フルーツパーラーにて




「先生よぉ…。ありゃあ一体何なんだい? これまでとはまた違ったタイプの野郎だな?」
「村雨、遠回しな言い方はしなくて宜しい。はっきりと気色が悪いです。龍麻さん、私が叩きのめしても構いませんか?」
「いや、ちょっと待って。それはそれでちょっとまずいと思うから」
  片手を差し出して必死にそう言う龍麻に、村雨と御門は黙って顔を見合わせた。
  場所は新宿にあるフルーツパーラー。
  若い女性たちが多く訪れるその華やかな店内に、何やらごつい体格の村雨と、白い学生服に扇子を携えた御門。それに龍麻。否が応にも目立つ珍しい組み合わせだったが、ここへ来たいと言った龍麻に2人が異を唱えられるはずもない。
  元々は新宿に「気晴らし」と称して賭け麻雀をしに来た村雨が龍麻を遊びに誘い、それを阻止しようとした御門が乱入して3人になったのだが―…、本来はそこに龍麻の相棒である京一もいた。しかし「ある事」があって、京一は霧島やさやかと共に、さやかの仕事場である某テレビ局へと向かった。それで今は3人というわけだ。
「いつからなんです?」
「んー…ついこの間からかな」
  御門に奢ってもらった特大のチョコレートパフェを口に頬張りながら龍麻が答えた。その仕草があまりに男子高校生らしからぬ可愛いもので、村雨をはじめ普段は厳格な御門もついつい見惚れてしまうのだが、しかしそうも言っていられない。既にすっかりその「責務」を放棄して龍麻を愛でているだけの村雨を尻目に、御門は質問を続けた。
「あれの事は粗方分かってはいるのですか」
「うん、霧島たちが教えてくれた。名前は帯脇斬己。中野区にあるさぎもり高校の3年生。小動物を苛めるのが趣味の最低な奴で、喧嘩は然程強くはないけど、凶器を使ったりすぐに目潰し攻撃仕掛けてくるとか、とにかく卑怯者で有名らしい。しかも一旦負けたら、その自分を負かした相手にどんな手を使ってでも報復するって粘着タイプ。恐ろしいストーカーだね」
「そこまで冷静な解説は要りません」
  まったく…と呟いた御門は、苛立たしげな様子で一度だけ扇子を揺らし、それからちらりと忌々しげな顔で龍麻の背後にいる「その男」を睨みつけた。
  そう、今まさに。
  その帯脇とやらは店内にいる。
  すぐ傍に、というわけではないのだが、龍麻たちが囲んでいる場所からテーブルを1つ挟んだ後方の座席だ。オレンジジュースらしきものをストローでちゅうちゅうと吸っている様はどこか蛇に似ており、更にその湿っぽい視線は絶えず龍麻に向けられていた。
  御門の怒りの琴線に触れるには十分過ぎるぐらいの、それはいやらしい目つきで。
「あいつぁ最初、アイドルのさやかちゃんを狙ってたんじゃねェのか?」
  自分のパフェにのっていたバナナを龍麻の器に入れてやりながら今度は村雨が訊く。先ほどから龍麻を甘やかしたくて仕方がないのだろう、しかし「ここの代金は全部私に払わせるくせに」と御門は面白くない。龍麻がそれによって「わあい」と無邪気に喜ぶ姿には和んでしまうが。
  そうして、当の龍麻は相変わらずの無警戒な仕草で「うん」と頷き、スプーンから口を離した。
「そうなんだ。というか、さっきまではまださやかちゃんの方を狙ってるんじゃないかとも思ってたんだ。…ただどうも最近、さやかちゃんと一緒にいない時でもあいつの顔を見る機会が増えたなと思って…。それで、もしかしてターゲットがさやかちゃんから俺に移行したんじゃないかって、京一や霧島が疑い出してさ。それで」
「それで、二手に分かれてみたというわけですね」
「うん。どっちみち、さやかちゃんはもう次の仕事の時間だったし」
