「なあ、ひーちゃん。やめとけって」
京一がウンザリしたように言ったが、龍麻は「何で」と取り合わなかった。とにかく京一の言う事など聞かないという風だ。
それもそのはず、今の2人は「やや」喧嘩中である。
やや……、と言うのは、京一の方は「俺は謝ったんだからもういいだろ」と思っているし、龍麻は「京一なんか」と不貞腐れている、如何にも中途半端な状態だからだ。
とはいえ、生活範囲が同じで、やっぱりというかでお互いを想っている2人は今日も何となく一緒に行動してしまっている。
そして、そんな時に目にしたのが「占い」という文字。
「占いなんか当てになるかよ。どうしてもやりたいってなら、裏密の奴にタダでやってもらえばいいだろ。あいつはひーちゃんにならいつでも喜んで占ってくれるだろうしよ。御門の奴だってそうだ」
「知ってる人から占ってもらうんじゃ意味ないよ。もし悪い結果だったとしても、遠慮して言えないかもしれないじゃないか」
後ろから煩く言う京一に龍麻は鬱陶しそうな目を向け、「退屈なら先に帰ればいいだろ」と突っぱねた。
「……嫌だね」
けれど京一はそんな龍麻に悔しそうな顔を見せつつも、「ああそうかよ!」と帰ろうとはしない。頑とした様子でその場に仁王立ち、龍麻と対面している占い師を睨みつける。
「俺はぜってぇ帰らねェ」
「何で?」
「そいつが如何にも怪しいからだ」
「はあ?」
京一が無遠慮に占い師を指差した。ここは新宿中央公園の一角。占い師は簡易なローテーブルに木造りの丸椅子を置いただけで開業していたが、人通りは全くない。もっと繁華街で商売すればいいと思うのだが、京一に言わせればそれがそもそもアヤシイのだと言う。
「こんな陰でこそこそ店開いてるって、それだけで何か敵のニオイがする! それに、さっきの通りまでは人がたくさん歩いてたのに、今や蟻の子一匹見当たらねえ! こいつが何かの結界張ってるって事も考えられる!」
「お前、よく初対面の人にそういう失礼な事堂々と言えるな…」
「それに、その顔!」
龍麻の呆れの声を無視し、京一は尚も見知らぬ占い師に食って掛かるような眼を向けた。
「テメエの顔は間違いなく悪人ヅラだッ!」
「京一!」
あまりの事にさすがの龍麻も怒声をあげた。幾ら何でも無礼にも程がある。
確かに占い師はお世辞にも美形とは言い難い容姿をしていた。土色の顔には能の際使用される鬼のような形相が張り付いていて、一目見ただけで一般の人間はたじろぎそうだ。ジロリと見開かれた相貌は酷く血走っていて、如何にも「今そこで人1人殺してきました」とでも言っていそうだ。
だから京一の言葉も、なまじ全くの嘘というわけではない。占い師が一般的に恐ろしい顔をしているというのは、大方の意見を採用すれば「イエス」だろう。
「すみません、こいつ馬鹿なんで。気にしないで下さい」
それでも龍麻はぺこりと謝り、申し訳なさそうな顔で占い師を見やった。確かに怖い顔だけれど、普段戦っている異形もこんな感じである(大変失礼発言)。龍麻は慣れた目でニコリと微笑むと、「診てもらってもいいですか」と人懐こい調子で訊ねた。
「ふ……」
すると能面の占い師は初めてその薄い唇に笑みらしきものを浮かべると、「手を」と言って自らの手を机の上に置いた。その手はごつごつとして大きな、そしてやはり死人のような土色をしていた。
「あ、はい」
「ひーちゃん!」
そんな奴に手なんか預けるな!と京一は叫んだけれど、龍麻はそれを軽く無視した。俺はまだ怒ってるんだからなというオーラを発しつつ。
「それでは診てやろう……」
声は意外にも若かった。アヤシイと言われれば確かにその纏う雰囲気も口調もそうなのだけれど、占い師なんてみんなこんなものだろうと龍麻は大して深く考えなかった。
「むぅ…」
「おいテメエ! ひーちゃんの手をそんな風にいやらしく触るな!」
「京一煩い! 占ってもらえないだろ!」
「だってひーちゃん!」
京一がぎりぎりとしながら悔しそうに唇を噛む。占い師は龍麻の手を片手でぎゅっと握ると、その後はもう片方の手も重ねて両手で何やら揉み揉みと擦り出したのだ。これは確かに京一ならずとも、龍麻の仲間たちが見ていたら看過してはおけないだろう。
それでも龍麻は変わった占いだなあくらいにしか思わなかった。
暫くモミモミされて後、龍麻は占い師に「どうですか?」と訊いた。
「あ、そういえば言い忘れてたけど。俺、全体運が知りたいです。今後の俺の人生どうなるか……って、ところ」
「そんな事は訊かれなくとも分かってる」
「あ、そうなんですか。さすが占い師」
「どうだか」
