もっと!
片割れの「赤いの」とは違い、こっちはもう少し危機感のある奴かと思っていたのに……と、龍麻は隣でにこにこと腑抜けた笑顔を浮かべている相手に冷めた目を向けた。
「 お前さー。この状況を喜んでない?」
「 え? そ、そんな事ないよッ! 俺はめいっぱい焦ってるぜ!」
龍麻に指摘されて分かりやすくもギクリと身体を仰け反らせたその人物―練馬の平和を守る正義の味方―黒崎隼人は、わたわたとして誤魔化すように両手を振った。
「 こんな危険に満ち満ちた地下でみんなとはぐれちまったんだぜっ。ひーちゃん、そんな状況を俺が喜んでるなんて、そんな…!」
「 でも顔が喜んでる」
「 う、だ…だって……」
口元でもごもごと何事か呟いた黒崎は、しかし龍麻がじろりと冷たい視線を送るのに耐え切れなくなったようで、素直に己の心内を告白した。
「 でもさ、ひーちゃん。どんな場所だろうが、ひーちゃんと2人っきりだぜ2人っきり! これで俺が全く喜ばないってのも、ひーちゃん的にはどうなんだ?」
「 どうって?」
「 それはそれで寂しいだろ? 俺が『早くみんなのところ戻ろうぜ』とか言ったりしたらさ」
「 いや、別に」
「 うっ…」
「 こんな所でいつまでもうずくまってても仕方ないし。そろそろ体力も回復してきたから、みんな探すか?」
「 ………」
冷たい…と、ぼそりと述べられた黒崎の不平の言葉を龍麻は当然のようにスルーした。
このコスモブラックなどと言うふざけた名前でヒーローを気取っている黒崎隼人とは、龍麻は普段あまり接する機会がない。そもそもコスモレンジャー…紅井猛、本郷桃香、そして黒崎を新たな仲間に加えた時、龍麻は少しだけ面倒臭いなどと思ったものだ。ただでさえ騒がしい面子が彼らの存在でより一層煩くなりそうだったし、何より彼らの異様に熱いテンションにはついていけそうにないと感じていた。
そして戦いが激しくなるにつれ、その想いは強くなった。
「 ひーちゃんっ! 一緒に練馬…いや、東京の平和を守る為に頑張ろうなッ!!」
力いっぱい拳を握り、白い歯を見せて笑顔満面にそう言った黒崎。何て暑苦しい奴だと瞬間的に思ったし、俺はお前たちと違って好き好んでこんな事しているんじゃないんだから、俺にまでその正義を押し付けるなと、心の中ではそれはそれはさんざんになじっていたのだ。
勿論、向こうはそんな態度に気づいた風もなかったが。
「 ひーちゃん強いな! さすが俺がヒーローと認めただけの事はあるぜ!」
誰もそんな事認められたくない。
「 ひーちゃん、やるな! 今度俺と一緒に新技考えようぜ! 2人で一緒にできるやつ!」
冗談じゃない。方陣技ならあいつらとやってろ。
「 ひーちゃん、どうした? 何か元気ないなー? 風邪か? 駄目だぞヒーローは自分の健康にも気をつけないと!」
お前が傍にいるからぐったりしてるだけだよ。
……龍麻はそれこそ、黒崎に会って何かを言われる度にそう心の中で呟いていた。あくまでも心の中で言っているだけだから直接冷たくあしらっているわけではないのだが、それでも対面した時、その態度はどうしても素っ気無いものになってしまっていた。
自分でもおかしいとは思っていた。
普段の鍛錬や戦いの時くらいにしか顔を合わせない仲間である。たまに聞くそんなお節介くらい、いつもの調子で軽くかわせばいい。
それなのに、どうしてか龍麻は黒崎にはあまり優しくしてやる事ができなかった。バカな紅井や女の子の本郷には、まだそれなりに相手もしてやっていたのに。
「 なあひーちゃん。俺はひーちゃんの事が好きなんだ」
そんな時、不意に発せられたその告白。