  ちらと時計を見てから龍麻は質問してきた御門に視線を向けた。今頃さやかは歌番組の収録を開始しているだろう。…しかし京一は喜んでそんなさやかについて行くものと思ったが、これがどうしてなかなかに揉めて先刻までは本当に大変だった。京一は「奴が目をつけてるのはぜってぇひーちゃん!」と主張して譲らなかったわけだが、それにしても龍麻には村雨達がいるのだから、「お前はさやかの警護につけ」と言った事にあそこまで「嫌だ」とダダをこねるとは思わなかった。
「まあ結局はあの蓬莱寺の予想が当たったというわけですが」
「先生の可愛さは本当に罪つくりだねえ」
「村雨。貴方はいちいち不謹慎ですよ」
  龍麻以上に危機感のない村雨に、御門が眉を吊り上げる。
  けれど村雨の方はまったくもって動じる様子がない。
「事実だろ。元はアイドルにくっついてたストーカーを自分の方につけちまうなんてよ。なぁ先生? これで何人目だい?」
「知らないよ。それより、これからどうするかって事なんだけど」
「そうですよ。さっさと始末してしまいましょう、ああいう気色の悪い輩は」
「いや、だから。ちょっと待って」
  御門が殺気立って今にも席を立とうとするのを、しかし意外や龍麻が止めた。うーんと考え事をしながら、それでもパフェも食べ続けたいのか、スプーンを口に咥えたままの行儀の悪さで。
  それも可愛いと思ってしまうところが御門や村雨も末期なのだが。
「京一もこの間からそう言ってすぐに喧嘩吹っかけようとするんだけどさ。…けど、理由がないんだよね」
「はぁ…?」
「理由がないとは?」
「だから。あそこにいる帯脇をやっつける理由」
「何を言っているのです」
  龍麻の言葉に御門は眉間の皺をより一層深くした。そうこうしている間にも、帯脇の龍麻を見る目はますますしつこくねっとりとしたものになっている。
「ストーカーですよ? いわれもなく貴方にいやらしい視線をぶつけている。それだけで十分、死に値します」
「俺もこれには御門に同感」
「でもさぁ…」
「でもじゃありません」
「いや、待って。ちょっと待って」
  龍麻はまあまあと言いながらスプーンを器にカチャリと置き、いよいよ困ったように苦笑した。
「確かに、さやかちゃんに対して“こう”だったら、何らかの手段は講じた方が良かったと思うんだ。実際さやかちゃんには直接『オレ様のモノになれ』とかさ、言葉でも脅すような事や卑猥な事も言ったりした上で付きまとってたみたいだから」
  でもさ、と一拍置いた後、龍麻は続けた。
「俺の場合は、別に直接何かを言われたわけでもないんだよね。脅されてもいない。むしろ脅したのは俺の方というか」
  ぽりぽりと頬を指先で掻く龍麻に、御門たちは一斉に怪訝な顔を向けた。
  そんな2人を順番に眺めながら龍麻は軽く肩を竦めた。
「何日前の事かなぁ? あいつがさ、その自分の趣味…ってやつ。小動物を苛めようとしているところに出くわしたんだよね、俺。新宿中央公園で」
「小動物って?」
「亀。こんくらいのちっこいやつ」
  両手でお猪口くらいの大きさを作り出しながら龍麻は言った。
「それで、『お前、何やってんだよ! カワイソウな事するなよな!』って。思わずボカーン!って殴り飛ばしてやったの。下手したら即死くらいの勢いで』
「ああ…そういえば」
「気付かなかったが、あの不味い面。ちょいと潰れてるな」
  龍麻以外に眼中がないからか、帯脇の頬が赤く腫れ上がり、目の下にも無残に青痣がついているというのに、御門たちは今さら気付いたように納得して頷いた。
  2人の様子を見ながら龍麻は思い切り申し訳なさそうに頭を掻いてみせた。
「あはは…ちょーっとやり過ぎたかなとは後で思ったんだけどさ。でもさ、やっぱり弱い者苛めは良くないだろ?  …まあ今度は俺がその弱い者苛めをしちゃったわけだけど」
「それと今のストーカーと何の関係があるのです」
「まあ、あれだろ。要は先生の愛の鞭で見事惚れちまったわけだろ?」
