微笑みと痛み
「 ねえ…龍麻君?」
「 うっ…」
「 ほら…血だよ…。君の、赤い血…」
ぺろりと舌なめずりをしてそう哂う男の唇には、なるほど龍麻の切れた唇からついた赤色が付着していた。
「 ………」
龍麻は薄ボンヤリと霞む視界の中で自分を拘束しているその男をただじっと見つめた。
もうどれ程の間ここにこうして閉じ込められているのか分からない。
両腕を頭の上で1つに括り付けられ、身体の自由を奪われている。そうされて既に1日2日経っているのか、それともまだ1時間と満たないのか。龍麻には時間に関する感覚が皆無だった。
「 龍麻君…」
そんな龍麻に男は何度も呼びかけてきた。龍麻は男の事など知らない。死蝋影司と名乗っていたが、そんな奴は知らない。大体、本当の名前かどうかも怪しいところだ。
「 龍麻君…」
龍麻の返答など期待していないだろうに、男…影司はまた呼んだ。自らが投与した薬で龍麻の意識が混濁している事は分かっているはずなのに、やはり何かを欲しているのか、何度も何度も口付けを仕掛けてきては、影司は龍麻に呼びかけた。
「 うる…さい…」
本当は返事などくれてやらない方が良いのだ。なのに龍麻はあまりに煩いその声に思わずそう返してしまった。一声発しただけで唇が痛い。影司にさんざ唇を噛まれて血が出ていたからか、それとも薬のせいで些細な動作でも痛みを感じるのか。
「 くっ…」
ハアハアと息を吐いた後、龍麻はこくんと唾を飲み込み、身動きの取れない身体を厭って首を微かに揺らした。その首にも獣にするような頑丈な鉄輪が掛けられていたのだけれど。
「 酷いな…。煩いって言ったのかい。この僕に」
影司はそんな龍麻に掛けていた首輪をわざと音がするように指に掛けて引き、縛られて自由の利かない龍麻の顔に自らのそれを近づけた。
そして再び深く唇を重ねる。
「 んっ…ん、んぅ…」
「 ふ…可愛い…ね」
「 …っ…!」
「 ふふふ…」
唇を離す瞬間、影司は再度龍麻の唇を噛み切った。血が出る。龍麻は眉間に皺を寄せたが、痛みの声は上げなかった。
暗く湿った地下の一室で一体どこから吹いてくるのか、冷たい風がさらりと流れてくるのを龍麻は感じた。横目でそれを追おうとしたが、すぐに白衣を身に纏った影司によってその先を遮られる。
「 僕以外は見なくていいんだよ」
影司はそう言い、何かを探ろうとする龍麻をやんわりと止めた。それから手にしたナイフをこれ見よがしに掲げて見せると、既に前のはだけている龍麻の白い胸にそれをつっと当ててきた。
「 う…」
「 これ邪魔だから。取ってあげるね」
影司はそう言うと、先ほど自分が丁寧に外したワイシャツのボタンをぶちぶちとナイフの先で取り、その後傍の鋏でジョキジョキと用を成さなくなったシャツを引き裂いた。そうして白い龍麻の半身が露になると、影司はすうと目を細めて再びナイフを手に取った。
「 人は君の事を化け物って言うけど、あながち間違いでもないのかもな…」
「 ………」
「 だって人間がこんなに綺麗なわけはないからね」
影司はそう言って龍麻の胸に刃を当ててから、今度は自らが近づいてその肌に舌を寄せた。始めは遠慮がちにされていたその行為が徐々に興奮したようにしつこく熱のあるものになっていく。影司は何かに憑かれたように龍麻の身体を舐め回し、それから円を描くような動きで2つの胸の突起にしゃぶりついた。
「 ふっ…ん…ッ」
龍麻が唇を噛み、喉の奥だけで声を漏らすと影司は笑った。
「 いいんだよ…。そろそろさっき飲ませた薬がより強力に効いてくるはずだから。声を我慢する事はないよ。それに、こっちも良くしてあげるね…」
「 な…に…」
「 全部見せて…」
カツンとナイフが床に落ちる音がした。
龍麻がじっと消え入りそうな意識を奮い立たせていると、影司は殊の外嬉しそうに自分も挑むような視線を返してきた。そうして龍麻のズボンのベルトにゆっくりと手を掛けるとわざと音を立ててそれを外し、すぐさまジッパーも下げ、その中に手を差し入れた。
「 んっ」
「 ふ…。こうしていると、本当にただの子どもだ…。どんな異形にだって立ち向かえる、特別な《力》を持った身体のはずなのに」
「 そっ…そんな、の…」
「 違うという事はないだろう」
影司は言いながら下着の上から何度も龍麻の性器を揉みしだいた後、やがてまた鋏を使うとザックリと下着もズボンも切り裂いてしまった。両腕は釣られた形で動けない龍麻だが、両足に拘束具はない。それでも薬が全身に効いてしまっているのだろう、龍麻は影司のその振る舞いに何ら逆らう事ができなかった。何もできないまま、影司の前に全てを晒してしまった。
