駅
「 君…大丈夫?」
「 ………」
人気のない駅のホームで1人ベンチに腰掛けていたサラに声を掛けてきたのは見知らぬ青年だった。サラは声のした方に一瞬だけ意識を向けたものの、すぐに自分とは関係のないものとしてついと顔を背けた。
「 何でもないなら…いいんだけど」
青年は自分が余計なお節介を焼いた事をすぐに後悔したようで、サラの素っ気無い態度に苦笑したようだった。それでも電車が来ないからか、青年はサラの隣に腰をおろすとふっと軽いため息をついた。
「 ……?」
隣の気配にサラは軽く眉をひそめた。
この眼は普通の人間たちが見ているものを映し出さないけれど、それ以外の「人が見る事の出来ないもの」を見る事はできる。その特別な《力》は後の世の為に必要で、だからお前は神に選ばれた人間なのだとジル…サラの崇拝する人物は言っていた。
普段はその《力》をジルの許可なく使ったりはしないのだが。
「 ……アナタ、人間?」
サラは青年の方へは身体を向けず、正面を向いたまま静かに問うた。そしてその瞬間、心が微かに波打った。
おかしい。
ここ何年も、ジル以外の人間と言葉を交わす事などなかった。そんな必要は感じなかった。
「 …え?」
一方で青年の方もサラの発したその問いに一瞬何を訊かれたのか分からないような反応を示した。それからややあって先刻のため息を再び吐くと、「参ったな」と本当に小さな声で呟いた。
「 こんな夜更けに小さな女の子が1人でいるなんてヘンだと思ったんだ。君…もしかして、敵なの?」
「 ………」
「 俺の」
「 ………」
ぴくりと身体を揺らしてサラは青年のすっと耳に心地良い声に反応した。眼が見えない分、耳は良いのだ。そんな自分の耳には、ここ何年もこれ程気持ちの良い音を入れた事はなかった。
サラは初めて首を横に動かし、青年がいるだろう場所へ顔を向けた。
「 ………」
静かだ。けれどこの者は鋭い牙を隠し持っている。
「 そんなに警戒しなくてもいいよ」
「 ……っ!?」
どきんとして軽く身体を仰け反らせると、青年は再び苦笑したようになって軽く息を吐いた。そして心内で動揺しているサラを見ないようにして、向かいのホームを眺めながら言った。
「 君が攻撃してこないなら俺もしない。俺は先手は打たない主義だから」
「 ………」
「 受身なんだよ、俺はさ…。別に何も望んじゃいない」
「 ……何ヲ」
望んでいないなど嘘だ。
何故か咄嗟にそう思ったものの、サラはその先の言葉を紡ぐ事ができなかった。
元々こうして1人ジルの傍を離れて学院の外にいる事も、他人に声を出す事もしないのだ。必要ないから。ただ出しかけた声のせいか喉の奥がヒリヒリとし、サラは隣にいる青年を意識しながら身体を硬くした。
迎えの者は一体何をしているのか。偵察の為に仲間と外に出たはいいが、いつの間にかここで独りになっていた。動かぬ方が良かろうとこの場にじっとしていたせいでこの青年と会ったのだ。
会ってしまったのだ。
「 ……《力》なんて」
青年が声を発した。
「 要らないよ。全く勝手な話だよな」
「 ………」
「 君だってそうじゃないの?」
「 ………」
「 その《力》に…感謝しているの?」
「 コノ《力》ハ、後ノ世ニ必要ナモノ」
「 後の世?」
「 ソシテ、アノ方ノ為ニ」
「 ……くだらないよ、そういうの」
初めてバカにしたように言って青年はすっと立ち上がった。驚いて顔を上げるサラに青年はちらと視線を向けたようだった。見えない。見えないはずだけれど、サラは青年が自分に微笑み掛けているのが分かった。
何て眩しい光。
「 可愛いんだから。あまり悪い事はやめなよね」
「 ………」
「 もう行くよ。ずっといたら嫌な事が起きそう」
「 オ前ハ…」
「 ん……」
離れていく。
「 ……ッ」
それが分かり、サラは今までに感じた事のない焦燥感を抱いた。この青年が消えていく。ほんの一瞬の出会いだけれど、彼を逃がしてはいけない。そう、思った。
けれど、どう引き止める?分からない。
ワカラナイ。
「 《力》ガイラナイノナラ…私ガ…モラウ」
「 俺の?」
「 私、ニ……」
もがくように片手を差し出したその行為は、どちらかというと縋るような所作だったかもしれない。奪ってやりたい。そう思っているのは間違いないけれど、サラは明らかに優位な立場にはいなかった。
「 ………あげない」
そしてそれを自覚した瞬間。
「 ア……?」
「 さようなら」
軽く触れた指先にサラが一声あげたと同時、もう青年の気配はなくなっていた。サラが差し出した手に青年はほんのひと時の温もりを与え、そしてすぐに去って行った。
「 …………」
あっという間に冷えた指先。
そしてつきんと軋む胸に眉をひそめ、サラはそのまま浮かしていた手をその痛みの場所へと移動させた。
感じた事のない感情。そして久しく忘れていた高揚感。
それはやがて怒りへと変わるのか、それとも別のものになるのか。
「 ………光」
独りその場に取り残されたこの時のサラには、まだその答えははっきりと出てはいなかった。
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