「 は…? お前、突然何を言ってるんだよ」
驚いて露骨にたじろいでしまった自分が腹立たしかった。
けれどそんな龍麻に黒崎はまるで揺るがない真っ直ぐな目で、尚も歩み寄り言ったのだ。
「 好きなんだ。だからひーちゃん、俺は頑張るな」
「 そもそもお前が暴走しまくったから、それを止めようとして俺までみんなとはぐれたんだ」
「 うっ…。だから悪かったって言ってるだろ? さすがの俺も反省してる」
「 さすがじゃないから反省しろ!」
「 ………ハイ」
しょんぼりと俯く黒崎の容貌は、本来ならそれなりに美形の類に入るはずだった。しかし、どうにも締まらない。ご主人様に怒られた飼い犬のようにすっかり落ち込んで肩を落としている。
「 ……ったく」
そんな黒崎にため息をつきつつ、龍麻は自身で(俺だって追いかけなきゃ良かったんだ、こんな奴。何で一緒に来てしまったんだろう?)と、こっそり疑問を投げ掛けた。
あの告白は何日の事だったか、もう覚えていない。
けれど唐突に龍麻に「好きだ」と告げた黒崎は、しかしそれによって「付き合って欲しい」だとか「ひーちゃんの気持ちが聞きたい」だとかを言う事は一切なく、むしろ今までと何ら変わりない態度を貫いていた。
彼はただ「だから頑張る」と言っただけだ。
一体何なんだ。俺だけがこんなに意識してしまって。
落ち込む黒崎の横顔を眺めながら、龍麻はまた無性にイライラが募って顔をしかめた。
それには気づかず、黒崎はやがて顔を上げると口を開いた。
「 あとちょっとであの異形の群れを倒せると思ったら、何か目の前それしか映らなくなっちゃってさ。ホントごめん。ヒーローたるもの、それじゃ駄目だよな。もっと冷静に周囲の状況にも気を配らないと。まだまだ修行が足りないぜ」
「 ………」
「 ま、まだ怒ってるかひーちゃん…?」
「 もちろん」
「 うぐっ…」
龍麻の素っ気無い態度に黒崎はまた大袈裟にがくりと項垂れ、黙りこくった。
「 ………」
そんな相手の様子を眺めながら、龍麻はここへ潜る前の事を思い返した。
旧校舎に潜ろうと言った時、黒崎はすぐにやってきて「誘ってくれてサンキュー!」と実に嬉しそうな笑みを向けた。あのいつもの屈託のない、爽やかな笑みで。
そうしてあとはもう龍麻の存在など忘れてしまったかのように、ただ戦いに集中して。黒崎、お前は前に出過ぎだから少し下がれと声を掛けた龍麻の事も耳に入っていなかった。
無視されたと思ったらカッと頭に血が上った。
だからかもしれない。今度は仲間たちが驚いたように龍麻を呼んだが、堪らず自分も黒崎を追走してしまったのだ。
そして、今。
龍麻たちは暗い異形の巣窟で2人きり。
「 でもさっきの話に戻るけど…。たとえどんな状況だろうと、2人きりってのはやっぱり嬉しいよ」
黒崎が呑気に両手を頭の後ろにやりながら苦笑いをした。
石壁に寄りかかった格好で、横に立つ龍麻には視線を向けていない。前方の荒涼とした風景に目をやっている黒崎は、癪だがやはり少しカッコイイ顔をしていると龍麻は思った。
「 ただこれだけは信じて欲しいって言うかさ、幾らひーちゃんと2人きりになりたいからって、こんな所でそんなバカな事画策したりする俺じゃないからな? そんな卑怯な真似は絶対しないから」
「 分かってるよ」
「 本当かひーちゃん?」
「 しつこい。大体、お前を追ってきたのは俺なんだから。……」
そう、だからその理由…黒崎を追ってきた理由を、今必死に考えているんじゃないか。
「 ……はあ」
「 何だよひーちゃん。ため息つくと幸せが逃げるぞ?」
