「 そうだど!」
どんどんと胸板を叩き、岩角は気合を入れたようにフンと鼻を鳴らした。そんな岩角の珍しくやる気のある態度に龍麻が心なしか驚いていると、それをよそに当の岩角はごそごそと胸元から1つの箱を取り出して威勢良く言った。
「 ひーちゃん様、こで!!」
「 ん? ああ、きのこの山?」
「 そうだど! おでの大好物!!」
岩角はまたまたどんどんと胸板を叩き、それを龍麻に差し出しながら言った。
「 これ、食べさしっこ! 食べさしっこしだい、おで!」
「 食べ…食べさせっこ?」
「 仲良しはするっで、いつか水角が言ってだ! おでとひーちゃん様は仲良しだど!」
「 ま、まあ…そうだけど」
「 ひーちゃん様、きのこの山で食べさしっこ! 嫌が〜?」
でかい図体で岩角が可愛いこぶったように身体をくねらせ首をかしげる。
「 ぷっ…」
その仕草に龍麻は途端破顔して、「分かった分かった」と頷いた。
「 いいのか!? 食べさしっこ、しでくでるのが〜!?」
「 うん勿論いいよ。俺たち仲良しだもんな? 好きなだけ付き合ってやるよ」
「 つ、つ……」
「 ん…? 岩角、さん?」
「 つ、つ、つ………付き合う………」
ばたり。
「 わ、わーっ!? 岩角さん、どうし―!?」
しかし突然の事にぎょっとする龍麻をよそに、岩角は3分どころか1分以内に貰ってしまった「2番になる為には十分過ぎる台詞」を頂き、感極まって気絶してしまった。
その結果、残念ながら龍麻との「食べさしっこ」はする事が叶わなかったのだが…。
(3)水角
「 一体何なんだ…」
「 ひーちゃん様、何だかお疲れのようですねえ。どうかなさったんですか?」
「 いや…どうしたも何も…」
君たちの訳分からない行動のせいだよ…と言いそうになるも、龍麻はぐっと堪えて「何でもない」と首を横に振った。いつでも彼らに悪気がないのは分かっているし、ここは大人しく様子を窺おうと思ったのだ。
「 それにしてもさっきの2人も俺と何かしたがったけど…水角さんも?」
「 はい勿論。折角の2人っきりをそれ相応に演出する為には、気の利いた小道具が必要ですからねえ」
「 はあ…。でも2人っきりって言ってもギャラリーいるけど。水角さん怪しいから…」
「 はっ!? こ、こらこのガキ共!! 見世物じゃないよ、さっさと他所へお行き!! ああ、ほらほら、この水飴やるから…!!」
龍麻の一言で水角も自分らに群がっている(というか基本的には水角を観察している)子どもらの存在に気づいたようだ。しっしと風角がやったように追い払おうとしたが、なかなか散らないので遠くに水飴を放ったりしている。
「 犬じゃないんだから…」
「 でもこれでやっと2人っきりになりましたわよ」
実際子どもらは蜘蛛の子を散らすように去っていった。龍麻が呆れてその様子を眺めていると、水角が焦れたようにいやいやと首を振った。
「 うう〜ん、ひーちゃん様〜。今はわらわと2人きりなんですから、わらわを見てくれなくちゃ嫌ですぅ〜」
「 うっ…。な、何か急にお色気作戦?」
「 はい、そんなイケズひーちゃん様に恋のボーガン突き刺し作戦!!」
「 突き…ボーガン…」
水角の勢いに飲まれたまま龍麻は彼女に渡されたものを反射的に受け取った。
それは携帯電話。風角が持っていたのと同じ機種のようだが、水角の物は色がメタリックブルーだった(どうやら色違いの物を5人で持っているらしい)。
「 何、水角さんも写真撮りたいの?」
「 ふふふ〜わらわは違いますよ〜。わらわは、ひーちゃん様に是非読んで貰いたい小説があるんです〜」
「 小説?」
「 最近、時代の流れに乗って携帯サイト始めてみたんですよ〜。そっちだと紙媒体と違ってわらわも字書きやってるんですよえ。これがなかなかに楽しくてねえ」
「 へえそうなんだ。凄いね、漫画だけでなく小説も書いちゃうんだ?」
素直な感想を漏らす龍麻に水角はぽっと恥ずかしそうに頬を染めた(仮面の下なので見えないが)。
「 それで、これはひーちゃん様の為だけに書いた初めての試み小説です」
「 は…?」
「 巷ではドリーム小説って言うんですよ」
「 ドリーム? 何? 夢?」
「 そう〜なんですっ。ここにひーちゃん様の名前を入力して本文に入ると、ひーちゃん様はわらわが書いた小説の作中人物になるんですぞよ!」
「 へえええ。凄いね、そんな事ができるんだあ。で、これどんな話なの?」
「 登場人物は主役のひーちゃん様と、相手役のわらわだけです」
「 は?」
「 ひーちゃん様がむさくるしい男共にこき使われているわらわを救い出してくれるストーリーなんですよえ…ああ…うっとり」
「 ……へ、へえ?」
「 ひーちゃん様っ。読んでくれますよねッ!?」
「 そ、そりゃあ…他でもない水角さんが書いたお話だもん。喜んで読むよ…?」
「 ほ、ほ……」
「 ん…? 水角、さん? ま、まさか、また…」
「 ほ、ほ、ほ………他でもない………」