「 ………見せた事あるかい?」
影司は龍麻の前に立ち尽くし、言った。
「 ………?」
龍麻が意味も分からず黙っていると、影司は無機的な表情で繰り返した。
「 この身体…誰かに見せた事はあるのかい」
「 ……誰か、に」
「 そうだよ」
「 あッ…」
影司が言いながら龍麻のモノをぎゅっと握りこんだ。龍麻は思わず声を上げたが、影司は無感動な様子で機械的に龍麻のそこをぐりぐりと指で擦り上げた。
「 んっ…ん、ん…!」
「 熱くなっているだろう…。でも大丈夫。君のせいじゃないんだ。僕がしている事が気持ちいいって思ってるわけでもない。全部薬のせいだよ。僕のせいだ。だから君は何も自分を責めなくていいからね…」
「 バ…バカじゃないの、か…」
「 そうだね」
龍麻の精一杯の虚勢に薄っすらと笑んだ影司は、さんざ龍麻の性器を指で擦った後、おもむろに身体を屈めるとそれを口に咥え込んだ。
「 やっ…やめ…!」
「 気にしなくていいよ。僕がしたくてしているんだから」
「 ひっ、あ、あ、あ…」
声が止まらない。
龍麻は下半身から脳天にまで突き進む快楽の渦に必死に抵抗しながらも、唇から漏れる音を抑える事ができなかった。卑猥な音を立てて自分の性器に舌を這わせる影司を嫌悪しているはずなのに、どうしようもできない。
「 や、や…め…ああっ」
「 龍麻君…。君は……」
本当に僕たちの救世主なのかい…?
「 あっ、あっ、や、や…ああぁッ」
影司のどこか悲哀に満ちた声が聞こえたような気もしたが、龍麻はただ啼く事しかできなかった。
「 あ…ああ……」
「 ふ…」
影司は龍麻が絶頂に達した事を確認すると、自らの唇についた精液を片手で拭い、どこかバカにしたような笑みを漏らした。
それからぐいと龍麻の両足を開かせると、その奥に自らの濡れた指先を突きたてた。
「 いぁ…ッ」
「 ここにも薬を入れてあげるから直良くなるよ」
「 やっ…ああッ…ああぁッ!」
「 君は痛みなんか知らないだろう?」
「 うあ、い…ああぁ――ッ」
龍麻はただ絶叫した。
ずくずくと燃え上がる身体をどうにもできない。お前は痛みを感じない……そんな理不尽な台詞に怒りを感じても、その相手に一太刀浴びせる事もできない。ただ力なく叫ぶ事だけ。
「 う…」
それでも微かに視界を開き、龍麻は目の前の状況を認めた。そこには己の情けない痴態があり、無理やり開脚された股の間にはそこに顔を埋めている影司の姿があった。影司は龍麻の奥に何かヒヤリとする液体を塗り込んでいたが、不思議とそれに関する感覚は段々と鈍くなっていた。
「 あんた…どうして…」
だからだろう、龍麻は言葉を出せた。
「 こんなこと……」
「 ………」
けれど相手は答えなかった。
ただ黙々と何かの作業をするように影司は龍麻の中に何かを塗りつけ続けた。そしてそれが終わると今度は床に捨て置いていた毛布を龍麻の腰にぐいと差し入れ、より不自然な体勢を強いたまま、その濡らした場所に唇を寄せた。
「 なっ…」
そうして龍麻が驚きで声を出すのと同時、影司は龍麻の尻の穴に今度は指でなく自らの舌を差し込み、ちろちろと抜き差しをし始めた。
「 んっ…あぁッ!」
その感触に龍麻は思わず声を上げた。
じんじんとする深奥はただでさえ全身を苛む痺れを生んでいるのに、尚も中を刺激する影司の舌先。同時に既に萎えていた性器をも指で再び撫で擦られて、龍麻はくらりと天井が回るのを感じた。
「 あっ、あっ! やッ…んぁッ…」
「 ……龍麻君」
もがく龍麻を影司がすうっと顔を上げ、見やってきた。ひどく据わった眼をしている。それでもそこに狂気の色はなく、影司はどちらかというと至って理性的な光を発していた。
「 龍麻」
そして影司は最後の一突きを再び長い自らの指先で行うと、それに苦痛の声を上げる龍麻に言った。
「 おかしな気分だ…」
「 う、う……」
ガチャリと錆びた鎖がむなしい音を立てた。
龍麻が反射的に動かした両腕の震動で、それを拘束していた鎖が微かに揺れ震えたのだ。
「 ん……」
けれど、それだけ。
「 あ……」
「 無駄だよ」
影司の素っ気無い言葉通り。龍麻はそこから逃げ出せなかった。
「 ………」
「 でも君は涙は流さないんだね」