露骨に嘆息した龍麻に黒崎が飄々としてそう言った。何となくむっとして、龍麻はぶすくれたように唇を尖らせた。
「 別に、元々幸せじゃない」
「 マジで? けど、不幸でもないだろ?」
「 何で……」
結構冷めた風に答えたつもりなのにあっさりと黒崎が返すもので、龍麻は意表を突かれた思いで咄嗟に顔を向けた。
しかし黒埼は依然として前を向いたまま、何でもない事のように言った。
「 ひーちゃんは不幸じゃないよ」
「 だから何でだよ」
「 不幸じゃないから」
「 ……それって答えになってない!」
ムキになって抗議すると、そんな龍麻に黒崎はようやく自分も視線を寄越してきた。その静かな眼差しに龍麻が思わず黙りこむと、「本当」は美形の黒崎隼人は実に照れた目をして笑い、言った。
「 好きだ、ひーちゃん」
「 ………何だよいきなり」
「 いきなりじゃないだろ。前から言ってるし」
「 そうだけど」
「 それにひーちゃんが俺を苦手ってのも知ってるけどさ」
「 なん…! そ、それより、誤魔化すなよ! さっきの―」
「 俺、もっともっと頑張らないとな! ひーちゃんがいつでも安心していられるように!」
「 人の話聞く気あるのか……」
駄目だコイツ。
この男とまともな会話をしようというのが間違いだった。龍麻はふいと視線を逸らしながら、怒りと驚きと途惑いとがない交ぜになったような感情を持てあまし、赤面した。わざといじけたようにそっぽを向き続けたが、先ほどから感じる激しい胸の動悸はまるで治まる気配がなかった。
そして不思議な事に、そんな状況を努めて冷静に受け止めているうち、龍麻は催眠術にでも掛けられたかのように「確かに俺は不幸なんかじゃないよな」と思った。
その理由も分からずに。
「 あー。みんなが来た!」
その時、黒崎が明るい歓声のようなものをあげたので龍麻ははっとして顔をあげた。
ぶんぶんと手を振っている黒崎の視線の先に、先ほど逸れてしまった仲間たちが駆けてくるのが見えた。みんな心配して探してくれていたのだろう。
「 良かったな、ひーちゃん! すぐ合流できて!」
「 ………」
「 さ、行こう!」
「 あっ…!」
何も発しない龍麻を不思議に思う風もなく、黒崎は嬉々としてそう言うと、おもむろに龍麻の手首を掴み、ぐいぐいと先を歩き出した。
「 ちょっ…黒崎!」
「 ほらひーちゃん、急げよ!」
「 分かっ…! 分かったから、引っ張るなって!」
「 なあひーちゃん」
そして黒崎はやはり龍麻の言う事はきかないというように己が口を開き、前を向いたまま言った。
龍麻の位置からはそんな黒崎の顔は見えない。
ただ後ろ姿だけが。
「 ひーちゃんが笑えるように、俺もっと頑張るな。もっと、もっとさ!」
「 ………」
「 ひーちゃん、大好き!」
「 俺っ…」
「 え? あ、おーいお前らー! 良かったぜ、探してくれてさぁー!」
しかし龍麻が言う台詞を黒崎は仲間への声掛けで自ら消し去ってしまった。龍麻は自然自分も出しかけた声を飲み込み、仕方なく口を閉ざした。
頑張る頑張るって、お前はそればっかりだ。
「 でも……」
それがどうしてこんなに温かいのだろうか。
「 ………ばか」
精一杯強がってみせた台詞だけれど、相手の耳には届かなかったらしい。
龍麻はただ黒崎に手を引かれるまま足を動かし、その思いのほか広い背中をじっと見つめやった。掴まれた手首が痛い。こういうところでは強引なくせに、肝心なところでは全く晩熟なんだからな……そんな風にも思いながら、龍麻は1人密かに唇に笑みを零した。
手首にじんじんと残る熱がひどく心地良い。
どうせならもう少しの間だけでもこうしていたいと思った。
|