ばたり。
「 わ、わーっ!? 水角さん、何で〜!?」
しかし突然の事にぎょっとする龍麻をよそに、水角は3分どころか1分以内に貰ってしまった「2番になる為には十分過ぎる台詞」を頂き、感極まって気絶してしまった。
その結果、残念ながら龍麻に自分とのめくるめくドリーム話を読んでもらう事は叶わなかったのだが…。
(4)雷角
「 何か疲れた…。帰っていい?」
「 そっ、そんな!! ひーちゃん様っ!? 折角わしの出番に…!!」
「 あーあー。うそうそ。います、いますよ。で、雷角さんの小道具は何?」
「 う…な、何かひーちゃん様、態度が冷たくなっておりますが…」
「 仕方ないじゃん! だって疲れたんだもん!!」
段々駄々っ子のようになってきている龍麻に雷角は(だからクジで順番を決めるのは嫌だったんじゃ)と心の中で呟いた。
もっとも駄々をこねている龍麻もそれはそれでとても可愛らしいと思うのだが…。
「 何、その視線」
「 はっ!?」
「 仮面の下から感じる。今何かやらしい事考えてたでしょう」
「 そ、そんな! 滅相もない!!」
「 どうだか〜」
龍麻はとりあえず鬼道衆のリーダーである雷角に当たる事に決めたようだ。
オロオロする雷角が面白いからという事もあろうが、公園のベンチにふんぞり返った龍麻はともすれば横柄な女王様といったところか。
そんな相手に雷角はそろそろと懐からある物を取り出した。
「 ん? 雷角さんのアイテムはそれ?」
「 は…」
雷角が取り出したのは随分と古い型の双眼鏡だった。今ならばもう少し軽めの物が出ていそうだが、龍麻が雷角からそれを受け取るとズシリと両手に重い感触があった。
「 わ、わしの宝物でして…」
「 へえ。これでいつも何見てるの?」
「 いつもはお屋敷に来られたひーちゃん様を物陰から…いやいやいやっ! せ、折角このように晴れ渡った午後の公園ですから、ひーちゃん様に是非美しい小鳥の姿でも追って頂ければと」
「 ふうん、バードウオッチング、か」
龍麻はそう言いながら両手でそれを持ち上げ、双眸に当てると遠くの木々に視線を向けた。
「 何もいないなー?」
「 そ、そうですか? お、ひーちゃん様、あちらにコマドリが!」
「 コマドリ? コマドリってこんな季節にいるっけ? てか、新宿にいるのか?」
「 ほ、ほれほれひーちゃん様、あそこでございますっ」
ここでさり気なくひーちゃん様の肩を抱くぞ作戦。
雷角は心の中でそう呟きながらそろ〜りと自らの腕を龍麻の背中へ回し、その肩に置こうとした。
しかし、その瞬間。
「 まあ鳥は見えないけどさー。こういうの1番デートって感じするな。うまいじゃん、雷角さん」
「 デ、デ……」
「 ん…? 雷角、さん? 嫌だなあ、また倒れる気?」
「 デ、デ、デー………デート………」
ばたり。
「 はいはい、倒れた倒れた。おーい、誰か〜。早く回収に来てよ〜」
いい加減慣れてきた龍麻をよそに、雷角は3分どころか1分以内に貰ってしまった「2番になる為には十分過ぎる台詞」を頂き、感極まって気絶してしまった。
その結果、残念ながら龍麻の肩に手を掛けるという夢の作戦は実現する事が叶わなかったのだが…。
(5)炎角
「 さて、最後だな炎角さん。一体どういうつもりなのか知らないけど、いい加減ワケを―」
「 イエイエイエ〜」
「 ……教えてくれるわけないか」
みんなが気絶してしまったせいで1人で雷角を運び、あまつさえ撮影係も1人でこなさなければならない炎角。
それでも軽快なステップを踏みながら、炎角はベンチで頬杖をつきため息をつく龍麻に自前のダンスシューズを履いたとっておきの格好で颯爽と口説き文句を言った。
「 ひーちゃん様っ! 俺と一緒に踊ろうぜ、イエイエイエ〜」
「 え? やだよ、公園で踊るなんて。恥ずかしい」
「 ガーン!!!!!」
ばたり。
「 ……あれ。ちょっと倒れるの早くない? おーい炎角さん? 炎角さーん?」
しかし炎角はショックで目覚めない。これで案外と打たれ弱いらしい。
「 もう…しょうがないなあ。どうせ皆迎えに来ないんだろうし…」
けれどこの日一番ラッキーだったのは他でもないこの炎角であった。
「 よいしょっ…と。ああ何で俺が炎角さんをおんぶして屋敷まで送らないといけないんだよ…」
いつの間にか戻ってきたギャラリーである子どもらに苦笑しつつ、龍麻はそんな彼らにばいばいと言いながら、夕焼けに染まる公園をゆっくりと出て行くのだった。
口元に笑みを浮かべ、最後にぽつりと呟きながら。
「 まあしょうがないか。みんな天童の大切な人たちだもんね」
そして結局、今回の事が龍麻の口から主である天童にバレて、彼らがまたしても夜空のお星さまになった事は言うまでもない。
「 ったく、くだらねえ事ばっか考えやがって…!!!」(by天童)
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