ぼんやりとしてこちらを見ているのか否か分からないような瞳を向ける龍麻に影司は悲しそうにそう言った後、ゆっくりと自らの白衣を脱ぎ捨てた。
「 こんなに屈辱的な事をされているのに」
「 ……どうし…て…」
「 どうして? 僕が訊きたいよ、君に」
影司は片手でシャツのボタンを取り去りながら龍麻の問いを鼻で哂い飛ばした。そうして黙りこくる龍麻の前でズボンも下ろし自らも全裸になると、華奢な、それでいて均整の取れた身体を龍麻の前に惜しみなく晒け出した。
「 君だけ裸というのも不公平だろう」
「 ………」
「 僕たちは1つになるんだよ、これから」
「 ………」
「 意味、分かる?」
子どもに訊ねるように首をかしげてそう言う影司を龍麻は黙って見つめた後、力なく首を左右に振った。もっとも薬のせいで既にほぼ言う事の利かない身体は、「動かそうとした」くらいにしか見えなかったのだが。
「 分からなくても…嫌でも、いいさ」
だから結局、そんな龍麻の抵抗とも呼べない反応は影司に何の感慨も与えなかった。
「 君はただ見ていればいい」
影司はそう言って再び龍麻の両足を持ち、それを左右に割り開かせると、既にそそり勃っている自分の雄を龍麻の塗れ開いている肛門に押し当てた。
「 あ…ああ…」
「 目を閉じたら駄目だよ…?」
影司がそう言いながら腰を奥に進めていくのを龍麻は確かに見た。
「 ひッ、い…ああああぁ――ッ」
ずくんと強引に押し入ってくる影司の性器に龍麻は悲鳴を上げた。全身を突き貫かれるようなその痛みにもがいて再び鎖を揺らす。それでも動けない。両足は影司の両手で固定され、左右に開かされたまま。ただ奥へ奥へと入ってくる影司を感じるしかなかった。
「 あぁッ、あ、やああぁッ」
「 くっ…龍、麻…。さぁ、動くよ…?」
「 やっ! はッ、はあ…ッ。だ、駄目ッ…」
「 ほら…1回…っ」
「 あっ」
「 2回…」
「 やぁっ」
「 3…。ふっ…はぁっ…!」
「 あっ、あっ、んあぁッ!」
「 龍麻…っ」
「 ……ッ」
パンパンと肌が揺れる音と同時に、影司の激しく突いてくる動きに龍麻はただ翻弄された。ただの獣だ。影司に良いようにされて体は熱くなる一方。何もされていない性器も見事に勃ち上がり、興奮していた。
龍麻はただ口元から情けない嬌声を上げ続けた。
「 龍麻君…っ」
影司がまた呼んだ。龍麻は閉じていた目を再び開けた。
「 龍麻君…!」
縋るような目。この人は何が悲しいのだろう。悲しいのは、情けなく惨めなのはこっちだと言うのに。
「 ハア、ハア…。ずっと君と…僕は…!」
「 …あ…ッ」
「 ん、はあぁッ!!」
「 ……っ…」
早い動きで腰を揺らし龍麻を揺さぶっていた影司が精を放った。
「 ――……」
体内に影司の欲がぶちまけられたのを龍麻は感じた。同時、微かにひゅっと喉が鳴り、それと共に今度こそ意識が遠のいていくのを自覚する。ああ、もう駄目だ。龍麻はそう思い、今度こそ堅く目を閉じた。
今のこんな自分の姿。皆が見たらどう思うだろう。
徐々に沈んでいく意識の中で龍麻はふとそんな事を考えた。 皮肉な話だけれど、これでやっと自分もただの高校生だったのだと、《力》などあってもこうも脆く崩れやすい存在なのだと、周囲の仲間たちに分かってもらえそうな気がした。
「 ………」
暗く淀んだ闇の中にいるというのに、龍麻はふっと笑みを零した。先ほど感じた冷たい風がさらりと頬を撫でていく。気持ちが良いと思った。
「 何故笑う…」
上から影司の息遣いと不審そうな声が降って来た。影司はまだ荒い息をついたまま、興奮した身体を持て余しているようだった。傍に感じるその獣の熱に、龍麻は今度は苦い笑いを浮かべた。
「 哂うな…」
影司が手を伸ばして龍麻のそんな唇に触れてきた。それは何度かさらりさらりと行き来して、やがて龍麻の閉じている瞼にまで寄ってきた。
「 眠るな…」
そして影司はそう言った後、顔を近づけ瞳を閉じたままの龍麻に深い口付けをした。最初は唇同士を押し当てるだけのそれが、何の反応も示さない龍麻に意地になったように、幾度も角度を変えて責めてくる濃厚なものになる。
「 ………」
それでも龍麻は応えなかった。
ただ暗い暗い土の底へ埋まっていくように、龍麻は己の裸体だけを影司にやった。
ただそれだけを与え、吸われ続ける唇を静かに歪め、笑った。
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