  やれやれと村雨は苦く笑いながら嘆息する。御門は依然としてむすっとしたままだ。
  龍麻はいやいやと首を横に振りながら両手を振った。
「うーん、惚れたはれたは置いておいてさ。とにかく、もう二度と小動物苛めたら承知しないぞってよくよく念を押してさ。やっぱ人間、話せば分かってもらえるんだよなあ。帯脇も約束してくれたわけ。『もう二度と弱い者は苛めない』って」
「……だから、それはつまり龍麻さん。貴方に惹かれたからでしょう」
「あんなばっちい面で俺らの先生に惚れるたあ、感心しねえな」
「え? もう何言ってんだよ2人とも〜」
  あはははと呑気に笑う龍麻は、やはりイマイチ2人の心配が分かっていないようだった。
  そうして更に見当違いな事を言う。
「思うにさ、あいつはびびっちゃったんだよな。そりゃそうだろ、一介の高校生が《力》の有り余った俺からボーリョク振るわれて脅されたら、そりゃ怖くなっちゃうもんだよ。ただのアイドルオタクの高校生に悪い事したよ。つまりはさ、あいつはびびってるが故に俺から目を離せなくなっちゃったんじゃないのかな。もしかしたら弟子にしてもらいたいとか思ってるのかもしれないけど、でも怖過ぎるのか話し掛けてもこないよ。案外可愛くない?」
「……何を馬鹿な」
「先生、そんなノーテンキな思考は一体どうやったら生まれるんだい?」
「何が?」
  呆れる友人らに対し、しかし龍麻も2人の反応こそ理解出来ないようだ。
  つまりは、龍麻には帯脇に「ストーカー」をされているという認識がないのだ。
  一度痛めつけた相手だ、恐怖心が元からない上に帯脇が下手に話し掛けてはこずに龍麻をただ「視姦」しているだけだから、龍麻も楽観的な方向に結論づけてしまっているのだろう。おまけに、ほんの一昔前まではさやかを追っかけていたというのだから、まさか自分に鞍替えしたなどとは露ほども思えないに違いない。
  しかし勿論、そんな勘違いは御門たちにはどうでも良い事で。
「とにかく。弟子志願だろうが、恐怖心故の監視だろうが、貴方は見張られているのですよ」
  御門はイライラとした様子で龍麻を叱り飛ばした。
「危機感がなさ過ぎます。龍麻さん、貴方はどうにもご自分の立場というものがよく分かっておられないらしい」
「分かってるよ。俺は黄龍の器様で、慎重に行動しなくちゃいけないんでしょ」
  御門の説教臭い物言いに龍麻が途端むっとする。
  すると村雨が珍しく龍麻の味方はせずに「先生」と窘めた。
「まあ御門の言う事ももっともだぜ。黄龍の器様うんぬんはともかくとしてよ。アンタ、色んな面で狙われてるんだから、ああいう眼をした奴を近くに置いたままにしておくのは良くねえよ。四六時中、俺を傍に置いておくならともかく」
「村雨、お前は黙りなさい」
「何だよ、珍しくお前寄りの発言してやってんのに」
  御門の糾弾に今度は村雨が気分を悪くしたのか、唇を尖らせる。
  しかし御門も不機嫌を全く隠そうとしない。
「何が私寄りなものですか。今自分を四六時中龍麻さんの傍に置けと言ったじゃありませんか。そんな事をこの私が許すと思っているのですか」
「けど、先生が心配だろ?」
「それなら私が傍にいます。お前などより余程龍麻さんを護って差し上げる事が出来る」
「カッ! 所詮はお前もそっちが本音だろうが」
「村雨!」
「ちょ、ちょっと…!」
  いきなり雲行きの怪しくなり始めた2人に龍麻が慌てた。何故急にこんな展開になったのかが分からない。2人が他愛もない言い合いをするのを見るのはこれが初めてではないが、それにしてもこんな所でいきなり不穏な空気を出されるのは気まずい。
  龍麻はオロオロとしながら心底困ったように「喧嘩はやめろって」と小声を出した。
  しかし今の2人にそんな龍麻の声は届かない。
  けれど、その時だ。