また背後で京一がぼそりと毒を吐いたが、龍麻は勿論、占い師も京一の方は一切見ない。相変わらず血走った目のまま龍麻の手を見つめ、それから「ふ…ん」と仰々しく息を吐いてから、「これは難儀だな」と言ってニヤリとした。
そのどうにも湿っぽい笑いに龍麻は初めてゾクリとした。
「な、何ですか?」
「貴様は、大層な星の持ち主のようだ」
「え?」
「そのあまりの眩しさに人だけでなく、動物も、虫も、異形すら集まる。次々と虜にしちまうが、その余りの吸引力に最期には己が喰われ、見るも無残な死を遂げっちまう。それが貴様の運命」
「え……」
「テ…メエッ! 何もんだッ!」
占い師の言葉に京一が激昂して木刀を抜いた。龍麻が咄嗟に「京一!」と言って諌めたが、それでも勿論京一の怒りは留まらない。
「敵だろ!? 敵なんだろうがっ! さっさと正体見せやがれッ! その前に俺がたたっ斬ってやってもいいんだぜ!?」
「京一、やめろよ! たかが占いじゃないか!」
「ひーちゃん、お前は馬鹿か!? 無残に死ぬ運命だって言われて、何でそんな冷静でいられるんだよ!?」
「だって、その通りだろうなって思うだろ、フツー」
「な…」
龍麻の言葉に京一は掲げていた木刀をぴたりと止めて目を見開いた。これには傍にいて未だ龍麻の手を握りしめたままの占い師も驚いたような顔をしている。
龍麻はそんな2人に笑ってみせてから首をかしげた。
「うん、普通に考えたら、俺はそういう運命を辿るよ。やってる事がやってる事だし」
「けどよ…!」
「己の運命を享受する覚悟が出来てやがるのか……ククッ。肝が据わっているな」
「そうかな。ただの慣れだと思うけど」
龍麻のさらりとした言に占い師の男は更に口の端を上げて哂った。
「くくくっ。そうか。俺は無駄な嘘はつかない。俺様の占いは絶対だからな。喰う為に時々お遊びでやってるもんではあるが、これまでに外した事もない。……だが、その定まった運命を変える事が出来るのは、お前とて知っているな?」
「運命って変えられないから運命って言うんじゃないの?」
「そうじゃねえ」
荒っぽい口調があからさまになり、占い師は更に強く龍麻の手を握りしめた。
「変える事が出来る運命を持ってるのが、貴様の星だ。貴様だけが持つ特別な星だよ。俺はそれが欲しくてならねェ。どうだ、星を変える為に俺にその命を預ける気はないか」
「ちょっ……」
言いながら占い師が龍麻の手に顔を寄せ、ニタリとした気色の悪い笑みを浮かべる。
この時はさすがに龍麻も嫌な予感がして、無理に手を引っ張ろうとした。
けれど遅い。
「ふふ…」
「ぎゃ!」
占い師はいきなり龍麻の手の甲にべろんと舌を這わせ、事もあろうに龍麻の指先にも「ぶちゅ!」と音の出るようなキスをしたのだ。
そうして、うっとりと陶酔するような眼をしてその唇を開いた。
「名乗り遅れたな。憑依師である俺の名は火怒―…ぷぎゃッ!?」
「死ね! テメエの星をここで終わらせろーッ!」
「きょ、京一!?」
しかし全く憐れな事に、男は名乗りきる間も与えられなかった。
龍麻が手の甲を舐められ絶句、男が途端べろべろに甘い顔をして口説きかけようとしたその直後だ。龍麻の剣聖……ならぬ、ボディガードの必殺の一撃が男の脳天に見事ヒットしたのだった。
「……い、いきなりそんな攻撃して。この人、死んだらどうするんだよ」
ようやく解放された手を擦りながら龍麻が立ち上がりつつ言うと、京一はハアハアと息を荒くしたまま「るせえっ!」と乱暴な声を吐いた。
「ひーちゃんは戦闘ン時以外はホントどうしようもねえな! これだから放っておけねえって言うんだよ!」
「むっ…! 何だよ偉そうに! 別に怪我させられたわけじゃなし!」
「キスされたろーが! こんな得体の知らねえキモ男に!」
「だからって京一には関係ないだろ!? されたのは俺なんだし、お前がそこまで怒る事ないじゃないか! ああもう、これじゃまた昨日と同じだ! 何でいっつもこんなくだらない言い合いしなくちゃならないんだよ!」
「くだらなくなんかねー! ああ、俺も確信した! 昨日の事にしてもそうだが、やっぱ俺はなんっも悪くねえ! 何で俺謝っちまったんだ!? やっぱ悪いのはひーちゃんだ! 考えなしの鈍感天然ボケボケ龍麻が悪いんだ!」
「何だと!」
「やんのか!?」
足元でくったりと気絶している(恐らく)敵の占い師に、最早2人は視線すら落とさない。意味のない舌戦をガーガーと繰り返す。
しかし幸いにも(やっぱり)敵なこの占い師が他を寄せ付けない結界を作ってくれていたお陰で、龍麻たちは思う存分その場で痴話喧嘩ならぬ言い合いを続ける事が出来たのだった。
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