「ケヒヒヒッ…! おい、お前らぁッ! オレ様の龍麻を困らせるたあ、どういう了見だぁ!? シャアアッ!」

  口から蛇のような細い舌がちろちろと飛び出す。
  ぎょっとする龍麻をはじめ、言い合いをしていた2人がぴたりと動きを止めて自分たちのテーブル席にやってきた帯脇に視線を送った。
  いつの間に近づいてきていたのだろう。龍麻が困っているのを見かねて飛び出してきたようだ、帯脇はきつい眼差しに不敵な光を漂わせながら、尚も威嚇するように「シャア!シャア!」と蛇のような音を唇から発した。はっきり言ってとても不気味だった。
「龍麻は争いが嫌いなんだよ…シャッ! だあから、このオレ様も、ここ数日は近所の猫も野良犬も全部苛めねェで耐えてるってのに…シャシャ! よりにもよって龍麻とパフェを食べてる上に、喧嘩たあ…! よぉ…オレ様に殺される覚悟は出来てるんだろうなぁ!? シャッ!」
「あ、あの…」
「ケッケッケ。待ってな龍麻……このゴロツキ共はこのオレ様が―…ギシャアアアア!!?」
「あ」
  ……しかし、龍麻が短い声を上げた時にはもう遅い。
「あー……あーあ…」
  そうして深い嘆息を零した時には、もう帯脇の身体はフロアに沈み込んだまま、二度と立ち上がる事はできなくなっていた。(※一応まだ死んでない)
「御門、村雨。いきなりはまずいよ」
  龍麻が眉間に皺を寄せて、今まさに帯脇を床に倒してしまった2人を責めるように見やる。
  けれど至って静かにその場に佇む2人の男たちは、まるで動じる風もなくフンと一斉に鼻を鳴らした。
「好都合でした。向こうから寄ってくるとは」
「だな。何も俺たちから出向いたわけじゃあねえ。こいつが勝手に喧嘩吹っかけてきた、そうだろ?」
「でもさあ…何かお前たちが揉めてるの止めようとしてくれてたみたいだけど?」
「龍麻さん、まだそのような事を……! もう出ましょう、忌々しい」
「え、でもまだパフェが…」
「あーあー、んなもん、後で俺が幾らでも食わせてやっから。とにかく行くぜ、先生」
「え、えーっ」
  テーブルに残したパフェを名残惜しそうに見る龍麻をよそに、御門と村雨は両脇から抱え込むようにして龍麻を店から立ち退かせた。店内にいた女性客たちや店員は、あまりに一瞬の出来事にポカンとして何が起きたのか把握する事も出来なかったのだが、だがしかし。

  分かっているのは、その3人がいたテーブル席のすぐ下には、髪を逆立たせた何やら気味の悪い痩せた高校生が気絶していると言う事だ。

  後にこのフルーツパーラーでは、三角関係で揉めた男子高校生に更に横槍を入れようとした気色悪いストーカーが先の2人の男に殺され、死亡。(※死んでないけど)
  2人の男に囲まれていたお姫様ならぬ可愛い男子高校生は、その者たちに無理矢理連れ去られたものの、後に彼ら双方に囲まれて幸せに暮らしましたとさ―…という、何とも奇妙でメルヘンチックな逸話が流れる事となった。

  京一「何で俺は蚊屋の外なんだよーっ【悔】!!」



<完>




■後記…帯脇、イイ奴?(違) しかし、龍麻によってたしなめられた帯脇は弱い者(亀)イジメをやめ、ひたすら健気なひーちゃん追っかけ野郎に転身。けれどそれを良く思わない御門と村雨によって退治されてしまうという、何ともほのぼのとした話が出来上がりました(ヲイ)。あの「シャアシャア!」という口癖が変な奴でしたよね…ひーちゃんが割と好感持ってるように書けたので、奴も本望かと思います(ことごとく違)。